萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部   作:戸ケ苫 嵐

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第三十七話 殺しはしないが、殺さないだけだ

 命からがら命からがら砂漠を抜け、ロッキビン近傍まで来たが、どうせレクバールと同じように物騒な街だろうと判断して素通りした。

 自由民の街は自由すぎて、日本人の平和な感覚には合わない。

 

 地図を確認すると、ダンコフの首都ルタリアは意外と近い。俺たちの目的地ダンコフ城も、ルタリアの街に隣接している。

 

『この辺りに来たことはありませんが、ダンコフの領土までは十サットもありません。地図に出ていない村もありますし、ロッキビンに寄らないのは、いい判断だと思います』

「よし、ロッキビン素通りはイマフさんも賛成だそうだ」

 

「流石やなおっちゃん!」

 ミスズは言葉を切ると、少しトーンを落として続けた。

「…けど、イマフさんが一緒なん、ええなぁ」

 

 背中合わせなので、顔は見えない。

「そうだな。ミスズさんにもイマフさんがいたら、俺が来るまでも寂しくなかったのにな」

 本当にそう思った。

 

「…せやけどまぁ、もうどうでもエエわ」

 そう言ってミスズは、背中合わせの俺を肘で突いた。お返しに俺は、ミスズのうなじを指でコリコリと撫でた。

 

「くくっ」

 笑うミスズの振動が背中に伝わる。

「んっははは!」

 

 やれやれ。砂龍と戦った直後であり、魔女と戦う直前だというのに。あえて“お気楽”とは言わないが明るいもんだ。

 …斯く言う俺もだな。まるで物見遊山で、悲壮感の欠片もない。

 

 徹夜で風バイクで走った後、砂龍に食われて車体を失ってしまったので、その後は当初の“立ったまま平行移動”で砂漠を越えた。

 

 砂漠の起伏のために、実際の距離以上に時間がかかったお陰で、もう若くない俺の脚は棒のようになってしまったし、背中もバリバリだ。

 

『もうすぐダンコフ領ですが、そこからダンコフ城まで四十サットはあります。安全な場所でお休みになった方が宜しいのでは?』

 ここから四十サットなら、単純計算でも六時間はかかる。

 

「ミスズさん、少し休まないか?」

 俺は後ろのミスズに問いかけた。

 

「ええやんええやん。なんぼウチが若ぅても、メシ喰わんとやっとれん。ゆんべは干し肉しか喰えんかったし、ぬくいモン喰いたいわ」

 

『お疲れでしょうから、そのほうがいいと思います』

『気が急いているだろうが、こういうときこそ休まねばな』

 荒地から草原に入り、小さな繁みなども現れるようになった。

 

 アリアが言うには、この辺りからダンコフ領らしいが、使えそうな土地は領土にしておくというのが、なんと言うか、あざとい。

 俺は開けた場所で風バイク初期型を解除した。

 

「さぁメシやメシや!」

 ザックから固めのパンと弱い酒、ドライフルーツ的ななにかを出し、干し肉の入ったディーズスープも作る。青い石を使えば清浄な水がいくらでも飲めるので、水代わりの弱い酒は要らなかったかも知れぬ。

 

 次の食事は恐らくルタリアだし、持って来た食料は全部食べてしまっても問題はないだろうが、慎重を期して半分残そう。

「…なぁ、おっちゃん、半分でも三食分くらいあるで?」

 

 慎重すぎたようだ。

 ラウヌアを出たときの俺は、いったい何日かかる予定だったのだろう?

 

「ぷぁあ、腹いっぱいやぁ…」

「あぁ、もう入らん…」

 

 俺はアリアとふたり分食わないとな。などと、妊娠した女のようなことを考えて、少し笑ってしまった。そんな馬鹿なことを考えられるのも、安心感からだろう。

 

 安心感と、満腹と、砂漠越えの疲れに、三位一体の攻撃をしかけられ、俺はつい眠り込んでしまった。

 

バジィ!

 

 どれくらい眠っていたのか分からないが、誘蛾灯に虫が接触したような音が、俺を目覚めさせた。

「…なんだ…?」

 

『防護障壁にそれが』

 そう言ってアリアは、空中に止まった矢を指差した。

『それと、十人ほどの人間に囲まれているようです。あの辺りの小さな繁みとか…』

 

 わざわざ開けた場所を選んだのは、敵が攻めてきたらすぐに分かるようにという配慮だったが、まさか二メートルほどの小さな繁みに潜むとは思わなかった。

「…んー、どないしてん?」

 

 眼を擦りながら、ミスズが伸びをした。

「どうやら悪党に囲まれているようだぞ」

 俺はミスズの視線を誘導するように、矢を指差した。

 

「いったい何者だ?」

「おー、なんかバリヤー張られてるやん? イマフさんの仕業か?」

 そこで初めて俺は、アリアに魔法を使わせたことに気付いた。なんて鈍感なんだ。

 

「ほな、ちょちょいとやっつけたろうかね」

 こきこきと腕を回し、頸を鳴らすミスズ。

「ミスズさん、くれぐれも…」

 

「分かってるて。やり過ぎたらおっちゃんに嫌われてまうしな」

 別に嫌いはしないがと思っていると、ミスズは眼を閉じた。ミスズが言うところの“魔法屋”に行ったようだ。

 

『防護障壁を展開していても、攻撃魔法は撃てるのか?』

『はい。外側からの攻撃は跳ね返しますが、内側からは通します』

 

 内側からは魔法を通すとは、都合よすぎるのではないかと思ったが、思えば風バイクにも都合のいい特性があった。歴史の長い技術体系は、そんな風に使う者に都合よく磨かれていくのだろう。

 

 なんてことだ。“内側からは魔法を通す”という仕様を知っていたら、“チョーダの嫌な倒し方”は、する必要なかったじゃないか。最初は仕方がなかったとは言え、その後は怯える必要はなかった。“無知は罪なり”と言ったのは誰だったか、本当にそうだな。

 

「戻ったでぇ!」

 不意に眼を開いたミスズは、右手を高く差し上げて叫んだ。

「往生せぇやぁ!」

 

 往生させたらダメだぞと思いながら見ていると、手のひらから幾筋もの光が、うねりながら四方八方へ飛んでいった。まるで獲物を探す光の蛇といった風情だ。

 

「うわぁ!」

「ぎゃあ!」

「ぐわっ!」

 

 耳を欹てると、幾つものうめき声が聞こえる。

「ミスズさん、ちょっと見てくるから、念のために赤い石を一握り」

「おっしゃ。気いつけや」

 

 赤い石を受け取り、付近の繁みを探ってみると、光の蛇を食らった黒尽くめの男が、全部で八人倒れていた。幸いなことに全員生きていたため、“往生せぇやぁ!”はミスズ流の冗談か、ちょっと物騒な掛け声だったようだ。

 

「アリアは十人ほどと言っていたが、倒れていたのは八人。数が合わないが、逃げたような気配はなかったから、これで全部だろうな」

 

 レクバールで会った黒尽くめと同じ組織の人間だろうが、あの男が俺たちより先に砂漠を渡ったとは思えないので、伝書鳩みたいななにかで、復讐依頼を送ったのだろうか?

 それとも完全に無関係な、純粋追い剥ぎ行為なのか?

 

 キャンプに戻り、ミスズに石を発注する。

「ミスズさん、効き目が弱い傷治しの青い石と、弱めで長~く効く毒増しの黄色い石を八個ずつ頼む」

 

「なんやそれ、めんどくさい注文やなぁ」

 ミスズはもにょもにょ言いながら考え込んでいたが、両手を俺の前に突き出すと、いっぺんに青と黄色の石を出した。

 

「サンキュ」

 貰った石を持って繁みを回る。まずひとり目。

「な、なにをするつもりだ?」

 

「心配するな、殺しはしない」

 そう言うと、安心したのか、強張っていた男の肩が少し下がった。

「心配しなくてもいいが、安心はするな。殺しはしないが、殺さないだけだ」

 

「なに…?」

「訊こう、なんで俺たちを狙った?」

「そんなこと、言うわけが…」

 

「あぁもういい。もう分かったから言わなくてもいい」

 もしも只の追い剥ぎなら、“追い剥ぎ”以上の理由はないし、理由を訊かれること自体意外に感じる筈だ。

 

 こんな反応をするということは、復讐依頼を受けたクチだということだろう。

 やはりこの世界にも、伝書鳩的ななにかがあるようだ。

 俺は光の蛇で穿たれた傷跡に黄色い石を詰め、青い石で癒した。

 

「じゃあな、真っ当に生きろよ」

 近くに落ちていた男の剣を手渡してやり、背を向ける。

「ヘッ、ありがとうよ!」

 

 俺が背を向けたとたん、剣を構えて勢いよく立ち上がった男が、スローモーションのように緩慢な動きになり、膝ががくんと落ちた。

「…おぉ…っ?」

 

 四つん這いになって荒い息を吐く男の傍に、俺はしゃがんだ。

「残念だったな。殺さないだけだって言っただろう?」

「てめぇ…、なにをしやがった…?」

 

「教え…」

 男の前にしゃがんで、額に思い切りデコピンを打ち込む。

「ない!」

 

 それから俺は、全員に同様の“治療”を施してキャンプに帰った。

 

「どないしとってん・ちんとんしゃん?」

「傷を治してやったんだ。ありがとうよって言ってたぞ」

 うん、嘘は言っていないな。

 

「さよか。おっちゃんも人がエエなぁ」

 ヤツらは殺されても文句は言えない稼業だが、殺すのはこちらの気分がよくない。アリアやミスズに手を汚させるなど以ての外だ。

 

 かといって、赦せば他の人に害をなすであろうことは、火を見るより明らか。赦した悪人が人を害したなら、それは俺がやったも同然だ。そんなことは我慢ならない。

 

 ならば、まともに動けない身体にしてやるしかない。

 まぁ、慣れたら真面目に働くくらいはできるんじゃないか?

 

「…知らんけどな」

「ん? おっちゃん、なんか言うたか?」

「いや、なんでもない。それじゃ、出発しようか」

 

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