暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、浮かぶ島

森から出るときも、案の定追撃を受けた。

 

必死に緑化した街道に逃げ込むまでに、数体の獣を斬り。相手が此方が森に入るのを見て追撃を諦めるのを確認してから、倒した獣を捌いてアトリエにしまう。

 

後は一旦フルスハイムまで移動。

 

途中適宜休みは入れていた筈なのに。

 

ぼろぼろになっているようで。通り過ぎる旅人達は、皆怪訝そうに此方を見ていた。

 

中核都市であるフルスハイムのレンさんと重役達には、此処のことは報告しておかなければならない。

 

もはや禁忌の森は。名前以上に危険な場所になり果てている。

 

準備無しに人間が近づける場所ではない。いや、近付いてはいけない。死ぬだけだ。

 

原因は恐らく上空に浮かぶあの島。

 

彼処に住んでいるだろう邪神に、何かあったのだ。殺されたか、それとも大きく傷ついたか。

 

近いうちに足を運ばなければならないだろう。確認しないといけない。何が起きるか分からないからだ。当然、邪神との戦いも想定される。

 

ぞくりと来た。

 

邪神か。

 

弱体化していない上級ドラゴンなら、或いは下位の邪神に勝てるかも知れない、という程の実力を持つ。つまるところこの世界に住まう人間に対して敵対的な神。それを邪神という。中立であっても、一様に邪神と呼ぶ。人間に友好的な神もいると唱える聖職者はいるようだが、少なくとも資料で明確には確認されていないようだ。

 

以前ドナとフルスハイムの間にある遺跡の側でインフラの整備をわたしは行ったのだけれど。

 

あの遺跡を滅ぼしたのが、虹神ウロボロスと呼ばれる邪神で。

 

そいつを撃破するのに、当時ラスティンでもトップクラスだった錬金術師達が総掛かりで挑み。

 

大半が命を落としながらも、何とか撃破に成功した、という話である。

 

そのウロボロスにしても上位の邪神ではないらしく。

 

古代には、それこそ恐怖の対象でしか無かったという上位邪神、人間に対して破壊と蹂躙の限りを尽くした雷神ファルギオルという存在もいたとか。

 

現時点でも、二大国がどうにも出来ない邪神が二十かそこら存在しているとかで。

 

いずれ人間が、それらを少しずつ倒して行かなければならないのかも知れない。

 

だが、今のわたしでは少し厳しいだろう。ソフィー先生だったら話は違うだろうが。

 

フルスハイムに到着。

 

すぐにイルちゃんとお姉ちゃん、アングリフさんとカルドさんにもついてきて貰って、レンさんのアトリエに向かう。

 

この近辺の中核都市はフルスハイムだ。

 

此処からライゼンベルグに書状を出して貰うと同時に。周辺都市、更に周辺の商人達にも、注意喚起をする必要がある。

 

レンさんのアトリエに出向くと、彼女はせっせと何か調合していた。どうやらお薬らしいが、遠目には分からない。

 

こういうときは、調合が一段落するまで待つのがマナーだ。

 

レンさんも此方に気付いているが。

 

調合が終わるまで待つようにとも言わず。

 

暗黙の了解のまま、しばし時間が過ぎた。

 

ほどなく、調合が完了。

 

レンさんは、咳払いすると、用件を聞いてきた。

 

すぐにテーブルに、危険地域だらけになっている禁忌の森の地図を拡げる。レンさんも、驚いたようだった。

 

「威力偵察に行ってくるという話は小耳に挟みましたが、本当に行ってきたのですか」

 

「はい。 結論から言うと、今この森には入れません。 専門知識がある人間以外では、入ったら最後多分生きて帰ることは出来ないと思います」

 

「それほどですか」

 

「図鑑にも載っているこれらの超危険植物が、彼方此方に生えていました。 また、住み着いている獣も、あからさまに強大化していました」

 

レンさんが口をつぐむ。

 

近辺では、あの森は元々禁忌の森として知られていたらしいのだが。それでも、此処までの事態は想定外、だったのだろう。

 

しかもゴルドネアの存在を間近で確認したことも告げると、決断は早かった。

 

中級ドラゴンは、それほど危険な存在なのである。

 

「分かりました。 周辺都市に、絶対に森に入らないように注意喚起をしましょう。 街道の側にも、城壁を築いて森へは行けないように処置をするべきかも知れませんね」

 

「わたしも参加しましょうか」

 

「いえ、フルスハイムはインフラを復旧させ、今マンパワーが余っています。 森に入ろうとしない限り、今報告にあったほどの強力な獣は仕掛けてこないようですし、城壁を作って入れないようにしてしまうのが一番確実でしょう」

 

頷く。

 

それと、幾つかの品を見せる。

 

黄金色の葉。

 

金の絹糸。

 

これらは、流石にレンさんも目を見張った。

 

「これらがある事は、内密に。 山師の類が足を踏み入れて、そのままエジキになる未来しか見えません」

 

「分かりました」

 

「それと……禁忌の森上空に、浮かぶ島がある事は、フルスハイムでは知られていたのですか?」

 

「えっ」

 

レンさんが絶句する。

 

となると、だ。

 

あの島は、邪神の居城として機能していて。

 

その力で隠されていたと見て良いだろう。つまり邪神が、その隠蔽を維持できなくなった、という事を意味している。

 

やはり邪神に何かあったのだ。

 

それが禁忌の森の魔境化に一枚噛んでいるのは、確実と見て良いだろう。

 

島については、いずれ足を運ばなければならない。

 

そのためには、あの船を使う必要がある。

 

いずれにしても、あの船は「そう用いる」予定だったのだ。

 

明確な目的が出来て、此方としては有り難いくらいである。

 

「では、これも内密にお願いします」

 

「分かりました。 今から重役会議を招集します。 貴方たちも参戦をお願いします」

 

「そう来ると思って、説得力を出すためにこれを持ってきたぜ」

 

「……そうですね、これを見れば納得するでしょう」

 

それは。

 

あの毒の沼地の側で死んでいた、巨大な獣の大腿骨。

 

毒で黒ずんでいる。

 

こんな巨大獣でさえ死ぬのだ。

 

中に入った人間がどうなるかなど、言う間でも無い。

 

たまたま知識があって。

 

戦力があって。

 

それでどうにか生還できた。

 

今はとにかく、リスクだけを徹底的に強調、禁忌化しなければ、中に人が入るのを止められないだろう。

 

重役に集まって貰う。

 

流石に立て続けにフルスハイムの危機を救ったわたしとイルちゃん(今回はパイモンさんはいないが)の緊急の要件だ。

 

重役も出てこざるを得ない。

 

そして、集まった長老を一とする重役達に、現状の禁忌の森について説明。毒で黒ずんだ巨大大腿骨を見せると、一様に恐怖の声が上がった。

 

森が人間に牙を剥く。

 

守ってくれる場所では無く、隙さえ見せれば即座に殺しに来る。

 

そんな恐ろしい場所だと言う事を、徹底的に「権力者」に見せつける。

 

それで、一旦の危機意識は喚起できる。

 

更には、文句を言う者がいるのなら、実際に現地に案内することも考えていたのだが。流石にあの竜巻を鎮めたわたし達にそんな事をする重役は出なかった。

 

長老は冷や汗を拭いながら言う。

 

「分かった、周辺都市には連名で危機喚起の書状を出そう。 ライゼンベルグにも、そのレポートを此方から出しておこう」

 

「お願いします」

 

「城壁の作成については、フルスハイムで行おう。 此方としても、仕事は常にあるようにしておきたいのだ。 それに防衛能力の不足については、この間の件で痛感した」

 

重役の一人が言う。

 

自警団には人材もいるのに。

 

それでも、竜巻の時は何もできず、匪賊の侵入まで許した。

 

彼らとしても必死なのだろう。

 

後は、彼らに任せれば良い。被害が出るようなら、此方に支援要請があるはずだ。

 

フルスハイムの宿で、一旦イルちゃんとアリスさんと別れる。

 

禁忌の森で入手した品は、コンテナで既に分配した。どう使うかはわたしにも分からないけれど。

 

イルちゃんならきっと素敵な道具にするのだろう。

 

宿に泊まるかと言う話になったが。

 

わたしはアトリエ暮らしの方が性にあっている。

 

今更宿に泊まろうとも思わない。

 

一度エルトナに戻ったら、今度はフロッケに出向く予定だし、あまり時間もない。流石に今度は討伐任務ではないだろうし、イルちゃんやパイモンさんの助力は必要では無い筈だ。

 

むしろ、今は。

 

先に進めておく必要がある事がある。

 

図面を拡げる。

 

装甲船二番艦の図面だ。だが、これはまだ正確には「完成」していない。

 

内部には、まだ拡張性が残されている。

 

此処に、更に二つの炉を搭載。

 

更に、図面に書き加える。

 

それは、巨大な飛行キット。原理そのものは飛行キットと同じである。

 

要するに。

 

船を空飛ぶ戦艦にするのだ。

 

炉を五つにすることで出力を補い。

 

更にグラビ結晶を用いる事で、船そのものを浮かせる。

 

ただし、あまり現状の設計では高度を上げられないので、其処は改良が必要になる。恐らくグラビ結晶の純度を上げるか、何かしらの魔術で高度を高める工夫がいる。

 

加えて衝突回避システムと。

 

バードストライクの回避のために、速度はあまり出ないようにする必要もある。

 

有事の籠城に関しては問題ない。

 

アトリエのコンテナ内には、既にゆうに数年は生活出来るだけの食糧がある。皆倒した獣の肉だ。

 

それだけわたしは殺してきた。

 

戦いに打ち克ってきた。

 

戦いで成長したとは思わない。

 

わたしはギフテッドを持っていたし。

 

多面的な経験を積んで成長したと思っている。

 

決定打はソフィー先生に見せられた深淵だが。

 

それでも、わたしは。其処までに至るまで、様々な経験を、満遍なく積んで来た。そうでなければ、例え深淵を見せられても。一線を越えることは無かっただろう。

 

組み立てについて考えた後。

 

飛行キットの改良について考えておく。

 

しばしああでもないこうでもないと考えている内に、ツヴァイちゃんに袖を引かれた。

 

もうそんな時間か。

 

わたしは頭をわしゃわしゃと掻き回すと。

 

嘆息して、食事して、そして寝ることにする。

 

エルトナはまだしばらく目を離せない。

 

目を離すと、すぐに重役達が悪さをするだろう。

 

勿論わたしを怒らせたらエルトナは破滅するから、ギリギリのラインで嫌がらせをしてくるのだろうが。

 

それでも許せる事では無い。

 

少なくとも、エルトナでは。

 

生活に困る人は出させない。

 

貧富の格差も拡大させない。

 

その結果、わたしが魔王と呼ばれようが、破壊神と呼ばれようが、知った事か。

 

一晩休む。

 

そして、夢を見た。

 

ソフィー先生が夢に現れる。

 

そう、夢の中にまで、侵入してきた。

 

凍り付くわたしに、先生は言う。

 

ある集落が邪魔になったから、消してくるように。

 

わたしは、エルトナを人質にされて、従うしか無かった。

 

後は阿鼻叫喚の惨状だった。今のわたしならば、普通の人間を鏖殺することくらい、なんでもないのだから。

 

拍手しているのはティアナちゃん。

 

血の海に立っているわたしに、彼女は笑顔で言う。仲間が増えて嬉しいなと。

 

辺りには、首を切りおとされた死体が、山と転がっていて。

 

わたしは手を見る。当然、血で真っ赤に染まっていた。

 

人は殺した事がある。

 

匪賊を人と呼ぶならば、だけれども。

 

だが、今回は。それとは違う。理由も分からず殺したのだ。

 

目が覚める。

 

夢だと分かっていても、激しい動悸が収まらない。びっしり体中に汗を掻いていた。

 

ソフィー先生も、流石にそんな事はしないだろう。今の時代、匪賊は大規模集落を作る事が出来ない。

 

匪賊の聖地とまで言われたライゼンベルグ西の峡谷でさえ、最大規模の匪賊が80人程度だったと聞いている。

 

それならばそんな事態が来る可能性はないと見て良い。少なくとも、ソフィー先生に見せられた遠い未来の惨劇が来るまではないだろう。

 

だが、ソフィー先生はこの世界のためなら何でもする。

 

その恐ろしさは。きっとドラゴンや邪神以上だ。

 

身震いした後、頬を叩いて気を引き締める。

 

弱みを見せるな。

 

まず、エルトナに出向き。

 

それから重役達を監視、作業をある程度進めておく。

 

今回も、エルトナに戻ると。

 

昔は素朴で優しいと思っていた人達は、わたしを見て、露骨に舌打ちした。

 

既にこの街は。

 

彼らのものではない。

 

貧しい中。

 

素朴に暮らしている内は。皆貧しくて、重役達はその地位も安泰だった。だが、今はもう違う。

 

一通り作業を済ませ。

 

予定通りにエルトナの都市計画が進展していることを確認。

 

軽く実家に顔見せをしてから。

 

後は、無言でフロッケに向かった。

 

わたしはエルトナでは表情を消さなければならない。この街に住んでいる、変わってしまった人達に侮られないように。

 

力を手にしたからには、それに相応しい使い方をしなければならない。更に言えば、力をしっかり使わなければ、侮られるだけ。

 

冷たくなったと幼なじみに言われた。

 

錬金術師は凄いけれど、怖いとも。

 

だが、それは事実なのだ。

 

力を持つのだから強いし、力を振るえば怖い。当たり前の事で、そうやって制御していかなければならない。

 

そしてわたしは。立ちふさがる全ての破滅を。

 

打ち砕かなければならないのである。

 

フルスハイムで、装甲船一番艦に乗り込むと。やっと少し余裕が出来た。

 

向こう側につくまで少し時間がある。アトリエを船内で展開してもいいのだけれど、この船は知り尽くしている。

 

ライゼンベルグへ向かう人も、かなり増えたようで。

 

この船を利用する旅人も、相当数いる様子だ。

 

話し声も聞こえる。

 

どうやら、流しの商人らしかった。二人とも中年の男性で、やたらと派手で趣味の悪い服を着て、髭ぼうぼうである。どちらも当然のようにヒト族だ。

 

ホムの商人は数字に厳しい代わりに不正を殆どしない。これに対してヒト族の商人には評判が悪い人が多い。

 

彼らも、その例外ではないようだった。

 

「この船、錬金術師が作ったらしいぜ。 少し前まで竜巻を力尽くで突破していたらしいな」

 

「そりゃあ凄い。 そういえば、竜巻も錬金術師が潰したんだろ」

 

「そうらしい。 凄い新人が出てきたらしくって、その公認錬金術師がやったとかいう話だ」

 

お姉ちゃんが、笑顔を向けてくるが。

 

わたしは寂しく笑う。

 

その後の展開が読めていたからだ。彼らは、「その錬金術師」に好意など持っていない。

 

見てきたのだ。人の結末を。だからわたしは、まず人を信じるなどと言う事はしないし。その結果、ある程度人の考えも読めるようになって来た。勿論くわしくは分からないが、大まかな好悪くらいは読み取れる。

 

そして、その読みは当たった。

 

「湖のドラゴンも退治してきたらしいな」

 

「そりゃあすげえ。 フルスハイムの公認錬金術師、何のためにいるのやら」

 

「そういえば先代も評判が悪かったもんなあ。 あれやこれやで税を取り立てるわ、あこぎな稼ぎをするわでなあ。 ……だが先代と連んでた連中、いつの間にかみんな姿を消したらしいぜ」

 

「先代が急死して、立場がなくなったのかもな。 どっかに逃げたか、匪賊にでもなったんじゃないのか? だとしたらやり得だな。 好き放題したあげくに逃げおおせたんだからよ」

 

げらげら。

 

笑っている彼らに対して、踏み出そうとしたお姉ちゃんの服の袖を掴む。わたしが止めなければ、アングリフさんが止めていただろう。お姉ちゃんはわたしに対する被害が生じた場合、手加減しない。この二人は、顔の形が変わる程度では済ませて貰えなかった筈だ。

 

実際に悪事をしないなら別にかまわない。

 

それに、恐らく、その先代と連んでいた人達は、全員普通に死ぬよりも何倍も恐ろしい目に遭ってこの世から消された。

 

今更死体蹴りをするつもりはない。

 

ソフィー先生も。連携して動いているらしい深淵の者も。

 

力を使うことを躊躇わない。

 

或いは、こういった超常存在がいない世界では、悪党がやりたい放題で、報いも受けないのかもしれないが。

 

この世界は違う。

 

それだけのことだ。

 

船がフルスハイム東に着くと、さっき好き放題言っていた人達が、自警団に呼び止められて、荷を確認されていた。

 

案の定違法の品が出てきたらしく、罰を受ける事になったらしい。

 

どうやら船内の言動で目をつけられていた様子で。船を下りると同時に、自警団が動いたようだった。

 

放っておく。

 

自警団の一人が、何回か一緒に仕事をした相手だったからか、敬礼してくる。

 

此方も頷き返す。

 

「フィリスどの! この船は揺れないし獣など寄せ付けないしで、抜群の安定感なのであります! 今後もフルスハイムと連携する場合はよろしくお願いしたいのであります!」

 

「分かりました。 此方こそ、エルトナの危機にはお願いいたしますね」

 

どうやら、柄が悪い連中は、わたしの正体に気付いたようで、青ざめていた。自分が誰の前で何をほざいたか、やっと知ったのだろう。

 

震えあがっている彼らを冷たい目で見下すと。

 

後は放置して去る。

 

これでいい。

 

彼らは、以降主体性の無い、得体が知れない恐怖にずっと襲われ続ける事になる。ドラゴンを殺したような錬金術師(実態はどうでもいい)に対して罵声を浴びせたも同じなのだから。

 

お姉ちゃんがその場でしばき倒すよりも、よっぽど怖い目にあい続けることになる。

 

わたしは、彼らの人となりを軽蔑するし。

 

それで彼らが苦しむのなら、自業自得だとも思う。

 

そういえば。

 

キルシェさんは、まだ幼いのに、わたし以上に無機質だった気がする。

 

きっと大人の嫌な部分を散々見てきたから、だろう。

 

聡い子ならなおさら感じ取ることも容易な筈だ。

 

神童とまで言われる子なら、なおさらだろう。

 

そうか、こんな気持ちをずっと味わい続けていたのなら。あの子はきっと、わたし以上に将来は凍り付くことになるのだろう。

 

綺麗に整備されている緑化された街道に出ると、荷車に飛行キットを取り付ける。

 

作業はてきぱきと済む。

 

何度も使って来た道具だ。今更組み立てに戸惑うことも、困る事もない。何しろ、隅々まで文字通り知り尽くしているのだから。

 

いつも通りに、お姉ちゃんとカルドさん、レヴィさんに乗ってもらい。

 

後の皆はアトリエで待機して貰う。

 

此処から一気にフロッケに向かう。

 

ちょっと雪が降っているが、その程度は何の問題にもならない。何しろ空路を行くのだから。

 

ただ、それはあくまで現状が維持された場合。

 

山の天気は変わりやすいと聞いている。

 

吹雪になられると面倒だ。

 

さっさとフロッケに行ってしまうのが良いだろう。

 

早速フロッケに向かう。

 

以前から改良を少しずつ施しているからか、荷車そのものの動きも悪くない。すっと飛ぶ感じだ。

 

というか、プラティーンに比べて、ハルモニウムは何というか軽い。

 

軽すぎて飛ぶよう、というわけではないのだが。ハルモニウムで装甲したこの荷車、空を泳ぐように抵抗が弱いのだ。重量でいうと、それほどプラティーンと変わらない筈なのだが。

 

これも、とても強い魔力をハルモニウムが帯びているから、かも知れない。

 

レヴィさんに言って、少し強めにシールドを張って貰う。

 

思ったより速度が出るので。

 

バードストライクが起きた場合のダメージが怖いからだ。この場合、荷車に対するダメージは怖れていない。わたし達に対するダメージの話である。

 

案の定と言うべきか。雪がかなり強く降り始めた。

 

空を飛ぶ獣たちも、それぞれの住処に戻って、雪をやり過ごそうとしている中。

 

シールドを張った荷車は飛ぶ。

 

視界が完全に塞がれた場合は、一旦この山を抜ける事になる。方角は分かるので、それに沿って飛ぶだけだが。事故が怖い。かといって、これ以上速度を上げるのも、事故につながり兼ねない。

 

衝突回避システムのせいで、速度が落ちる。

 

まあこれは仕方が無いか。ほどなく、フロッケの至近に到着。

 

雪はぼた雪に変わり始めていて。やがて吹雪き始めたが。

 

フロッケの周辺は、相も変わらず雪も積もっていないし、畑も出来ている。そして、わたしが来たのを見たフロッケの自警団の人達が、此方に来るのが見えた。

 

魔族のグラシャラボラスさんもいる。

 

道を作るとき、随分世話になった。

 

「おう、フィリスどのか。 この寒い中どうした」

 

「此方で戦略事業があると聞いて、駆けつけました。 キルシェさんに取り次いで貰えますか?」

 

「ああ、そういえば……あれか。 確かにうちの神童でも、あれはちょっと手に余るみたいでな」

 

グラシャラボラスさんが言葉を濁す。

 

あのキルシェさんが手こずるというのは、相当なのだろう。

 

わたしがソフィー先生に言われて赴くわけだ。ソフィー先生は、わたしに経験を積ませたいらしい。

 

だから、どんどん厳しい仕事を指示してくる。

 

とはいっても、ソフィー先生がさぼっているとも思えない。あの人は、もっと大がかりな。それこそ世界のどん詰まりを解消するための仕込みを今、せっせとやっているのだろうから。

 

程なく、キルシェさんが来る。

 

わたしは一礼すると、公認錬金術師になった事を報告。キルシェさんも、当然の結果と、いつも通り言葉少なく応えた。

 

人によっては。いや、平均的な人間は、それを冷たい対応と思うかも知れない。

 

だがキルシェさんはこういう子だ。

 

わたしは何とも思わないし。

 

何とも思わないのだからそれでいい。

 

「手伝ってくれると言う事で、助かる」

 

「此方も何をすれば良いかまだ詳しくは聞いていません。 先生に言われて来たところで」

 

「……心当たりがある。 とにかく、来て欲しい」

 

アトリエに来るよう促される。

 

わたしは頷くと、ずっと年下だが、ずっと先輩の公認錬金術師について歩き始めていた。

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