暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、刹那の死活

時間が、ゆっくり流れていくように見えた。

 

ドラゴンが、魔術を完成させたように見えたからかも知れない。

 

そして、魔術が完成して分かった。

 

あれは水を操作するもの。

 

つまり、津波を起こすものだ。

 

奴は恐らく、命と引き替えに、フルスハイムを滅ぼすつもりだ。巨大な津波によって。

 

街に残っている人々。

 

メアちゃんやロジーさん、エスカちゃんの事を思い出す。

 

絶対に。

 

絶対に許してなるものか。

 

残りのフルパワーを、ブリッツコアに乗せる。

 

いきなりドラゴンが、衝撃波を叩き込んでくる。

 

だが、その衝撃波を、至近距離で無理矢理相殺した人がいる。

 

レヴィさんだ。

 

思いっきり吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられ吐血するが。

 

だがしかし、にやりと嘲笑ってさえ見せる。

 

壁にクレーターが出来ているのに。

 

隙は作ったぞ。

 

そう、混濁とした意識の表情で、レヴィさんは告げていた。

 

叫ぶと同時に、アングリフさんが仕掛ける。

 

大剣を振りかぶると、湖底の邪竜の頭に、闘気を纏った渾身の一撃を叩き込む。

 

今まで散々つけていた傷に、これが加わり。

 

ドラゴンの頭の前半分が、唐竹に割れる。

 

更に、アリスさんが、雷撃を纏った双剣をフルパワーで振るい。ドラゴンの体を駆け上がりながら、数十回の斬撃を叩き込む。

 

ドロッセルさんが、フルスイング。

 

ドラゴンの体の骨まで明らかに届く。

 

お姉ちゃんが、数本まとめた矢を、渾身で放ち。更にカルドさんも、ハルモニウム弾を連続して射撃。

 

どちらの攻撃も、ドラゴンの喉に潜り込み。

 

深々と傷をつける。

 

わたしとパイモンさんが、フルパワーの雷撃を発動。

 

ドラゴンの全身を、雷神の槌が直撃したような光の暴力が蹂躙した。

 

其処へ、巨大なオリフラムが投擲され。

 

更にイルちゃんが、わたしから以前買ったブリッツコアで追い打ちする。

 

爆裂。

 

立て続けにその爆裂を縫って、衝撃波が叩き込まれ。巨体に全て吸い込まれる。

 

全身から激しく血を噴き出しながらも。

 

ドラゴンは、まだ動いている。

 

口に魔力が集まっていく。

 

まずい。

 

わたしは魔力がすっからかん。

 

他の皆も似たような状況の筈。

 

ドラゴンは魔術も発動しようとしている。

 

いや、恐らく自分そのものを生け贄にして、魔術を発動させるつもりだ。あの口のは、その最後のトリガー。

 

撃たせるか。

 

手を伸ばすが。

 

だが、その時。

 

傷だらけになりながらも。

 

神々の贈り物を発動したツヴァイちゃんの姿が、わたしには見えた。

 

一撃。

 

ドラゴンの。

 

上級ドラゴンの頭を、貫通するその一撃は。

 

脳天を確実に打ち砕き。

 

喉や体の一部も貫きながら、ドラゴンに確実な致命打を与えた。

 

ドラゴンが愕然とし。

 

そして絶叫する。

 

此奴、さては。

 

皆による総力攻撃のタイミングを読んでいて。

 

それを防ぎ抜くこと。

 

その後に、魔術を発動する事だけを考えていたのか。

 

だが、ツヴァイちゃんは戦況を冷静に見て、皆の総力攻撃と、敢えてタイミングをずらして動いた。

 

わたしは無理矢理立ち上がる。

 

妹に無理をさせて。

 

わたしが寝ていられるか。

 

これ以上、好き勝手をさせるか。

 

邪竜の足下の魔法陣がはじけ飛び。

 

それがドラゴンへの決定的なフィードバックダメージを与える。いわゆる魔術のバックファイヤだ。

 

傷だらけの全身から血を噴き出しながら、湖底の邪竜が喚く。

 

その声だけで、吹き飛ばされそうになるが。

 

お姉ちゃんが、側に立っている。

 

最後の一矢を、傷だらけの手でつがえているお姉ちゃん。

 

わたしは目を閉じると。

 

つるはしを構える。

 

ハルモニウムの声は聞こえなかった。

 

だが、それもこれまでだ。

 

聞くんだ、ハルモニウムの声を。

 

鉱物の声は聞こえる。

 

聞こえるんだ。

 

プラティーンは作れば作るほど聞こえるように。よりクリアに聞こえるようになっていった。

 

それだったら、今こそ。

 

聞こえる。

 

わずかに、聞こえる。

 

此処だよ。

 

此処を突けば、このドラゴンは、もう動けないよ。

 

わたしは、顔を上げた。

 

確かに聞こえた。

 

体に纏っている道具が、わたしの力を後押ししてくれる。

 

突貫。

 

ドラゴンが、ブレスを吐こうとするが。

 

その喉に、アングリフさんが最後の力で投げつけた大剣が突き刺さる。さっき切り裂いた場所だが。より深く剣が突き刺さった。

 

流石にこれにはブレスどころではない。

 

走る。

 

お姉ちゃんが矢を放つ。

 

今度は衝撃波で押し返そうとしたドラゴンの喉の奥に直撃させたのだ。

 

ずぶりと音がした。

 

多分今までと違い。

 

喉の奥を貫通して、脳にまで通ったのだ。

 

ドラゴンが、凄まじい怒りの雄叫びを上げようとして、空振りになる。ひゅううと、風の音がしたが、それだけだ。

 

わたしは、アングリフさんの肩を蹴ると、跳躍。

 

ドラゴンは、わたしをみて、危険を察知したのだろう。

 

体を旋回させようとするが。

 

その瞬間。

 

ぼろぼろになっていた剣が、ドラゴンの全身に突き刺さる。

 

イルちゃんが、意識を手放しつつも、剣に指示を出してくれたのだ。

 

そしてボロボロの剣も、それに答えたのである。

 

ドラゴンが動きを止める。

 

さしもの上級も、これだけのダメージを受けてしまうと、もはやどうしようもない。

 

いや、それでもまだ動こうとしている。

 

跳躍したわたしが、声が聞こえる一点に迫ろうとする瞬間。

 

身をずらして、一撃をかわそうとする。

 

何という執念。

 

そして、分かる。

 

今度は体内に魔法陣を造り。

 

死と同時に、それを発動させようとしている。

 

そうまでして、万を超える人を殺したいか。

 

気付く。

 

ドラゴンの目には、何も宿っていない。

 

そうか、間近で見なかったから理解出来なかったが。今、ようやく分かった。

 

此奴には意思が無いのだ。

 

知能がないというのも正しいだろう。

 

本能で全て動いているのだろう。

 

だが、それと同時に。

 

そも生物としての意思が存在していない。

 

全ては、機械と同じように。

 

ただ殺戮のために。

 

人間特化で殺しまくるためだけに動いているのだ。

 

わたしは、すっと心が冷えるのを感じた。

 

此奴は生物じゃない。

 

仕組みだ。

 

ならば、歯車を外すように。

 

ただ壊すだけ。

 

つるはしを降り下ろす。

 

それが、決定的な致命打になった。

 

着地。

 

綺麗に、とはいかなかった。ドロッセルさんに受け止めて貰えなければ、多分気を失っていただろう。

 

振り返る。

 

奴が崩壊していく。

 

全身から血を噴き出しながら、亀裂が走っていく。

 

魔力が制御出来ずに、流出していく。

 

意味が分からないわめき声を上げながら。

 

巨大な蛇にも魚にも見える上級ドラゴンは。

 

その全身の鱗を剥落させ。

 

全身から血を噴き出し。

 

今まで受けたダメージが全て全身を切り裂くように拡がっていき。

 

そして。

 

全ての軛から解き放たれたように。

 

神殿の床に、叩き付けられていた。

 

同時に、ドラゴンに絡みついていた鎖も、全てが溶けるように消えていく。

 

わたしは、意識を失いそうになったが。

 

踏みとどまり、睨み続ける。

 

最悪の殺戮機械。

 

また現れても。

 

絶対に滅ぼしてやると。

 

 

 

アトリエをその場で展開。

 

一番余裕があるツヴァイちゃんが、お薬を取り出してくる。そして皆に配る。アングリフさんも、相当に厳しそうだったが。トリアージを行い。わたしもそれに習って、皆の手当を始める。

 

そんなときに。

 

ティアナちゃんが来た。

 

「わ、勝った。 流石だねフィリスちゃん」

 

「……」

 

流石に文句を言ってやろうと思ったが。

 

その意思は一瞬で失せた。

 

ティアナちゃんは、尋常じゃ無い量の血を浴びてにっこにこである。目には見た瞬間背筋が凍るような闇が歓喜となって浮かんでいた。

 

そして後方。

 

信じられない数の獣が、首を切りおとされて果てていた。多分神殿中の獣ではないだろうか。

 

なるほど、あの獣たちは。

 

このドラゴンが戦闘を開始したら、一斉に此方を襲うつもりで静観していた、というわけだ。

 

それを全てティアナちゃんが捌ききってくれた。

 

ドラゴンの攻撃の余波は、ティアナちゃんにも届いていたはずで。当たり前のように、あの強烈な圧力や、衝撃波も届いていただろう。

 

それでも戦っていたと言う事は。

 

しっかり背後を守ってくれるために、体を張ってくれた事を意味する。

 

責める事は出来ない。

 

後方を、鉄壁の守りで固めてくれていた、と言う事なのだから。

 

回復薬を使って、ある程度動けるようになった時点で、お姉ちゃんが船に連絡に行く。レヴィさんは一番酷い状態で、まだ意識が戻らないが、息はある。怪我が酷いレヴィさんとアリスさんはアトリエに。

 

そして壊れてしまった飛行キットと荷車もしまう。

 

まだ在庫はあるとはいえ。自分で作った道具が壊れてしまうと、悲しいものだ。後で打ち直すとしよう。荷車は幾つかあるとは言え、可能な限り修繕しようとも思う。

 

湖底のドラゴンの死体の解体も始める。

 

角はないが、鱗は前のドラゴネアの比では無い程にある。ナマのままの肉もかなりあった。

 

これらは全て切り裂き、回収する。血液も出来るだけ集めておく。

 

ドラゴンの血となると、どう活用できるか分からないからだ。

 

また、眼球の一つは無事。

 

これは確か貴重な素材になる。四分割して、皆に分配しなければならないだろう。

 

鱗はかなり特殊だ。コンテナに運び始めた頃から変貌を始めた。青黒い鱗は、死んでから、生きていたときよりも強い魔力を放っているではないか。

 

或いは、ソフィー先生が抑えていたのは、ドラゴンの魔力だったのかも知れない。

 

妙に簡単に傷をつけられたが。

 

それは、ソフィー先生に押さえ込まれていたからで。

 

実際には、傷をつけるのにさえ一苦労したのでは。

 

だがその一方で。

 

異常すぎるタフネスも気になった。

 

あれはあれで、何か弱体化の副作用だったのではないのだろうか。

 

事実ツヴァイちゃんによる脳天への一撃が決め手になるまで、ドラゴンは凄まじい抵抗を続けていたし。

 

更に言えば、わたしがつるはしを叩き込むまで。

 

動き続けていたほどなのだ。

 

ティアナちゃんはどこからかドアを取り出すと、其処へ入って、しばらく出てこなかったが。

 

戻ってきたときには体を洗って、しかもしれっと着替えていた。

 

戻ってきた頃には、解体もあらかた完了。

 

彼女が仕留めた獣も、全てコンテナに運んでおく。

 

ティアナちゃんが斬ったどの獣も例外なく首を切りおとされていた。あまり大きいのはいないから、捌くのはフルスハイムに戻ってからでかまわないだろう。血抜きだけはしておくが。

 

アングリフさんが、ドロッセルさんと一緒に神殿を廻り。

 

獣はもういないと報告してくれた。

 

カルドさんが咳払いする。

 

「倒壊の恐れは無さそうだし、後でもう一度ここに来たいんだが。 かまわないだろうか」

 

「良いですよ。 標の民の義務ですもんね」

 

「それもあるが、どうも妙なんだこの遺跡。 ひょっとしたら、この湖に最初からあった物ではないのかも知れない」

 

「?」

 

咳払いするアングリフさん。

 

船の中ででも話せ、というのだろう。

 

カルドさんもボロボロなのだ。

 

まだ此処で何かトラップなりなんなりが発動したり、不意の戦闘が発生したりしたら、文字通り全滅の危機がある。

 

状況は最悪。

 

急いで引き上げる方が良い。

 

わたしも頷くと、もう一度来る事を約束して。

 

そして、引き上げる事にした。

 

命が消えた神殿は。

 

静寂に包まれ。

 

そして、装甲船二番艦に乗り込むと。

 

あれほど荒れ狂っていた湖は、急速に澄み渡りつつあった。

 

渦潮が消えている。

 

つまり。

 

「浮上ー、開始ー」

 

全員が乗り終え。

 

点呼が終わった事を確認すると。カイさんが、舵を切る。

 

装甲船が、浮上を開始していた。周囲にいる獣も、仕掛けてくる様子は無い。戦闘を意識した炉は無駄になったが。実はこの船、使い路を考えている。この炉も、無駄にするつもりはない。

 

パイモンさんが、何か見慣れない薬を口にしている。

 

話を聞いてみると、アンチエイジングの秘薬だそうである。

 

今の時点では必要ないが、レシピを買う。

 

いずれ、必要になってくるかも知れないからだ。

 

イルメリアちゃんも同じようにしていた。

 

レンさんはそれを見て、眉をひそめた。

 

「アンチエイジングの技術など、まだ必要ないでしょう」

 

「いえ、何が起きるか分からないですから、情報はあるだけ欲しいです」

 

「同じく。 今は必要なくとも、不要に見える情報でも、貴重なものならあるだけ入手しておきたいのよ」

 

「……そうですか」

 

レンさんは複雑そうな顔をしているが。

 

いずれにしても、戦いは終わったのだ。

 

湖面が見えてくる。

 

驚くべき事に。

 

濁りきっていた水面を通して、曇り空が見え始めていた。流石に竜巻が消えても、いきなり曇り空が晴れることはない、か。

 

だがそれでも。

 

竜巻があった時は、どす黒く濁った水が、そんな事を許しはしなかったのだ。

 

浮上した装甲船二番艦が。

 

水面に躍り出る。

 

衝撃が船全体に走った後。

 

水平になる。

 

周囲を見回す。

 

驚くべき光景が広がっていた。

 

遠くに見えるフルスハイム東の街。

 

そして、まだ弱々しく残っている渦を残し。湖底のドラゴンの痕跡が完全に消え去ったフルスハイムの湖。

 

竜巻は消えた。

 

後は時間を掛けて、元の状態に。

 

いや、自然な状態に戻っていくことだろう。

 

そもそもだ。

 

あのドラゴンを殺さなければ、致命的な大津波が、フルスハイムを襲っていたのである。それを防げたのは、偉業とも言える。

 

胸をなで下ろす。

 

「帰港する」

 

カイさんが言うと、一緒に乗り込んでいた魔術師達が、ほっとした様子でため息をついた。

 

わたしは。これからやろうと思っている事がある。

 

故に、幾つかの思惑を、素早く巡らせ続けていた。

 

 

 

フルスハイムでは、今まで降り続いていた雨が嘘のように弱々しくなった。

 

流石に竜巻が作り上げた雲までは消えていないので。まだ小雨は降っているが。それも後数日だろう。

 

水も急速に澄み渡り始めていて。

 

湖に住んでいる巨大な獣が、波止場から見えるようになっていた。

 

全員ボロボロだが。

 

歓喜の声が迎えてくれる。

 

竜巻が消えた。

 

それが何の結果は、誰にも明らかすぎる程だったからだ。

 

重役達が、もみ手をしながらレンさんに詰め寄るが。

 

レンさんは、わたし達を視線で指して、言う。

 

「見ての通りです。 ドラゴンを倒した後ですし、一晩は休ませてください。 後の話は、その時にしましょう」

 

「本当に、ドラゴンがいたのですな……」

 

「それも事前情報通り上級の、でした。 戦いのレポートについてはラスティンに提出します。 それと、一番艦を動かして、物資の輸送はいつも通り行ってください。 他の船は様子見の後、動かす事にしましょう」

 

「はは、そうですな……何しろあんな事件の後ですしな」

 

てきぱきと指示を出すと。

 

レンさんは引き揚げて行く。

 

わたし達もそれに習わせて貰う事にする。

 

一度アトリエに戻って。

 

体を最低限綺麗にすると、後はごろんとベットに。情けない事だけれど、消耗が極限にまで達していたからか。そのまま落ちて、半日ほど眠ってしまった。

 

目が覚めると。

 

体中が痛い。

 

それはそうだ。魔力を使い切った上に、あんな無茶を散々繰り返したのだから。

 

皆、似たような状況らしい。

 

アングリフさんもそうだという事を考えると。

 

多分肉体年齢が相当に若い、と言う事なのだろう。

 

皆に追加でお薬を配る。

 

その後、物資の整理。

 

一旦わたしのアトリエに格納したドラゴンと獣の残骸だけれど。

 

ツヴァイちゃんが既に起きだして、在庫を確認してくれていた。ただ、ちょっと深刻なことを言われる。

 

「ブリッツコアの消耗がひどく、すぐには直らないのです。 ミルクも少し欲しいのです」

 

「分かった、無理はしなくても良いからね」

 

「俺が生活用品と一緒に買ってこよう。 野菜類も少し足りなくなっていたしな」

 

「僕も行きますよ」

 

レヴィさんが腰を上げて。

 

カルドさんと一緒に、お出かけに出ていく。

 

ドロッセルさんには、時間を作ったので、お好きな作業をどうぞと告げる。彼女はしばしきょとんとしていたが。

 

ああと悟ったようで。

 

人形劇の脚本に取り組み始めた。

 

アングリフさんとお姉ちゃんには、ついてきて貰う。

 

ツヴァイちゃんはお留守番だ。

 

疲れ切っているだろうし、眠っていて貰うのがいいだろう。アトリエにはドロッセルさんもいるし、心配は無い筈。

 

レンさんのアトリエに出向くが。

 

途中でイルちゃんと一緒になった。

 

げっそりしている。

 

まあイルちゃんも、またあれほど酷い消耗をしたのだから無理もない。

 

そして、色々と事実を聞かされた。

 

「私の内臓、調べて見たのだけれど、年齢標準よりかなり酷く傷ついているようなのよ」

 

「それでアンチエイジングを?」

 

「ええ。 内臓の損傷は薬で回復出来るけれど、内臓の加齢まではどうにもならないものね。 だからアンチエイジングの技術を早めに身につけておいて、内臓に掛けた負担をどうにかしておきたいの」

 

そうか。そうだったのか。

 

イルちゃんは魔力がかなり高い方だと思っていたのだが。

 

ひょっとすると、相当に無理して魔力を絞り出していた、と言う事なのだろうか。

 

わたしの考えを察したか。

 

イルちゃんは嘆息した。

 

「私は理論派なのよ。 フィリス、貴方と違ってギフテッドも持っていない。 皮肉な話、魔力もそんなに強くない。 増幅はしているけれど、それでもあのシールドを使うと負荷が本当に酷いの」

 

「何か、手立ては無いの?」

 

「今回も可能な限り装備を強化はしたのだけれどね。 それでも、あの有様よ。 シールドも強化して、効率も改善していったのに……まだ力が足りないわ」

 

悔しそうなイルちゃん。

 

わたしには、慰めの言葉も無い。

 

程なくレンさんのアトリエにつく。

 

先にパイモンさんが来ていたので、礼。そういえばパイモンさんは、アトリエを新しい馬に引かせているようだが。

 

前に使っていた老馬の孫に当たる個体だそうである。

 

実のところ、あの馬が最後の旅に同行したがった、というのが真相らしく。

 

実際には、最初からこの若い馬を使おうと思っていたらしい。

 

馬は思ったよりも頭が良い。

 

寿命が近い事を悟っていて。

 

パイモンさんと最後まで一緒にいたい、と考えていたのだろう。

 

何だか少し悲しい話だ。

 

重役達もいるが。

 

その前に、まずは入手した物資のリストを提出。

 

ドラゴンの鱗。肉。眼球。無事だった内臓。後は獣の毛皮と肉など。

 

これらを分配する。

 

ドラゴンの中には竜核もあった。

 

これは前にドラゴネアから取り出したものよりも更に巨大で、段違いの魔力を秘めていた。

 

これらの物資の分配を決める。

 

鱗の分配が、イルちゃんには多めだが。

 

これは、事前にイルちゃんから鱗の提供を受けたから、という説明をする。貰った分を返すだけだ。

 

イルちゃんは等価では無いと一度反論したのだけれど。

 

いずれまたドラゴンを殺せば良いとわたしが言うと。

 

黙って、後は何も言わなかった。

 

今後もわたしは、邪魔なドラゴンを殺すつもりだ。

 

今回はハンディキャップマッチだった。ドラゴネアよりもそれでも強かったが。いずれ上級の、ハンデ無しのドラゴンとも戦う事になるだろう。

 

その時の事を考えると。

 

いずれ素材はどんどん手に入る。

 

分配について、他に異議を唱える者はいなかった。

 

続いて、街の動向についてだ。

 

来る途中見たが、空はもう晴れ始めている。

 

実は、晴れ間が覗くのは、実に一年以上ぶりだという。

 

作物についても当然のように実りが悪かったそうだが。

 

それもこれから解消しそうだ、と言う話だ。

 

そして、報償として。

 

フルスハイムから、「勇敢な」錬金術師達に、戦略事業用の資金が支払われるという。

 

かなりの高額で躊躇ったが。

 

お姉ちゃんに受け取るようにと言われ。頷くことにする。

 

これは、労働に対する対価であり。

 

受け取らないことは却って失礼に当たる、というのである。

 

なるほど、道理だろう。

 

それと、余計な事を言い出す重役がいた。

 

「装甲船は今後もフルスハイムの守護神かつシンボルとして、街のために役立ってくれることでしょう。 それを作る原動力となったフィリスどのは、是非街に留まっていただきたく……」

 

「いえ、わたしはエルトナに居を構えていますので」

 

「そうですか、それでは名誉顧問として……」

 

困ってアングリフさんを見る。

 

そうすると、耳打ちされた。

 

「断れ。 利害に巻き込まれる。 今の時点では、利だけを売る事に成功し、貸しだけを作っているが。 此奴らも綺麗な利害だけで動いているわけじゃねえ。 余計な利害は抱え込むな」

 

「分かりました」

 

頷くと。

 

改めて断る。

 

そうすると、重役は、呆れた代案を出してくる。

 

「それならば、街の救世主として、銅像を……」

 

「そんなの作ったら、作った瞬間に爆弾で爆破しますからねっ!」

 

久しぶりに瞬間沸騰したが。

 

すぐに落ち着いて赤くなる。

 

咳払い。

 

「と、とにかくです。 そんな恥ずかしいもの作らないでください。 それよりも、提案なのですが。 装甲船二番艦を、少し先にもう一度ドラゴンの住処の調査のために。 更に、いずれ強化を施して私的に使用したいんですが、お願い出来ないでしょうか」

 

「ドラゴンの住処の調査はかまいませんが、更なる強化、とは」

 

「あれだけの武装があるのなら、普通なら危険すぎてたどり着けない場所に行くのも難しくありません。 幾つかの人跡未踏の地に、あの船を使って行けるかも知れません」

 

「分かりました。 改造の具体的な設計などが出来たら連絡してください。 それまでは、あの二番艦は一番艦及び他の船の護衛としてフルスハイムで活用します」

 

レンさんが助け船を出してくれて助かった。

 

後は、港の整備だ。

 

竜巻が消えたことで、獣が上がってくる心配は無くなった。

 

ただ流石に波打ち際は、まだ危ないので。

 

男衆を使って、今まで汚れ放題だった波止場を綺麗にするという。

 

それについて、自動式荷車の供給を受けたいというので、わたしは少し悩んだ後、アルファ商会に以前提示された値段を口にし。

 

相手は受け入れた。

 

マニュアルつきならば。妥当な値段だろう。

 

ただしこれは戦略物資だ。

 

常に護衛がつくようにと念押し。

 

重役の末席に座っていたオリヴィエさんが頷いた。

 

後は、幾つか小さな案件を片付けた後。

 

重要な話をする。

 

「フルスハイム西、メッヘンへの途上ですが、森があるのを知っているかと思います」

 

「ああ、あの禁忌の森ですか」

 

「禁忌の森というんですね。 近場で異常に強力な獣が多数出現しているのを確認しています。 近々調査する予定です。 ひょっとしたら、力を借りることになるかも知れません」

 

これは半分以上、イルちゃんとパイモンさんに言っている言葉だ。

 

それと、出来るだけ情報も引き出しておきたい。

 

「あの森について、何か知りませんか? 邪神か何かがいてもおかしくは無いと思っているのですが」

 

「邪神については分かりませんが……黄金に輝くドラゴンを見かけたという噂が」

 

「ゴルドネアね。 中級ドラゴンよ」

 

イルちゃんが即座に特定してくれる。

 

中級、か。

 

手強そうな相手だ。

 

だが、それだけではあるまい。あんな規模の森、普通に出来るはずが無い。錬金術師が作った後何かしらの理由で放棄されたか、或いは邪神がいるか、だ。

 

いずれにしても、それで提案などは終わり。

 

解散となる。

 

レンさんとパイモンさん、イルちゃんにはアトリエに来て貰い。

 

リスト通りに物資を分配する。

 

レンさんは、ドラゴンの素材は初めてだと言う事で、本当に喜んでいた。逆に言うと、このレベルの公認錬金術師でも、ドラゴンの素材は滅多に手に入れられない、と言う事も意味している。

 

パイモンさんはまぶしそうにドラゴンの青黒い鱗を手にしていたが。

 

やがて、コンテナに乗せると。また何かあったら声を掛けてくれと、少し若返った様子で言う。

 

或いは、戦いが若い頃の血気を呼び覚ましつつあるのかも知れない。

 

イルちゃんには、話通り借りを返す。

 

「これだとやっぱり質が釣り合わないわよ。 貰えないわ」

 

「さっきの話覚えてる?」

 

「どの話よ」

 

「森の調査の話。 イルちゃんには手伝って貰えると嬉しいなって」

 

その分も含めての譲渡。

 

そう言うと、イルちゃんは何故か口をつぐんだ後、そっぽを向いた。

 

「分かったわ、それならいいわよ」

 

「うん。 じゃあ、また手伝って」

 

後は、流れで解散となる。

 

こうして中核都市フルスハイムは守られた。

 

ドラゴンに勝てる錬金術師はあまりいない。中核都市にいる錬金術師でさえ、例外ではない。オレリーさんにそれは以前聞かされている。ノルベルトさんにもだ。

 

だがわたしは、万の人を守りきった。

 

誇りに思おう。

 

そう、わたしは。自分でも濁り始めていると分かっている目で。それでも光を見た。

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