暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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4、理性と理論

長老達と戦略事業については話はしてあるという事だったし。実際に、何度か軽く打ち合わせをしているのにも立ち会った。

 

だが、実際に計画が動くとなると。

 

案の定本会議は紛糾した。

 

むすっとしているキルシェさん。

 

うんざりしている様子の自警団の若手達。

 

呆れているアングリフさんの前で。

 

目を血走らせたフロッケの長老は言う。

 

「ドラゴンを刺激するかも知れないのに、計画の全面的な協力はしかねる。 やりたいなら錬金術師どのだけでやって欲しい」

 

「そう。 その場合、アルファ商会のもたらす利益は、此方で独占する。 其方には回さない」

 

「なっ……此方がどれだけ支援をしているか、分かっているのか!」

 

「なあ長老。 あんたそろそろいい加減にしたらどうだ」

 

呆れたように、グラシャラボラスさんがぼやく。

 

わたしはしばらく黙っている事にする。

 

あくまでソフィー先生に言われて手助けに来た部外者である。

 

これは、恐らく。

 

フロッケの人間が解決しなければならない問題だ。

 

「実際にこの村を覆っている暖かいドームのおかげで、姥捨てもしなくて良くなったんだぞ。 全部錬金術師どののおかげだ。 生活だって豊かになったし、餓死する奴も凍死する奴も出なくなった。 獣の肉だって、命がけで入手しなくても良くなった」

 

「だ、だからといって」

 

「俺たちがどれだけ涙を呑んでいたか忘れたのか? 錬金術師どのは、俺たちを雪の牢獄から出してくれたんだぞ。 そして今度は、麓に自由に行き来できるようにもしてくれようとしている。 今まではそこのフィリスどのが持ち込んでくれた飛行キットつきの乗り物で定期便しか出せなかったが、今後はそれぞれが自由に行き来できるようになる!」

 

相当に溜まりこんでいたのか。

 

グラシャラボラスさんは怒りを声に込めながら、一言一言紡ぐ。

 

「リッチどもは確かに山を雪に閉ざしたが、そもこんな雪の中に集落を作らなければならなくなった事情は古参ならみんな知ってるよな。 くっだらねー権力闘争の結果、フルスハイムを離れなければいけなくなったんじゃねーか。 その有様をあんたは見ている筈だよな、長老!」

 

「お、おのれ」

 

「あんた悔しくないのかよ、その様子を見ていた一番若い世代の一人だろう?」

 

「グラシャラボラス、もういい」

 

キルシェさんが静かに言う。

 

怒ってくれるのは嬉しいけれど。

 

会議が進まない、と。

 

長老は額に青筋を浮かべている。

 

他の重役達はみんな冷め切った目で見ている。

 

この構図。

 

エルトナとおぞましい程似ている。

 

やはり、甘い汁を吸いたいのだ。

 

それをきっちり管理している公認錬金術師が隙を見せないことで、全ての好機を潰されてしまっている。

 

故に恨む。

 

キルシェさんがフロッケを出たらどうなるか何て、どうでもいい。

 

また姥捨てと過酷な生活に戻るとしても。

 

周囲の人間よりも優位に立てるなら、それで良い。

 

本気でそう思っている度しがたさが、わたしには伝わる。

 

エルトナとは状況が少しだけ違うが。

 

心の醜さについては大差ない。

 

これだけ醜悪な人間が「普通」なのだ。

 

それは、最終的にソフィー先生が見せてくれたような、修羅の世界が到来するのも納得である。

 

「自警団には緑化の専門家であるオスカーと一緒に動いて貰う。 森による防備があるから、守りに割く自警団は最小限で良い」

 

「街に匪賊が入り込んだらどうする!」

 

「そんなもんは俺たちが逐一駆除する。 ていうか、近場の匪賊はみんな鏖殺があの世に送っちまったし、この辺りに来るだけで殺されるって噂も流れてるから、匪賊はちかよらねーよ」

 

ヒステリックに喚く長老に、グラシャラボラスさんが冷静に返す。

 

長老はもう、兎に角なんでも反対できればそれで良いようで。

 

醜態を更にさらそうとしたが。

 

アングリフさんが流石にたまりかねたようで一喝した。

 

「あのなあ。 同じ爺として言わせて貰うが、自分だけ良いってんじゃこの世の中回らねえんだよ。 それはあんたが一番分かってるんじゃないのか? それをくだらねえ意地で子供相手に喚き散らして、恥ずかしくはないのか?」

 

「何を……」

 

「悪いが俺は傭兵団の団長として、世界中を回ってきたからな、人生経験についてはこの場の誰よりも豊富だぜ。 その上で言うが、利益を一部の人間が独占するような場所は、長くは続かねえんだよ。 甘い汁を吸って、好き勝手な生活を自分だけしたいって本音がだだ漏れだぜ」

 

「五月蠅い! 豊かな生活をしようとして何が悪い! わしは長老だぞ! 長老が周囲に対する威厳を示せなくて何が長老だ! 偉いんだぞ! 安楽な生活くらいさせろ!」

 

情けない。

 

これが老人の言葉か。

 

わたしは暗い感情が心に点るのを覚える。

 

粛正してしまうべきでは無いのか。

 

そう心の底で、何かが囁く。

 

何、今のわたしなら。

 

暗殺くらい簡単だ。

 

死体だって、何の痕跡も残さず消し去る事も出来る。

 

皆のためになる事業なのに。それで甘い汁を吸いたいという本音を隠そうともせず。金を寄越せと醜く喚き散らすこの老人を。

 

わたしは心底軽蔑した。

 

だが、動く前に、わたしの中の理性が制止する。

 

此奴を殺したら。

 

ティアナちゃん以上の怪物になる。

 

ティアナちゃんでさえ、匪賊以外は、命令を受けた相手しか手に掛けていないのだ。気に入らないから、というような理由で殺しはしていない。

 

わたしはそうなろうというのか。

 

抑えろ。

 

呼吸を整えると。

 

怒鳴り疲れて、真っ赤な顔のままようやく沈黙した長老を、冷たい目で見やる。

 

アングリフさんは呆れかえったままだ。

 

「もう引退しろや」

 

「五月蠅い、このフロッケを守ってきたのはわしだ……」

 

「ああそうかもな。 だがもう頭は耄碌し、金のことしか考えられなくなり、自分さえ良ければいいと思うようになっている。 今のあんたに、長老をする資格は無い、と俺には思えるが」

 

「そうだな」

 

不意に重役の一人がそう発言する。

 

この街のナンバーツー。

 

現在、温泉に関する計画を進めているらしい人物だ。

 

もう老境に足を突っ込んでいるが。

 

ヒト族としてはまだもう少し寿命もある。

 

「温泉事業が始まった場合、麓から人を呼べなければ金にもならない。 あんたのようにきーきー反対するだけじゃあ、外貨は稼げない。 ただでさえキルシェに依存しないと、フロッケは外貨を手に入れられない状況だってのに、なにをわめき散らしているのやら」

 

「お、お前っ……!」

 

「あんたの時代は終わったんだよ。 わしはキルシェにつく。 今から、長老認定会議を始める」

 

「おいっ!?」

 

その場で投票が始まる。

 

そして、重役達が、全員長老の退任に賛成した。

 

長老が絶句する中。

 

新しい長老が、今発言した、温泉事業を推進している人物へと変更される。

 

椅子からずり落ちそうになる長老は。いや、元長老は。

 

完全に血の気を失っていた。

 

赤くなったり青くなったり忙しい事である。

 

「というわけで、あんたはもう用済みだ、元長老。 会議に参加する資格も無いし、出て行ってくれるかな。 老後の生活をする金くらいはあるだろう」

 

「……後悔するぞ」

 

「ふん」

 

よろよろと椅子から立ち上がると。

 

クーデターでいきなり席を追われた元長老は、会議の場から出ていった。醜悪な大人のやりとりを見て、わたしは反吐が出るかと思ったが。どうにか堪える。この様子からして、多分段取りを事前に決めていたのだろう。そして、キルシェさんが必要だと言う事くらいは、重役達は理解していて。

 

そうか。

 

恩を売るために、この行為に出たのか。

 

キルシェさんは相変わらずむすっとしているが。

 

あの元長老にヘイトを集めるだけ集めておいて。そして此処で元長老を追い出す事によって、多少扱いやすくする。

 

その魂胆が透けて見えて、わたしは心底げんなりした。

 

勿論わたしが気付くくらいだ。

 

キルシェさんも気付いているだろう。

 

「というわけで、これから新しい長老として、キルシェどのには協力しましょう」

 

「……では予定通りに自警団は使う」

 

「どうぞどうぞ」

 

そして、だ。

 

温泉関係の利権を確保しているのなら。

 

キルシェさんの始める戦略事業は、新しい長老にとっても得となる。全ては利権の世界だ。

 

会議が終わったので、外に出る。

 

グラシャラボラスさんが、苦虫を何十匹もまとめて噛み潰していて。

 

そして重役と新しい長老がいなくなってから。

 

わたしとアングリフさんに頭を深々下げた。

 

「本当に済まない。 醜い、本当に汚いものを見せてしまった」

 

「かまわんさ。 大きな街の権力闘争だと、汚さはあの比では無いしな」

 

「利害は一致したからそれでいい。 当分は騒ぐこともないから、これでいい」

 

キルシェさんも冷え切っている声で言う。

 

はて。

 

ひょっとしてだが。キルシェさんが温泉関連の事業というエサをちらつかせて、重役を動かしたのか。

 

可能性はある。

 

長老のあの五月蠅い様子からして、今のエルトナの重役達と同じ。感情だけでキルシェさんに突っかかっていた。

 

人間は基本的に、相手に対する好感度で返事を決める。

 

1+1は2、というような当たり前の事でも。

 

相手が気に入らなければ違うとか喚くのが人間だ。

 

キルシェさんとしても、もう面倒くさいから、そうやって制御する事にしたのかも知れない。

 

まだこんなに小さい子が。其処までしなければならないのか。

 

人間とは、何処まで醜悪なのか。

 

わたしは頭を振る。

 

咳払いしたキルシェさんが、作業を開始すると言ったので。

 

わたしは、しばしの沈黙の後。

 

頭を切り換えて、まずは目の前の作業を片付ける事に集中した。

 

 

 

(続)




統計とそこからの分析で異常気象の原因を割り出し、根本的な戦略事業を開始するフィリス。
しかしながら、その邪魔になるのはやはり人間の感情でした。

愚かしい者達の有様を見て、フィリスの心にはどんどん黒い染みがついていくことになります。

今までよりより深く、より強く。

現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。

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