木の下闇(ホラー・20,000字)   作:源公子

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 「珠子、栄様嫌い」

 

「なんで嫌うかなぁ。昔はママ、ママってべったりだったのに。

 栄様が総理大臣と大事な神託の接見してるのに『ママいないー』って大泣きするから、俺は何度も学校早退したんだぞ。

 俺か栄様しか、お前泣きやませられなかったからな」

 

「そんなの赤ちゃんの時の話じゃない!何よ、どうせ珠子は子供よ。

栄様みたいな大人の女じゃないよ。

 お兄ちゃんだって、珠子より栄様が好きなんでしょ! 

だから栄様の言うこと聞いて、珠子のこと置いてイギリスに行っちゃうんだ」

 

 悔しい、悔しい。体だけ大人と言われ、なのに栄様の決めたことに、ただ従うことしかできない子供の自分が悔しい。

 お兄ちゃんだって、栄様に言われて、今日この家を出て行くのだ。

 

「お兄ちゃん……どうしても行っちゃうの?」

 

「うん、この家に僕の居場所はもうないから。でも、珠子ももう大人だ。本当のことを教えるよ。僕は秀雄父さんに似てるけど、父さんの子供じゃない。父さんの弟の子なんだ。

 

 叶母さんが十五の時、駆け落ちした相手が冬彦と言う名の僕の本当の父親。

 その時僕はもう、叶母さんのお腹にいた。二人は駆け落ちしたけど捕まって、僕の父親は、贄となって今はあそこに埋まっている」

 

 冬樹は目の前にある御神木を指さした。

 

「大きくなるために、神木は栄養がいる。昔の歌にあるように、代々娘の父親は肥やしになって埋められてきた。

 だからその鎮魂のためにも、栄様は僕に祠を守らせた。僕の父さんが埋められた時に、御神木の影がでて……」

 

 そういうと冬樹は口籠もった。

 

 でも珠子は別のことを考えていた。

 

「そんなら、珠子はお兄ちゃんと結婚する。」

 珠子に背中にしがみつかれ、冬樹は、凍りついた。

 

「だって聞いたんだもの。叶お母さんは、お兄ちゃんを産んだ後、もう子供が産めない体になったって。だから珠子は、絶対お母さんの子供じゃない。 

 戸籍は兄妹だけどお兄ちゃんとは、お父さんもお母さんも違うんだから、血はつながってない。

 珠子、このままじゃ栄様の決めた男と結婚させられちゃう。

 珠子お兄ちゃんのお嫁さんになりたい! 二人で一緒に逃げようよ」

 

 ざわり。

 

 世界が少し暗くなった。

風もないのに、御神木が二人に向かって、のしかかる様に、枝を伸ばす。

 不意に木の影が一箇所に凝り固まり、その中に首を吊った男が、回りながら揺れている。

 ゆっくり、ゆっくり、顔がこちらを向いた。冬樹の顔だった。

 

「お兄ちゃん!」

 

 でも、珠子は今、お兄ちゃんの後にいる。じゃぁ、あの人は誰?

 

 木の下闇の中の、冬樹の唇が動く。

 何か言っている、でも聞こえない。

 

「お兄ちゃんあれは何? なんて言ってるの」

 

「あれは御神木の影だ、木守の僕にしか聞こえない」

 冬樹はひどく震えていた、珠子の体も一緒に震える。

 そして――

 

「そうしよう」

 冬樹はそう言った。

 

 途端に影は消え、

 世界は明るさを取り戻した。

 

「なんでもないよ、もう済んだ」

 冬樹はひどく青ざめていた。

 

「もう母屋におかえり」

 冬樹に強くそういわれ、しぶしぶ珠子は母家に帰った。

 

 その後すぐ、冬樹は影と同じに、首を吊って死んだのだ。遺書はなかった。

 

 

 

 冬樹の死亡診断書を書いたのは、珠子の祝いの宴に出席していた久保村だった。妻の沙織も一緒だった。

 

「冬樹ぃ……」泣き崩れる彼に、

 

「よろしくお願いします」 

 と栄は青ざめた顔で言った。

 

 母屋へ戻ろうとした栄に、沙織がすがり付く。

 

「なんでです、冬樹くんは死なせないって、約束してくれたじゃない。

 だから、私は久保村の家に嫁いだのよ。なのになんで、冬樹くんを返してよぉ」

 

 沙織は、狂ったように泣いていた。

 

「わからない。御神木の影が昼に出るなんて、巫女が逃げようとした時くらいのはず。どうして……」

 

 巫女が逃げようとした時。

 叶は、男と逃げた。そして男は殺された。

 

「二人で一緒に逃げようよ」

 

 だから、冬樹は影に殺された――

 

 

 

 ドサッ。人の倒れた音に珠子は我に帰った。

「栄様!」沙織さんの悲鳴。

 

 母屋に運ばれた栄には、久保村くんが付き添い、珠子は通夜の線香の番を沙織さんと一緒にすることになった。

 鬼っ子の通夜をするものは、他にいなかった。

 大槻の家のものは皆、祝いの席を台無しにされたと怒っていたからだ。

 

 友引明けは、火葬場が混むので、葬儀は明後日と決まった。

 栄様の看病や、関係者への連絡、明日の通夜の準備で、母屋はざわめいていたが、夜半過ぎには静かになった。

 

 冬樹は、離れで顔に白い布をかけられ、北向きに置かれていた。

わずかばかりの、引っ越し用の段ボールの積まれた部屋で、珠子は冬樹の側にいた。

 

 静かだった。あの時から、珠子の時間は止まったままだ。

 空港に向かうハイヤーが来たと兄を呼びに来て、離れの鴨居にぶら下がっている冬樹を見つけたのは珠子なのだ。

 

 昼間見た影と同じその姿を、栄に訴える珠子に、

「やっぱり冬樹は、影に喰われたの」

 と栄は言った。

 

「僕の父さんが埋められた時、影が出て……」

 

 影に喰われるとは何なのだろう。

 

 

 

 

 

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