「………おや?また来てくれたのかい?…オールマイト」
「……」
「この前来たときは…僕とは二度と話したくないと言って無かったっけ?」
「……余計なことは話さない。今から私が聞くことにだけ答えるんだ………オールフォーワン…」
対個性最高警備特殊拘置所『タルタロス』。
その分厚い鋼鉄の扉の奥、硝子越しに向かい合うのは…かつての巨悪と、すっかり瘦せこけた元No.1ヒーローだった。
「…まあいいさ。前も言ったけど、何分暇でね。こうして会話ができるだけで楽しいんだ…それで?僕に何を聞きに来た?」
「…勇間少年の話だ」
「ああ…彼ね。……彼の『個性』を返せなんてナンセンスなわがままは、今さらよしてくれよ?」
牢獄に囚われているというのに、オールフォーワンの声色は余裕そのもの。
オールマイトは奥歯を噛みしめ、胸の奥から込み上げる怒りを押し殺しながら、低い声で続けた。
「……勇間少年の個性因子を調べた時…同時に、遺伝子情報の解析も行った」
「……それで?」
白々しいオールフォーワンの態度にオールマイトは拳を握りしめる力を強める。
(…この情報は…勇間少年の両親にはすでに伝えてある。だが……本人には、まだ話していない…今の少年にはこの情報は伝えられない…受け止められるわけがないからだ…)
オールマイトがゆっくりと、口を開く。
「……勇間少年の遺伝子情報が……彼の両親のものと一致しなかった」
そんなオールマイトの一言が静かな面談室に響き渡った。
「…それが僕に何の関係がある? オールマイト?」
惚けたような言葉とは裏腹に牢獄の奥で、オールマイトの言葉を聞いたオールフォーワンの口角がゆっくりと吊り上がる。
……まるで「やっと気が付いてくれたか」とでも言わんばかりの表情で。
(………この情報を伝えた時…どれだけ勇間少年のご両親が悲しまれたか…!)
オールフォーワンの様子を見たオールマイトは怒声に変わる寸前の言葉を必死に抑え込みながら、一歩踏み込み、分厚い硝子越しに拳を握りしめた。
「保須での敵連合の襲撃……あの時、我々は貴様の生み出した複数の遺伝子情報と個性を持つ、生物兵器『脳無』の遺伝子情報も入手していた」
「………」
オールフォーワンは沈黙。だがその沈黙すらどこか挑発的だった。
オールマイトは呼吸を荒げながらも、声の調子を崩さずに言葉を紡ぐ。
「……あの時、現場に残った血液から入手した………勇間少年と似た『個性』を持つ脳無の遺伝子情報………」
オールマイトが思い浮かべるのは、勇間が3度対敵した赤毛の脳無の姿。
声が低く震え、拳の骨が軋む音が硝子に伝わる。
冷静に感情を抑えながら、オールマイトがゆっくりと口を開く。
「…あの脳無の情報と……勇間少年の遺伝子情報が一部合致した……」
オールマイトは唇を噛み切らんばかりに、最後の言葉を吐き出した。
「これは…これはいったいどういう訳だ………オールフォーワン…あの脳無と勇間少年に何の関係がある……!?」
オールマイトの怒声がタルタロスの奥に響き渡る。
だが檻の向こうの巨悪は答えず、ただゆっくりと口角を吊り上げた。
「さぁ……何のことだか…」
そう答えたオールフォーワンの暗闇に沈むその顔が、わずかな照明を受けて歪んでいた。
・
・
・
「なあ…****……おい…****ってば!!」
「…え?」
気が付けば、どこかで見覚えのある街並みに俺は立っていた。
「…あれ?俺…」
いまいち状況が飲み込めない、キョロキョロと辺りを見回す俺に、隣に立つ青年が不思議そうな表情で声をかけてくる。
「……どうしたんだよ****?なんか考え事か?」
「……****って……俺の名前……?」
「…何言ってんだ?****?****はお前の名前で、俺たちは大学の講義が終わって今から帰るとこだったろ?」
俺は青年にそう言われて、正気を取り戻す。
ああそうだった、俺の名前は『****』そんで隣のコイツは俺の大学の友達、俺はどこにでもいるただの大学生だ。
「なあそんなことよりさ……****」
「なんだよ?」
俺が友人にそう聞くと、友人は前方の高いビルの屋上を指さして口を開く。
「……あの鉄骨、落ちそうじゃね?」
その言葉と共に友人の指さす方向に目を向ける。
そこにはビルの屋上で工事中のクレーン車が鉄骨を運んでいた、確かに不安定で落ちそうに見える。
でもああいうのは設計上、絶対落ちないようになっているはずだ。
あんなの落ちてくるのは漫画やアニメの話だろう。
……その時、工事しているクレーンの下に中学生くらいの男子2人が歩いているのが見えた。
そして、突風が俺たちの間を駆け抜けた。
「あ、落ちた」
友人がポロっと、本当に目の当たりにしたことを口に出しただけのように呟いた。
鉄骨が物凄いスピードで中学生2人組の元へと落ちていく。
俺はそれを見て反射的に頭の中で思考を巡らせる。
「……っ!!」
(…俺なら間に合う!!…『ピオリム』で素早さを上げて、少し近づいてから『バギマ』で鉄骨を吹っ飛ばせる!!)
そう考えた俺は…脚に力を入れる。
(まず身体中に巡る魔力を集中させて………あ)
異変に気が付く。
(そうだ…俺はもう魔法は使えないんだった)
そんなことを考えている間にも鉄骨は落ちる。
今から走ればあの子たちを助けられるだろうか。
(いや助けられるだろうか……じゃない!助けるんだ!足を動かせ!!俺!!)
だが…そんな俺の想いとは裏腹に……
「……あ…れ?」
俺の脚は震えていて……動かなかった。
ドシャッッ!!!!!!!!!!!!
何かが潰れる音が辺りに響いた。
あの時みたいに……俺の身体は勝手に動いてはくれなかった。
・
・
・
「……っ!!!!……はあ…はあ…はあ」
目が覚めた。
ベッドの上でガバッと勢いよく上体を起こす。汗で体に張り付いたパジャマが気持ち悪い。
「……っつ……夢、か……」
喉がカラカラに渇いていて、心臓の鼓動がまだ激しい。
俺はタオルを手に取り、額の汗を拭ったがどうにも落ち着かず、静かにベッドから抜け出した。
そして、汗を流すために、寮の共同シャワー室へ向かう。
廊下の蛍光灯はまだ薄暗く、早朝の寮はしんと静まり返っていた。
自分の足音だけがやけに響いて、さっきまで見ていた夢の内容を思い起こす。
(……あの鉄骨……あの時、俺は確か…あの中学生を庇って…この世界に来たはずだ………でも夢の中の俺は……)
俺はシャワー室に向かう前に、なんとなく洗面所に立ち寄った。
鏡の前に立ち、ぼんやりとその鏡の中を覗き込む。
「……」
そこには、自分の顔が映っている…
……脳無のメラゾーマに焼かれ、少し短くなってしまった緑の髪、オールフォーワンとの戦いで壊れてしまってから青いスライムピアスは付けていない。
そして、キリリと鋭さを増した蒼い瞳。
鏡越しに見つめ返すその眼差しは、もう散々見慣れたドラクエ4の勇者の………
「あれ?」
俺のチャームポイントだった蒼い瞳がどこか輝きを失っていることに気が付いた。
短くなった髪や付けていないピアスのせいでドラクエ4の勇者の姿と離れてしまったこともあるかもしれない。
でも鏡に映る俺の顔は………
「………」
おおよそ勇者というには…あまりにも………
「……俺って…………何なんだろ……?」
早朝の静かな洗面所…俺の虚しい独り言に答えてくれる人はいなかった。
・
・
・
コツ…コツ…コツ…
足音を響かせ、緩やかな坂道を一歩一歩踏み締めるように下る。
傍にある公園の柵の向こうでは、誰もいないブランコがかすかに風に揺れていて、鎖の音が寂しげに響いていた。
今俺は久しぶりに実家への帰り道を1人歩いてる。
理由は小学生の頃にやったようなちょっと古めのRPGゲームを何故か無性にやりたくなったからである。
そのハードを寮に持って行っていなかったので土日を利用して、取りに帰ろうと言う算段、ついでに実家へとプチ帰省だ。
(まぁ久しぶりに母さん父さんに会いたかったというのもあるけど…)
…としばらく会っていない両親の顔を思い浮かべながら、下り坂を闊歩していたその時。
「……あの、すみません」
突然、背後から声をかけられた。
反射的に振り返ると、制服姿の若い女性が手を胸の前でぎゅっと握りしめながら立っていた。
その手には、見覚えのある黒い皮財布。
「これ、落とされましたよ」
「え…」
俺は慌てて自らのポケットやカバンの中身を確認し、その女性が持っているのが本当に自分のものだと考え、すぐに口を開く。
「ほんとだ、俺の財布…どうもありがとうございます…助かりました」
俺は少し緊張しながらも、なんとかぎこちのない笑みを浮かべて財布を受け取ろうと手を伸ばす。
その瞬間――その女性と目が合った。
(…あれ?この人どこかで…)
…と俺が考えているその間に。
「あっ……!」
女性の視線が俺の顔に固定され、一切動かなくなってしまった。
「…え、どうしました?…おーい?」
固まった女性の目の前でブンブンと手を振るが、反応が無い。
困った、財布をまだ返してもらってないのに…てか財布拾ってもらっといてなんだけど、人の顔見て固まるとかちょっと失礼じゃ無いか?
「あの、俺の財布を…」
「……あっ!す、すいません!固まっちゃってました!…ど、どうぞ!」
俺が困った表情を浮かべていると、やっと正気に戻ったのか、女性が慌てた様子でそう言いながら俺に財布を差し出してきた。
「あ、どうもありがとうございます……じゃあ…俺はこれで」
その財布をお礼を言いながら受け取った俺は、踵を返して再び実家への帰路につく。
…だが、その時。
「…あ、あの!」
背後から女性の声が飛んだ。
「……えっと…その、貴方がずっと着けてた青くておっきいかわいいピアス…外しちゃったんですか?」
「…え?」
俺は女性の言葉に反射的に振り返った。
振り返った先には女性が自分の財布を俺に見せるように持って立っていた、その財布には青い球状の変な顔をしたストラップがぶら下がっている。
それを見た俺はビビッと頭に電流が走った。
「あ!貴女は!…もしかして、あの時俺が財布を拾った…」
「お、思い出してくれましたか!?あの時、ちゃんとお礼が言えてなくて…私ずっとモヤモヤしてたんです」
確か、あれは体育祭直後だっただろうか?俺がこの人の財布を拾ったんだけど、コミュ障すぎてちゃんと渡せなかったんだ。
そんで、結局麗日さんが代わりに渡してくれたんだっけ?
「改めてあの時はありがとうございました!」
女性はそう言って俺に深く頭を下げる。
手に持った財布にぶら下がる手作りのスライムのストラップがそれに合わせて揺れていた。
「それ…」
俺がストラップを凝視しているのに気が付いたのか女性は恥ずかしそうにしながらも口を開く。
「…あ…これは…あの…その…!」
その様子がなんだかおかしくて、俺は思わず笑みをこぼしてしまう。
「…はは…それって……やっぱり俺のピアスを真似して作ってくれたんですか?」
「そ、そうなんです!私体育祭で勇間くんを見てからずっとファンで!…これも勇間くんのピアスがすごく可愛くて思わず自分で作っちゃったんです」
そう言って楽しそうに笑う女性を見ながら、俺は無意識に自分の左耳を触るが、そこにはそのピアスは無い。
当然だ、オールフォーワンとの戦いで木っ端微塵に砕けてしまったんだから。
「…あのピアス、俺も好きだったんですけど、実は訓練で壊れちゃったんですよね」
だが、そんなことを一般人に言えるわけもなく、適当に俺がそう言うと、彼女は一瞬だけ目を丸くして、それからふっと表情を緩めた。
「……そうだったんですね。でも、私にとっては勇間くんのピアスが特別なんです。体育祭のとき、すごくかっこよかったから……私、ずっと忘れられなくて」
「………」
「だから、このストラップも、私だけの『お守り』なんです。これを見ると何故か勇気が湧いてくるんです!私今受験生で……あ、すいません…なんか自分語りみたいになっちゃって…」
彼女はそう言いながら恥ずかしそうに顔の前で手をブンブンと振る。
なんか動きが多い人だなこの人、てか受験生ってことは俺よりも年上か。
「…とにかく!勇間くんにすごく感謝してるんです!…私、勇間くんが将来、すごいヒーローになるのを楽しみにしてます!」
そう言って楽しそうに笑う彼女の笑顔が俺の胸にチクチクと棘のように刺さる。
彼女の言葉はまっすぐで、何の疑いもなかった。
けど、それが逆に俺の中の空っぽを抉ってくる。
(……俺は、もう……ヒーローにはなれないのに)
きっと彼女は勇者の個性を使って、色んな敵を倒し、たくさんの人を救う、そんな俺を期待している。
だが、もう…そんな俺はいない。
「…どうしたの…勇間くん?」
よほど酷い表情をしてしまっていたのだろうか、目の前の彼女が心配そうに俺に声をかけてきた。
「……すいません…俺、実は……」
言いかけて、声が詰まった。
自分で明確に『ヒーローになれない』なんて、口に出した瞬間にはなんだか全部終わってしまう気がしたからだ。
「ねぇ…勇間くん…やっぱり、ちょっと私の話をしてもいいかな?」
思わず視線を落としていた、俺を見た彼女は優しく笑うとそんなことを言ってきた。
その笑顔は先ほどまでの慌てたような雰囲気は無く、しっかりとした年上のお姉さんのような表情だった。
そして、そんな彼女は俺の返事を待つまでもなくゆっくりと語り始めた。
「……私、本当は大学なんて無理だって諦めてたんだ…家庭の事情とかお金の問題とかで…夢なんて持つだけ無駄だって思ってた、でも、体育祭の勇間くんが何度倒れても立ち上がる姿を見て……なんか、頭をガツンって殴られたみたいで。『あ、諦めなくてもいいんだ』って初めて思えたの」
彼女は震える声で語りながら、小さく息を吸い込むと、ぎゅっと財布を抱きしめた。
「それで私は決心したの、アルバイトをしてでも、奨学金を申請してでも、何でもやって諦めずに挑戦してみようって…これは勇間くんが教えてくれたこと、夢を追いかけるのに、『無理』なんて言い訳は関係ないんだって」
一拍置いて、彼女はこちらに視線を向けた。
「個性が強いとか、すごい技を使えるからじゃない…私は貴方の…貴方自身の何度も立ち上がる諦めない姿に、すごく勇気をもらった」
「貴方が今、なんですごく辛そうな顔をしているかは…私にはわからない……けど、これだけははっきり言える……」
潤んだ茶色の綺麗な瞳が俺をまっすぐに捉える。
そして、彼女はニッコリと笑って俺に言った。
「勇間くんは……私の『勇者』だから」
「……勇者」
その二文字は、今の俺にとって一番似合わない言葉だったはずだ。
でも、彼女は疑いもなく口にした。
話し終えた彼女の笑顔を俺の蒼い瞳が見つめる。
その笑顔は…自信に満ちていて…
(…ああ…そうだ…そうだった…)
「……俺……これからも……必死で…諦めずに……頑張れば………誰かを救えると…思いますか…?…『個性』のない…弱い俺でも…」
声が…どうしても…震える。
せっかくできたファン第一号に情けない姿は見せたくないのに…
だが、俺の言葉を聞いた、目の前の彼女は少し驚いた表情をしたものの、すぐに自信に満ちた表情に戻り、はっきりと答えた。
「…もちろん!頑張る君から勇気をもらえる人はいっぱいいるよ!だから頑張っていっぱい人を救ってよ…私みたいな人をね!」
彼女の答えが俺の胸を突き破った。
その言葉は眩しすぎて、まともに受け止めきれない。
でも……胸の奥の暗闇に、小さな種火がパチ、と弾けるのを感じた。
俺はグッと自分の目元を制服の袖で拭って顔を上げる。
「……ちょっと、やらなきゃいけないことを思い出しました……俺、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
そんな彼女の返事を待たずに俺は踵を返して駆け出した。
前ほど速くは走れないけど…それでも全力で…。
・
・
・
寮の近くの公園、誰もいないベンチに腰を下ろし、ポケットからスマホを取り出す。
俺が見つめるその画面には…この間、心操に渡された謎の電話番号が映っていた。
正直怪しすぎる気もするが…今の俺にはすがれる藁があるのなら、もうなんでもよかった。
俺は意を決して、発信ボタンをタップした。
数回のコール音が響いたその後、電話口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『……勇間か』
「…えッ!?…あ、相澤先生!?なんで先生が!?」
電話口から聞こえる元担任の声に俺は驚きの声を上げた。
『うるさいぞ勇間…ちょっと驚いたくらいでガタガタ抜かすな』
「…は、はい!…すいません!」
久しぶりの相澤先生の鋭く低い声に俺の背筋は自然とピンと伸びる。
『はぁ…まあいい……それよりも勇間、この番号に電話をしてきたお前に聞きたいことがある』
「…なんですか?」
俺がそう尋ねると電話越しの相澤先生が少し間を開けて言った。
『…勇間…お前はこれからどうしたい?』
…それは病院で俺が答えられなかった質問と同じ質問だった。
でもあの時とは違い、俺の口は自然に動いていた。
「…俺……なんだってやります…血反吐を吐いても…なんど倒れても…俺はやっぱり誰かを救いたい……俺は………」
もう…迷うことなど一つもない。
「『ヒーロー』になりたいです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……でも知ってる?わたしたちは大人になってもこのゲームの人たちみたいに剣も魔法も使えないんだよ、だからこのゆうしゃみたいにはなれないんだよ??」
「ぼくだって知ってるよそれくらい、…まぁたしかに剣や魔法を使って世界を守るこの勇者はカッコいいし、そんな風になれるならなってみたいさ」
「でもね○○ちゃん、ぼくが本当になりたいのはさ……」
「どんなに辛いことがあっても…」
「どれだけ…打ちひしがれても……」
「『誰かのために』…絶対に諦めずに何度だって立ち上がれる……そんな…」
「超カッコいい『
27.『勇間勇:オリジン』