恐怖狩人 ~クトゥルフ神話ガチ勢が恐怖小説を書いてみた~   作:セラニアン

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めさしあそび ~The Carnival Night of Cyclops~
序章 Ⅰ


 

 

 

 恐怖で心を満たしなさい。

 

 

 従姉妹の姉から突如言われたのは、そんな意味不明な言葉だった。

 

 

 その日、十二歳になったばかりの少女は病院にいた。従姉妹の姉が大変な怪我をしたと聞いたからだ。

 

 受付で姉の病室を聞いた少女は、サンダルをぱたぱたと鳴らしながら廊下を走った。病院の廊下は薄暗い。非常口案内板の緑色の光が、非現実的なモノクログリーンの世界を作り上げている。夏だというのに寒気がする。少女はスピードを上げた。

 

 息があがってきたところで目的地に着く。

 

 

 『305号室』

 

 

 ここだ。まちがいない。

 

「……お、おじゃまします」

 

 おずおずと引き戸を開け、中をのぞき込む。

 

 ベッドの上で、姉は上体を起こして座り込んでいた。その顔は窓の方に向いている。薄水色のパジャマに、ウェーブのかかった紅茶色の髪がさらりと流れていた。本来なら腰まであるはずの髪が、なぜか肩口までしかない。切ったのだろうか?

 

「おねえちゃん?」

「……いらっしゃい、鞠亜(まりあ)ちゃん」

 

 姉は振り向かずに言葉を発した。変な感じだ、と少女は幼心に思う。離れたところにいる姉の声が、まるで自分の耳元でささやいているように聞こえるのだ。姉はずっと向こうを向いているというのに。

 

 

 なぜ?

 

 

「あの、おねえちゃん……大丈夫……?」

「なんのこと?」

「怪我したって聞いたから……」

「ああ、そのことね」

 

 姉はようやく気付いたといった風に、

 

「大丈夫よ、ちょっと遊んでいて怪我をしただけだから。そう、遊んでいただけよ」

 

 なぜか『遊ぶ』という単語を強調する。

 

 少女は小首をかしげ、

 

「遊んでたの?」

「ええ、そうよ。鞠亜ちゃん」そこで姉は一旦言葉を切り、「……遊んでいただけ」

 

 姉がゆっくりと振り返る。少女はおもわず目を見開いた。

 

 

 姉の顔、右目があったところに真っ白なガーゼが貼り付けられていた。小学生の少女でも、それが大変な怪我だということは理解できた。

 

「お、お姉ちゃん!」少女は慌ててベッドに駆け寄る。「それ、ほんとに大丈夫なの! だってお目めが!」

「大丈夫よ」

 

 姉は笑った。右目がないせいで左右非対称に見える。怖い。

 

 少女は寒気を感じ、わずかに後ずさる。

 

 

「あら……」姉は小首をかしげ、「どうしたの、鞠亜ちゃん?」

「……お姉ちゃん……なんか怖い」

 

 そこでふと、少女は自分の言ったことを後悔した。姉だって怪我をしたくてしたわけではない。なのにそれを怖いだなんて。

 

 少女はわずかに目を伏せると、

 

「あ……ごめんなさ……」

 

 しかしその言葉が最後まで発せられる事はなかった。

 

 不意に響く無邪気な笑い声。

 

 

「ふふ……そう、恐怖を感じてくれるのね……」

 

 

「っ!」

 

 息をのみ、少女は半歩後ずさる。

 

 姉はガーゼの上から右目に手を当て、童女のように笑っていた。無邪気に、無感情に。まるで壊れたテレビみたいだ、と少女は心の片隅で思った。生理的な恐怖をかき立てる笑い声。

 

「恐怖はね、とても良い感情なのよ」

 

 姉がそう言った瞬間、少女の視界がぐるりと反転した。何が起こったのか分からない。

 

 自分がベッドの上に引きずりあげられたと少女が知ったのは、姉によって組み敷かれた後のことだった。

 

「…………」

 

 呆然とする少女を前に、姉はなおも愉快気に笑っていた。いつのまにかその手には、ボールペンのようなものが握られている。

 

 

 

 ボールペン?

 

 

 

「ねえ、鞠亜ちゃん……」姉はクスクスと笑いながら、「これはね、儀式なの」

 

 ボールペンを握った腕がゆっくりと上に上がってゆく。少女の胸元を通り過ぎ、首筋を登り、顔の方へ。最終的にその切っ先が向けられたのは、少女のつぶらな右目だった。

 

「ヒッ!」

 

 少女は息をのむ。姉の意図が理解できてしまった。単なる悪い冗談かとも思ったが、すぐに違うと思い直す。

 

 目の前にいるのは優しい姉ではない。姉の姿をした『ナニカ』だ。

 

「い、いや……」

 

 とっさに悲鳴を上げようとしたが、それより早く姉の手が少女の口を塞ぐ。

 

「ふぐぅ!」

「ふふ、だめよ」壊れた笑み。「だって遊びたいって言ったのは、貴方のほうでしょう?」

 

 ボールペンの切っ先が、ゆっくりと瞳に近づいてくる。

 

「―――ッ!」

 

 少女は声にならない悲鳴を上げる。怖い。必死に目を閉じようとしたが、なぜか瞼は言うことを聞いてくれなかった。もはや思考をしめるのは怖いという感情だけ。

 

 ボールペンの動きは止まらない。

 

「そうよ、鞠亜ちゃん。それでいいの。恐怖で心を満たしなさい」

 

 姉は柔らかくほほえむ。

 

「単一な感情、恐怖によって心を満たすことで、人はすばらしい存在へと進化することができるの。恐怖はね、人が人を超えるために必要な感情なのよ」

 

 ボールペンと眼球との間がゼロに近づく。恐怖が限界を突破したのか、少女の太ももを生暖かい液体がぬらしてゆく。

 

 

 次の瞬間、つぷり、という嫌な水音が響いた。

 

「――――――ッッ!」

 

 

 少女の絶叫が木霊する。

 

 

 

 数十秒後、病室に駆け込んできた看護師たちが見たのは、右目から血を流しながらのたうち回る少女と、もぬけの空になったベッドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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