暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、仕上げ

予定通りというのか。

 

無闇にきらきらしたヨロイを着た護衛数人とともに、鯰髭の役人が来たのは、以前話があった通りの日時だった。

 

偉そうに滑稽なまでに肩肘を張り。

 

ふんぞり返って歩いているが。

 

それで偉そうに見えると思っているのだろうか。

 

そもそも公認錬金術師がいない街で、統治のために動くのがラスティンの役人だ。

 

租税を徴収する、何てことは首都ライゼンベルグくらいでしか出来ず。

 

結局の所、各都市での自治を緩やかに認める、くらいのことしか出来ていないのがラスティンという国の実態。

 

公認錬金術師の腐敗には、公認錬金術師が動くし。

 

役人が好きかって出来るとしても、それは小さな街くらい。

 

幾つかの要因が重なって、昔のフルスハイムのような地獄絵図が到来することもあるようだけれど。

 

それにしても、役人は所詮役人。

 

この世界のルールをひっくり返す錬金術師がいる以上。

 

その存在は、影が極めて薄い、というのが実情だ。

 

フロッケの新しい長老が役人を出迎えて、笑顔で歓待する。

 

前の長老が出てくると思ったらしい役人は鼻白んだが。そもそも雪山に入った時点で、驚かされたようだった。

 

この役人が前の長老と知り合いと言う事は。

 

そもそも、フロッケには辿り着く事さえ困難であることを、知っていたはずだからである。

 

それが雪崩よけの頑強な城壁に守られ。

 

城壁の内側も外側も緑化がされ、或いは現在進行形で進められ。

 

所々の木にはかぐわしい香りを放つ木の実が。

 

そして多少肌寒いが、例え他が吹雪いていても、歩いて山頂に向かう事が出来る。その気になれば、馬車で乗り入れることも出来る。

 

馬車を用意するかと言われて。

 

役人は歩くと、多少動揺しながら言う。

 

わたしは出なくて良いと言われたので。影から様子を見ていた。

 

お姉ちゃんとドロッセルさんが、いい気味だと言い合っている。

 

「あの役人、相当に面食らっているわね」

 

「そりゃあそうだよ。 昔のフロッケだと、こんなの考えられなかっただろうし」

 

「連れている傭兵に見覚えがあるな」

 

アングリフさんが呟いた。

 

何でも、ライゼンベルグを中心に働いているそこそこの腕利きだそうだ。まあ、アングリフさんに比べると、はな垂れも良い所だそうだが。

 

「アングリフさん、見た感じはどうですか?」

 

「何とも言えないが、ラスティンの側でも監視役をつけているようだな。 ほら、後ろにいるあのホム」

 

そういえば、ホムの男性が一人。

 

眼鏡を几帳面に掛けて、一行の中に混じっている。

 

数字に厳しく。

 

不正を許さないホムである。

 

監視役にも適している。

 

商人としては有能な反面、融通が利かないとヒト族に嫌がられることもあるようだが。それはつまるところ、不正を見逃さない事を意味している。

 

補佐役としても、その存在は貴重だろう。

 

そのホムが、発言していた。

 

やはり口調はホムらしいが。

 

声はかなり低い。

 

「この城壁の実際の強度は見られますです?」

 

「少しお待ちを」

 

ドロッセルさんが、やれやれと腰を上げると。

 

大斧を担いだまま出る。

 

彼女のパワーは折り紙付きだ。担いでいる斧にしても、生半可な戦士がもてる物では無いと、一目で分かるほどのものである。

 

ずしんと敢えて威圧的に地面に降ろす。

 

流石に硬化剤で固めている上に、石材でしっかり補強している街道だ。大きいとは言え、斧を置いたくらいでは壊れない。ただ刃がハルモニウムなので、思い切り降り下ろすと被害が出る。

 

それは分かっているので、ドロッセルさんも、刃が下にならないように、きちんと配慮して街道に置いてくれた。

 

それでありながら威圧的に重さをアピールするのだから、分かっている。

 

新しい長老が、ドロッセルさんを腕利きで力自慢の傭兵だと役人に説明しているけれども。

 

言われなくても、幼児でも分かるだろう。

 

そのままドロッセルさんは、渾身の蹴りを城壁に叩き込む。

 

今のドロッセルさんは、わたしが渡している装備類の強化もあって、元とは比べものにならないほど力が強くなっている。

 

その渾身の蹴りは、人間の十倍くらいの重さの獣の首程度なら一撃でへし折る。

 

ぐわんと、もの凄い音がして。

 

役人は思わず悲鳴を上げていた。

 

いい気味である。

 

勿論城壁は小揺るぎもしない。

 

わたしも遠くから鉱物の声を聞いているが、全然平気、と返ってきていた。

 

「如何ですか?」

 

「あ、ああ分かったよ。 素晴らしい城壁だな」

 

「上に登ることも出来ますよ。 彼方には見張りの櫓もあります」

 

「いやいや、流石に結構だ」

 

青ざめ始めた役人。

 

このペースで進めていくと良いだろう。

 

更に、Y字路にさしかかる。

 

此処からライゼンベルグへの直通路を作ると言う話をして。役人は目を剥いた。まさかそんなショートカットルートが開通するとは、聞いていなかったのか。

 

いや、確か申請はしている筈。

 

となると、本当だと思っていなかったのか。

 

或いは、工事がこんなに早く進んでいるとは、思っていなかったのかも知れない。

 

「工事の様子を見ていきますか?」

 

「い、いや、見ても何も分からないだろう。 フロッケに行きたいが、良いかね」

 

「ご案内します」

 

新しい長老が役人を案内していく。

 

さて、後はキルシェさんのお手並み拝見、と言う所だ。

 

一旦皆には引き上げて貰って、作業に移る。

 

フルスハイム東との接続点は、もう緑化作業を残すのみ。

 

後はオスカーさん一人で充分だ。勿論護衛に自警団員にも残って貰うが、それは少数で良い。

 

わたしはY字路の方の土木工事を開始する。

 

やはり泥土が大量に出るが。

 

それは空飛ぶ荷車を使って、フルスハイム東の接続点近くの荒野に一度捨てに行き。後で回収すれば良い。

 

工事を続けている内に午後になり。

 

雨が降り始めた。

 

吹雪いている中、作業を少しでも進めておく。ただでさえ、無駄な時間を過ごしたのだから。

 

役人を見張るなんて非効率的な作業。

 

何の意味があったのか、よく分からない。

 

ただ、それでも。

 

ライゼンベルグに、おかしな報告をされるよりは、遙かに良かった。

 

 

 

夕方。

 

アトリエで汚れを落として、身繕いした後、自警団の人に呼ばれる。

 

どうやら役人を歓待するのも上手く行ったらしく、最後に協力者としてわたしを紹介したいそうだ。

 

頷くと、お姉ちゃんに手伝って貰って、軽く最後の調整をして出向く。

 

錬金術師としての正装は、旅の途中で整えて。今では充分なものを用意している。とはいっても、殆ど自前で作ったものだが。

 

今、ヴェルベティスを糸から布にし。

 

そしてその布を加工して、皆用の服にする計画を立てているのだが。

 

これが実行に移せるのは少し先だろう。

 

ヴェルベティスの糸の絶対量が足りない。布にするにしても、服一着くらいしか仕立てられない。

 

それ故に、材料をまた集めに行くか。

 

それとも増やすか。

 

考えなければならないからだ。

 

わたしが出向いたのは、キルシェさんのアトリエ。

 

酒が入っているらしい役人は、温泉も堪能したらしく、ご機嫌な様子で。

 

お手伝いのフローラさんがレヴィさんに指導を受けながら作ったお料理にも満足しているようだった。

 

「雪山の中とは信じられぬ。 流石に神童としか言うほか無い」

 

「まったく、この集落には過ぎた公認錬金術師でして。 おお、フィリスどの。 ブレンダンどの、紹介しましょう、此方が今回の戦略事業にて、八面六臂の活躍を見せてくれているフィリスどのです」

 

「おお貴殿が。 確か、前回の公認錬金術師試験で受かった十代の錬金術師とか」

 

「はい。 お願いします」

 

ぺこりと一礼。すっかり酒が入っている役人はガハハハハと笑った。ブレンダンとかいうそうだが、どうでもいい。

 

文字通り化け物同士の化かし合いを見ているようで気分が悪い。

 

接待している新長老は、クーデターで前の長老を追った腹黒。

 

その元長老に呼ばれてここに来た役人は、難癖をつけてフロッケに嫌がらせをするつもりだっただろう人物。

 

でも今はすっかり丸め込まれている。

 

歓待が想像以上に良かったのと。

 

それ以上に、こっちの方が利があると判断したからだろう。

 

元長老は家から出して貰えない様子だ。グラシャラボラスさんが、家の前で鬼の形相をしていたから、身動きが出来ないだろう。

 

これでは、もはや勝負も何も無い。

 

ただ、どれだけ酒を入れていても、公認錬金術師に舐めた真似をするのがどういうことかはブレンダン氏も分かってはいるようで。

 

酒をつげとか。

 

巫山戯た事は言ってこなかった。

 

「あれほどの街道工事、感服しましたぞ。 ライゼンベルグ西の安全な街道開通にも、二名の錬金術師と共に関わっておられたとか」

 

「はい。 わたしとイルメリア、パイモンという錬金術師。 更にキルシェも含め沿線の街の公認錬金術師に協力を受けました」

 

「そうかそうか、それはまた凄い調整能力だ」

 

「恐れ入ります」

 

此処で皆を呼び捨てにしたのは、あくまで此処が「公式」の場であるから。

 

錬金術師に明確な序列がない以上。

 

特に他の錬金術師を敬称で呼ぶ必要はない。

 

一応相手は役人なので、そういう対応をする。

 

これらの対応方法については、公認錬金術師になったとき。その後の講義で教えられたことを、丁寧に守っているだけだ。

 

コミュニケーションなどと言うものだとは思っていない。

 

ただの儀式である。

 

「それでは、宿を用意しましたので、其方でお休み為されませ」

 

「おう、何もかもすまぬ。 ライゼンベルグから此処への便宜も図ると約束しよう」

 

「お願いいたします」

 

酔っ払った役人が連れて行かれる。

 

料理がかなり残されていたが。宴会とはそういうものらしい。残りの内、手がついていないものは、その場でフローラさんが食べてしまうし。

 

手がついているものは。

 

料理し直して火を入れるか。

 

若しくは焼いた後堆肥に混ぜてしまう。

 

後は嫌な空気の空間だけが残った。

 

「お酒臭い」

 

キルシェさんがぼやく。

 

酒が入った役人の接待は上手く行っただろうが。

 

ライゼンベルグ側への道は、まだ完成していないのである。無駄に時間を浪費したと顔に書いてある。

 

非常に機嫌が悪いのが一目で分かった。

 

わたしもはっきり言って機嫌が悪いが。

 

キルシェさんをなだめる。

 

「必要経費です」

 

「分かってる。 それに前の長老の影響力もこれで排除できた」

 

「……そうですね」

 

今度の長老は、利害さえ一致していれば、キルシェさんの邪魔はしないだろう。それだけの計算は出来る人間だ。

 

それに懐には温泉の収益が入る事になる。

 

それだけでキルシェさんの邪魔をする理由にはならない。

 

本来だったら、前の長老と同じ穴の狢だ。

 

軽蔑し、唾棄すべき相手だ。

 

だが、それでも。

 

どうにか一緒にやっていくことを考えなければならないのが実情だった。

 

片付けが終わり。

 

わたしが消臭剤を撒いて、アルコールの臭いを消す。

 

流石にアトリエで宴会をした訳では無く、生活スペースでしたのだが。

 

それでも、繊細な作業を必要とされるアトリエにまで、アルコール臭が来るのは事実である。

 

故に消臭はしておかなければならない。

 

なおわたしの使っている移動式アトリエは。

 

各部屋が独立している様子で。

 

少なくとも、わたしが調合しているときに。

 

食事の残り香とかで、集中が乱されたことは一度もない。

 

お姉ちゃんも後片付けを手伝ってくれたので。

 

間もなく、ほぼ綺麗に全て片付いた。

 

嘆息するキルシェさん。

 

「この料理、昔だったら血が出るようなお金で買わなければならない材料ばかりだったのに」

 

「今は豊かになった、と割り切れませんか」

 

「……私がここに来たときは、まだ姥捨てまでしていた。 そこから此処までするのに、皆苦労したはずなのに。 今は何も思っていない様子で、こんな無駄にしているのが、悔しくてならない」

 

キルシェさんにとっては。

 

ここ数年は、大人にとっての数年よりも、ずっと密度が濃い時間だった筈だ。

 

その密度が濃い、子供にとってはとても大事な時間の中で。

 

いやな経験を散々してきたのだろう。

 

本人が唇を引き結んでいるのはよく分かる。

 

わたしも、現在進行形で。

 

エルトナの醜悪な大人達を見ているからだ。

 

一人にして欲しいと言われたので、わたしはお姉ちゃんとアトリエを出る。

 

キルシェさんは大人よりも仕事が出来る反面。

 

子供である部分は相応に子供だ。

 

わたしには、これ以上してあげられることは無い。

 

孤児だという話だし。

 

今更親を買って出る人間だっていないだろう。

 

せめてわたしに出来るのは、時々ここに顔を出して、一緒に仕事をし。神童に対して敬意を払うことくらいだろうか。

 

アトリエに戻ると。

 

溜息が零れた。

 

力を手に入れたと同時に、どんどん大人の世界の汚い様子を見ていくことになる。

 

これでは、腐る錬金術師が出るのも。

 

仕方が無いのかも知れないし。

 

最終的には、ソフィー先生の見せた未来を回避できないのも。

 

妥当なのかも知れなかった。

 

 

 

接待を受けた役人が、上機嫌で下山していく。

 

勿論吹雪の中でも、熱フィールドを数珠つなぎにした街道は安全だ。雨が降るが、そんなものは傘を差せば良い。

 

熱フィールドから一歩でも出れば、其処は一寸先も見えない猛吹雪な訳で。

 

ブレンダンとかいう役人は、ひたすら錬金術の驚異の御技に関心しながら、山を下りていった。

 

麓で接待をしていた現長老が頭を下げて見送り。

 

その現長老もフロッケに戻っていくと。

 

営業スマイルを作っていたグラシャラボラスさんが、真っ先に吐き捨てていた。

 

「二度と来るな下衆が」

 

「お疲れ様です」

 

「錬金術師どのこそ、あんなのの接待に巻き込んで申し訳ありませんでしたな。 いずれにしても、きちんと署名をした書類を作成させ、更にキルシェどのが蜜蝋で封をしたので、細工は出来ません」

 

それなら大丈夫だろう。

 

公認錬金術師に渡されている印鑑を偽造するのはほぼ不可能。

 

更にそれによる蜜蝋を剥がせば即座に分かるようになっているし。

 

仮に偽造できたとしても。

 

偽造などしたら、それこそ一発で首が飛ぶレベルの重罪だ。

 

あの役人にしてみれば、それこそ旧知の人間に言われて、利権をあされないか見に来ただけで。

 

其処までのリスクを追う理由がない。

 

接待を受け。

 

更に今後、フロッケとライゼンベルグの交流を持つとき、自分がその仲立ちを務めることで。

 

貴重な錬金術の素材がライゼンベルグに行くための仕事を、管理する事が出来る。

 

甘い汁を吸う余地があるかはどうかとして。

 

ともあれ役人として存在感を示せるわけで。

 

それだけあの役人にとっては美味しい話なのである。

 

早い話が。

 

前の長老は、見捨てられたのだ。

 

自警団の人達は、わざわざフロッケに戻るのもアホらしいらしく。

 

わたしと一緒に、Y字路での工事に戻る。なお、接待にはまったく興味が無かったらしく。

 

ライゼンベルグ西側の緑化作業最大功労者であるオスカーさんは、黙々淡々と緑化作業を続けていた。

 

或いは、オスカーさんも。

 

彼方此方で、汚い大人の駆け引きを、嫌になるほど見てきたのかも知れない。

 

そう思っていたら。

 

泥土を掘り返して、どかしているわたしに。

 

オスカーさんが、話しかけてきた。

 

「何だか大変だったみたいだな」

 

「ええ、おかげさまで」

 

「おいらもな、故郷では植物の声が聞こえるって話をしても馬鹿にされるだけでなあ」

 

そうなのか。

 

そうか、或いはそうかも知れない。

 

ギフテッドなんて、それを認めてくれる凄い人がいなければ、本人を傷つける凶器にしかならないケースもあるのかも知れない。

 

「ソフィーと、モニカっていう友達だけがおいらを認めてくれたんだよ。 だから時々殺し合い寸前の喧嘩をするソフィーとモニカを、おいらがどうにかなだめて、三人で仲良くやっていたんだよ」

 

さらりと凄いことを聞いた。

 

ソフィーというのは間違いなくソフィー先生の事だろう。

 

オスカーさんがもう何歳か若い頃は。

 

そんな関係だったのか。

 

「おいらは体重の増減も激しくてな。 信じられないかも知れないが、昔は鞠みたいに太ってたんだ。 今も、ちょっと気を抜くと、すぐに昔と同じ体型になるだろうな」

 

「ちょっと、信じられないです」

 

太りやすい体質だという話は聞いていたが。

 

それでも鞠のように太っていたとは。

 

オスカーさんはかなり痩身だし。

 

話を小耳に挟んでいる自警団員も、皆唖然としているようだった。

 

「まあ何というか。 おいらとソフィーはギフテッド持ちという共通点があったから仲良くなったし、フィリスとキルシェもギフテッド持ちと神童って言う周囲からは弾かれた存在という共通点がある。 なら、苦悩も分かるんじゃないのかな」

 

「……そう、ですね」

 

「キルシェは見たところ、周囲に対等な相手がいないからな。 もう錬金術始めてから一年ちょいで此処までやれる奴は、流石にソフィーみたいな規格外を除くとそうそうはいないだろうし、もうちょっと仲良くしてやってやると良いと思うぞ」

 

「分かりました」

 

後は、無言で工事を続ける。

 

その日の工事は、遅れを取り戻すように、雨の中黙々と続け。

 

翌日も、遅れを取り戻すため、作業を急いだ。

 

少し疲れは溜まったが、もう少しでライゼンベルグ側に抜ける街道が開通する。封鎖された雪山の閉鎖集落で。定期便しか通行できなかったフロッケが。

 

首都と直通路を確保した、しかも錬金術師にとっては貴重な素材を多数資源として有している場所へと一変するのだ。

 

自警団員達はそれを知っているし。

 

だからわたしも頑張ることが出来る。

 

孤立集落が如何に悲惨かは。

 

ソフィー先生に見せられた、あり得るエルトナのもう一つの未来で、知っている。あんな未来を、誰にも味合わせてはいけないのだ。

 

一週間後。

 

ついに、もう一つの麓まで、街道が開通する。

 

喚声が上がる。

 

ただ。此方の麓は、まだ緑化が完全では無い。オスカーさんは、しばらく街道の緑化作業を、フロッケの自警団と連携して行うそうだ。

 

ライゼンベルグへの道を開通させる際。

 

この周辺の強力な獣やネームドは、あらかた片付けた。

 

後は、わたしが手伝わなくても良いだろう。

 

城壁を組み。

 

緑化がしっかり熱フィールド内で完成するところまで見届けて、わたしは作業を切り上げる事とする。

 

フロッケに戻ると。

 

自警団員が、皆一様に敬礼してくれた。

 

此方も頭を下げる。

 

また、多くの経験を積む事が出来た。

 

キルシェさんも、握手を求めて来たので応じる。

 

「また、いつでも来て欲しい。 それと助けがいるなら呼んで欲しい」

 

「はい。 困ったときはお願いします」

 

「そうだ、これを渡しておく」

 

キルシェさんが、フローラさんに視線で促して。

 

フローラさんが、わたしに本をくれる。

 

ヴェルベティスに関する本だ。

 

正確には、レオンという人が書いたらしい、ヴェルベティスを使った服のデザインである。

 

非常に凝ったデザインの服がたくさんあって。

 

アングリフさんのような屈強な男性に無理なく似合いそうな服から。

 

わたしのような子供っぽいのでも着こなせそうな服。

 

お姉ちゃんやドロッセルさんのような大人の女性には美を引き立たせる服。

 

レヴィさんのように、独特の美意識を持つ人でも喜びそうな服まで、色々とデザインが載せられていて。

 

しかもヴェルベティスに魔術を仕込み、その生来の防御力を遙かに引き上げる術までが、詳しく記載されていた

 

「私はもう全て写して持っているから良い。 フィリスほどの錬金術師なら、きっと大事にしてくれるはず。 悪用もしないと信じる」

 

「有難うございます。 宝物にします」

 

「ん」

 

また来よう。

 

キルシェさんが手伝ってくれれば、色々とはかどる作業もある筈だ。

 

わたしはそう決めると。

 

エルトナに戻る事にする。

 

そろそろ活版印刷の道具類が揃うはず。そうすれば、カルドさんに頼んで、エルトナで活版印刷を開始できる。フルスハイムでも活版印刷の技術は普及していないという話なので、近場で一気に本を安く流通させることが可能になる。

 

更に、孤児院の建設もそろそろ予定通りなら出来る筈だ。

 

アングリフさんには院長を務めて貰おうと思っている。

 

戦場しか知らないような子供をアングリフさんはたくさん知っていると昔嘆いていたし。故に金を稼ぐことに執着するようになったとも言っていた。

 

後は補助として誰かホムがつけば、きっと孤児院はしっかりやっていく事が出来る筈だ。

 

エルトナへの帰路。

 

振り返ると。

 

光が連なって、麓へつながっている。

 

熱フィールドが吹雪を弾く際に、少しずつ発光しているのだ。

 

それを見て、思った。

 

まるで地上に降りた太陽のようだと。

 

人工太陽だ。

 

そう思うと、何かおかしくなった。まだまだ上を目指せるわたしでも、こんな大それたインフラを作れたのだと思うと。

 

絶望の未来にも。

 

少しだけ、杭を打ち込むことが出来た。

 

そんな気がした。

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