暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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2、麓の森

森のどこから見ても、世界樹の位置が分かる。

 

凄まじい規模の森だ。

 

足を踏み入れてそれがよく分かった。そして何よりも、森に入ってみて、世界樹の凄まじさがよりよく分かった。

 

これはもはや、荒野にどうやってこんなものが出来たのか分からないレベルだ。

 

資料は見てきたが。ずっと昔から存在しているらしい。それはそうだろう。あんなものが、一日二日で生えてくる訳がない。

 

見上げる度に感嘆の声しか漏れないが。

 

それも、程なく終わった。

 

アングリフさんがハンドサインを出してきて。

 

一気に皆が緊張する。

 

どうやらおでましの様子だ。

 

すぐに戦闘に備える。

 

イルちゃんはシールドを展開する準備。

 

わたしは地面に手をついて鉱物の声を聞き。周囲の人数を把握しつつ、攻撃してきた場合は反撃する準備に備える。

 

此処で爆弾は使いたくない。

 

ブリッツコアもだ。

 

戦うにしても、森を傷つける……それもこんな凄い森を傷つけるのは。この世界に生きる者としては許されない。

 

パイモンさんは雷神の石を用いるつもりのようだが。

 

それも木を傷つけないように、慎重に使うつもりだろう。

 

さて、どうする。

 

しばしのにらみ合い。

 

鉱物が教えてくれる限り、周囲を半包囲している人間は二十人ほど。いずれも相応の手練れのようだ。

 

殺し合いになったら、手加減をする余裕は無い。

 

相手が弱ければ、殺さず制圧、というのも出来るかもしれないが。

 

そんな事を許してくれるほど、相手に隙が無いのだ。

 

実力が拮抗すればするほど、不殺での制圧は難しくなる。わたしも、外に出て、その辺りはよく分かっている。

 

だから、出来るだけ戦いは避けたい。

 

緊張の瞬間はゆっくりと過ぎていく。まるで時間が遅く流れているように。

 

ほどなく。

 

相手側が、此方に姿を見せてきた。

 

非常に大柄な獣人族の戦士だ。というよりも、現れた獣人族の戦士達は、皆極めて大柄である。

 

全員身長としては限界に近い。

 

この恵まれた体格。

 

更にあからさまに錬金術の道具を、武装として身に纏っている。手にしている武器も、プラティーン製のようだ。

 

なるほど、一目で理解出来る。

 

これならば、傭兵として重宝もされるはずだ。

 

「森に錬金術師が来ると連絡を受けている。 フィリス=ミストルートというのは誰か」

 

「わたしです」

 

「そうか。 他は護衛か」

 

「此方のイルメリアとパイモンは公認錬金術師。 他は護衛です」

 

公式の場だから、敢えて呼び捨てにする。

 

相手は一勢力と判断しての行動だ。しばし狼の顔をした巨漢の獣人族は黙り込んでいたが。

 

程なく、顎をしゃくった。ついてこい、というのだろう。

 

その間、聞いた事のない言葉で、獣人族達はぼそぼそと話している。

 

カルドさんは興味を持ったようで、メモを取っているが。

 

そもそも着ている服にしても。あまり見かけないものばかりで。毛皮も、敢えて染めているようだ。

 

人間にも入れ墨をする者はいるようだけれど。

 

獣人族は、確か地毛を大事にすると聞いている。あのような染め方をする文化の持ち主は、殆どいないのではあるまいか。

 

驚きはまだ続く。

 

小川が流れているが。

 

獣人族達は、ひょいひょいと飛び越えていく。

 

相当な能力強化が、錬金術の道具で為されていると見て良い。ソフィー先生から支給された道具なのか。

 

それとも、元より彼らは相応に高度な技術を持っている集団なのか。

 

それはちょっとばかり分からない。

 

いずれにしても、念のためだ。小川とは言え、どんな獣がいるか知れたものではないのだから。空飛ぶ荷車に分乗して移動。真下から攻撃されたところで、別に痛くもかゆくもない。このサイズの川の場合、荷車を丸呑みするような巨獣は出てくる事もないだろうし。

 

森の奥へ進むと。

 

木の背が高くなってきたからか、周囲が薄暗くなってくる。

 

甲高い鳥の声が聞こえてきて、思わず首をすくめた。わたしの二十歩分はありそうな巨体の蛇が、するすると前を通り過ぎていく。獣は際限なく巨大化するとは言え、このサイズは凄まじい。

 

前を行く獣人族はかなり足が速い。

 

途中から、ツヴァイちゃんは荷車に乗って貰った。

 

流石に辛そうになって来ていたからである。

 

相手が本当に此方を歓迎するつもりかは分からないし。いつでも戦えるようにしておかなければならない。

 

当たり前の話で。体力は可能な限り温存しなければならないのだ。

 

しばしして、見えてくる。

 

森の中に、集落がある。

 

とはいっても、或いは土を積み上げて、その中に穴を造り、それそのものを住居にし。

 

また別の住居は、木の上に造り。木の枝などを時間を掛けて曲げ、雨露を避けられるようにしている。

 

苔むした石を積み上げて作り上げた住居には、大きな木が絡んでいて。文字通り一体化している。

 

これは、人が住んでいるのが見えなければ。

 

まるで廃墟か何かのようだ。

 

姿を見せる巨大な影。

 

思わず構えてしまうが。

 

どうやらそれがケンタウルス族だと気付いて、わたしは生唾を飲み込んだ。

 

ケンタウルス族。

 

魔族で言う巨人族のような、レア中のレア。足四本、腕二本の、最強の獣人族の一種。

 

巨大な体格は巨人族にも劣らず、圧倒的なパワーと魔術の力を持つ獣人族最強の存在である。

 

しかしながら数そのものが極めて少なく。

 

フルスハイムのような基幹都市でも、滅多に見かける事はないという。

 

それに、悲しい話だが。

 

巨人族にしても、ケンタウルス族にしても。

 

所詮は人間。

 

この世界では、ドラゴンや邪神という圧倒的存在に対抗できる者では無い。あくまで人間の中で相対的に優れた力を持っている、というだけの話であって。この人であっても、それに代わりは無いだろう。

 

「この村の現在の長であるティオグレンだ。 そなたがフィリス=ミストルートだな」

 

「はい。 よろしくお願いします」

 

「この森には素材を採取に来たのか」

 

「はい。 出来れば調査と採取の許可を願いたいのですが」

 

ティオグレンという名前を聞いて、アングリフさんが一瞬背筋を伸ばした。

 

聞いた事があるのだろうか。

 

この村は凄まじい。

 

百人ほどが住んでいる様子だが。

 

文字通り森と一体化した集落の中で、それでも錬金術の道具類を生かして、相応に高度な生活をしている様子だ。

 

汚物などを垂れ流しにしている様子も無い。

 

高度な技術を上手く森に溶け込ませて。

 

清潔さも保ちつつ。

 

森の中で生きている。

 

このような生き方もあるのだと、感心してしまった。

 

わたしも森で守られた集落は幾つも見てきたが、それはあくまで森を防御と食糧供給のために使っているのであって。森の中で生きている訳では無かった。

 

此処は完全に森と一体化している。

 

獣人族だけしかいないのは良く理由が分からないのだけれども。

 

こんな特異な文化、どうしたら生じるのかはよく分からない。

 

「ならば、森の長たる神の許可を得ろ」

 

「神……邪神ですか」

 

「此処に住まう神は、人間にはさほど敵対的では無い。 ただし、庇護を行うほど友好的でもない」

 

ついてこいと言われて。

 

そのまま移動を開始する。

 

獣人族の戦士達は、聖域に行くからか。

 

それ以上はついてこなかった。

 

ティオグレンさんは、後ろからアングリフさんに声を掛けられても、振り返らずに応える。

 

「あんた聖獣王ティオグレンか」

 

「その呼び方を知っているとは、それなりの使い手の様子だな」

 

「不死身のアングリフとは俺の事よ」

 

「聞いた事がある。 この辺りだと、フリッツと並ぶ凄腕だな。 今は錬金術師の護衛をしているのか」

 

どうやらお互いに知っているらしい。

 

アングリフさんに話を聞いてみると。

 

少し黙った後、教えてくれる

 

聖獣王ティオグレン。

 

凄まじい力を持つケンタウルス族の一人で、かなりの古くから名前が確認されているという。

 

魔族並かそれ以上の寿命を持つケンタウルス族としても異様な長生きで知られていて。

 

古くから、多くの戦場で名前が見られるのだそうだ。

 

文字通り一騎当千の実力を誇り。

 

ドラゴンスレイヤーとしても知られているのだとか。

 

ドラゴンスレイヤーか。

 

そうなると、錬金術師と一緒に行動しているのだろう。身につけている錬金術の道具からしても、それは裏付けられる。

 

となると、誰か。

 

「噂によると深淵の者に所属していると聞いているが、本当か?」

 

「さてな」

 

「というか、そもそもこの村の長はケンタウルス族では無かったと聞いていたのだが、どうしてあんたが長をしている」

 

「それも応える気は無い」

 

空気がひりついている。

 

アングリフさんの言葉に、ティオグレンさんは応えるつもりが無さそうだし。それでアングリフさんも苛ついている様子だ。

 

そして、地形が露骨におかしくなってくる。

 

世界樹に入り込んだのかも知れない。

 

巨大な根が縦横に入り組んでいて、まるで海原のようだ。

 

木は殆どなくなり、かといって空は遮られている。

 

世界樹の枝が、空を覆うほど伸びている、と言う事なのだろう。

 

更に、世界樹そのものも、幹が見えてくる。

 

それは文字通り、植物の領域を超えてしまっている。まるで、巨大な壁だ。フルスハイム全域ほどではないにしても。少なくともエルトナよりは大きいと思う。

 

ティオグレンさんが足を止める。

 

理由は何となく分かった。

 

びりびりと、凄まじい気配を感じる。

 

今まで遭遇したドラゴンなどの比では無い。

 

幹の一箇所に、ぽっかりと穴が開いている。その奥から、気配はしているようだった。

 

「行くが良い。 ……まあ負けても殺される事はないだろう」

 

「何の話ですか」

 

「この先にいる者は、この世界そのものの一端。 それも毛の先ほどの存在。 だが、それでも知る必要がある。 この世界がどれだけの力によって動いているのか、そしてそれがどういう存在なのかを」

 

「何とも抽象的な話だな」

 

アングリフさんが呆れた様子で言うが。

 

ティオグレンさんは何もそれに答えなかった。

 

ただ背中を向けている様子からは、何というかその。「この世界そのものの一端」という存在に対する、複雑な気持ちが透けて見えた。

 

わたしは無言で前に出る。

 

「行くのか」

 

「資料を見ましたが、此処で祀られているのは創造の乙女と呼ばれている存在だと聞いています。 もしも本人だったら……会ってみる価値はあるかと思います」

 

「教会で信仰されているあれか。 場所によっては創造とか創世とかで違うらしいが」

 

「……待った」

 

カルドさんが言う。

 

もの凄く怖い顔をしている。

 

「実は他の場所にも創造の乙女が存在するという伝承はあります。 例えばアダレットの首都は、創造の乙女の居場所に極めて近いので、その霊験を得るために建造されたという歴史がある程です」

 

「そういえば、教会の資料を見ましたが、諸説あるようですね」

 

「複数いるのよ」

 

不意にイルちゃん。

 

彼女も、青ざめている。

 

相当にヤバイ気配なのは分かるけれど。

 

パイモンさんも、口をつぐんでいた。

 

ティオグレンさんは黙って話に参加しない。腕組みし、背中を向けてずっと立っている。

 

「私も創世の乙女パルミラの話は聞いているけれど。 明らかに世界の複数箇所に存在しているのよ。 此処にいるのはその一つ、と言う事でしょうね。 この気配、尋常じゃ無いわ。 下手すると、虫を潰すように殺されるわよ」

 

「……」

 

ソフィー先生は。

 

此処で素材を集めろと言っていた。

 

そして、此処にティオグレンさんは連れてきた。殺されないだろうとも言っていた。

 

ならば。行くしか無いだろう。

 

「皆、総力戦を準備してください。 一応、話はしてみます」

 

「……分かった。 ただし、まずいと思ったら即座に逃げるぞ」

 

「はい」

 

一歩を踏み出す。

 

その度に、凶暴、ではないけれど。圧倒的な力を感じる。それだけではなく、気付く。周囲に戦いの跡が残っている。

 

凄まじい炎の魔術が展開された痕跡。

 

稲妻が焼き尽くした跡。

 

何かが降り注いだような跡まである。

 

これは、此処で何度も、凄まじい戦いが引き起こされた、と言う事だ。それも、戦ったのは尋常な使い手ではあるまい。

 

木のうろ、というには巨大すぎる洞窟に入る。

 

其処には。

 

子供がいた。

 

杯の上に浮かんで。背中からは四色の円形の翼を生やしている。それはヒト族のまだ幼い女の子にも見えたが。

 

違う。纏っている魔力が違いすぎる。あまりにも桁外れ過ぎて、周囲に強い影響を与えているのが一目で分かる。

 

邪神も、ものによっては人間に近い姿をしているという話を聞くが。

 

この存在は、ヒト族の形をした、根本的に違う別の何かだ。

 

巫山戯た話で、昼寝をしているように見える。

 

浮いたまま、うつらうつらとしているのが分かった。

 

だが、わたしが前に踏み出すと。

 

小さな手で、可愛らしく目を擦りながら顔を上げる。どうやら目覚めたらしい。それだけで、炸裂するような圧迫感を覚えた。相手が此方を認識したのだ。それだけでこれか。

 

ぐっと、生唾を飲み込む。

 

「だあれ? 遊んでくれるの?」

 

普通の問いかけの筈だった。

 

それなのに、足が。動いてくれない。膝が笑っている。

 

あまりにも桁外れな、次元が違いすぎる化け物が、此方に興味を示した。というだけで、わたしの体が。拒絶反応を起こしたのだ。

 

震える足を叱咤。

 

だめだ、飲まれるな。動け。

 

呼吸を整えながら、聞く。

 

声を少し出すだけでも、膨大な努力が必要だった。目覚めたからか、相手は体から、凄まじい魔力を放っている。それこそ、体が光るかのような。

 

駄目だ。今の武装では、とてもではないが勝てる相手ではない。

 

こんな怪物。今世界にいる錬金術師が、全員がかりでも、倒せない。

 

そう絶対的な確信を持てるほどの巨大すぎる力が、目の前にあった。

 

「あ、貴方が、創世の乙女パルミラ?」

 

「んー、そうだけど?」

 

「わたしはフィリス=ミストルートと言います。 錬金術師です」

 

「だろうね。 それで遊んでくれるの?」

 

遊ぶ、か。

 

もしこの存在が教会でいう創造神だとしたら。それこそ壊すも作るも自由自在。殺戮も生命の創造も遊びの一端だろう。

 

だけれども、流石にわたしも。それに乗るつもりは無い。

 

「わたしは貴方と遊ぶためではなく、此処に力を得に来ました」

 

「遊んでくれたら、力を分けてあげてもいいよ?」

 

少しずつ目を覚ましてきたのか。

 

パルミラの声から、眠気が消えてくる。

 

だが、このおぞましいまでの暴力的な力。

 

どれだけ穏やかな無邪気な声でも。やはり一瞬でも気を抜いたら、失禁しそうだった。

 

「そうだなあ。 私が力をぶつけたらすぐに壊れちゃうだろうし、総力で私に攻撃してみてよ。 まあ多少は反撃するけれど、死なない程度にしてあげるね。 で、面白かったら、認めてあげる」

 

「……はっ、悪くない条件だ」

 

アングリフさんが前に出る。流石歴戦の傭兵だ。

 

パイモンさんも前に出た。

 

どうやら、かなり無理をしているようだが。それでも流石はこの場の最年長者。

 

お姉ちゃんも前に出る。

 

わたしも、こうなったら、やるしかないか。

 

ツヴァイちゃんも、神々の贈り物を構える。

 

ふわりと、浮かび上がったパルミラが。

 

翼を回転させた。

 

「さ、楽しもうよ、ねえ!」

 

その声だけで、意識が飛びそうになるが。

 

これから邪神とやり合うのだ。

 

少しでも良い素材が必要なのだ。

 

そして何より世界を変えるには。世界の創造に関わっている存在に、少しでも触れる必要がある。

 

そう、もしもこの子が。創造神の一端だとしたら。

 

例え「一端」だとしても。

 

わたしは知らなければならない。

 

そして何となくわたしは悟っていた。

 

この森は。いや世界樹そのものが。創世神の、麓に過ぎないのだと言う事を。

 

吹き付けてくる凄まじい圧迫感の中、先陣を切ったのは。唇を噛んだわたし。まとめてブリッツコアを発動し、六個分を一度に叩き付ける。複数同時展開は使用方法として前から研究していて、拡張肉体の研究と一緒に進めていた。

 

六つの雷撃がそれぞれのコアを繋ぎ。

 

六芒星を構築。

 

相互増幅し合って、それこそ雷神の槌が如き雷となって、パルミラに叩き付けられる。

 

その一撃を最初に。

 

戦いが始まった。

現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。

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