木の下闇(ホラー・20,000字)   作:源公子

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叶お母さん

南の縁側のガラス戸が、明るなり夜が明けた。

沙織も珠子も、いつの間にか眠っていた。

 沙織を起こさぬよう、珠子は、短くなった蝋燭と線香を、新しくした。

 時計を見ると六時になるところだった。

 

「そうだ日蝕」

 

 ガラス戸を開けて縁側に出ると昨日作った煤ガラスがぽつんとまだ置いてあった。

 

 二○一二年五月二十日六時十九分。日蝕が始まった。

 

「一緒に見ようね、お兄ちゃん」

 新しい祠に向かいそう言った。

 兄の魂はあそこにいて、きっと珠子を守ってくれている。そう感じたのだ。

 

 珠子は縁側に座り、煤ガラスに透ける太陽を見上げた。

 世界が少しずつ暗くなりだした。

 木漏れ日の丸い形も、だんだんと欠けて半月に変わり、世界が少しひんやりとしてきた。

 

「あら、煤ガラス、懐かしいわね。冬樹くんが作ったの?」

 眠っていた沙織が起きてきてそう言った。

 

「ねえ、沙織さん。影ってなに? お兄ちゃんのお父さんは、御神木の生贄にされてその時、影が出たってお兄ちゃん言ってた」

 

「うん……わたしも母から、聞いた事ある。

 叶様達が駆け落ちした時、偽の栄様の影が出たって。

 影の栄様は、駆け落ちした叶様達の居場所を告げて、力尽くで二人を連れ戻させたの。そして冬樹くんのお父さんの冬彦さんを、栄様の御神木の根元に生き埋めにしてしまったんだって。

 その時から、叶様は、おかしくなって……私、母と冬樹くんと一緒に、何度か離れにお見舞いに行ったけど、母が誰かも分からなくなってた。

 部屋には白無垢の花嫁衣装が一式飾ってあってね、『冬彦さんとの結婚式に着るのよ』って大事そうに頬ずりするの。

 それを見てる冬樹くんが可哀想で……」

 

 沙織さんの眼にまた涙が滲んだ。

 

 日蝕が進む。木漏れ日が三日月に変わった。

 

「言い伝えでは、女の贄の多い木は年を経ると悪鬼になるの。

 悪鬼になった木は、大槻一族の人の影を使って人々を欺き、思い通りに操ると言われてる。

 玉祝りの巫女が来る前、杉の木の贄は女だった。

 だから杉の木の精霊は悪鬼になり、人々を操った。

 それで玉祝りの巫女は杉の木を滅して、女の生贄を捧げるのをやめさせ、欅を植えた。

 大槻の家の欅が代替わりするのは、年を経て悪鬼にならない様にするためなの。そして代替わりのたびに、巫女と木は新たに契約を結ぶ。

『我に従え』と言霊の力でねじ伏せてね。

 力の弱い巫女は、逆に木に乗っ取られたり、死ぬこともあるそうよ」 

 

「あ……代替わりが、孫とか曽孫とか、間があるのはそのせい?」

 

「ええ。栄様の御神木の切り株と珠子ちゃんの新しい御神木の間に小さい切り株があるでしょう? あれは叶様の切り株。

 当主に選ばれ損なった女の、枯れた御神木のひとつ。

叶様の御神木は、冬樹くんがお腹にいるのを知って、自ら枯れたそうよ。

 

 何でこんなに詳しいかって言うと、珠子ちゃんが生まれてなかったら、私が後継になる事になってたからなの。

 だからこの家の歴史や、色々な秘技を栄様から教わってた。

中でも一番怖かったのが、玉祝りの巫女を呼び出す秘技。

 自分の娘を依代として捧げ、自分の命を賭して、初代巫女を呼び出す。

御神木が悪さをするときは、そうやって巫女を呼び出してやっつけてもらうんだって。

 もし失敗したら、私も叶様みたいになるかもって怖くて、よく泣いてたの。

そうしたら栄様が、代理出産をすると言い出して、珠子ちゃんが生まれた。

 多分、冬樹くんが栄様に頼んでくれたのね。

『当主になる』という立場を肌で感じて、初めて栄様の大変さ、辛さがわかった。

 私あれ以来、いつか栄様の恩に報いようって、思って生きてきたの。

私も大槻の女だから」

 

 大槻の女――ドクリとまた経血が落ちた。

 ナプキンが膨れ上がっているのがわかる。

 

「なんか、ぐちょぐちょする。もう限界みたい」

 

「大変、二日目って量が多いのよ。早くナプキン取り替えないと。一緒にトイレに行く?」

 

「大丈夫、ナプキンの場所も知ってるし、一人でいける」

 

 漏らしたくない。珠子はあわててトイレに行こうと、廊下に通じる北側の引戸に手をかけた。

 

 途端に、「カタン」と音を立てて、引戸が開いた。

 

 一人の女が立っていた。初めて見る顔、

 白い髪、白無垢の花嫁衣装を着ている。帯に差す懐剣は抜かれて、右手に握られていた。

 

「ひっ」

 

 珠子は後ずさった。

 それを追うように女は部屋に入ってくる。

 

「叶様!」

 

 縁側にいた沙織が叫ぶ。

 パリンと煤ガラスが割れる音がした。

 

「叶……お母さん?」

 初めてみた戸籍上の母の姿だった。

 

「お前を産んだのは栄だ、私はお前の姉さん。

 いや違う、お前は私の孫だ。だってお前の父親は冬樹なんだものね」

 

「やめて! 叶様言わないで。珠子ちゃんはなにも知らないのよ」

 沙織が叫ぶ。

 

 珠子は、ペタリと後ろに座り込んだ。

腰が抜けていた。ガクガクと膝が震えた。

 

「お前、逃げようとしたね。だから冬樹は影に殺されたんだ」

 

 ジリジリと叶は、珠子に迫る、

珠子は腰を抜かしたまま、後ずさる。

 

「冬彦さんのことがあってから後、私は長らく何もわからなくなってた。

 でも十二年前の夜、誰かに呼ばれた気がして、魂だけが体から抜けて、声の方に歩いていったら冬彦さんがいた。

 冬彦さんは私を離れに連れて行き、ガラス戸から中を見せた。

そこで私の母親が、私の産んだ息子と繋がってたんた。

栄は実の孫のまだ中学生だった冬樹の種を使って、お前を産んだんだ」

 

 ドクン、珠子の腹が捩れた。

経血が塊になって落ちて、ついに腿の内側から滴った。

 

「やめて、そんな言い方。栄様はこの家の為に、どうしても三代目の珠子様が必要だったの。霊力の強い娘を産むために仕方なくやったのよ」

 沙織が耳を塞いでそう叫んだ。

 

「大槻の家のため、この家の人間はそれさえ唱えりゃ何をやってもいいと思ってる。だから私は冬彦さんと逃げたんだ。

 なのに私たちは連れ戻され、栄の命令で冬彦さんは私の目の前で、生き埋めにされて死んだ。栄はそれを見て笑ってたんだ」

 

「嘘だ! 栄様は、そんな事しない。わたしにも、お兄ちゃんにもいつも優しかったよ」

 

 珠子は腰が抜け、恐怖で後退りながらそれでも、必死で叫んでいた。

 

「そうだね、お前は栄にそっくり。母方の、大槻の自慢の跡取りだ。

 わたしのような父親似の鬼っ子は、次の女の跡取りを生む道具としてしか価値が無い。

 なのに私が産んだのは男の冬樹。父も私が生まれる前に、どこかにいった。

それとも、内緒で殺されて栄の御神木の贄になって、埋められたのかもしれないね。冬彦さんみたいに」

 

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