この世界でも勇者になります。   作:shch

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あけましておめでとうございます。

結局色々あって時間がかかりました。すいません。






30.この世界でも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰がなんと言おうと……俺の戦場は…『ここ』だ…!」

 

 

 

 

 

勇間の力強い言葉がエンデヴァー事務所の訓練場に響く。

 

「…」

 

「…」

 

互いに無言で睨み合う勇間とエンデヴァー、両者の間にはなんとも言えない緊張感が張り詰めていた。

 

「……ふっ」

 

だがそんな沈黙を破ったのは小さな笑い声だった。

 

どこか見覚えのある、とんでもなく諦めの悪そうな勇間のその瞳、それを見たエンデヴァーの呆れにも近い短い笑い…

 

その声で周囲の空気が若干緩和される。

 

「…俺は真剣ですよ、エンデヴァー」

 

少しだけムッとしたような表情で呟く勇間の言葉に、エンデヴァーは一瞬だけ目を細めた。

 

そして、そのままエンデヴァーはしばらく無言で勇間をじっと見据えていたが…

 

「……もう貴様の勝手にするがいい」

 

低く、短い一言を残すとゆっくりと踵を返して、訓練場の出口へと足を進めた。

 

まるで、さっきのやり取りなんてなかったかのように、淡々とした足取りに勇間は思わず口を開く。

 

「…俺!すぐに、焦凍の隣に戻ってみせますから」

 

その言葉にエンデヴァーの足がピタリと止まる。そして勇間に背を向けたまま静かに言葉を返した。

 

「……一つだけアドバイスをやろう」

 

 

 

 

「まずは己の弱さを知れ……そして、己を信じろ」

 

エンデヴァーはそう告げると、再び歩き出し、訓練場の扉に手をかける。

 

「……期待している」

 

そんな言葉とともにピシャリと扉が閉まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅー」

 

訓練場に1人残された俺は、力が抜けたようにその場に座り込み、額に流れる汗を軽く拭った。

 

(…やっぱ怖えよあの人)

 

心の中でそんなことを考えながら、ドサッと地面に体を預ける。

 

(…己の弱さを知れ…か)

 

見慣れない天井を仰ぎ、エンデヴァーとの会話を思い返した。

 

言われなくとも、もう自分の弱さは散々理解しているつもりだ。

 

オールフォーワンにコテンパンにやられたあの日、病室のベットに縛り付けられ何も出来なかった日々、さっきのエンデヴァーの火球を避けられなかった時だってそうだ。

 

『個性』が無くなってからの俺は本当に弱い。

 

カチャ…

 

なんとなく、右手に持った模造刀を天井に掲げる。

 

(側から見ると今の俺はちょっとだけ剣術ができるただの一般人だもんなぁ)

 

掲げた模造刀が照明を反射し銀色に鈍く光っていた。

 

「…ん?」

 

(…よく見りゃこの模造刀、いつか轟家からもらったヤツと全く同じ種類じゃないか?)

 

目を細めて、模造刀を眺める。

 

「ははっ…懐かしいなぁ…『ロトの剣ver2.0』」

 

自然と口元が緩む。

 

まだ雄英高校に入ってなかった頃、焦凍と爆豪と毎日のようにこれを持って訓練してたっけな。

 

今思えば、あの時の俺は自分が『勇者』だってことを信じて疑ってもいなかった気がする。

 

「怖いもんなんてなかったもんなぁ…」

 

何も知らなかった。

 

何も失っていなかった。

 

鍛えれば鍛えるほどだだひたすらに強くなる自分が嬉しくてしょうがなかった。

 

でも今は違う。

 

知ってしまったのだ、敗北することの恐怖と大事なものを失った時のあの喪失感を。

 

「……」

 

ドシャッッ!!!!!!!!!!!!

 

突然、()()が潰れる音が俺の頭の中で響く。

 

『俺の身体は…勝手には動いてくれなかった』

 

最近よく見る悪夢を思い出す。

 

その光景は、いつも同じだ。

 

吹き抜ける風。

 

甲高い金属音。

 

崩れ落ちる鉄骨。

 

なにかが潰れたような音。

 

俺がこの世界に来た時と同じようなあの光景、ビルの上から鉄骨が落ちてきて、力の無い俺は何もできずに眼の前で人が下敷きになって死んでしまう。

 

「……」

 

(……思い返せば、()()()()()()はあの場面で『身体が勝手に動いていた』のか)

 

あの時の俺が鉄骨の下にいた中学生2人を助けられたのかどうかは、死んでしまったから分からない。

 

でも、前の世界の俺は間違いなく、自分以外の誰かのために、一切の躊躇いなく一歩踏み出していた。

 

助けるための力なんて持っていない、助けられる確証もなかったのに、あの時の俺は、今の夢の中の俺とは違って『身体が勝手に動いていた』。

 

 

「……」

 

 

じゃあ…『前の世界の俺』ってのは…今思えば…

 

 

「…ふぅ」

 

 

その時、俺は小さく口を開いた。

 

 

「なあ…前の世界の俺よ…」

 

 

そして、天井を見上げながら、ゆっくりと手を伸ばす。

 

 

「俺さ……お前みたいに、もう一回なれるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…この世界でも…『勇者』に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さっきから1人で何言ってんだ?勇?」

 

「え?」

 

センチメンタルに浸っていた俺の視界に鬱陶しいくらい端正な顔面が映り込む。

 

「前の世界ってなんだ?」

 

キョトンとした表情で寝転がっている俺を覗き込むように眺める焦凍。

 

「…い、いつから見てた?」

 

そんな焦凍に俺は尋ねる。

 

「勇が模造刀を眺めて笑い出したあたりだ」

 

「最初からじゃん…!」

 

そう言いながら、勢い良く上体を起こす。

 

(…ポエマーしてるとこ見られちゃったよ?普通に恥ずかしすぎるんだけど!?)

 

「……それで、前の世界って、ほんとに何の話なんだ?」

 

しかし、恥ずかしがる俺に構わず焦凍は何食わぬ顔で疑問をぶつける。

 

何なんだこいつは。

 

しかも何気にちょっと面倒臭い話も聞かれちゃってるし。

 

「…い、いや…ちょっと寝ぼけてただけっていうか?も、妄想と言いますか…」

 

(…くるしいか?)

 

苦し紛れに搾り出した俺の言葉はあまりにも中身が無かった。

 

これでは流石の焦凍も怪しむか…

 

「…なるほど、勇が言うならそうなんだろうな」

 

…と思ったけど、納得してくれてた。

 

ほんとに何なんだこいつは。

 

「…ってかさ、焦凍こそ何してんだよこんなとこで?サイドキックの人たちとパトロールに行ったんじゃなかったのか?」

 

強引に話を逸らすべく俺はそんなことを焦凍に尋ねた。

 

「勇、もう昼の12時だ。午前のパトロールは終わったんだ」

 

そう言いながら焦凍は壁にかけられた時計を指差す。

 

たしかに、時計の針は12時の少し手前を指している。

 

(…あれ?もうそんな時間か…案外エンデヴァーさんとの話が長かったんだな…)

 

そんなことを考えていたその時。

 

「……勇、そういえばこの事務所の近くに美味い蕎麦屋があるんだ、今から行かないか?」

 

焦凍がそんな提案を俺にしてきた。

 

「蕎麦?そりゃまた急だな」

 

「いや、急じゃない。あそこの蕎麦は相当美味しい、ずっと前から勇を誘おうと思ってたんだ」

 

「あ、そうなの?じゃあそこまで言うなら行こうかな…」

 

俺が了承の意を伝えると、座り込んでいる俺に焦凍は右手を伸ばす。

 

「昼前だからきっとまだ空いてると思う。早く行こう」

 

「ああ、そうだなっ…と」

 

返事を返しながら焦凍の右手を掴み、立ち上がった。

 

「さんきゅ、じゃあ行こうぜ」

 

そう言いながら焦凍の肩をポンと叩いて、歩き出そうとしたその時。

 

「…ああ…そうだ勇」

 

焦凍が何かを思い出したかのように俺を呼び止めた。

 

俺は足を止めて振り返る。

 

「どうした焦凍?もしかして蕎麦屋今日は定休日だったか?」

 

少しふざけた返事と共に首を傾げる俺。

 

「……いや、勇に言っておくことがあった」

 

しかし、そんな俺の瞳を焦凍は真っ直ぐ見つめていた。

 

「ん?どうしたんだよ?」

 

「…『勇者』になれるか…ってさっき言ってただろ?」

 

「…言ってたけど掘り返さないでくれ、恥ずかしいから…」

 

「いや、安心して良い、勇は俺と出会ったあの日から…ずっと、今この瞬間も」

 

 

焦凍は表情を変えずに俺に言う。

 

 

「…ちゃんと俺の『勇者』だぞ?」

 

「…え?」

 

「腹が減った、早く蕎麦食べに行こう」

 

固まる俺の横を焦凍は何食わぬ顔で通り過ぎる。

 

「……ちょ、ちょっと待てよ」

 

俺はそんな焦凍の背中を慌てて追いかけた。

 

 

(…恥ずかしいことサラッと言いやがって…ほんとに何なんだよ…コイツは…)

 

 

呆れながらも…溢れる笑みを抑えながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いただきます」」

 

そんな声と同時に、俺たちの目の前に置かれた湯気立つ蕎麦から、ふわりと香ばしいいりこ出汁の香りが立ちのぼる。

 

ずるっ…

 

一口すすってみれば、いりこの旨みと、やや甘めの返しが絶妙に絡み合う。

 

「うめぇ…」

 

思わず感嘆の声が出てしまうほどの味に、しばらく俺は一心不乱に蕎麦を啜っていた。

 

やがて、一旦箸を置いた俺は、ふぅと一息ついて、冷たい水をひとくち口に含む。

 

「そういや…」

 

そんな時、隣で蕎麦を啜っていた焦凍が俺に声をかけてきた。

 

「A組の奴らとは連絡とってるのか?」

 

「…ん?まぁ…焦凍ほど頻繁には連絡とってる奴はいないけど…ぼちぼちかな?」

 

突然の焦凍の問いかけに俺は素直に返す。

 

「そうか…」

 

俺の返答に表情を変えずに頷いた焦凍…まぁどこか嬉しそうなのは気のせいだろう。

 

にしても焦凍(コイツ)の方からそんな話を振ってくるなんて珍しいな、いつも雑談の話題を提供するのは俺の役目なのに。

 

俺がそんなことを考えていると、焦凍が続けて口を開く。

 

「…蛙吹とかとは…ちゃんと連絡とってんのか?」

 

「え?なんで梅雨ちゃん?」

 

「…………」

 

焦凍は無言で俺を見つめている。

 

なんで何も言わないんだコイツ……?

 

「……」

 

「……」

 

…しかし、このままずっと焦凍と見つめ合うわけにもいかないため、俺は渋々口を開く。

 

「…実は…最近梅雨ちゃんとは、あんまり連絡とれてないんだよね」

 

そう、最近彼女と全くと言って良いほど連絡を取れていないのだ。

 

まあ?なんかインターンで忙しいとか聞いたし、仕方ないことだとは思うんだけど。

 

にしても連絡が少ない、もしかして嫌われてしまったのだろうか?

 

結構俺たち仲良かった気がするんだけどなぁ…

 

…などと項垂れていたその時。

 

「………別れたのか?」

 

「ぶっ…!!」

 

焦凍の突然の発言に俺は思わず、口に含んでいた水を吹き出す。

 

何言ってんだコイツは…!?

 

「しょ、焦凍クン?俺と梅雨ちゃんは付き合ってすら無いからな?」

 

「そうなのか?」

 

「当たり前だろ!むしろなんでそんな勘違いしてんだ!?」

 

「…普通に」

 

「普通にってなんだよ!?」

 

「…………すまん」

 

焦凍は少し考える素振りを見せたが、諦めたように短く謝ると、何事もなかったかのような再び蕎麦を啜り始めた。

 

「はぁ」

 

(…コイツ…!一体いつから勘違いしてたんだ?全く…)

 

俺はそんな焦凍の横顔を見ながら、一つため息をつく。

 

そして、再び置いていた箸を手に取って、目の前の蕎麦に手を付けた。

 

(…うん、まあでも久しぶりに梅雨ちゃんの話をしたらなんだか恋しくなってきたかもな…今度電話でもしてみようかな?)

 

呑気にそんなことを考えながら蕎麦を啜る。

 

しかし、こんな風に焦凍と蕎麦を啜りながらしょうもない話をするのも久しぶりだ。

 

(こんな日がいつまでも続きゃ良いのになぁ…)

 

あまりにも穏やかな時間に頬が緩む。

 

…だが、その時だった。

 

 

 

 

 

 

ドォォォォォォンッ!!!

 

 

 

 

 

 

「…っ!?な、なんだ!?」

 

 

 

突然、地響きのような轟音が、俺たちのいる店全体を震える。

 

蕎麦鉢がガタリと揺れ、他のお客さんたちのどよめきと悲鳴が重なった。

 

「焦凍!今の!」

 

「ああ…!外からだ、しかもかなり近い…!!」

 

立ち上がった焦凍の瞳が鋭く光り、すぐさま地面をけりつけて店を飛び出した。

 

「ちょ、待てよ焦凍!!」

 

俺も慌てて焦凍の背中を追って、店から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ!」

 

外に出ると、視界の奥…交差点の先で黒煙が立ち昇っていた。

 

そして、その黒煙の向こうから、異様な熱気が風に乗って押し寄せてくる。

 

ブワリ…と足がすくむ感覚が俺を襲う。

 

(……こ、この…気配は)

 

何回も感じたことのある、途轍もない威圧感(プレッシャー)

 

ゆっくりと黒煙が空気に流れ、その中心に立っている巨体の姿が現れ始めた。

 

 

 

 

 

「グギァァァァァァォ!!!!!」

 

「………マジか」

 

無意識に口から漏れ出た言葉。

 

忘れようとしても、忘れられるはずがないその姿。

 

不自然に隆起した黒い筋肉と剝き出しになった脳みそ、特徴的な長くて赤い髪……

 

「アイツ…!もしかして、あん時の脳無か…?」

 

「この威圧感…間違いない…何でこんな街中に…どういう状況なんだ??」

 

少し距離があるが俺がヤツを見間違えるはずがない。

 

USJ…保須…林間合宿…そして今、あいつと邂逅は通算4回目。

 

植え付けられた戦いの記憶に俺は無意識に右手を腰元へやるが、そこには頼りになる相棒はいない、俺の右手は空気を掴む。

 

「……」

 

林間合宿では俺はヤツとほとんど互角に戦えていた、だが今はどうだ?俺には個性が無い。

 

個性が無い俺と焦凍の2人であの脳無をどうにかできるわけがない、周囲に一般人もいる…

 

能無は今、前方で静かに何かを探すかのように周囲をキョロキョロと見まわしている。

 

(なら今のうちにエンデヴァーさんでも誰でも応援を…)

 

「なあ…焦凍」

 

「ショートだ。敵が出た、応援を要請する」

 

俺が言うまでもなく、焦凍は左手を耳に当てて事務所に連絡をしている様子だった。

 

流石仮免ヒーロー、判断が早い。

 

(この区間はエンデヴァー事務所の管轄内、エンデヴァーさんさえいれば、流石の脳無が相手でも被害は最小限に抑えられるはず)

 

この時の俺は…事態を甘く見過ぎていた。

 

「……っ!?」

 

俺の考えとは裏腹に事務所と通信していた焦凍が驚きの声をあげる。

 

「…わかりました…対応します」

 

「どうしたんだ!?焦凍?」

 

通信を終えた焦凍に俺がそう聞くと、焦凍は前方の能無からは目を離さずにゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

「…俺らの管轄内の地域のほとんどで…複数体の能無が出て暴れてるらしい」

 

 

 

 

「え?」

 

「親父も対応に追われてる、他のサイドキックの応援も期待できねェ…」

 

「嘘だろ?」

 

焦凍の言葉に思わず声を漏らす。

 

…じゃあなんだ?今この辺一帯は脳無がうじゃうじゃいるってことか?あの保須の時みたいに?

 

ここでやっと、今の俺たちを襲っているのがただの単発の事件ではないことに気がつく。

 

(…くそっ)

 

だが疑問が残る。

 

能無は敵連合の技術だったはずだ。

 

奴等はオールフォーワンによって作られた複数個性持ちの怪物。

 

だが、そのオールフォーワンはこの前オールマイトが倒した。ボスを失った敵連合がこうもはやく活動を始めるのか?

 

色々な考えが頭をめぐるが、今脳無が目の前にいるのは紛れもない事実…!!

 

「グギァァァァァァ!!!!」

 

存在感を知らしめるような、おぞましい脳無の咆哮が響く。

 

「くっ…」

 

…その咆哮に、脳無の方を睨みつけていたその時だった。

 

「勇、ここは俺がなんとかする……その間に逃げろ」

 

焦凍がそう言いながら脳無から俺を守るように目の前に立った。

 

「…な、何言ってんだ!ダメだ焦凍!アイツのヤバさはお前にもわかるはずだろ!?お前を置いて逃げるなんて…」

 

俺がそう訴えるが、焦凍は俺の前から動こうとしない。

 

焦凍は真剣な表情で真っ直ぐに俺に言葉を放つ。

 

「悪ィ…勇…俺は…今の勇を隣に置いては戦えない」

 

「…焦凍」

 

氷のように冷たい現実が俺の胸に刺さる。

 

(……『ここ』が…今の俺の場所…)

 

俺の視界を遮る焦凍の背中。

 

「勇…!今はとにかく早く逃げろ…!」

 

焦凍の叫びが周囲に響いたその時、背中越しに見えていた脳無の瞳がギョロリと動き…

 

「…っ!!」

 

俺と目が合った。

 

その瞬間…

 

ズンッ…!!という地面を蹴りつける音と共に脳無の姿が()()()

 

俺は脳無を見失ってしまったが、目の前の焦凍は真っ直ぐ一点を見つめながら再び叫ぶ。

 

「来るぞッ!勇!!」

 

焦凍が右手を振りかざし、自らの前に分厚い氷の壁を瞬時に生成する。

 

ガァァァンッ!!!

 

直後、目にもとまらぬスピードで脳無の拳が氷に直撃し、大きな重低音と共に粉砕された氷が四方に飛び散った。

 

「グギァオ!!」

 

そして、氷の防壁が破壊され、無防備になった焦凍めがけて足を振るう。

 

「…ぐっ!!」

 

横方向に振りぬかれた一閃が焦凍の脇腹を捉え、目の前にいた焦凍は吹き飛び地面を転がる。

 

「焦凍ッ!!」

 

俺が名前を叫ぶが耳に入るのは強く体を打ち付けた焦凍の苦しそうなうめき声だけだった。

 

(…や、やべぇ…)

 

ゆっくりと…

 

ザッ…

 

ザッ…

 

ザッ…

 

焦凍を吹き飛ばした脳無は俺に向かって歩き出していた。

 

黒い巨体が近づいてくる。

 

「くっ……」

 

…迫り来る脳無を見たその時、再び一つの感情が俺の胸の中いっぱいに広がる。

 

 

 

 

 

 

 

(………怖い)

 

嫌でも理解できてしまう。個性もなけりゃ武器もない今の俺じゃ目の前の脳無には天地がひっくり返ったって勝てない。

 

本当なら近くで倒れている焦凍の元へ駆け寄りたい、そして一緒に脳無に立ち向かいたい。

 

…でも。

 

(足が…動かない…)

 

この感覚は初めてのものではなかった。

 

『君は…勇者にはなれない』

 

あの時の…オールフォーワンからの決定的な敗北…あの時と同じ感覚。

 

地面に這いつくばって、歯を食いしばって、助けを求めて、何もできなかったあの時の俺。

 

あれから色んなことを経験して、自分なりに前を向いた。

 

そのはずなのに…

 

(…なんで…動いてくれないんだ…俺の身体…!!)

 

目の前の脳無が、一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。

 

(……こんなんで………どうすんだよ俺……!)

 

やがて脳無は俺の目と鼻の先で足を止める。

 

「グギャアアアアア!!!!!」

 

耳を劈くような脳無の咆哮が響き、キーンと耳鳴りが起きる。

 

ギロリと生気の無い瞳が俺を嘗め回すように見下ろしている。

 

(動け!……動いてくれよ……!!)

 

ギリッ……!

 

歯を食いしばる音と共に、口の中で生臭い鉄の味が広がる。

 

それでも動かない身体。

 

その瞬間…

 

脳無が俺に向けて右手を翳し……唱える。

 

 

 

 

「ヴァギグ……「まだ終わってねェぞ……!!!」

 

だが、脳無の呪文を遮るように、横から発生した燃え盛る火炎が脳無を包んだ。

 

「ガァァァァ!!」

 

声にならない悲鳴を挙げて、火だるまになった脳無がもがき苦しみながら俺の元から離れた。

 

俺はゆっくりと焦凍の方に視線を移す。

 

「……はぁ…はぁ…この脳みそ野郎…勇に…手ェ出してんじゃねぇぞ…」

 

息を切らした焦凍が右手で蹴られた脇腹を抑えて立っていた。

 

左手からは絶えず激しい火炎を出し続け、脳無の動きを止めている。

 

「…勇…頼む…逃げて…くれ」

 

焦凍は全身を震わせながらも、火炎の威力を落とさず、左手を前に突き出していた。

 

「でも…焦凍…」

 

(……俺には…ホントに何もできないのか…親友が…あんなに頑張ってんのに…何もできないのかよ……!!)

 

「………くそっ」

 

俺が小さくつぶやいたその時。

 

「ヴァギグロズ!!!」

 

叫び声と共に焦凍が発していた火炎が風により吹き飛ばされる。

 

「な、何…?」

 

「グォオオオ!!」

 

火炎により焼け爛れていた脳無の肌は『再生』によりみるみるうちに治っていき、大きな咆哮を上げる。

 

「グギァァ…!」

 

炎から解放された脳無の視線はもはや俺を捉えてはおらず、焦凍のみを捉えていた。

 

次の瞬間、脳無の巨体が、またしても視界から一瞬で掻き消える。

 

「くっ…!」

 

焦凍はそれに対して反射的に右手を振るい氷壁を展開する。

 

しかし…

 

ガギィンッ!!

 

脳無の拳が、氷の壁を紙切れのように突き破り、焦凍の胸元を掠める。

 

「……かはッ!!」

 

衝撃に身体が浮き、焦凍は地面を転がる。

 

「グォオオオ!!」

 

だが、止まらない。

 

脳無は追撃を躊躇しない。

 

立ち上がった焦凍に容赦なく浴びせられる拳の嵐。

 

焦凍が氷を張り、炎で牽制する。だがその全てが間に合っていない。

 

反応速度が明らかに鈍くなっている。

 

「焦凍…!」

 

喉が張り裂けそうになる。

 

傷が増え、地面に叩きつけられ、必死に立ち上がろうとする焦凍の姿が、やけにぼやけて、遠くに見えた。

 

(……頼む…動いてくれ)

 

脳無の拳が、容赦なく振り下ろされる。

 

(………もう…嫌なんだ)

 

ガンッ…!!

 

鈍い音が響く。

 

(……このままじゃ……)

 

焦凍の身体が宙を舞い、壁に衝突してからアスファルトに転がった。

 

頭の中で、警鐘が鳴り続ける。

 

 

『君は…勇者にはなれない』

 

 

だが、あの声が、俺の足を縛りつける。

 

地に伏す焦凍は再び立ち上がろうとするが、力が入らないのか、そのまま動かない。

 

「………はぁ………はぁ……」

 

呼吸は荒く、肩が小刻みに上下している。

 

だが、それでも…

 

「…………逃げ…ろ…勇」

 

焦凍は諦めていなかった。

 

俺のために何度だって立ち上がろうとしていた。

 

「………っ!!」

 

(もう…やめてくれ…そんな身体で……立とうとしないでくれ……)

 

脳無が吹き飛ばした焦凍に向けて右手を突き出す。

 

そして…

 

その右手に赤い魔力が集中する。

 

(…メラゾーマだ)

 

なんとなくだ。

 

この脳無の『メラゾーマ』。

 

それが焦凍に炸裂すれば…全てが終わってしまう………何故か、そう感じた。

 

「しょ、焦凍!!立ってくれ!!」

 

「……ぐっ」

 

俺は叫ぶが、焦凍は明らかに立ち上がれるような状態では無かった。

 

そして、ゆっくりと…

 

 

 

 

「…ヴェラゾーマァァ!!!!」

 

脳無の右手から巨大な火球が打ち出された…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怖い。

 

 

 

 

逃げたい。

 

 

 

 

死にたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく勇間は怖かった。

 

 

『勇者』の力を持って、色々な経験をして、力を失って、敗北を知って、恐怖を知った。

 

 

だからあの時の『体が勝手に動いていた』頃には…もう戻れない。

 

 

分かっていた。

 

 

 

でも、ずっとそれを認めたくはなかった。

 

 

 

 

だけど………

 

 

 

 

 

「………ッ!!!」

 

 

 

 

 

『勇間くんは……私の勇者だから』

 

 

 

 

『お前は…きっと、いいヒーローになる』

 

 

 

 

『テメェは二度と諦めるとか言うんじゃねェ…約束しろ』

 

 

 

 

『勇はずっと…俺の勇者だぞ?』

 

 

 

 

『己の弱さを知れ……そして、己を信じろ』

 

 

 

 

 

周囲と接する中で、いつの間にか本人も知らないうちに、勇間の中で考えが変わっていた。

 

 

 

 

 

確かに、緑谷出久や前の世界の自分みたいに…誰かのために体が勝手に動くことはないのかもしれない。

 

 

 

 

彼らのように、みんなが思い描く理想的でカッコいい『ヒーロー』にはなれないかもしれない。

 

 

 

 

 

でも……

 

 

 

 

 

 

ダッ……!!

 

 

 

 

…怖くて、怖くてたまらなかったかもしれない…でも…

 

 

…それでも、明確に自分の意思で、自分以外の誰かのために踏み出したその確かな『一歩』。

 

 

 

 

 

 

その……

 

 

 

 

 

 

 

 

『勇気』のある一歩は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダッ…!!

 

 

 

 

 

俺はその『一歩』を踏み出した。

 

 

 

 

 

自分自身の弱さを受け入れた。

 

そしたら、これまで全く動いてくれなかった足が嘘のように簡単に動いた。

 

まぁよく考えてみれば、そりゃ怖いさ、死ぬのも怖いし、痛いのすら怖い…

 

でもさ…

 

(…ここで動けなかった自分を見るのが…一番怖いよな!)

 

一歩一歩、恐怖と闘いながらも、無我夢中で…駆ける。

 

倒れる焦凍に迫る大きな火球、何故か世界の全てがスローモーションのように見えた。

 

やがて…

 

「焦凍ッ!!!!」

 

「……ゆ、勇…?…なん…で…俺の前に…」

 

俺は焦凍を守るように大きく両腕を広げ、焦凍の前に立っていた。

 

迫りくる巨大な火球、ジリジリとした熱気が肌を焼く。

 

「……勇………や、やめろ……そこを…どけ…!」

 

苦しそうに声を上げる焦凍を背に、火球から目は逸らさずに口を開く。

 

「なぁ…焦凍」

 

もしかすると死ぬかもしれない。

 

 

そんな状況…だけど俺は…

 

 

 

「……ゆ、勇…?」

 

 

 

 

俺は笑ってた。

 

 

 

 

子供みたいに無邪気に…

 

 

 

 

「焦凍…ありがとな」

 

 

 

 

…だってうれしかったから。

 

 

 

 

「いや、焦凍だけじゃない…周りのみんなのおかげだ…」

 

 

 

 

 

うれしかった、自分以外の誰かを守るために『勇気』を持って、一歩を踏み出せた自分が…

 

  

 

 

 

「みんなのおかげで…俺は…」

 

 

 

 

 

 

そして…何よりも…

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界でも…『勇者』になれたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一度、思い描いていた『勇者』になれたから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30.『この世界でも勇者になります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時…

 

 

 

 

 

 

~♪

 

 

 

 

 

懐かしい()()()が周囲に響き渡った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







2026年もよろしくお願いします。

今年こそは最後まで行きたいです。
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