萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部   作:戸ケ苫 嵐

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第五十九話 俺は俺の国を作るんだからな

「…強制はしないから、よかったらでいいんだ。…俺の、相棒になってくれないか?」

 だらだらと汗を流しているが、逆に口内はカラカラに乾いている。満足に動かない舌を縺れさせながら、俺はアリアに語りかけた。

 

 俺の顔は、恐らく真っ赤になっていただろう。

 

「…私は、こんな姿になってしまって、それ自体は仕方のないことですが、国の皆さんは、私の姿を見れば嫌なことを思い出すでしょう。例えこの身体が魔女のものと知られていなかったとしても、この身体の持ち主の知人から、きっと知られてしまうでしょう…」

 

「いや、そんなことはないと思うぞ? 魔女の性質なんて、誰も知らないのだからな」

 

「ですから、シオン様が以前仰ったように、この世界に残って旅をなさるのでしたら、シオン様の道行きにご一緒させて頂いて、この国から出ようと思っておりました。…でも、シオン様は元の世界に帰られると仰いました。私は悲しくなりました。ひとり残されるくらいなら、儀式に名乗り出て、シオン様をお送りした後、ひとり果ててしまおうと…」

 

「アリア? なにを言って…」

「ですから、シオン様が帰るのをやめて、その代わりに私を所望されると仰るのでしたら、私に異存は…」

 

「…つまり? どういうことなんだ?」

「ででで、ですからぁ! シオン様がここここに残って旅に出るんだったらら、わわ私も連れてってって言ってるんです! もうっ!」

 

 アリアも顔を真っ赤にして、半泣き状態になっていた。

「…そ、そうか。ありがとう…」

 

 軽くなった俺の心に呼応するかのように、回廊に新鮮な空気が流れてくるようになった。

 その風に導かれて進んでいると、突き当たりの壁に明るい光が差し込んでいるのが見えた。意識しなくても歩調が早くなる。

 

 角を曲がると、往路で降着したテラスに出た。

 涼しげな風が吹きぬけ、まぶしい光が眼を射る。

 

「ふぅ、やっとこスタート位置に戻ったな」

「やはり外のほうがよいですね、シオン様」

「そうっ…」

 

 問いに答えつつアリアに視線を向けた俺は、その美しさに言葉を失った。

 風に靡く銀色の髪、凛とした金色の瞳、白い肌と尖った耳介。陽光を浴びて、全身が輝いているようだ。

 

 陳腐な言い方だが、美しすぎる。以前会ったときも、玉座の間で会ったときも、怖さと冷たさしか感じなかった美貌なのに。

 柔らかな表情を含むだけで、これほど評価が変わるものか。

 

 これが聖森人固有の姿だというのだろうか?

「いかがなさいました? シオン様?」

「いや、アリアが綺麗すぎてな。ちょっと言葉を失った」

 

「ありがとうございます。この身体は聖森人のものですから、美しさでは人類種随一でしょうね」

 あっさりと肯定するアリア。

 

 もう少しなにか、そう、照れるとかないものか?

「意外と淡白な感想だな。アリアは綺麗になって嬉しくないのか?」

 

「聖森人が美しいのは世界の共通認識ですし、お仕着せの服を褒められても、嬉しくは感じないものでしょう?」

「…まぁそうか。そうだよな、他人の身体だものな」

 

 急激な頭皮のかゆみを覚えた俺は、ガリガリと頭をかいた。

「それよりも私は…」

 アリアは言葉を濁して目を逸らした。

 

「ん? それよりも、なんだ?」

「いえ、そうは申しましても、これからはこの身体で生きていくわけですから、自分の姿として愛したいと思います」

 

 話を逸らされた気がするが、アリアはなにを言おうとしたんだ?

「まぁ…そうだな。前向きなのが一番だ」

 斯く言う自分は、相棒と令嬢から逃げてきたようなものだから、前向きとは程遠い。

 

 こちらに呼ばれたことで半ば安堵していたくらいなのだから、呼ばれることがなかったとしても、きっと俺は彼女たちの前から姿を消していたに違いない。

 

「でもな、俺は、アリアが“みつけました”って言って、初めて俺の頭に出てきたときから、可愛い子だと思っていたぞ?」

「えっ…?」

 

「その子が頭に常駐し始めたのは嬉しかったし、触れられるアリアが俺の前に出てきたのはもっと嬉しかった」 

 

 もっと格好のいいセリフがあるんじゃないのか、これじゃ欲望丸出しだ。頭の中で文字がぐるぐる回ったが、結局、口から出たのはこんな言葉だった。

「つまり、アリアはどっちでもアリアだから、触れるし嬉しい!」

 

 これが四十年近く女っ気のなかった男が、脳細胞を総動員してひり出した、口から出た瞬間に後悔するセリフだ。恐れ入ったか。

「…はい」

 

 くすりと笑ってアリアは、右手を出した。

「どうぞ」

 俺はその手を握った。少し冷たいけれど、とても柔らかだった。

 

「大丈夫ですよ、シオン様。大神官…いえ、お父様が以前申しておりました。男が格好悪いところを見せられる女になれ、と」

「そ、そうか。…それは、なんと言うか。ハハ…」

 

 今度は俺が苦笑いする番だった。

 

「アリア、背中のヤツを起こしてくれ」

「はい」

 

 アリアが水魔石を砕いて水を撒くと、仮死状態になっていた蠱龍が、ぶるぶるという翅の振動と、ギチギチという関節の音を発しはじめた。残念ながら今は見えないが、蘇生するに従って、濃い灰色からメタリックグリーンに変わっていくさまは一見の価値がある。

 

「シオン様、蠱龍が蘇生しました」

「…アリア、その、シオン様はやめてくれないか。敬称禁止」

  “うっ”となるアリアに、人差し指を交差させてバツを作り追撃。

 

「おっちゃんもダメだ。あれはミスズさんだけにしか許さない呼び名だからな」

 なにか言いかけたアリアに連撃。選択肢はないも同然だ。

「では、…シオン…?」

 

「そうだ、ゆくぞアリア!」

 見た目より軽いアリアを抱き上げ、断崖に向かって歩みを進める。

「ああ。城に帰る前に、ちょっと寄り道をしていいか?」

 

「はい、構いませんが、どちらに?」

「城に入る前に一泊した宿屋だ」

「なにか忘れ物でも?」

 

「いやな、アリアの気が変わって、俺を送り返そうなんて考えても、できないようにしてやろうと思ってな」

 俺はあえて抑揚なく、さらりと言った。

 

「そんなこと、決して考えたりはいたしませんが。…は? …ん?」

 さまざまな変顔をしながら、俺がわざとやった婉曲な言い方を、頭の中で転がしたり咀嚼したりしているうちに意味に気付き、瞬時に赤面して顔を覆うアリア。

 

「…あっ! えっ? そんな!」

「…だめか?」

 

 赤面顔のアリアが指の間から、うらめしそうな視線を俺に向けた。

「…シオン? 性格が変わったのではありませんか?」

「そりゃ、散々頭の中を弄くられて、魔法まで使えるようになれば、性格くらい変わるさ」

 

 言葉を切って、ぐっとアリアに顔を寄せた。

「…それで、だめなのか?」

「だめ…ではないです…」

 

 消え入りそうな声で答えた後、感情が弾けるアリア。

「…もうっ! わざわざそんなこと聞きますかね? この朴念仁は!」

「アリアも性格変わってないか?」

 

「それは、新しい身体に入れば、性格だって変わります!」

「……」

「……ぷっ」

 

 俺たちは顔を見合わせて笑った。

「でも、ブリンチナ様はいかがなさるのですか?」

「あっ…」

 

 なんてことだ。色々ありすぎて、すっかり忘れていたぞ。

「…勿論断るさ。と言うか、最初から本気にはしていない。第一王女なんて娶ったら、間違いなく政争に巻き込まれて、下手したら謀殺されるかも知れん。そんなのは真っ平だ」

 

 俺は言葉を切って、探りながら続きを言葉にした。

「それに…」

『俺は俺の国を作るんだからな』

 

 これは川原でミスズと語り合った夢であり、アリアには関係がないので口には出さなかった。だが、約束した現場に居たアリアは、それとなく察したようだ。

「…それに、お姫様を連れて、旅はできないだろう?」

 

「勿論、私はお供します。…相棒ですから!」 

 アリアの意気込みが、感情の薄い聖森人の顔に乗って、とても不思議な感じがした。

 

「ありがとう。それじゃ、帰ろうか」

「はい」

 

 ミスズと魔女は、自ら望んだ場所に赴いた。

 だが、俺とアリアも同じだ。

 身体を失ったアリアは新しい身体を得て、俺は新たな相棒と守護対象を得た。

 

 これは、あの玉座の間で束の間触れ合った四人が、それぞれ在るべき場所に向かうという“物語”だったのだろう。

 

 断崖に向かって駆け出す。

「頼むぜ蠱龍ちゃん!」

 それに答えるように、背中の蠱龍がギチギチと鳴いた。

 

 俺は虚空に身を躍らせた。

 

 

第一部 完

 

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