暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
その過程で、ついに最高の神衣の作成に着手します。
鉱物に関しては最高の才能持ちのフィリスですが。
専門外でも、ついに頂点に手を掛ける段階に来ました。
それはフィリスが、既に常識範囲内の錬金術師を逸脱している事も意味していました。
序、神衣
時間が出来たので、ヴェルベティスの本格的な作成に入る。金の絹糸をコーティングし、触るだけで切り裂かれるような鋭さをまず押さえ込む。
その後糸繰りの本職に渡して、糸にしてもらい。
レシピを見ながら、コーティングを一度落とす。
そして、慎重に糸になったヴェルベティスを錬金釜に入れ。
中和剤で変質させていく。
そしてその段階から、また別種のコーティングを施す。
この作業が非常に大変で。
糸にした段階でも、まだまだ下手に触ると切り裂かれる程に鋭いからだ。まるで糸になった刃物。
実用的では無い武器として、銀糸というものがあるらしいが。
それを想像してしまう。
わたしがエルトナの地下街にいた頃。
読んでいた本に、それを使う勇者がいた。
だけれども、そんなものは使い物にならないと、あのレヴィさんさえ言っていたほどなので。
本当に使い物にならないか。
或いは余程の特殊な条件を満たさないと、使えない武器なのだろう。
ともあれ、変質を進め。
絹糸の力を最大限にまで引き出した後。
糸を再コーティング。
このコーティングにしても、非常に技術が難しく。ピンセットで掻き回そうとして、ピンセットがバラバラに、という状況が簡単に想定された。勿論、この特注の錬金釜で無ければ、調合そのものが無理だろう。
冷や汗を何度か拭いながら。
丁寧にコーティングを施し。中和剤から引き上げ。
その後は乾かし。
可能な限り純度を上げた蒸留水で、何度か洗って、徹底的に不純物を落とす。
作業時に不純物が入り込まないように。
少し前から、釜の上に空気の膜を張っている。
凄い魔術師なら自前で出来るのかも知れないが。
わたしはできっこないので。
レシピを見ながら、まずはこれを出来るように、釜の周囲に道具を作ってセットした。これで、実際に調合した品の質が跳ね上がったのだから、効果的なのがよく分かる。とはいっても、本当に凄い錬金術師は、文字通り空気も無い部屋で調合をするらしいし。最高品質の錬金術の道具は、そういった超特殊な環境で初めて生成が実現できるのだという話である。
いずれもが、ソフィー先生らしき人が見聞院に納入したレシピに書かれていた事だ。
というのも、文章の癖などから、ソフィー先生らしさが透けて見えるのである。
多分、ソフィー先生は。
文字通り、本当にそういった釜を使って調合し。
あの圧倒的な実力を再現するための道具類を造ったのかも知れない。
或いは、自分自身を何かしらの方法で強化したのかも知れない。
いずれにしても。
高みに行くには、更に繊細な調合が必要なのは事実で。
ギフテッド持ちでも無い、つまり声が聞こえない素材を相手にする場合は。
こういった繊細な作業を行って、少しでも技量の差を埋めなければならなかった。
無言で作業を終えた後。
今度は機織りの所に出向く。
フルスハイムは大きな街だ。
機織りを専門にしている人は何人もいる。
糸繰りを行う人とはまた別で。
機織りは専門の機械を使い、そして非常に高度な技術が必要になる。
伝統的にヒト族や獣人族の女性、それも既婚者が行うケースが多く。
フルスハイムにあるそこそこ大きな機織りの工場でも、そういう人達が働いているのが見えた。
美しい紫色に染まった糸を見て、何これと言われたが。
更にわたしが提示した、機織り後の図を見て、受付に出た人は絶句。
皆の分の衣服を作れるだけ糸は用意した。
何度も造りながら、納得がいく品質になるまで練習を繰り返した。
後は布にして。
いや、服にまで一度仕上げて。
その後更に処置を施して、完成となる。
工場長が出てきた。
ヒト族の気むずかしそうな老婆で。かぎ鼻とぎょろりとした目は、何だか深い森に住んでいる「魔女」を思わせた。
「なんだいこの服は。 何処かのデザイナーか何かが作ったのかい」
「レオンさんという方がデザインしたそうです。 お金に関しては払いますので、このデザイン通りにお願いします」
「……ふん、まあ良いだろう。 ただしかなり高くつくよ」
「分かっています」
どんと、金貨の袋を置く。
わたしも散々戦略事業をしてきているのだ。
この間のフロッケでの作業の時も報酬は貰っているし。
作った道具の内、二線級になったものはアルファ商会に卸している。お薬や爆弾もアルファ商会に納入して、お金に換えている。
そして今回作るヴェルベティスの衣服は、文字通りの戦略物資。
この人達には教えないが、文字通りの国宝級の品だ。
この工場は、アルファ商会の息が掛かっている。
もしも何かトラブルがあった場合は、例えば泥棒がヴェルベティスに手を出した場合は、それこそこの世の果てまで追っ手が掛かる。
だから気にしなくて良い。
一度アトリエに戻ると。
残っている作業を順番にやっていく。
体を動かした方が。
今後行わなければならない、憂鬱な難事。
すなわち邪神との戦いに向けての心身の負担が少しは小さくなる。
ツヴァイちゃんと一緒にコンテナに入って、整理を行う。ツヴァイちゃんにも装備類一式は渡しているから、補助は必要ない。多少重い道具でも素材でも、軽々と持ち運ぶことが出来るし。
怪我をしてもすぐに治る。
コンテナの中は、空気も一定で。
温度も変わらず。
光も差し込まない。
こんな空間では時間の感覚が狂ってしまいそうなのだが。どういう方法でか、ツヴァイちゃんはきちんと時間を把握しているらしく、休憩をするべきだと時々提案してくる。
わたしも体内時計を狂わせると調整が面倒なので、その提案には乗るし。
コンテナを出ると、分かっているようにお姉ちゃんかレヴィさんが料理をして待ってくれている。
食事をきちんと取って。
眠れるときに眠る。
イルちゃんとパイモンさんは、それぞれ馬車に籠もって、調合を繰り返し。
時々イルちゃんは、ライゼンベルグ西の宿場町に戻っては、街の事をこなしているようだった。
わたしも、エルトナに一度戻って、状況を確認したいが。
今回はちょっとばかり本気で集中したい。
そこでティアナちゃんに頼んで。
おかしな動きがあったら、すぐに報告して欲しいと、頭を下げておいた。
別に頼まれなくてもそのつもりだったらしいのだけれど。
ティアナちゃんはわたしに頼まれた事が嬉しかったらしく。によによと笑って、うんと頷く。
単純に楽しそうだけれども。
だけれど、ティアナちゃんが危険な事に変わりは無い。
あまり無茶はしないようにと、願うばかりだ。
数日後。
頼んでおいた服が、仕上がってきた。
紫色だが、複雑な魔法陣が仕込まれていて。体格に合わせてぴったり作られている。
服と言っても下地で。
ヴェルベティスの他にも様々な素材を使い。
最終的には組み合わせて服にする。
持ち帰った後、きちんと機織りされているか確認。問題ない事をチェックすると、後は最終作業に移る。
またコーティングを落とし。
更に中和剤で、魔法陣そのものを活性化させる。
布地に文字通り縫い込まれている魔法陣。
それも、最高クラスの素材である、金の絹糸によって作られた、防御と活性化の魔法陣を、フルパワーで稼働させるようにするのだ。
これだけで、着込んだ人間は元より何倍も強くなるが。
更に中和剤に竜の血を用いる事で。
究極レベルまで。
とはいっても、わたしが今できる範囲での究極レベルにまで、潜在力を引き上げる。
そして、再コーティング。
というのも、そのままこれを着てしまうと、文字通りズタズタになってしまう。肌着なんて何の意味も成さない。
服の内側を中心に、柔らかく金の絹糸の鋭さを受け止める布地を縫い止め。
更にこれを何種類かの接着剤でくっつけ。
縫い合わせ。
そして更に最終的なコーティングを行う。
何しろ元が危険すぎる素材なので、どれだけ厳重にコーティングしても足りないほどなのだ。
最後のコーティングは、絹糸から身を守るだけでは無く。絹糸のコーティングが熱やら水分やら酸やらアルカリやらで飛ばないようにする処置も含む。
コーティングは三日間、十を超える種類の中間生成液を使って行い。
更に二日がかりで洗浄し、乾かす。
そうすると、神衣の完成だ。
文字通り国宝級の服。
まずは、自分で着込んでみる。
内側も外側もコーティングしているが。この薬液自体が、高度錬金術の産物。柔らかく、鋭い絹糸の切れ味を受け止める。
着てみて分かったが。
なるほど、これは何というか、まるで重さを感じない。
軽いというよりも、雰囲気がハルモニウムによく似ている。
重さそのものはあるのだけれど、空気が避けて通っている感じだ。
いずれにしても、これは服として着るものというよりも、防具として身につけるものだと思った方が良さそうだ。
着込んだ後、普段着を重ね着するが。
まるで重ね着した感触が無い。
軽いし、何より身体能力が派手に上昇しているのが分かる。多分今まで作り上げた道具類の何よりも、体の力を引き上げているはずだ。
これに今まで作った錬金術の道具類を重ねて身につける。
更に数段力が上がったのが分かるが。
それでも、邪神には届くかどうか。
順番に、皆の服を仕上げていく。
一月あれば充分。
何しろ、皆の分の服は、それこそ並行して作業を行う事が出来るのだから。最初にわたしの服を作ったのは、自分で実験するため。最初に自分で着てみて、駄目かどうかは確認しなければならない。
それにしても恐ろしい布だ。
作る際に手抜きとかをしたら。
着込んだ途端に下手をするとミンチになってしまうかも知れない。
一週間ほどで、全員分が仕上がり、着て貰う。イルちゃんとアリスさん、パイモンさんにもプレゼントした。
二人は二人で、別方向から邪神攻略を模索していたようで。
世界樹から持ち帰った素材類を使って、色々調合を行っていたようなので。これについては喜んでくれた。
今まで一緒に仕事をしてくれた分の料金だという事で渡したが。
イルちゃんは苦笑い。
「これ、普通の人が百人一生働いても稼げないくらいの価値があるわよ」
「それは分かっているけれど、戦う相手が邪神だから」
「うん、それは……分かってる」
イルちゃんも、パルミラの力を見て、凹んでいた一人だ。
勿論身体能力を数倍にした程度では、とても勝てる相手ではない。
だが、このヴェルベティスの神衣による根本的なパンプアップは、他の邪神が相手であれば。
或いは攻略の糸口になる筈だ。
外で軽く力を試す。
つるはしを振るうが。
今まで以上に簡単に、文字通り水に刺すように、つるはしの先端が岩に食い込んでいた。
勿論、一瞬で木っ端みじんである。
それも、岩の声を聞いたから、きちんと鉱石ごとに分解されてくれる。
自警団が、それを見て拍手をしていたが。
わたしと一緒に仕事をした人だ。
この程度の光景には慣れているだろう。単にわたしの太鼓持ちをした可能性がある。
だから他にも実験をしてみる。
お姉ちゃん立ち会いの下、地面に手をついて、干渉。
魔力が段違いに跳ね上がっている。
ヴェルベティスの効果恐るべし。
単に頑強な防御を得られる、というだけではない。
地面に手を触れて、鉱物の声を聞くけれど。
今までに無い広範囲の鉱物の声が、神衣を着る前とは比較にもならないほどクリアに聞こえた。
少し五月蠅すぎる位だ。
でも、これでもっと鉱物が身近になった。
それに、周囲の鉱物が、どれくらいの獣が、どれくらいいるか。教えてくれる。
頷くと、幾つか地面に干渉する魔術を試してみる。
火力が上がりすぎていて。
例えば、相手を下から錐状の岩で貫く魔術を試してみたら。かなり大きな獣が、一撃で真っ二つになった。
岩が大きすぎたのだ。
勿論死体は回収して、解体して素材として活用する。
他の魔術も試してみるが。
いずれも、今までとは威力が段違いになっている。
これは、戦略事業が更に楽になるだろう。
後は、コーティングが完璧かどうか、着こなした状態で確認を続けなければならない。
理論上は永続的に大丈夫な筈だけれども。
超高熱とか超低温とかに晒されたらどうなるか分からない。
流石にそんなものに晒されたら着ているわたしが死ぬと思うけれど。その後、神衣だと思って着た人が大けが、何て事態は避けたいのだ。
検証を重ねて。
幾つか分かってくる。
作業を色々した後、神衣を丁寧に調べる。
ルーペまで使い。
調査用の魔術も使って、隅々まで。
コーティングは変質していない。
勿論ヴェルベティスも、下地に使った布も大丈夫だ。
だが、何か引っ掛かる。
そこでもう少し調べて見ると、どうやら下地に使った布そのものが、少し劣化していることが分かった。
なるほど、ヴェルベティスがあまりにも凶悪すぎる魔力を発揮しているからか。
レシピを確認。
下地の布は、今後定期的に交換する必要がある。
そう、自分用のメモに付け加えておいた。
勿論、更に腕が上がれば。
下地が必要なくなる。
そうすれば、ヴェルベティスだけで作った神衣を作る事が出来。そしてその神衣は、文字通りの存在として、身につけたものを守ってくれるだろう。
額の汗を拭う。
他にも問題が無いか徹底的に調べている内に。
食事の時間が来た。
軽く皆で食事をした後。
アングリフさんが切り出した。
「邪神、エルエムだったか」
「はい。 そういう名前だと聞いています」
「そいつを倒したら、俺は傭兵を引退するつもりだ」
「!」
そうか。それも良いかも知れない。
この人は、戦略級の傭兵として、長い間戦い続けて来た。肉体的な限界も近づいている。
そもそもこの人はヒト族。この年齢で「戦士として」現役、というのが色々規格外なのだ。
ヒト族としては、とっくに後進の育成に回っている年齢である。
「例の孤児院の件、頼んでも良いか」
「わかりました。 ただ、補佐役を用意しますので、その人の言う事には従ってください」
「何だ、窮屈だな」
「誰だっていきなり何でも上手く行くわけがありません。 傭兵団として人を率いる事に関しては、アングリフさんは達人だと思いますけれど。 だからといって、孤児院までいきなり完全に運営できるとは思えませんから」
カルドさんも、教師として仕事を依頼するつもりだ。
標の民としての仕事があるだろうから、常駐は出来ないだろうが。
それでも歴史の授業くらいは教える事が出来るだろう。
更に、アルファ商会にも話を持ちかける。
人材の確保は、アルファ商会でも考えている筈。
ソフィー先生にしても、あれほどの人材、育成するのが簡単だった筈が無い。
孤児院というだけではなく、総合的な学問施設にすることにより。
人材をどんどん育成することが出来る。
更に言えば、錬金術師の素質を持つ人間を、発見できる可能性だって高くなるはずだ。
「じゃあ、言葉に甘えるとするか」
「……もし良かったら、アンチエイジングしますか?」
「ああん? いいや、いらねえよ。 俺は分相応に生き満足して死にたいと思っているんでな。 俺は不死身のアングリフとまで呼ばれて、傭兵として充分すぎる位生きたし、それで充分だ」
「分かりました」
やはりそう答えるだろうと思っていた。
食事を終えた後、ヴェルベティスの再調整に取りかかる。
コーティングの過程に手を加えられるかも知れない。そうすれば、下地の寿命を延ばせるか。
もしくは下地そのものを要らなく出来るかもしれない。
更に、である。
せっかくドンケルハイトが手に入ったのである。
これを使って、何かしら強力な道具が造り出せるかも知れない。
ツヴァイちゃんに増やして貰うか。
いや、ツヴァイちゃんが如何に複製の錬金術を積極的にこなして、力を伸ばしているとは言え。いくら何でもドンケルハイトの複製は無謀すぎる。
触っているだけでじんわり暖かいほどの魔力を持っている薬草の王だ。
どれだけの消耗があるかわかったものではない。
色々な事をしたい。
邪神を倒した後は、更にもっと出来る事も増える。
錬金術師の高みは、まだまだずっと先だろうけれども。出来る事が増えれば、世界の酷い事を更に抑える事も出来るはず。
世界を変えることも。
或いは。
わたしは寝返りをうちながら、考える。
この世界に住む人間が、元から如何に腐った存在だったとして。
どうすれば。世界を変えることが出来るのか。
そろそろ、真剣に考えなければならない。
それは、わたしにも分かりきっていた。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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