恐怖狩人 ~クトゥルフ神話ガチ勢が恐怖小説を書いてみた~   作:セラニアン

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終章 Ⅱ

 

 

 

 

 

 

 

 

『N県稲峰市より中継です。日本中を震撼させた毒ガステロ事件から一週間が経ちました。昨夜、警察庁は県立高校の校長であり、現場近くで死んでいた扇田要介容疑者を、テロの実行犯として異例の早さで送検しました。容疑者の自宅からは毒ガスを製造したと思われる化学器材が発見されており、入手ルートの特定が急がれています。また共犯者と思われる久々津真彦容疑者の遺体が昨日、崩落した山の斜面より発見されました。同じ場所からは身元不明の白骨遺体が見つかっており、警察は数年前に失踪した当時十八歳の少女ではないかと見て――』

 

 

 

「……」

 

 朝の食卓に流れるテレビニュースを右から左に聞き流しながら、緋瑞梢はむすっと頬を膨らませていた。

 

「お兄ちゃん」

 

 朝食の席に着いた織斗を睨み付ける。

 

「いきなりいなくなったと思ったら、またホラースポット巡りをしてたって?」

「……その、まあな」

「しかも廃校の崩壊に巻き込まれて、腕を骨折した?」

「……まあ、運悪く、な」

 

 ギブスで固められた右腕を梢に見せる。

 次の瞬間、梢は吠えた。

 

「ああもう! なにそれバカじゃない! バッカじゃないの! 自業自得もそこまでいけば皆勤賞ものじゃない!」

 

 意味不明な事を叫び、肩で息をする。失踪した兄が戻ってきたかと思ったら、全身包帯だらけだったのだ。しかも怪我をした理由は実にしょうもないもの。もしやテロに巻き込まれたのかと心配していた分、梢の怒りは相当なものだった。

 

「もういい! お兄ちゃんなんて知らない! 朝食抜きだからね!」

「ちょ! 梢ちゃん!」

 

 自分の分の朝食をかき込み、梢はダイニングを後にする。

 妹の背中に向かって、織斗は包帯でグルグル巻きになった腕を伸ばした。

 

 がっくりと肩を落とす。

 

「……はあ、仕方ない……あとで何か買ってくるか」

 

 やれやれとほうじ茶の入った湯飲みに手を伸ばす。

 その矢先、織斗の前にニュッとあるものが差し出された。小綺麗な重箱に詰められたお弁当だ。どこかの料亭のものだろうか。

 

 

「我慢は身体に良くないわよ、織斗さん」

「……は?」

 

 

 織斗は呆然と顔を上げる。黒髪を腰まで伸ばした隻眼の少女が、いつの間にかテーブルの脇に立っていた。

 

「ま、鞠亜……? なんで俺の家に……?」

「それはもちろん、織斗さんに責任を取ってもらうためよ」

 

 重箱をテーブルに置きながら、鞠亜は含み笑いを浮かべる。

 

「責任?」

「ええ、そうよ」

 

 鞠亜はそっと右目に手を当て、

 

「私の右目ね、時々、変なものが見えるようになっちゃったの。水平線の向こうにある失われた大陸だとか、脳髄の入った変なガラスだとか……」

「よく考えれば分かることじゃが」

 

 反対側にイースが現れる。

 

「そもそもマリアは最初の犠牲者であり、最初の隻眼者であり継承者じゃ。すっかり神木真璃亞の能力が、右目に定着してしまったようじゃな」

「ねえ、織斗さん」鞠亜はニヤリと笑う。「どう責任を取るつもり?」

「ど、どうって……」

 

「期待するだけ無駄じゃぞ、マリア」

 

 

 イースは芝居がかった仕草でやれやれと頭を振る。

 

 

「こやつは甲斐性無しじゃからな。むしろ、わらわたちがこやつを養ってやらねばならないくらいじゃ」

「確かにイースさんの言う通りね」

 

 鞠亜はどこからともなく箸を取り出すと、お弁当からだし巻き卵をつまみ上げた。

 

「安心して、織斗さん」

 

 だし巻き卵を織斗の口元に運ぶ。

 

「私がちゃんと世話してあげるから。これでもお嬢様なの。少なくともお金の心配はいらないわよ」

「女子に養われるか。ますますもって甲斐性無しじゃのう」

 

 イースはクックッと笑う。

 

「ほれ、喰わぬのか?」

「織斗さん、はい」

 

 嬉々として箸を差し出す鞠亜。唯一見ることの出来る左目には、どこか粘着質な感情のうねりがあった。何かを企んでいるに違いない。

 

 さりとて織斗に拒否権はなかった。現実問題として空腹であり、そして鞠亜に対する負い目もある。

 

 数秒後、織斗はやけくそ気味に鞠亜の差し出した卵焼きにかぶりついた。やや味が濃いが、非常に上品な舌触りだった。咀嚼し、そのまま飲み込む。

 

「……美味いな」

「当然でしょ」

 

 鞠亜は胸を張る。その様子から、織斗はこの卵焼きを作ったのが鞠亜なのだと判断した。これだけ本格的な卵焼きが作れるというのは驚きだ。

 

 しかしその予想は、わずか数秒後に崩れることになる。

 

 

 織斗が完全に卵焼きを飲み込んだのを確認し、鞠亜は笑いながらこう言った。

 

 

「だってその中には、隠し味で『私』が入ってるんだから」

「……は?」

 

 

 織斗は一瞬、鞠亜が何を言ったのか理解できなかった。

 

 

 私が入っている? どこに? どうやって?

 

 

「まさか……」

「ふふ、ねえ織斗さん?」

 

 鞠亜は織斗に顔を寄せると、甘い声で囁いた。

 

「私、おいしかったでしょう?」

「…………」

 

 

 織斗は喉を押さえ、顔を真っ青にする。

 

 それを見て、鞠亜は笑みを深くした。織斗のことが愛しくて堪らなくなる。

 

 それこそ、本当に自分を食べさせたいと思うくらいに。

 

 

(ほんと、食べさせたいわ。だってそうすれば……)

 

 

 

 そうすれば、自分は永遠に誰かと共に居ることが出来るのだから。

 

 

 

 

「ふふ……」

 

 

 顔を引きつらせる織斗を見つめながら、鞠亜は堪えきれぬように笑う。今度は中華風肉団子を箸でつまみ上げると、ズイと差し出した。

 

「はい、織斗さん。あーん」

「ちょ、待て!」

 

 織斗は目を白黒させながら、

 

「鞠亜! まさか本当に……」

 

 そこで突如、ダイニングのドアが開く。

 

 場をさらに混沌とさせるキャストが登場した。

 

「ちょっと、お兄ちゃん! なに騒いで…………」

 

 

 梢、硬直。兄に弁当を食べさせている鞠亜と、その脇でクツクツと笑っているイースを発見する。

 

 

「な、な、な…………何ですか、あなた達は!」

「なんじゃとはなんじゃ」

 

 イースは片眉を器用に上げると、

 

「わらわ達はいずれお主の姉になる者じゃというに」

「よろしくね、梢ちゃん」

「あ、いえ、こちらこそ…………って、そうじゃなくて!」

 

 栗色の髪をかきむしりながら、梢は織斗に詰め寄った。

 

「なんで二人に増えてるの、お兄ちゃん!」

「……お、俺に聞かれてもな」

「お兄ちゃんに聞かずに誰に聞けっていうのよ!」

 

 

 ギャーギャー噛みつく『妹もどき』と、それにおたおたする『兄もどき』。

 

 そんな二人を優しげに見つめながら、鞠亜は誰にも聞こえないようにつぶやいた。

 

 

 

 ゾッとするような、鞠亜自身ですら信じられないような狂気に満ちた声だった。

 

 

 

「ふふ……次は本当に私を食べさせてあげるわ……『麦茶』なんかに混じった私じゃなくて、本当の私をね」

 

 

 

 ――残念ながら、とマリアは思う。

 

 

 

 まだ織斗を自分色に染めることは出来ない。しかしそれも、いずれ実現することが出来るだろう。焦る必要はない。時間はたっぷりとあるのだから。

 

 

(あなたを私で満たしてあげるわ、織斗さん。大丈夫、心配はいらないわ。だって私たちはもともとは一つなのだから)

 

 

 人は、『すばらしい存在』になることが出来る。

 

 

 そのことをマリアは身をもって知っていた。あの素晴らしい高揚感。人を超えた存在になるという優越感。大祭司へと身をささげるという陶酔感。あらゆる感情が振りきった先にある狂気こそが、人を一つ上の『存在』へと高めてくれる。

 

 それはまさに『神へいたる道』だとマリアは思う。目を閉じ耳をふさぎ、物の関連性に思いあたる能力を失うという『呪い』を受けし人間、ホモ・サピエンスという種族を、再び『神の子』へと押し戻すための唯一の方法。

 

 

 その為には、まず自分が種を蒔かねばならないとマリアは思っていた。己は『深き巫女』。深淵をさまよう者たちの血を受けし『神の眷属』。皆を、神へいたる道へと導く責務がある。

 

 だからこそマリアは、実の父が語った能力分与の話に乗ってやろうと思ったのだ。自分の肉体を他者へと分け与えれば、その者は自分と同じ存在へと至ることが出来る。新たな生物の階梯へと駆け上る事が出来る。

 

 

 

 ――自分と一緒の存在になることが出来る。

 

 

 

 だから彼女は喜んでその身を水の中へと投じたのだし、最も大切に思っていた従妹の目を、いち早く自分に近づけるようにとあらかじめ潰しておいてあげたのだ。

 

 

 

(でも、私の願いは叶わなかった……)

 

 

 

 問題は、彼女の肉体が有限だったことだ。その身を水で薄めたとしても、町一つ分の人間にしか自分を分け与えることは出来なかった。これでは人類全てを進化させることなど出来ようはずもない。

 

 

 やり方を変えなければいけない、とマリアは悟る。

 

 

 

(私が間違っていたわ。別に、私の身を他者へ与える必要はなかったのよ)

 

 

 

 自分はマリア。すなわち自分の役目とは、救世主を生み出すことだ。人類の導き手を創ることこそ自分の使命。

 

 そして彼女は運良く見付けることが出来た。二千年前に現れたイエス・キリストと同じように、死んでもなお『復活した青年』を。

 

 

 

 マリアは思う。

 

 

 

 織斗こそ、次のメシアとなるべき人間だ。人類を再び楽園(ルルイエ)へと導く救世主。

 

 

 もちろん織斗を真の救世主とするには、まだまだ時間がかかるだろう。織斗は恐怖を狩る存在だ。その矜持は自分と真っ向から対立する。

 

 だが、彼女は全く心配していなかった。心配という感情が麻痺しているということもある。

 

 しかしそれ以前に、彼女には自信があった。織斗を救世主にする絶対的な自信が。

 

 

 

(だって私もこの子も、共に『マリア』なのだから……)

 

 

 

 自分は必ずや救世主を生み出してみせる。子宮という殻で胎児を守り、我が身を削りながら産み落とす母のように。じわりじわりと己の血肉を分け与えながら。

 

 

(ふふ、救世主の母になるなんて、女冥利につきるというものね)

 

 

 慈愛に満ちた表情で神木真璃亞は織斗を見つめる。光を映さなくなった鞠亜の『右の眼窩』から。

 

 

 

 ――そう、織斗もイースも知らなかった。

 

 

 

 神木真璃亞の思念体は、実はもう一体いたことを。死体を離れ、自分の肉体を取り込んだ者たちを渡り歩いていた思念体が、最終的にどこに宿ったのかを。この事件において、本当の一人勝ちを収めたのが誰なのかを。

 

 

 

 ――そして鞠亜本人も知らなかった。

 

 

 

 眼帯に隠された鞠亜の右目の中で、紅茶色の髪を肩口で切り落とした少女が聖母のように笑っていることを。そして彼女が微笑む度に、自分が少しずつ『深きもの』に変質していることを。

 

 

 

「ふふ……」

 

 

 

 鞠亜は穏やかな笑みを浮かべながら、織斗に肉団子を差し出した。

 

 

 

「たくさん食べてね、織斗さん」

 

 

 

 ともに楽園へと人々を導くために。

 

 

 

 

 ルルイエ・フタグン。

 

 

 

 

 ルルイエ・フタグン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終

 

 

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