暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
禁忌の森にはドラゴンが住んでいる。それも中級ドラゴンのゴルドネアだ。以前調査したときに、それは確認した。
つまるところ、低空飛行で禁忌の森を掠めることは、ブレスの直撃を喰らう可能性を意味していて。
出来れば避けるべきである。
故に、ある程度高度を保ったまま、今日は浮遊島に近付くと。
その下に潜り込んでいた。
昨日の時点で、逆さに植物が生えているような岩隗がある事は確認できている。
となると、普通だったら島の下部にありえないような構造物が、存在している可能性は否定出来ない。
島に出来るだけ近付くが。
近付けば近付くほど、やはり細かい浮遊した岩が飛んでいて。船体にぶつかったり、掠めたりしていく。
ぶつかるときには相応に大きな音がして。
ひやりとさせられた。
「これは色々心臓に悪いな」
アングリフさんがぼやく。
無理もない。
どんな武勇があっても、この高さから墜落したら一巻の終わりである。或いは、落ちているときにアトリエに逃げ込めば何とかなるかも知れないが。その場合、今度はグシャグシャに潰れたハルモニウムで固めた船からの脱出と。更にはあの禁忌の森を生きて抜けるという、二段構えの地獄を抜けなければならないのだ。
カルドさんは、全周を確認できるようになっている船の中から、外を熱心に見ていたけれども。
あまり喋らない。
むしろドロッセルさんの方が興味深そうにしている。
人形劇のネタにするのだろうか。
この辺り、冷や冷やしているアングリフさんとは対照的に楽観的で。落ちたら落ちたでどうしようもない、という風情である。
ドロッセルさんは実力からしても、その内彼女のお父さんやアングリフさんのような、戦略級の傭兵になる事は疑いなく。
劇作家としての時間を割くことは、今後あまりできなくなっていくだろう。
だからこそに、今のうちに。
やりたいことは、きっちり済ませておきたいのかも知れない。
一番大きい浮島の下に潜り込むと。
夜のように暗くなる。
それだけ巨大な島が空中に浮いている、と言う事で。
邪神を殺したら、これが下にある禁忌の森に落下するのでは無いか、とひやりとさせられるが。
調査をしていくと、どうやらグラビ結晶と同じ成分が検出される。
島そのものが、最初から浮いているか。
或いは後から浮く性質が付与された可能性が高い。
ということは、だ。
つまるところ、邪神を殺しても、問題はない可能性が高い。
念のため、サンプルが欲しい。
少し危険は伴うが、アングリフさんを護衛に、外に出る。念のため、お姉ちゃんにも来て貰う。
外に出ると、かなりたくさんの岩が浮かんでいたが。
その中の一つに縄を掛けて、船の中に引っ張り込む。
何しろ舵の微調整が必要になるし。
適当な岩なんてそう簡単には見つからないしで。
とにかく大変だった。
とりあえず、持ち込んだ岩を調べて見るが。
やはりグラビ結晶が中にかなりの量含まれている。
別にグラビ結晶は神の力が失われたら、存在が無くなる訳でも無い。つまり邪神を殺しても問題あるまい。
ゆっくり、その場を離れながら。
昨日見ることが出来なかった辺りを、じっくり偵察していく。
不意にレヴィさんが言う。
「妙な気配だ。 まるで生暖かい墓場の風のような」
「あら、随分詩的ね」
「詩人かい?」
「剣士だ」
アトミナとメクレットの皮肉に、さらりと胸を張って返すレヴィさん。まあそれはともかくとして、しっかり確認はしておく必要がある。
レヴィさんが妙な気配を感じた方を調べる。
ちょっと細かい岩が多すぎて、まっすぐ行くのは無理だが。
望遠鏡をお姉ちゃんとカルドさんに渡して、何か変なものが無いかを見てもらう。
二人とも、特にこれといって変なものは見つけられない、と言うけれど。
何だか凄く。
それも特大に嫌な予感がする。
距離を更に取るように、ライトさんとレフトさんに指示。
もしもそれが当たりだったら。
邪神がいるかも知れない。
そうなったばあい、ドラゴンのブレス並みのアウトレンジ攻撃が来る可能性があるのだ。
そして、予感は当たった。
ちかり、と瞬いたかと思うと。
次の瞬間には、船の横っ腹に、何か良く分からないものが着弾していた。
即座に高度を下げさせる。
射線が通ったから仕掛けて来た、と言う事は。
そもそも射線が通らない場所に逃げるしか無い。
ぞっとしたのは、ハルモニウムの装甲が燃えている、と言う事だ。
着弾したのは何だか分からないけれど。
少なくとも、装甲に燃える要素は無い。
装甲が燃えているという事は、早い話がその上から、可燃性の何かをぶつけられたという事になる。
シールドの展開も間に合わなかった。
急いで距離を取った後、甲板に出る。
凄まじい熱気だ。
こんなもの、人が直撃を受けたら、瞬時に消し炭だ。しかもお姉ちゃんやカルドさんでも確認できない遠距離から、正確に狙い撃ってきたのか。
用意してある消火剤をぶちまけるが、まるで効果が無い。
強い魔力を感じるし、多分魔術の炎だ。
ならば。
レヘルンを束にして放り投げ、起爆。
凍らせることで、強引に消火。
凄まじい灼熱と、極寒を連続で浴びて、装甲が心配だ。ゆっくりと島の下に潜り込みつつ、周囲を警戒しながら、鉱物の声を聞く。
やはりノーダメージとはいかない。
ハルモニウムの装甲そのものには深刻なダメージはないものの。
内部の装甲に、一部問題が生じていた。
攻撃を受けたときに、かなり揺れたのだが。
つまり攻撃には質量が伴っていた。
早い話が、何かとても重い燃えるものをぶつけられた、というような状態が近い。
それでいながら、凍らせてみれば実体は無い。
パルミラとの戦いを思い出す。
邪神との戦いに、理屈はもはや存在し得ないのかも知れなかった。
「船体のダメージは軽微。 航行に支障なし」
「こんなのを何発もくらったらひとたまりも無いわ。 常時シールドを展開しながら進むしかないわね」
「そうなると、移動速度が更に落ちますが」
「その時のためのシールドよ」
イルちゃんの言う通りだ。
わたしも、操舵手の二人に指示。
二人も、頷くと、シールドを展開した。
相手が邪神となると。
今の攻撃を、射線関係無しに撃ってくる可能性も否定は出来ないのだ。シールドは一瞬でも早く展開した方が良い。
船が。装甲船二番艦がシールドに包まれる。
淡く発光するため目立つが。
その代わり、大出力の錬金術製炉から魔力供給を受けているシールドだ。いつもイルちゃんが血を吐きながら展開しているアレよりも、遙かに高出力の筈。以前はドラゴンのブレスも防いで見せたし、今は更に性能も向上しているはずで、期待して良いだろう。
ゆっくり、慎重に先の地点を避けながら、島の周囲を回っていく。
その間、見える地点は、全てメモを取り。
地図を少しずつ、丁寧かつ確実に、仕上げていった。
夕刻、フルスハイムに帰還。
一度修理を行う。
船をドックに入れて、カイさんを呼び。内部を確認して貰う。わたしはわたしで、外の装甲を徹底的にチェック。
やはりわずかな歪みが見られたので。
空飛ぶ荷車に乗ったまま、作業をする。
もうハルモニウムの声は、まったく問題なく聞こえる。
というか、最近は、ほんの微かだけれども。他の素材の声も、少しずつ聞こえるようになりはじめていた。
まだ本当にわずかだけれども。
それで多少は助かる事もある。
お姉ちゃんに、補助のためそばに乗って貰っているが。
今はヴェルベティス製の神衣を身につけている上、山盛りの錬金術装備を纏ったままだ。こんな程度の高さから落ちても、痛くもかゆくも無い。
ハンマーを振るって、歪みを調整。
プラティーン合金の辺りが、特に歪みが酷かった。
流石に邪神だ。
この装甲を、あの遠距離からの攻撃で、これだけ歪ませるなんて。貫通されていたら、一撃アウトだったかも知れない。
炉に誘爆したらどうなるかとか。
考えたくも無かった。
下に降りると、カイさんが必要な部品をリストアップしてくれていたので。
すぐに準備する。
直すには三日かかると言うことで。すぐに頼んだ。勿論お賃金は渡す。こういったお金のやりとりは、相手の技術に対する敬意の表れだと言う事をわたしはもう知っているし。お金は何より余っているのだ。
働いてくれる人に払うのは当たり前である。
一度アトリエに戻り。
たくさんある地図を皆で確認。
それで分かったのだけれども。
どうも浮島は、主に三層で構成されているらしいことが分かってきた。勿論、平たい岩が三つ浮かんでいる、と言うような単純な構造では無く。「おおまかに」三層に分けられる、という事である。
もう少し検証が必要だと前置きした上で。カルドさんが、地図の上に指を走らせる。
「それぞれの島がつながっていないから、移動するには空飛ぶ荷車を使うほか無いだろうね。 浮島の上にはかなりの植物と木々があったから、獣による攻撃はかなり抑えられると見て良いだろうけれど、その代わり岩隗はあらゆる場所に確認できたから、速度は出せないよ」
「バードストライクね」
「そういう事になる」
イルちゃんに、カルドさんは頷いていた。
勿論文字通りの意味では無い。
岩が鳥のように空飛ぶ荷車にぶつかってくる、という事である。そしてその場合、わたし達に直撃する可能性もある。
空飛ぶ荷車は現時点でハルモニウム装甲にはしているが。
かといって、岩の塊が高速でぶつかれば、壊れないにしても激しく揺動することは避けられないし。
何よりも、最大の懸念が。
邪神によるアウトレンジ攻撃だ。
カルドさんが、二人の子供を見る。
「邪神エルエムは二体で一対の邪神だということだけれども、もう少し詳しくいいかな」
「僕達も知らないよ。 奴との交戦経験は、僕の方でもあまり集めていないしね」
「邪神について詳細な情報はあまりないことくらいは分かっているでしょう?」
「あまりこういうことは言いたくないけれど、白々しいよ。 君達はそんな邪神について知りすぎている」
鋭い指摘だが。
アトミナは涼しい表情である。
咳払いしたメクレットは。もう一度敢えて見せつけるように咳払いをした。
「申し訳ないけれど、此方も出せる情報は全部出しているんだ。 引き続き、調査と出来れば邪神の撃滅を頼むよ」
「……イルちゃん、シールドを常時展開するとして、アレに何回耐えられると思う?」
「そうね。 あくまで推察だけれど、十発程度かしら」
「速度が速度だし、もしも相手の狙い通りの位置に誘い混まれた上で連射を受けるとかなり危ないね」
要するに、シールドを展開しながらの航行を余儀なくされるため、更に船の速度が落ちる上。
勿論敵は馬鹿では無く、狙えるとなったら即座に撃沈するのでは無く。
引きつけてから徹底的に攻撃を加えてくる可能性も考慮しなければならない、という事である。
わたしも調べた。
下位の邪神の中には、殆ど意思も希薄な奴もいるらしいけれど。
上位のはそうではない。
パルミラは明確に意思を持って動いていたし、会話にも応じた。
エルエムとやらは人間型だと聞いている。
知能が無い、と判断するのは危険すぎる。
今までの地図を調べ。
その中から、まだ行けていない場所について、幾つかをリストアップする。
そして、三日後。
修理が終わってから、其処から重点的に調べる事を決めると、一度解散とした。
アトミナとメクレットはイルちゃんについていく。
イルちゃんの側にいるアリスさんと、ライトさんレフトさんは、それを止めない。やはり、何だかおかしい。
場合によっては命を張ってまでイルちゃんを助けるアリスさんが。アトミナとメクレットに関しては、まるでいないように振る舞っている。
そもそもおかしな事はまだ幾つもあった。
アリスさんの一族を、イルちゃんがまったく知らない、と言っていることがそもそも妙すぎる。
イルちゃんの一族は、家族全員が公認錬金術師で、住んでいる街の既得権益を独占していると聞いている。
つまり金持ちで名門で。
そんな一族が、揃いも揃ってどうして素性が知れないアリスさんの一族を間近において護衛にしている。
腕が立つ、というのは事実だろうが。
イルちゃんの一族は、どちらかというと既得権益を手にして守りに入っている状態の筈だ。
周囲に置くなら、戦略級の傭兵とか。
お金次第できっちり働いてくれる「信頼出来る」相手になるはず。なぜなら、生まれながらのお金持ちにはその方が思考が理解しやすいからだ。
アリスさんはわたしから見ても信頼出来る忠臣だが。
エルトナやフロッケで見た醜い権力闘争を見る限り。あの手の人達が求めるのは、「実際に忠義を尽くしてくれる人」などでは無く。都合が良い相手の筈。得体が知れない存在など、側に置いて重用するとは思えない。
まさかとは思うが。
嫌な予感がする。
情報のピースが揃いすぎているのだ。
もしもわたしの勘が当たっているとすると。
イルちゃんは、知らないうちにソフィー先生の掌の上で転がされていることになる。実際ソフィー先生も、それを臭わせることを何度も口にしている。わたしとイルちゃんに対して、ソフィー先生は並ならぬ執着を見せているし、或いは。
そして、何よりだ。
ライトさんとレフトさんのそっくりぶり。
他にもそっくりな人が二十人くらいもいる。
これらの全ての情報が。
わたしの仮説を裏付けている。
嘆息する。
心配そうにツヴァイちゃんがわたしを見上げているので、大丈夫だと誤魔化した後、夕食にする。
たまにはということで、お姉ちゃんとツヴァイちゃんとで、家族水入らずで外食に出かける。
普段はお金がもったいないから滅多にやらないのだけれど。
フルスハイムの美味しいお店を知っておくのも悪くは無いし。
勿論ポケットマネーからお金は出す。
そこそこ繁盛しているお店で。
楽団が綺麗な音楽を奏でていたが。
残念ながら、味は今一つで。
お姉ちゃんやレヴィさんが作るお料理の方が、ずっと美味しかった。勿論顔に出すことはしなかったが。
ソフィー先生には聞きたいことが山ほどある。
失敗だった外食から戻って、後は寝ることにする。
今日は雑念も多いし、調合も止めた方が良いだろう。
釈然としないし、疑念も多いまま休む。
アリスさんには何度も助けて貰った。彼女の忠誠心は疑いようがないし、多分場合によっては命がけでイルちゃんを守るだろう。フルスハイムで最初にイルちゃんと出会ったときの戦略事業の際、アリスさんは実際イルちゃんを守って瀕死の大けがをした。その事からも、疑う余地はない。
だけれども、もしそれが。
仕込まれた通りの行動だったとしたら。
ホムンクルス。
その単語が、どうしても脳裏をよぎる。
勿論生半可な錬金術師には絶対に不可能だ。
だが、ソフィー先生なら。
そして記憶や意識を操作することだって、あの人なら可能なはず。特権意識にずぶずぶに浸かったイルちゃんの家族なんて、簡単に騙す事が可能だろう。元々戦闘向けだとはとても思えないし、ソフィー先生に掛かれば、首を狩るのも生かすのも自由自在の筈だ。
寝付けなくて、ベットで寝返りをうつ。
どうしても、嫌な事ばかり、考えてしまうのだった。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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