暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、暴力の権化

あたしは無言でティオグレンの側に降り立つ。

 

聖獣王とまで呼ばれるこの獣人族の戦士にて、ルアードの側近として深淵の者を支え続けた勇者でも。

 

あの端末にさえ勝てない。

 

カルトそのものだったこの森の獣人族達を、ティオグレンの手でまとめさせ。

 

精強ではあったが狂信的だった獣人族達を統率し。

 

深淵の者に組み込んだのは正解だった。

 

以降は時々、深淵の者の幹部や、見込みのある強者をパルミラに挑ませている。

 

いずれも、未来を引き出すための処置。

 

ティアナちゃんとシャノンちゃんも以前コンビで戦わせた。

 

結果は惨敗。

 

それだけでも、今挑んでいるフィリスちゃんがどうなるかは、分かるというものだ。

 

「可能性の子を見に来たのですか」

 

「うん。 ……前から言ってるけれど、別に敬語で無くていいよ」

 

「貴方は我等が主すら敬意を抱く最高の賢者。 そして我等の悲願である世界の改革をなし得る希望の星。 それが如何に禍々しく輝く凶星であろうと、敬意を払うのは当然の義務でありましょう」

 

「まあそう思うならば良いけれどね」

 

希望か。

 

あたしでさえ、まだこの世界のどん詰まりをどう解消するべきかは、正直答えを出せていない。

 

人間という種族を進化させるべきと言う結論は出ているのだが。

 

どう進化させるべきかが分からないのだ。

 

また技術的な問題もある。

 

そのままの人間が駄目だ、という点では既に深淵の者でも意見が一致している。深淵に浸かっているあたしを見て悲しんで時に怒るプラフタでさえ、その意見は変わっていない様子だ。

 

だからこそ人材がいるのだ。

 

さて、戦闘はどうなっている。

 

初撃で極限まで増幅したブリッツコアを叩き込んだフィリスちゃんに続いて、猛攻を仕掛ける彼女の仲間達。

 

イルメリアちゃんが放った、高熱を発する剣。パイモンが放った時間差の極太の雷撃。

 

いずれもが、パルミラがひょいと手を振るだけで弾き散らされる。

 

否、かき消される。

 

反対の要素で対消滅させられたのだ。

 

煙が生じ。

 

それを貫いて、リアーネの渾身の一矢。

 

一瞬時間差を置いて、カルドの長身銃から放たれるハルモニウム弾。

 

柔らかく手を開くように、パルミラが動くと。

 

それらはふんわりと空中で受け止められ。

 

床にぽとりと落ちた。

 

頭上。

 

稲妻のようにアングリフが斬り降ろし。

 

更に足下に滑り込んだドロッセルが、大斧を切り上げる。

 

素手でハルモニウム製の刃を。それも強烈な魔術で熱と雷撃を帯びているそれらを受け止めるパルミラ。

 

背後に回ったアリスが斬り付けるが。

 

翼に届くどころか、斥力で弾かれる。

 

「うふふー、おもしろーい!」

 

完全に遊んでいやがる。

 

あたしは舌打ちしたくなるが。アレはパルミラの端末に過ぎない。本体は今も絶賛昼寝中だ。

 

叩き起こす事は出来るけれど。

 

今はまだその時間ではない。それには相応の労力がいるし、必要を感じない。

 

ただ、端末に蓄えられたデータは、本体に送信されている。

 

膨大なこの世界の全ての情報と共に。

 

端末に対してある程度ダメージを与えたり、もしくは楽しませることが出来れば。

 

そのものには報酬が与えられる。例えばティアナちゃんが持っている剣もそうだ。あの子の剣は、パルミラに与えられたものなのである。

 

それが。神の力が。今のフィリスちゃんには必要だ。

 

フィリスちゃんが大型の爆弾を投擲。

 

それにあわせて、他二人の錬金術師も、同じく爆弾を投擲する。

 

最初がレヘルン。だが、これは恐らく、かなり特殊な加工を施した特注品だろう。巨大な氷柱が、パルミラを瞬時に包む。其処にイルメリアちゃんが投擲した炎爆弾が炸裂。

 

強烈な燃焼を見せ、パルミラを包んだ氷を瞬時に溶かし尽くし、その体を炎で包む。

 

其処へ、パイモンの雷撃爆弾が炸裂。

 

上空から、数十発に及ぶ雷撃が、立て続けにパルミラを襲撃。

 

更に、とどめとばかりに。

 

ツヴァイちゃんが発動した神々の贈り物の閃光が。

 

パルミラを貫いていた。

 

濛々たる煙。

 

あたしはまあまあかなと、冷酷な評価を下していた。

 

何しろ、煙から姿を見せたパルミラは。それらの攻撃で、まったく傷ついていなかったのだから。

 

正確には防御は貫通した。だが、即時で回復されたのだ。

 

邪神には、超高速での自己修復能力を持つ奴がいる。あたしも戦ったことがある。パルミラもその能力は当たり前のように持っている。というか、彼奴の場合、世界のパラメーターそのものを弄くっているのだ。

 

自分が受けたダメージを、瞬時に全快できるのは、そういう理由である。

 

「良い連携。 まだまだある? 見せて?」

 

手を空に掲げるパルミラ。

 

空気が歪む。

 

一瞬にして、周囲に今までの比では無い魔力が満ち。

 

それが優しく周囲を「圧迫」した。

 

結果発生したのは、致命的な爆発だ。

 

イルメリアちゃんがレヴィと一緒にシールドを展開したが、そんなものは紙も同然。一撃で貫かれる。

 

死屍累々の中、まだ立っているのはフィリスちゃんだけか。

 

フィリスちゃんは反射的に床に手を突き、顔を歪める。

 

此処は地面じゃない。鉱物があれば、それこそ岩でパルミラを攻撃できたのだが。木の中では、それも不可能だ。身についている地面を味方にする癖は、此処でマイナスの結果を呼ぶ。

 

不意に、立ち上がったアングリフが、パルミラを後ろから貫く。完璧な奇襲だった。

 

だが。事象が書き換えられる。

 

床に思い切りたたきつけられたアングリフの上で、ひらひらとパルミラは回っていた。その乗っている杯ごと。

 

「流石年の功。 でもちょっと足りないなあ」

 

「刺したよな、確かに」

 

「うん。 良い奇襲だったから刺されてあげたけれど、気が変わったから刺されたという結果を変えたの」

 

「……手札を晒しやがって、舐めてると痛い目見るぞ」

 

続けて大剣を投げつけるアングリフだが。

 

その大剣は、間髪入れずアングリフの顔の真横に突き刺さった。

 

満面の笑みのパルミラ。投げ返したのでは無い。結果を操作して、パルミラに飛ぶ大剣を、アングリフの横に突き刺さるようにしたのだ。

 

真後ろからドロッセルが。真右からアリスが。

 

同時に仕掛けるが。

 

それぞれが、パルミラをすり抜けて、壁に叩き付けられ、そのまま悶絶する。

 

「工夫のない攻撃退屈ー。 もっと工夫しようよ、出来るでしょ?」

 

「イルちゃん!」

 

「任せなさいっ!」

 

血だらけのイルメリアちゃんが、剣を展開。数十本に達する魔剣が、パルミラをいつの間にか完全包囲していた。

 

飽和攻撃なら、或いは。

 

更に、タイミングをわずかにずらし、フィリスちゃんが渾身の一撃を。

 

ブリッツコア四種をまとめて、一気に火力を放出。

 

更に時間差をつけて、パイモンが雷神の石の火力をフルに解放。

 

致命的な爆発が、パルミラを襲う。

 

襲うが、それまでだ。

 

煙が、一瞬で晴れる。パルミラが手で払ったのだ。先ほどの連続攻撃を警戒しての行動だろう。遊びでも二度は同じ手を受けてはやらない。この辺り真面目な性格が良く分かる。

 

周囲に落ちている魔剣。いずれもボロボロだ。

 

血を吐いて倒れているイルメリアちゃん。呼吸を整えながら、パイモンが呻く。

 

「化け物……め」

 

フィリスちゃんもこれはもう無理かな。

 

あくびをしているパルミラは、リアーネが放った矢をそのまま掌で受け止める。小さな掌に、城壁さえ穿つ矢が、あっさり止められ。

 

一人時間差攻撃で、加速し至近に回り込んだリアーネのナイフが、斥力に弾かれ。

 

カルドの二発目のハルモニウム弾に至っては、瞬きするだけで軌道をそらされ、壁に突き刺さった。

 

レヴィが攻勢に出る。何だか凄そうな剣技を繰り出すが。涼しそうにパルメラは、よけもせずに全弾を受ける。勿論傷一つつかない。

 

更に、すっと手を降ろすと。その場にいる全員が、床にたたきつけられた。重力操作だ。

 

わたしの魔術映像を見ているティオグレンが呻く。

 

「凄まじい……ですな」

 

「でも、最終的にはこの端末くらいは打倒出来なければ困るんだけれどね」

 

「貴方なら可能ですか?」

 

「この端末は大した力じゃあない。 再生しきる前に潰せるよ」

 

全くの事実を淡々と述べる。

 

実際問題、あたしの力は、現在では抑えておかないと危ないくらいにまで上昇している。パルミラ本体には到底及ばないが。この端末程度だったらどうにでもなる。

 

ただ見た感じ、あの「パルミラ」は。超ダウングレード版とは言え、本体が使う技の一端は使用している。そういう意味で、あれと戦っておく事に意義は大いにある。

 

事象の改編。

 

瞬時の完全再生を一とする世界のパラメーター操作。

 

重力を一とする法則の操作。

 

ただし、フィリスちゃん達も気付いて来ている。

 

同時に全てを実行は出来ない。

 

だから時間差による攻撃を仕掛けていたのだけれど。もう流石に限界か。

 

ツヴァイちゃんが完全に二度目の攻撃で気絶したのを見て、フィリスちゃんが撤退と叫ぶ。

 

それで、戦いの勝負はついた。

 

あたしはまあこんなものだろうと思い、その場から姿を消した。

 

此処まで現時点でやれれば充分。最悪の場合、失望したパルミラによって、フィリスちゃんは瞬時に消滅させられていただろう。まあそこまであの生真面目で善良な神が、するとも思えないが。

 

これでいい。フィリスちゃんは敗北を知って更に強くなる。だからこれで理想的な結末だ。ティオグレンは呆れていたようだが、別にどうでも良い。あたしは常に、最良を目指して動くだけだ。

 

 

 

呼吸を整える。

 

完全に、戦いを始める前の状態に戻っていた。撤退しようにも、全滅を覚悟する状態だったのに。

 

によによしているパルミラは。創世の乙女は。どうやら、わたし達の状態を、戦闘開始前に戻したようだった。皆傷一つない。消費した爆弾も元に戻り、体力も魔力も回復していた。

 

ぎゅっとツヴァイちゃんを抱きしめる。恐怖の震えが伝わってくる。

 

唇を噛んで、この世界の邪神の頂点を見上げた。

 

浮かんだまま此方を見下ろしているパルミラは。文字通り遊んでいただけだった。

 

時間、空間、自由自在。これでは、ソフィー先生とでも戦っているかのようだ。

 

「んー、最近来た中では、そこそこ楽しかったよ。 特に時間差で少しでもダメージを与えられるとすぐに気付いたのは凄いかなあ。 ご褒美として、森での良識的な範囲内での採取を許可するよ。 後、これをあげるね」

 

わたしは、応えない。

 

否、応えられない。

 

相手は遊んでいるつもりなのは分かりきっているけれど。それでも、あまりの圧倒的な力量差に、震えを隠すだけで精一杯だった。

 

やっとそれが収まったのは。

 

パルミラが寝落ちした後。

 

炸裂するような圧迫感が消えた。脅威ですらないと相手が認識した。その結果である。

 

そして、其処には宝箱が一つ。いわゆるチェストという奴だ。

 

更には、幾つかの。図鑑でしか見た事がないような、高価な素材類が散らばっていた。

 

無言で、それを荷車に乗せる。

 

完敗だ。わざわざ口にするまでもない。邪神の圧倒的な実力を目の前で見せつけられたわたしは、言葉も無かった。人間に敵対していない以上邪神と呼ぶべきかは分からないが、同族である事は間違いない筈。

 

勿論他の邪神はパルミラよりは劣るだろう。だが、あまりにも頂点が凄まじすぎる。しかもあれで、本体の毛先ほどしかないというのだ。一体創世神本体はどれほどの力を持っているのか。

 

大きく嘆息したのは、アングリフさんだった。

 

「あれが、神か。 ドラゴンとは流石に比較にならねえな」

 

「ちょっと勝てる気がしない」

 

ドロッセルさんもぼやく。

 

いつもマイペースのドロッセルさんがこの発言である。皆もどれだけのショックを受けたのかが、一発で分かる。

 

パイモンさんは、しばらく俯いていたが。やがて素材類を回収する作業に入った。イルちゃんはしばらくへたり込んでいたが。アリスさんに助けられて、立ち上がる。ツヴァイちゃんはさめざめと泣いていたが。漏らしたりはしていなかった。心が決定的に折れていない事も何となくは分かった。

 

それにしても、いくら何でも強すぎる。

 

ドラゴンも強かった。だが、まだ勝機があることが分かる相手だった。

 

パルミラは異次元にも程がある。この世界の頂点ではあるのだろうが、それにしても別次元過ぎる。

 

嘆息すると、一度世界樹のうろを出る。

 

わたし達以上の実力者も、何度もパルミラに挑んだのだろう。多分この世界樹に残された戦闘の跡は、その記念か何か。

 

それ以上でも以下でもないはずだ。

 

ティオグレンさんは腕組みして待っていた。

 

そして、何も聞かず。

 

集落まで案内した後。今日は休むようにと、一言だけ告げた。

 

 

 

アトリエを展開して、中で休む。

 

まるで葬儀でもあったかのような雰囲気だったが。この状況ではどうしようもない。

 

勿論あれは例外だと言う事は分かっている。

 

だがそれにしても、あまりにも圧倒的。

 

あまりにも一方的。

 

上位邪神を倒すのに、二大国が総力を挙げて、それでも出来るか分からない、という理由が肌身で分かった。

 

あんなの、勝てるとか勝てないとか、そういう次元の相手ではない。

 

動いているのはパイモンさん。

 

一応立ち直ってはいるようだが、表情はくらい。

 

荷車にかき集めて逃げ帰ってきた素材。

 

それにチェスト。

 

両方を吟味しよう、という話をわたしと。

 

膝を抱えたまま、部屋の隅に蹲っているイルちゃんにする。

 

年長者らしい、現実的な行動だ。わたしも、今はヒスを起こしている場合では無いと理解する。

 

素材類は、見た事があるものも見た事がないものもあるが。

 

共通して凄まじい魔力を放っていた。

 

しかもおあつらえ向きに三等分出来るように数がきっちりある。どれも同じ程度の魔力を感じもした。頭に来るほど、平等なやり方だ。なおチェストについては、多分レヴィさんが言っていた奴だ。これについては、その話をする。わたしは元々興味は無いし、二人もそういう話があるのならと納得した。どの道、力尽くで開けられるようなチェストでもない。

 

イルちゃんはよろよろと腰を上げると。

 

どう素材を分けるのか、と問い。

 

パイモンさんが、まずは品についてまとめようと、ごく当たり前の事を言い。

 

聡明なイルちゃんらしくもなく、ただそれに頷くばかりだった。

 

これは駄目だ。何というか、本当に皆の心に与えられた衝撃が大きすぎる。邪神が相手なのだ。それもその頂点が。

 

もし、相手に殺意があったら。

 

それこそ、何も手も足も出なかっただろう。

 

力の差を埋めるとか埋めないとかそういう話ではない。

 

生きて帰れただけ、奇蹟。そう思って、頭を切り換えるしか無かった。

 

改めて素材を見る。

 

まず、植物関連が幾つか。

 

黄金色の葉もある。

 

だが、前に触ったものとは、桁外れの魔力を放っていて。文字通り発光している。蓄えられた力が凄まじすぎるのだ。

 

毛皮もある。

 

何の毛皮かは分からないが、或いは何の毛皮でさえ無いのかも知れない。

 

これもまた、鈍い音を立てていた。

 

魔力が周囲の空気を振動させているのだ。

 

どれもこれもが、訳が分からない一品ばかりである。

 

わたしは、金の絹糸を欲しいと言う。

 

二人は同意してくれた。

 

ヴェルベティスを量産したいと思っている状況である。

 

もう少し素材になる金の絹糸を入手した後。ある程度慣れてきてからこれを使えば、それこそ切り札になる防具を作り出せる筈だ。

 

イルちゃんが取ったのは竜の鱗。

 

多分湖底の邪竜の鱗よりも、更に高品質だろう品だ。

 

頷くと、わたしはそれを容認する。パイモンさんも異論を口にはしなかった。

 

続いて毛皮をパイモンさんが取る。

 

二人とも文句は言わない。

 

こうして、全ての素材を分けていき。

 

その後は、解散とした。

 

とりあえず今日は休む。

 

お姉ちゃんが料理を作ってくれたけれど、はっきり言って味がしない。いつもだったら美味しいのに、まるで作るのを失敗した上傷んでしまった古い干し肉でも噛んでいるかのようだ。

 

イルちゃんやパイモンさんも同じのようで。

 

苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

いや、間違いなく美味しいはずだ。

 

こんな味がする筈がない。

 

それだけ、皆がショックを受けている、という事である。わたしは、それ以上、何も言えなかった。

 

一晩眠って。

 

それから起きだして、皆と合流。

 

ティオグレンさんの指示を受けたらしい、屈強な獣人達が数名、既に待機していた。案内してくれるという。

 

「慈悲」に従って、素材を回収するのなら。

 

指定の場所でやって欲しいと、彼らは言った。リーダー格の、ヤギ顔の戦士は。当然のように毛皮を染めている半裸の逞しい上半身を見せつけながら、ついてこいと威圧的に言った。

 

案内とはいうが。

 

事実上の監視だ。

 

森に入ったときの様子からして、匪賊や山師の類が入り込んだとき、この人達が生かして帰すとも思えない。

 

パルミラを信仰対象としていて。

 

その許可が出たことは知っているのだろうが。

 

それでもよそ者、なのである。

 

多分ソフィー先生は、あのパルミラを認めさせているはずで。それが故に此処の掌握を成功させているのだろうけれど(或いは関係があるだろう深淵の者がやったのかも知れないが)。

 

だとしても、監視をつけるほどに。

 

此処は排他的な集落だ、と言う事なのだろう。

 

ブッシュになっているほど森は濃くないが。

 

それでも濃厚な緑の臭いがする。

 

近くを巨大な獣が、悠然と通り過ぎていく。一応此方に敵意は無い様子だ。というよりも、パルミラの意思が通達されているのだろう。

 

完全に此方を無視しているようにさえ見受けられた。

 

獣人族の戦士は、ほうと呟く。

 

そして、わたしを見て言う。

 

「此処まで獣が敵意を示さなくなる相手は久しぶりだ。 相当我等が神は戦いを楽しまれたと見える」

 

「……楽しんだ、ですか」

 

「我等が神は万物が創造主。 我等の創造主にして救世主でもある。 いにしえの時代、乱が絶えぬ世界で、我等の先祖は滅び掛けた。 その滅び掛け、もはや為す術も無かった処に手をさしのべてくださった。 それが我等が神なのだ。 我等のための世界を創造してくださった神は、かくしてお疲れになり、今は力を温存為されているのだ」

 

何だそれ。

 

今まで、どんな本でも読んだことが無い話だ。

 

独自の信仰を持っていると聞いたが。

 

嬉々として語った今の言葉。

 

狂信的と言うよりも、何一つ疑っていないようにさえ思えた。

 

カルドさんは、落ち込みよりも今の話に興味を持った様子で、前に出る。

 

「もう少し詳しく話を聞かせて貰えませんか?」

 

「ほう? 外の修羅の世界から来た割りには信心深いな。 だがこの森には神に絶対の忠誠を誓ったか、神が認めた者しか住まうことが出来ぬ。 そなた達は認められたが、それでもまだ色々と証が……」

 

「いえ、神の話です。 ここに住もうとは思いませんが、今の話を出来ればもう少し詳しくお願いします」

 

「……ま、まあ良いだろう」

 

歩きながら、獣人族の男性は話をしてくれる。

 

カルドさんは、目をらんらんと光らせながら、メモを取っている。

 

何でも、パルミラと呼ばれる創造神は。

 

元より極めて慈悲深く。

 

この世界に多くの救われぬ存在を招いて、住まうための世界を「作ってくださった」のだという。

 

それも善意から。

 

様々な理由で滅び以外の選択肢が無くなっていた四種族は、それを受け入れ。

 

今はこの世界にくらしている。

 

決して楽に暮らせているわけでは無いが。

 

創世の乙女の光は皆を優しく照らしているのだと、恍惚さえ目に浮かべながら獣人族の男性は言う。

 

カルドさんはしばし考え込んだ後、質問。

 

「それは一族に伝わる話ですか」

 

「いや、神より直接話をしてくだされた。 それまでは、我等は創世の乙女に従う事をただ信仰とし、この森にてその守護を担う事だけを考えていた。 だが今の長老が、神を起こしたまい、その迷妄を開いてくれた」

 

迷妄、ね。

 

それにしても、信仰対象の神が、直接説諭したというのか。

 

もしも信仰が狂信的だった場合。

 

それはもうひれ伏して、感動のあまり涙を洪水のごとく垂れ流し。そして以降は一切合切身を任せるだろう。

 

そんな事はわざわざ言わなくてもわたしにも分かる。

 

どうやら採取地に着いたようだ。

 

黄金色の葉と。

 

金の絹糸。

 

それに珍しい何種かの木の実と。

 

図鑑でしか見られないレアな薬草が何種類かある。

 

荷車を寄せると、群生地から採集を開始。丁寧に、取りすぎないように。植物を痛めないように、慎重に手を動かす。

 

呼吸を整えると。

 

回収した素材を、パイモンさんとイルちゃんと確認。

 

いずれも、禁忌の森で回収した素材とは段違いの品ばかりだ。

 

それに、黄金色の葉だが。

 

生えている木が、以前と違って、しゃんとしている。

 

何というか、年季が入っている。

 

前はあからさまに若い木だったが。

 

今度のは、ずっと古くから此処に生えていて。その光で周囲を照らしている。それが分かるのだ。

 

一度アトリエを展開して、コンテナに今回収した素材を入れる。

 

ツヴァイちゃんはまだちょっと精神が不安定なようだけれど。数字の管理はしっかりしてくれた。

 

それでいい。

 

次の場所に向かう。

 

なんと、アードラの巣だが。

 

アードラは此方を見ると、どいてくれた。

 

産みたての卵が幾つかある。

 

持って行け、というのだろう。

 

信じがたいが、これも神の指示によるもの、というわけか。

 

触ってみると、産みたてではあるが。魔力を感じないものが幾つかある。パイモンさんも触ってみて、頷く。

 

無精卵だ。

 

有精卵を持っていくのは、慈悲がないと見て良い。

 

故に、無精卵だけを貰っていく。

 

同じような巣から、幾つか無精卵を貰って。

 

そしてその場を離れる。

 

小川が幾つかある。

 

魚を取るための罠が仕掛けてあって。

 

其処から、幾らかの収穫を獣人族の男性が分けてくれた。

 

珍しい貝類や魚がごっちゃり入っていたが。

 

魚類までもが、美しい光沢を放っていて。まるでこの世の生物とは思えない。

 

否。

 

荒野にいる獣こそ、本来の姿ではなく。

 

力に満ちあふれたこの森にいる獣こそ、本来の姿なのではないのだろうか。

 

ふと、直感的にそんな事を考えてしまったが。

 

それは流石に、検証してみないと何とも言えない。いずれにしても、有り難く貰う事にする。

 

そして、だ。

 

最後に案内された場所で。

 

わたしは息を呑んだ。

 

深い深い森。

 

暗いその場所に、数筋の光が差している。

 

そして、其処に群生しているのは。

 

図鑑を慌ててめくる。

 

そして、イルちゃんとパイモンさんにも見せて、確認した。間違いない。

 

この、円形状に咲く赤い花は。

 

新月にしか咲かないとか。

 

特殊な条件でしか咲かないとか言われている。幻の中の幻。薬草の中の頂点。究極の薬を作る際には絶対に必要とされ、場合によっては死者さえ蘇らせるという噂さえある。錬金術の秘奥に触れるためには、必要な一つ。

 

ドンケルハイトだった。

 

生唾を飲み込むと。

 

わたしはドンケルハイトに手を伸ばす。

 

三株だけ、もらう。

 

一人一株ずつ。

 

敢えて、同じくらいの大きさのものだけを選んだ。

 

呼吸を整える。

 

こんなもの、一生触ることは無いかと思っていた。安易に使う事なんて、とても出来る品ではない。

 

そして此処でまた回収しようと思うならば。

 

またパルミラと戦わなければならないだろう。

 

「此処までだ。 後は、もはや神の慈悲の及ぶところでは無い。 お引き取り願おう」

 

「はい。 有難うございました」

 

「うむ……」

 

獣人族の男性は、わたしの物わかりが良いからか、機嫌が良かった。

 

或いは、神が「楽しんだ」事を、自分の事のように喜んでいるのかも知れない。

 

此方は死ぬ所だったのだけれど。

 

そんなことは、この森を「神を守護する」ために守っているこの人達には、どうでも良いのだろう。

 

世界樹の麓の森を出る。

 

そして、装甲船二番艦に乗る。

 

乗って、一端フルスハイムまで戻るが。その途中で、大きく、大きく溜息をイルちゃんがついた。

 

「もしもあれが、本当に創造の神だったとしたら」

 

「いや、恐らく本当だと思う。 だけれど、ティオグレンさんが言っていた通り、一端も一端なんだろうけれど」

 

「……そうね。 創造の神の一端があれだとしたら。 どうしてこの世界は、こうも過酷なのかしらね。 人間が嫌いなようには見えなかった。 むしろ努力には対価を与える存在に見えた。 それなのにこの世界は、人間をどれだけ苦しめても足りないように出来ているとしか思えない」

 

「そうだな。 確かにこの世界は地獄だ。 だが……」

 

パイモンさんは、声を低くする。

 

さっきの話。

 

獣人族達がカルドさんにしていた謎の神話。

 

教会では聞いた事がないし。どんな見聞院の本にも書かれていなかった話だが。

 

あれが本当だったとしたら。

 

「ひょっとすると、我等四種族はこの世界で生まれたのではなく。 更なる地獄から来たのやも知れぬ」

 

「更なる地獄……」

 

「滅亡が確定している世界といったら、そうなるだろう」

 

「……」

 

まさか。

 

例えば、滅亡が確定している世界で人間がどう振る舞うか。

 

それで、思い当たる。

 

ソフィー先生に見せられたあの終焉の時。

 

人間は、まるで匪賊のごとく、互いに喰らいあっていた。嫌な想像が、一気に脳裏を塗りつぶす。

 

まさかとは思うが。パルミラにこの世界に連れられて来た人間は。そもそも最初から、ああだったのではあるまいか。

 

そしてこの世界は。あの狂った人間達が、まともに暮らす事が出来るように調整された世界だったとしたら。

 

言葉も無く、わたしは黙り込み。

 

今の考えを飲み込むしか無かった。

 

そうか、世界がどん詰まりになるのも、更に分かった気がする。これでは、どうしようもない。

 

例え最強の神がどれだけ良い世界を作ろうが、それこそ全てを食い尽くしてしまうのが本質的な人間だろう。

 

だとしたら。

 

わたしは、どうそのどん詰まりを解消すれば良い。

 

もうすぐフルスハイムに到着すると、ライトさんとレフトさんが告げてくる。

 

安全圏に入ってから、コンテナの整理をしよう。

 

わたしはイルちゃんとパイモンさんに提案すると。心の奥底に点った、正解かもしれないおぞましすぎる考えを、必死に検証し始めていた。

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