木の下闇(ホラー・20,000字)   作:源公子

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見知らぬ老婆

 珠子が、三日後に意識を取り戻したとき、 全てが終わり、経血も止まっていた。

 

「沙織の葬儀も、冬樹と一緒に済ませたよ。沙織は大槻の女だ、珠子ちゃんを守れて、本望だったと思う」

 久保村が言った。

 

「久保村くん、あのね、私の本当のお父さん、お兄ちゃんなんだって……」

 

 あの日聞いたことを語る珠子。

 だまって聞いていた久保村は、怪訝な顔をした。

 

「安心して、君が冬樹の子供である可能性は全くないんだ。

 何故かと言うと、冬樹は“無精子症”だったからだ。大槻の血の濃い男は、ほとんどがそうらしい。

 実は、まだ学生の頃にあいつに頼まれて、冬樹の精子のチェックの後、髪の毛でDNA鑑定もしたんだ。君と冬樹は親子じゃなかった。」

 

 珠子は、訳が分からなくなった。では珠子の父親は誰なのか。

 

「ママ――いえ、栄様は?」

 

「倒れた後布団で横になりながら、警察の対応や葬儀の指示をして、繰り上げ法要まで全て終わらせた。

今は横になって休んでいる。ひどい熱だったのによくやったよ、さすが大槻の当主だ」

 

「栄様頑張ったんだ。なのに珠子はいつも誰かに庇ってもらうだけ」

 何もできない無力な子供の自分が悔しかった。

 

「珠子ちゃん、そりゃ十一歳の女の子にできることを超えてるよ。ああでも、もう夕方近いけど、出来たら祠にお参りしてあげてくれないかな。  

 栄様が寝込んでて、誰もお参りしてないんだ。冬樹の分も頼むよ」

 

 

 

 神木に捧げる、日供の米・水・酒と、榊の枝を盆に乗せ、離れに向かう廊下に来た珠子は、そこで足が止まってしまった。

 怖い、あそこで人が死んだのはほんの三日前なのだ。

 

 その時珠子は、東の縁側から御神木へと続く一番古い切り株の上の人影に気づいた。それは栄がいつも座っていたあの大きな切り株だった。

 

「栄様もう起きていいの?」

 

 お盆を置いて、縁側のサンダルを履き、珠子は切り株に走った。

 けれども近づくと、それは見知らぬ老婆だった。

 

「あの……どなたですか? ここから先は大槻の親族しか入れないんですよ」

 

「案ずるでない。私はこの家の生まれだよ、珠子や」

 

 確かに、髷を結った着物姿の老婆の胸元の家紋は、丸槻葉巴。

 大槻家の家紋だった。無限に老いた様な、小さなその姿は威厳に満ちていた。

 

「御免なさい。あの、どんな御用でしょう。ママ……当主の栄は、今伏せておりまして、私でよければ、伺います」

 

 老婆はため息をついた。

 

「やれやれ、大人になったばかりじゃ私を見るのがやっとか。日没も近い、“昨日”を見せてやったほうが早いね」

 

 老婆は切り株の上から、珠子の頭にヒョイと手を翳した。

 途端に珠子の頭の中に、珠子のために植えられた若い御神木と祠が浮かんだ。

 

 新しい祠の前に、まるで老婆のようにやつれ果てた栄が佇み、左右に掘られた穴の中に、お兄ちゃんとさおりさんが横たわっている。

 秀雄父さんと久保村くんもいた。

 

「沙織これからは冬樹とずっと一緒だぞ、よかったな。たった一年だったけど、俺の嫁さんでいてくれてありがとうな」

 囁くような久保村君の声。沙織さんに土をかけていく。

 

「冬樹すまない、守ってやれなくて。弟の冬彦が贄にされた時、お前と叶さんを守るためにこの家に入ったのに、結局何もできなかった」

 秀雄父さんの涙が、土と一緒にお兄ちゃんの上に落ちていた。

 

「お願い、二人で珠子ちゃんを守って」

 

 そう言うと、栄はノートを一冊祠に入れた。あれは――

 

 

 

「あれ、お兄ちゃんの日記だわ」

 

 言うなり、珠子は若い御神木へと駆け出した。

 

「これまだ途中だよ」

老婆の声など、もう耳に入らなかった。

 

「やれやれ、子供はこれだから」

 ため息をつく老婆に、ひとりの女が声をかけた。

 

「初代様も、元気がよろしかったでしょう。そうでなければ、珠子にはなれません」

 

「おや二代、来たか」

 

「はい。ご一緒しましょう、初代様」

 

「うむ、日のあるうちに……の」

 老婆はそう言うと、切り株から立ち上がった。

 

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