この世界でも勇者になります。   作:shch

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25.負けるものか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『ルーラ』でお前を安全な場所まで飛ばす」

 

何もない、無の空間。

 

突然意識が覚醒した瞬間、最初に耳に飛び込んできたのはそんな言葉だった。

 

「…これからヤツに奪われてしまう俺にできるのは、それくらいだ」

 

どこか聞き覚えのある声が、静かに言葉を紡ぐ。

 

「……俺はそろそろ行かなければならない」

 

その言葉と同時に、虚無だった空間にふと人影が現れた。

 

「だが、その前にお前に伝えなければいけないことがある」

 

緑の髪、鋭い青い闘志に燃ゆる瞳、そして右手に握られた剣…

 

「……!!」

 

その姿を見た瞬間、俺は驚愕した。

 

「……ッ! ……ッ!!」

 

驚きのあまり声を上げようとしたが、なぜか口元に黒いモヤのようなものがまとわりつき、言葉を発することができない。

 

そんな俺に、目の前の男が口を開いた。

 

「もうすぐお前は目覚めるだろう。そして、目覚めたお前は己の無力さと、俺という力を失った喪失感で……希望を失い、絶望するかもしれない」

 

静かに、しかし力強く言葉を続ける男は、ゆっくりと俺に歩み寄り、優しく肩に手を置いた。

 

「……でも大丈夫だ…俺はお前のことをずっと見てきた」

 

「俺が保証する、お前はきっと何度だって立ち上がれる…自分の奥底に眠る力を信じろ」

 

そして、真っすぐに俺の瞳を見て……最後に、こう言った。

 

 

 

「……『ヒーロー』であるお前は……きっと…()()()()()()()…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『勇者』にもなれる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

ピッ…ピッ…ピッ……

 

 

静かな空間に、無機質な電子音が響く。

 

俺は目を覚ました。

 

「……知らない天井だ」

 

白い天井を見つめながら、ぼんやりと呟く。仰向けに寝ていた俺は、反射的に体を起こそうとしたが…

 

「…ぐっ…! いてててて…!!」

 

全身を貫くような激痛に顔を歪めた。体を動かすことすらままならない。

 

「……痛っ…てか、ここどこだ…?」

 

痛みに耐えながら、頭を動かして周囲を見回す。

 

白い部屋、白いベッド。

 

隣には電子音を鳴らす心電図のような機械。

 

そして、俺の体には大量の包帯が巻かれていた。

 

「……病院か」

 

状況を把握し、ようやく自分の置かれた場所を理解した。

 

ここは病院の病室、俺はベッドに寝かされている。

 

(…そうだ、思い出した。俺は…『オール・フォー・ワン』に…)

 

「…ん?」

 

ここで、ぼんやりしていた頭がようやく冴え始め、思考が動き出す。

 

(…俺、『メガンテ』を使ったんじゃなかったっけ? なんで生きてるんだ?)

 

ズキズキと痛む体に顔をしかめながら、頭をフル回転させる。

 

だが――。

 

「……わかんね」

 

気の抜けた声で呟いた。

 

わからないものは、どれだけ考えてもわからない。

 

今はただ、生きていることを喜ぼう。

 

そんな能天気な考えに逃げながら、病室の窓から外の景色を眺めた。

 

どんよりと曇った空が広がっている、雲をぼんやり見つめていると、ふとあることに気がついた。

 

「……あれ? 」

 

俺は…静かな病室でポツリと呟く。

 

 

「俺、この世界でこんな風に病室に入るの…初めてかも」

 

そう、今までの俺なら、どんな重傷も一晩で回復していた。

 

ベッドに縛りつけられるような入院なんてなかった。

 

(俺の『個性』は、寝れば全回復するはずだ……なのに)

 

体を見下ろす。包帯の下、傷は疼き、痛みはまだ生々しい。

 

「……な、治ってない…?」

 

 

疑問が頭をよぎったその瞬間――。

 

 

ガラッ…

 

 

病室の扉が音を立てて開いた。

 

「……やっと起きたのかい、勇間」

 

「…勇間少年」

 

病室の扉を開き、俺の元に歩み寄ってきたのは、どこか険しい表情をしたリカバリーガールと右腕に包帯を巻き、首に吊り下げているトゥルーフォームのオールマイトであった。

 

「…リカバリーガール…オールマイト…お、俺は一体…」

 

「聞きたいのはこっちさね…アンタ一体…攫われてからどうやって一人で雄英高校まで帰ってきたんだい?」

 

え?

 

…俺が一人で雄英高校まで戻っていた?

 

「…ぐっ」

 

その時、リカバリーガールの言葉に驚いていた俺の頭がズキンと痛んだ。

 

『「ルーラ」でお前を安全な場所まで飛ばす』

 

頭痛と共に頭の中に浮かびあがったのは…どこか聞き覚えのある声であった。

 

(……お、思い出した…メガンテを唱えて…視界が暗転した後、変な夢を見たんだ…)

 

「大丈夫か!?勇間少年?どこか痛むのか?」

 

オールマイトが心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。

 

「す、すいませんオールマイト、大丈夫です……正直自分でもよくわかっていなくて……攫われた時の事から説明すると……」

 

俺はオールマイトとリカバリーガールに語り始めた。

 

合宿所の森で脳無と戦闘したこと、力及ばず敗北しどこかの廃ビルに連れ去られたこと、そこでオールフォーワンと対峙し、『メガンテ』を使ったこと、それ以降の記憶が全くないこと…

 

全てを語り終えたその時、暗い表情で顔を見合わせるオールマイトとリカバリーガールに向けて俺は思い出したように声を上げた。

 

「そ、そうだ!爆豪!爆豪は!?俺と一緒に連れ去られた筈です!アイツは無事なんですか!?」

 

「落ち着け少年、爆豪少年はつい昨日救出済みだ…そしてオールフォーワンも私がこの手で叩きのめした、今頃はタルタロスさ」

 

「ほ、本当ですか!?よ、良かった……でも流石ですねオールマイト、あのオールフォーワンを叩きのめしただなんて…」

 

俺はオールマイトの言葉に安堵の言葉を漏らした。

 

だが、そんな安堵と同時に目の前の骸骨フォルムのオールマイトに尊敬の念が沸きあがる。

 

(……やっぱりこの人は最強だ……オールフォーワンのヤバさは身をもって知っている……なんで助かったのか分からないけど、まだまだ俺は強くならないといけない)

 

「…まあその代償で私の中にあったオールフォーワンの残り火は消えてしまった……これで私も事実上のヒーロー引退さ」

 

「……え」

 

引退!?

 

オールマイトの引退宣言に俺は驚愕するが……少し考えれば確かにそうだ……これまでも数時間後の活動限界でやってたんだから、いつ引退してもおかしくは無かった。

 

「……そうですか」

 

でも、悲しいもんは悲しい、子供の頃からずっとNo.1ヒーローで平和の象徴だったオールマイトが引退をするなんて……

 

「落ち込むんじゃない、勇間少年……大丈夫さ、次の世代のヒーローも着々と育っている、私が引退してもそう簡単に平和は脅かされないさ」

 

そう言って笑顔でサムズアップするオールマイトであったが、俺が落ち込んでいるのは単純にあなたのヒーローとしての姿がもう見れないからであって、これから先の世を憂いている訳ではないんだけど……

 

でも、そうだな…オールマイトの言葉を聞いてハッとした、次は俺たちの番なんだ……オールマイトの抜けたあまりにも大きな穴を俺たちが埋めなくてはいけないんだ。

 

「…俺も頑張ります、あなたの代わりとは言わずとも、少しでも安心できる世の中になるように」

 

俺が真剣な表情でオールマイトにそう言った。

 

 

 

…俺は、てっきりここでオールマイトから「ああ、まかせたよ!」とか言われて激励されるとか思っていたんだ。

 

そんで明日にでも怪我を治して、A組の皆と合流して、これまで通りに一緒に訓練をして、仮免試験を受けに行ったりとか…

 

オールマイトの代わりになれるようなヒーローに皆で一緒に向かって行ける、そう思っていた。

 

 

 

「………」

 

 

………だが、俺の予想とは裏腹にオールマイトは俺の宣言に激励をしてくれるでもなく、どこか苦しそうな表情を浮かべながら顔を逸らした。

 

 

「オールマイト?」

 

 

オールマイトの様子に異変を感じた俺は首を傾げながら、なんとなくオールマイトの隣のリカバリーガールに目線を移す。

 

 

「………そろそろ、話さなきゃいけないね」

 

 

俺と目が合ったリカバリーガールがそう言うと、ケガでベットから動けない俺の枕元まで歩み寄り、再び口を開く。

 

「……勇間、アンタのその身体……おかしいとは思わないかい?」

 

「……まあ…はい、怪我が治ってないことですよね」

 

俺は包帯でぐるぐる巻きにされた自分の体を見ながらリカバリーガールにそう返す。

 

「そう、どんな怪我でも数時間寝れば全回復してきたアンタの身体の怪我………でも一晩寝ても中々治らないし、アンタも目を覚まさない、わたしゃすぐにおかしいと思って、アンタの身体を隅々まで検査してもらったのさ」

 

リカバリーガールは続ける。

 

「検査して分かったけど、本当に酷い怪我だったよ…骨もあちこち折れてしまって、内部から何かが爆発したように全体の皮膚にヒビが入ってる……でもこの辺りの怪我は時間さえかければ現代の技術ならなんとか治療できる範囲さね…………でも…アンタの身体にどうにもならない所が一つだけ見つかった」

 

「……どうにもならない…こと…?」

 

「…ああ…それはね…」

 

 

リカバリーガールの言葉がやけにゆっくりに聞こえた。

 

何となくだが…俺はこれからリカバリーガールに言われることが最初から分かっていたのかもしれない。

 

起きた時に鳴らなかった宿屋のBGMだとか、寝ても治っていない怪我、神妙な面持ちのリカバリーガールとオールマイト、あの変な夢………

 

色々あるが、何よりも…何か大事なものを失ってしまったという喪失感が俺の中にずっとあった。

 

…今まで当たり前のようにあったものが綺麗さっぱり無くなってしまったような感覚…胸の真ん中にポッカリと大きな穴が空いてしまったような不思議な感じ。

 

体の奥底でたぎる翡翠色の猛々しく燃えていた『何か』。

 

それが…今は全く感じられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………アンタの身体から…個性因子が無くなっていたのさ……きれいさっぱりね…」

 

 

 

 

 

リカバリーガールの言葉が…静まり返った病室に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………アンタの身体から…個性因子が無くなっていたのさ……きれいさっぱりね…」

 

リカバリーガールの言葉に、病室の空気が一気に重くなるのを私は感じた。

 

だが勇間少年は………驚くでも、取り乱すでもなく、ただ静かに瞼を閉じて受け入れた。

 

「………そうですか」

 

まるで、すでに心のどこかで覚悟していたかのように。

 

その横顔に、私は無意識に力を失った自分の姿を重ねてしまっていた。

 

……少年は気づいていたのだろう。

 

自らの中に渦巻いていたあの眩い力が、もう燃え尽きてしまったことを。

 

勇間少年がオールフォーワンと繋がりのある敵連合に連れ去られたと聞いた時から、胸の奥に小さな棘のような不安が刺さっていた。

 

少年の話を聞く限り、ヤツ…オール・フォー・ワンが欲したのは、少年の個性ではなく『勇間勇』という存在そのもの。

 

つまり、少年の『個性』は奪ってもヤツにとって意味のないものだったということだ。

 

だが、勇間少年が最後に繰り出した『メガンテ』……あの自爆の呪文は、過去に自身を瀕死へと追いやった呪文、オール・フォー・ワンにしてみれば、もはや悪夢に等しかったはずだ。

 

正面から受けるわけにはいかない、そこでヤツは反射的に、少年の個性を奪ったのだろう。

 

結果として『メガンテ』は中断され、全身に刻まれた『ひび割れ』のような傷だけを残すことになった。

 

まるで、燃え上がるはずだった命の炎を、途中で掻き消されたかのように。

 

「………すいません、オールマイト、リカバリーガール……少しだけ…一人にしてもらってもいいですか?」

 

考え事をしていた私とリカバリーガールに向けて少年はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はリカバリーガールと共に病室を後にした。

 

扉が閉じると同時に、背中に少年の静かな気配が残る。

 

(……勇間少年……)

 

己の力を失ったという現実を前に、少年はあまりにも静かだった。

 

それが余計に、胸を締め付ける。

 

………と、その時だった。

 

 

 

「……メラ!」

 

病室の奥から、鋭い声が漏れた。

 

 

「バギ!……ライデイン!!」

 

 

叫びと共に、何も起きない沈黙が押し寄せる。

 

私は反射的に扉へ振り返った。

 

「……くそっ…」

 

少年の声が震えていた。

 

もがくように呪文の名を叫び続ける勇間少年の声が、隔てられた扉越しにひび割れる。

 

「メラミ!!……ギガデイン!!」

 

やがて、掠れた声に変わる。

 

「……ケホッ…カホッ………なんで…なんで出ないんだよ…!!…俺は……勇者になるんじゃなかったのか………これじゃあやっぱり…アイツが言ったように………俺は………俺は何者にもなれない……」

 

ガンッ…!!

 

その時、拳でベッドを叩く鈍い音が響き、次いで押し殺した嗚咽が混じる。

 

それは勇間少年が初めて見せた『弱み』だった。

 

どこかで思い違いをしていたのかもしれない。

 

勇間少年は自分の運命をすんなりと受け入れたと勝手に思っていた、自分と同じように。

 

でも、違ったのだ…きっと私たちに心配を掛けないように受け入れたフリをしていたんだ。

 

周りの少年少女たちに比べて、勇間少年は普段から大人びていたし、実力も飛びぬけて高かった。

 

だがドア越しに聞こえる勇間少年の震える声を聞いて再度認識しなおす。

 

彼も守らなくてはいけない『一人の生徒』だったということを。

 

歯を食いしばる。震える拳を、壁に叩きつけそうになる。

 

(オール・フォー・ワン……!)

 

「……許さん……」

 

オール・フォー・ワン、その巨悪に対して…そして少年を守ることができなかった自分自身に……私は静かに怒りを燃やす。

 

 

(貴様が奪ったのは、ただの『個性』ではないぞ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勇間くん、起きてるかな?」

 

「……知らねぇ」

 

緑谷の不安げな呟きに、爆豪がぶっきらぼうに答えた。

 

二人は今、病院の受付を済ませ、勇間の病室に向かっていた。

 

静かな病院の廊下に、二人の足音だけがコツコツと響く。

 

緑谷の落ち着いた足音に対し、爆豪の重いブーツの音はどこか苛立たしげに、いつもより速く刻まれていた。

 

沈黙を破るように、緑谷が再び口を開いた。

 

「……昨日、すごかったね、かっちゃん」

 

「……あぁ」

 

だが、緑谷の言葉にも爆豪は心ここにあらずといった様子で、短く吐き捨てるように返すだけ。

 

その声にはいつもなら滲む自信や攻撃的な響きがなく、代わりに何か落ち着かない空気が漂っていた。

 

(かっちゃん……)

 

緑谷は隣を歩く爆豪を、チラリと心配そうに見つめた。

 

小さい頃から爆豪の近くで過ごしてきた緑谷にとって、今の爆豪の様子は明らかにいつもと違っていた。 

 

握りしめた拳はわずかに震え、額にはうっすらと汗が滲んでいる。鋭い目つきは前方を見据えているはずなのに、どこか焦点が定まっていないように見えた。 

 

そして何より、いつもなら悠然と歩くその足取りが、まるで何かから逃げるように、あるいは何かを急ぐように、やけに速い。

 

(きっと…昨日のこともあるんだろうけど…それよりも…)

 

爆豪がこうなった原因に緑谷はある程度見当がついていた。

 

緑谷が思い浮かべるのは昨日の情景…

 

『次は…君だ』

 

巨悪『オールフォーワン』を討ち取ったオールマイトからの言葉。

 

林間合宿の際に攫われた爆豪はそんなオールマイトと緑谷たちの活躍により無事に雄英に帰ることができた。

 

だが、その代償としてオールマイトの中にあるオールフォーワンの残火は消え、オールマイトはヒーロー活動の引退を余儀なくされた。

 

(…きっと…これも原因の一つだ……でも一番は…)

 

緑谷が頭を回転させていると、速いテンポを刻んでいた爆豪の足音が止まる。

 

緑谷もそれに合わせて足を止め、目の前にある病室の扉の横にある文字を確認した。

 

『勇間 勇』

 

「ここだね、勇間くんの病室…」

 

「………」

 

緑谷の呟きにも爆豪は反応を見せずに無言でその扉を睨みつける。

 

(勇間くんは…一昨日に帰ってきてから…まだ一度も目覚めていない…)

 

どれだけ大きな怪我を負っても、次の日にはケロッとした顔で全回復するのが、勇間という男のはずだった。

 

だが、そんな勇間がもう2日間も眠ったままだ。

 

そして、爆豪は昨日、警察やらの事情聴取で拘束されていて、帰ってきた勇間と対面するのは初めてだった。

 

(かっちゃんと勇間くんは…)

 

緑谷の脳裏に、爆豪と勇間の関係が浮かぶ。

 

二人はライバルであり、互いを認め合う友達でもあった。

 

口では決して言わないが、爆豪にとって勇間は明らかに特別な存在だ。

 

いつも競い合い、時にぶつかり合いながらも、互いを高め合う関係。

 

そんな勇間が今、目を覚まさない。

 

(…一体何がどうなってやがんだよ…クソが…)

 

爆豪の脳内で、自分の目の前で…自分を庇って倒れる勇間の姿がチラつく。

 

敵連合から救出された時、勇間が帰ってきているという事実を聞いた時は驚きや安堵よりも先に爆豪はどこか納得していた。

 

爆豪の中でも『勇間ならなんとかするだろう』とどこかで考えていたのかもしれない。

 

だが、そんな勇間が目を覚まさないほどの状況なら…

 

それはきっと…

 

(俺のせいだ…)

 

 

 

「…行くぞ、デク」

 

爆豪が低く呟き、扉に手を伸ばす。

 

「…行こう…かっちゃん」

 

緑谷がそう答えると爆豪のその手は一瞬、躊躇うように止まった。

 

だが、すぐに意を決したようにノブを握り、勢いよく扉を開けた。

 

ガラッ…!!

 

そんな音と共に目の前に飛び込んできたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ほら勇。あーんしろ」

 

「あーん……んぐっ…」

 

「どうだ?美味いか?姉さんがリンゴを切ってくれたんだ」

 

「…美味しいです」

 

「…そうか、なら次はバナナでもどうだ?」

 

「是非いただきます」

 

真っ先に目に入ったのは、部屋の中央でベットに寝ている勇間にリンゴを与える赤白頭の姿だった。

 

そしてさらには…

 

「ずるいよー轟ばっかり!」

 

「そうだよ!私たちも勇間に餌付けしたい!」

 

「あ、俺もケーキ持ってきてるから!後で食べろよ!」

 

「わたくしも勇間さんのお好きなアールグレイの茶葉を持ってきましたわ!良かったらどうぞ!」

 

「おい!勇間じゃなくてオイラに餌付けしてくれても良いんだぜ?」

 

「お前は黙っとけ」

 

騒がしい見慣れた同クラスの面々たちの姿…

 

「……は?」

 

そんな様子に病室の入り口に立ち尽くす爆豪が驚きの声を漏らし、あんぐりと口を開いている。

 

(勇間くん普通に元気になってる!!しかも皆お見舞いきてるし!!)

 

緑谷が心中で思わずそう叫んでいると、入り口に立つ2人に気がついた切島が口を開く。

 

「おお!緑谷と爆豪!お前らも勇間の見舞いにきたんだな!」

 

切島がそう言うと、他のA組の皆の視線が一斉に緑谷たちに向いた。

 

そして爆豪の姿を見るや否や…

 

「おおおーーー!!爆豪!心配してたんだぜー!!」

 

「ばくごー!!!」

 

と口々に騒ぎながら爆豪に群がり始める。

 

(ああ、そっか…助けに行ってた僕ら以外の皆はかっちゃんと会うのは林間合宿以来か…)

 

そんな事を考えながら緑谷が爆豪と爆豪を取り巻くA組の面々を眺めていると、中央に立っている爆豪が無言でワナワナと震え始める。

 

「……どけ」

 

「えっ…ちょっ…爆…ぐへっ」

 

そして目の前で絡んできていた上鳴を押し除けて、部屋の中央にあるベットへと無言でズンズンと歩みを進める。

 

やがて、ベットに横たわりモグモグと与えられたバナナを咀嚼している勇間の元へと爆豪は辿り着く。

 

近づいてきた爆豪を見た勇間は、口の中にあったバナナを飲み込み、口を開いた。

 

「…んぐっ…おはよう爆豪、なんか色々あったっぽいけど大丈夫だったか?」

 

勇間は呑気な表情で爆豪にそう言って首を傾げる。

 

「………」

 

「…おい、何で無言で近づいてくんだよ?怖いだろ?」

 

だが、そんな勇間の言葉に爆豪は答える事なく、無言で勇間に近づいていく。

 

そして、爆豪はベットで身動きが取れない勇間の顔に手を伸ばして…

 

「…おい、爆豪ってば…むぎゅ…!」

 

勇間の両頬を無言のまま右手でむぎゅっと掴んだ。

 

「……」

 

「……ぼい…ばびぶんば(……おい…なにすんだ)」

 

頬を掴まれたまま、勇間は不満気な様子でそう言う。

 

すると、ようやく爆豪の口が開いた。

 

「…おい…勇間…」

 

勇間に爆豪はどこか掠れた声で一言だけ呟いた。

 

そして、爆豪は勇間の目をどこか不安気な表情で見つめる。

 

「……ぼ、ぼゔじばんばよ、ばぶぼぼ(……ど、どうしたんだよ、爆豪…?)」

 

いつも鋭く、真っ直ぐに前しか見ない爆豪、そんな爆豪の勇間を見つめる瞳が揺れていた。

 

爆豪がゆっくりと口を開く…

 

「……大丈夫だった…か?」

 

柄にもない…消え入りそうな爆豪のそんな言葉。

 

「……ばば(……ああ)」

 

その爆豪の様子に、勇間は頬を掴まれながらも真剣に返事を返した。

 

「……」

 

「……」

 

2人は無言で見つめ合う。

 

そんな2人の様子を他の面々も黙って見守っていたようで、沈黙が病室を支配していた。

 

だがそんな沈黙はすぐさまぶち破られる。

 

「大丈夫なんだったら……」

 

爆豪の肩がわなわなと震え出す。

 

 

 

 

「無事だったなら無事だったて朝イチで俺にLI◯Eしろやこのバカクソピアスがあァ!!!!!」

 

「ええ!?」

 

急な爆豪の怒鳴り声に勇間は驚きの声を上げる。

 

「どんだけこの俺に心配かけさせやがったと思ってんだクソがァ!!!!」

 

「ああ痛い痛い!!患者服の胸倉を掴んで揺らすなバカ!!そもそも手を動かせないんだからL◯NEとかできるわけないだろうが!この脳内爆発頭!!」

 

「黙れ雑魚ピアス!!それくらい気合いで何とかしろやァ!!!」

 

そんな風に怒鳴り合う2人。

 

「キミたち!!!ここは病院なんだから静粛にしたまえ!!」

 

「いやおめぇの声もちょっとうるせぇけどな…」

 

「怪我人を大事にしろやこの爆発三太郎が!!!(小声)」

 

「黙れ!さっき大丈夫だって言ったのはテメェだろうがポンコツピアス!!(小声)」

 

飯田に注意されたからか若干声量は落としつつも未だ口喧嘩をやめない爆豪と勇間。

 

そんな中、遠巻きで2人の様子を見ていた芦戸が安心し切った声色で呟く。

 

「…うるさいけど…でもなんか懐かしいね…戻ってきたって感じで」

 

「…うん、そうやね」

 

芦戸の言葉に麗日が優しく頷く。

 

そして麗日は2人の言い合いを眺めながら隣の緑谷に向けて言う。

 

「よかったね、デクくん」

 

「……うん」

 

(…確かにこの光景は…数日前…2人とも敵に攫われた時は…もしかしたらもう2度と見れないと思っていた…)

 

「…ほんとうに…よかった…これで全部元通り…」

 

そう呟く緑谷の視界に…勇間の全身に大量に絡みつく包帯がチラついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……元通り…なわけない……全部が上手くいったなんて…思えない……一つだけ疑問がある……何故勇間くんの怪我が治ってないんだ?)

 

緑谷は思考を巡らせる。

 

(勇間くんの『個性』は…寝たら全回復するんじゃなかったのか?……わからない)

 

「胸騒ぎがする…」

 

 

…と緑谷が言葉をこぼしたその時だった。

 

 

「良い度胸してんじゃねぇかピアス野郎!!怪我が治ったら覚悟しとけや!!訓練でボコボコにしてやるからよォ!!!」

 

爆豪がいつもの調子で勇間にそう言う。

 

だが、その時だった。

 

「………いや、それはもうできないんだ」

 

勇間の表情が一気に神妙な面持ちへと変わり、病室の空気がずっしりと質量を持つ。

 

先ほどまで騒がしかった空間が静寂に支配される。

 

「あァ?…そりゃどういう訳だ…ピアス?」

 

静寂の中、勇間にそう言って詰め寄る爆豪の頬には一筋の冷や汗が流れている。

 

「…いずれは言わないといけないことだから…今言う…俺は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…敵に『個性』を奪われた」

 

「……は?」

 

絶句…

 

突然の勇間のカミングアウトに文字通り、緑谷や爆豪、轟を含めたA組全員が言葉を発することができなかった。

 

「…帰ってきた俺の体から個性因子が無くなってたらしい…だから今の俺はもう…以前のように剣も魔法も使えない」

 

絶句するA組を前に、勇間は淡々と語り出す。

 

「…皆、聞いてくれ、個性を失った俺は…相澤先生との相談次第だけど、多分、ヒーロー科は除籍になると思う」

 

「勇間…くん…そんな」

 

淡々と語ら勇間に緑谷の声が震え、拳に力が入る。

 

だが、勇間にかける言葉が見つからず、今はその言葉を黙って聞くしかなかった。

 

「…だからこうして皆とゆっくり話ができる機会はもう無いかもしれない」

 

「俺は……もうヒーローとしては戦えない。けど、それで終わりじゃない。俺は『勇者』って言葉にずっと憧れてきた。勇者ってのは、剣や魔法を振るう強さのことじゃなくて………まぁ自分でもまだ言語化はできてないんだけど」

 

勇間はそう言って苦笑いをした。

 

爆豪も緑谷も轟も、皆黙ってそんな勇間を見つめていた。

 

「俺はヒーローにはなれずとも、自分なりに…その夢に向かって頑張るつもりだ」

 

「……だから俺の事なんて気にせずに自分の夢に向かって走って欲しい、俺は悲しいけど…皆と並んで走ることはできない、でもだからこそ、みんなが前に進んでくれることが、俺にとって一番の励みなんだ」

 

しかし、言葉とは裏腹に、勇間の笑みは口角だけが上がり、包帯の巻かれていない左の掌はシーツを力強く掴み、震えていた。

 

(…きっと嘘だ…勇間くんは悔しくて仕方がない筈だ…でも僕らを安心させる為に…)

 

ぎこちなく微笑むその表情とどうしても震えてしまう声色から緑谷は勇間の感情を読み取る。

 

緑谷以外のその笑顔を向けられたクラスメイトたちの胸にも、なんともいえない奇妙な痛みが走っていた。

 

その時…

 

「…っざけんな!!」

 

爆豪がそう叫んで勇間の胸ぐらを掴んでいた。

 

「か、かっちゃん!?」

 

「何勝手に諦めてんだ!あァ!?」

 

爆豪の声は、怒りに震えながらも、どこか切迫した響きを帯びていた。

 

「テメェがそんな弱音吐いてんじゃねぇ!『勇者』だかなんだか知らねぇけど、いつもみたいにふざけたピアス揺らして立ち上がれや!!」

 

勇間は、爆豪に胸ぐらを掴まれたまま、ベッドの上で身じろぎもせず、ただ静かに爆豪を見つめた。その瞳には、先ほどまでのぎこちない笑顔は消えている。

 

「……爆豪、落ち着けって。胸ぐら掴むのやめろ、怪我人だって言ってるだろ?」

 

「『個性』がねぇなら、それで終わりか!? テメェのそのバカみてぇな『勇者』ってのは、そんな薄っぺらいもんだったのかよ!」

 

「……っ!」

 

「何より諦めたってんなら…んでテメェは…」

 

爆豪の発言に勇間の瞳が揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな()()()()な顔してンだよ!!!」

 

爆豪はそう言いながら、勇間の胸倉を強く揺らした。

 

「オイ!爆豪、落ち着けって!」

 

切島が慌てて爆豪の肩に手をかけ、引き離そうとするが、爆豪はそれを振り払い、勇間を睨みつけた。

 

「…テメェはいつも俺に喧嘩売って、ふざけた口きいて、俺をブチ抜いて…そんなてめえを受け入れられるようになってきたと思ったら…今さらこんなザマかよ!? ふざけんじゃねェこのバカピアス!」

 

爆豪の声には、怒りだけでなく、深い苛立ちと…何かを失うことへの恐怖が混じっていた。

 

「…かっちゃん」

 

緑谷が小さく呟くが、爆豪はそれに気づかず、勇間に向かって言葉を続ける。

 

「あの時…あのクソみたいな森で…テメェは俺を庇って…!」

 

爆豪の震える言葉が途切れる。

 

病室にいたA組の全員が、その言葉の重さに息を呑んだ。勇間の目がわずかに見開かれ、爆豪の顔をじっと見つめる。

 

「あの時、俺が…俺が余計なことしなけりゃ…!」

 

爆豪の拳が、勇間の胸ぐらを掴む力にさらに力が入る。

 

 

 

「テメェの『個性』がなくなったのは…全部、俺のせいだろ…!」

 

爆豪の言葉が病室に重く響いた瞬間、誰もが息を呑んだ。

 

勇間の瞳がわずかに揺れ、胸ぐらを掴む爆豪の手に視線を落とす。

 

「…爆豪」

 

勇間が静かに名前を呼んだが、爆豪はそれを遮るように顔を上げ、勇間を睨みつけた。赤い瞳に、普段の苛立ちとは違う、複雑な感情が渦巻いている。

 

「俺が…あの時、余計な真似しなけりゃ…テメェはまだ…!」

 

言葉が途切れ、爆豪の声が詰まる。病室の空気が張りつめ、A組の面々が固唾を飲んで見守る中、爆豪は突然、勇間の胸ぐらを離した。

 

「…クソが…!」

 

爆豪が低く呻き、踵を返して病室の扉に向かう。

 

緑谷が慌てて手を伸ばすが、間に合わない。

 

バタンッ!

 

扉が激しく閉まる音が病室に残響し、爆豪の姿が消えた。

 

「…かっちゃん!」

 

緑谷が反射的に声を上げ、追いかけようとするが、切島が先に動いた。

 

「待てよ、爆豪!」「おおい!爆豪ってば!」

 

切島と上鳴が叫びながら扉を開け、廊下へ飛び出す。

 

「くそっ…爆豪…!!」

 

ベッドに横たわる勇間も、体を起こそうとしたが、痛みに顔をしかめ、諦めて枕に頭を預けた。

 

表情は苦虫を噛み潰したように歪み、視線は天井に向けられている。拳をシーツに握りしめ、唇を噛む姿は、普段の明るい勇間とはかけ離れていた。 

 

「違う…こうなったのは…爆豪のせいなんかじゃ無い…俺が自分を見失ったから…全部俺自身のせいなんだ…」

 

「…勇」

 

飛び出した二人の足音が遠ざかり、病室に再び静寂が訪れる。残されたA組の面々が、互いに顔を見合わせる。誰もが言葉を失い、重い空気が漂っていた。

 

そんな中、勇間の隣に立っていた轟がゆっくりと口を開く。

 

「…怖いんだ…俺も、爆豪(アイツ)も…お前という『ヒーロー』を失うのが…」

 

「………」

 

勇間は何も言わずに爆豪が飛び出した病室の扉をじっと見つめていた。

 

「なあ…勇………ホントにここで終わりなのか…?……お前は…それでいいのか?」

 

 

「…………わからない」

 

 

 

轟の問いかけにボソッとそう呟いた勇間のその蒼い瞳を見た轟は一瞬目を見開くと、ゆっくりと目を瞑った。

 

「………そうか」

 

轟はそれだけ呟くと、ゆっくりと勇間に背を向けて病室の扉の方向へと歩き始めた。

 

 

 

ガラリッ………

 

 

 

そしてその扉を開き、爆豪と同じように病室から出て行ってしまった。

 

 

 

「………」

 

(………勇間…くん)

 

そんな轟の背中を無言で見送る勇間の瞳には………

 

 

 

 

 

 

かつての燃え上がるような炎は…全く見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

25.『負けるものか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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