萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部   作:戸ケ苫 嵐

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第五十六話 死にはする。だが、ただでは死なん!

「…なんだよそれ! そんなこと、最後に言うことかよ。名前じゃなかったとか、どうでもいいよミスズさん。キミはミスズさんだよ…」

 

 別れは別れだが、泣くのは違うと思った。悲しさと、祝福してやりたい気持ちが綯い交ぜになって、俺に大声を出させた。

「くそおおおおおッ!!」

 

『…シオン様』

 俺の傍で、いつからか黙り込んでいたアリアが言葉を発した。

『申し訳ありません、シオン様。…私もお暇させていただきます』

 

「なんだって? アリアも俺を置いていくのか?」

 遠くない未来に別れは来るのだと予告されていたが、まさか今とは。しかもアリアに訪れたのは、ミスズとは違って本当の死である。

 

『蠱龍は青い石を与えれば蘇ります。魔物も今のシオン様は魔法が使えますから、私が居なくても、きっと城に戻れるでしょう』

「そんなこと心配するな。なんでこんなときにまで俺の…」

 

『城に戻ったら、お父様に…大神官に言えば、元の世界に…』

 俺に手を差し伸べたアリアの姿が揺らぎ、ノイズにまみれる。その手を掴もうと手を伸ばしたが、もちろん触れられない。

 

「アリア!」

『消えた…ない…私は…ずっと…旅…消え…シオ…!』

 雑音だらけで途切れ途切れの叫びを残し、アリアの姿が消えた。

 

「…アリア?」

 返事はなかった。

 アリアもまた消えた。俺の脳内から消えた。

 

 ミスズと違うのは、眼に見えるものを何ひとつ残していかなかったことだ。

 俺の前から消えたミスズは、元の世界で生きている。二度と会えないのだとしても、生きているというだけで我慢できる。

 

 だがアリアは…。

広くて薄暗い空間に、俺はひとり残された。

「…くそォ…」

 

 なにに対してか分からぬまま、俺は悪態をついた。

 

「…帰るか」

 口にしたものの、その前に証拠になるものを手に入れなくてはならない。間違いなく魔女を倒したという証拠を。

 

 勝ったのに、倒したのに、俺はすべてを失った。

 国を救った英雄の一人のはずなのに、なんでこんな気分にならなくてはならないのか。俺の姿もまた、勝者のそれではなかっただろう。

 

 俺は俯いたまま、玉座に向けて歩き出した。

「…!」

 そのとき、玉座で膨大な魔法力が発生した。

 

 反射的に顔を上げた俺の前で、動かなくなった動死体の山を掻き分けて、魔女がゆらりと立ち上がった。

「…おい、こんなときに、冗談だろ…?」

 

 純粋な魔術師であったはずの魔女から、高位回生術の青い光が発している。今までは一度も、アリアが俺の腕を再生したときですら見られなかった濃い青だ。

 

 頭と手足はまだしも、少なくとも胴体は細かな肉片になったはずだ。あの状態から蘇生するなんて、なにが起こったのだ?

「野郎、三味線弾いてやがったのかよ…」

 

 魔女は二、三度頭を振ると、俺に向けてふらふらと歩き出した。

 着衣は身体と一緒に弾け飛んだせいで全裸になっているが、身体は完全に再生し、まったくダメージは残っていないようだ。

 

 俺は瞠目した。これを恐怖というのだろう。

『俺はヤツの胴体を貫いたはずだ。俺の目の前で、ヤツの身体は四散したはずだ。手ごたえだってあった!』

 

 あれが幻覚だったなら、俺の身体を染めている赤いものはなんなのか? この血は誰のものだというのだ?

 

『死ねば俺も帰れるのか?』

 そんな考えが一瞬過ぎった。

 

『いや、たとえ帰れるとしても、アリアを犠牲にしてまで召還されて、なにも成すことなく帰ることなどできるものか!』

 

 しかも、向こうに帰ってもそれを覚えていて、情けない記憶を引きずったまま生きるなど、怖気がする。

「死にはする。だが、ただでは死なん!」

 

 総力戦だが、乾いてしまった蠱龍を起こす暇はないだろう。

 現に、なにをするつもりか分からないが、魔女は右手を眼の高さに挙げ、こちらに近付きつつある。

 

 石の床と裸足が触れ合うヒタヒタという音が、次第に大きくなる。

 重くて硬い剣は壊れてしまったので、予備に持っていた両手剣を抜き、柄に手持ちの最高のアプリを突っ込み、炎魔術を剣に相乗させる。

 

 自分の身体には、アリアが残していった強化系法術を使えるだけ使い、ミスズが残していった魔法石を叩き込む。

「ぐうっ…!」

 

 身体がきしみ、悲鳴を上げるが、構わず魔女に向かって突撃をかけた。剣と身体を一塊の武器と化して、魔女への一撃に賭ける。

「おおおおおおおっ!」

 

 俺の攻撃が魔女に届く刹那、魔女はなぜか膝を衝いて、やけに低い位置で破魔魂聖を発動させた。

 そのせいで俺の身体は、破魔魂聖の上を滑るようにして、魔女の背中側に飛ばされた。

 

「ぐぅはぁっ…!」

 石の床を転がる。

「なに…? 破魔魂聖だと…?」

 

 高位回生術と破魔魂聖。

 この魔女は、今まで使える能力を使わずに、俺たち四人の攻撃を凌いでいたというのか? こんなヤツには勝てない、敵うはずがない。この世界に来て最大に膝が震えた。

 

『ふたりの魔法使いのお陰で、ここまで来られたんだ』

『もう居ない。ふたりはもう居ない』

『俺など、ただの一般人だ。ただでかいだけの、ゴミだ…』

 

 反対側に転がった俺は、立ち上がることもできないまま、震えながら魔女の後姿を見ていた。伏せていた魔女が、すっくと立ち上がった。

 できることなら、永遠に振り向いてくれるなと思った。

 

 だが、その願いは誰にも届かなかった。魔女はゆっくり振り返り、俺はその、光る眼を見て心底恐ろしくなった。

 死を覚悟した。

 

「くっ…そぉ…っ」

 だとしても、座して死を待つわけにはいかない。

 

 震える足を叱咤し、残った力を注ぎ込んで立ち上がる。ミスズに買ってもらった両手剣が、とてつもなく重く感じる。

 

 切先を引きずりながら、一歩を踏み出す。

 俺なんかを召喚するために、命を捧げたアリアの、気高き聖女の勇気に報いるために。俺は!

 

「お前を倒さなきゃ、アリアに合わせる顔がないんだよォ!」

 俺と魔女以外動く者のない、ただっ広い地下空間に声が響いた。

 そのとき、魔女の眼から光るものが零れ落ちた。 

 

「お…待ちください」

 魔女が口を開いた。

「あ…?」

 

「…私です。アリアです。シオン様…」

「なん…っ!」

 言ったきり絶句した。そして重力に耐え切れずに膝を衝いた。

 

 自分をアリアだと名乗った、魔女の姿をした聖森人は、よろめきながら俺に駆け寄ると、怪我を優しく癒してくれた。

 青い光が地下空間に広がった。

 

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