暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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2、砂塵に潜む者

一週間ほど掛けて、補給などを済ませた後。まずは皆にはそのまま更に整備を頼んで、わたしはお姉ちゃんとレヴィさん、カルドさんと一緒に、空飛ぶ荷車でグラオ・タールに赴く。

 

装甲船二番艦は常に動かすつもりはない。

 

あれは必要な時だけ使うものであって。常時威圧的に使う事は、あまり良い結果に結びつくとは思わない。

 

いずれ何かしらの方法で、フルスハイムからは取りあげてしまうべきでは無いかとさえも思う。

 

今の世代のフルスハイムの長老達はいい。

 

だがいずれ、あの強大な力を巡って、権力争いが発生するかも知れない。正直な所、普通の人間にあの艦は過ぎた力をもたらす。そうすれば、当然のように正常な判断だって妨げるようになるのだ。

 

グラオ・タールまでの道は、既に完全に木々が定着し。

 

風に青々と葉を揺らしている。

 

わたしが埋め立てた谷もしっかり固定されているし。

 

何よりも獣が森を傷つけるのを避けて、一定距離を取っている。遠くでドラゴンが此方を伺っているが。

 

緑化された街道を行き交う人間を見て、首を伸ばしているだけだ。

 

隙があれば襲うつもりなのかも知れないが。

 

それ以上に、緑を傷つける事を嫌がっているのだろう。ただ、じっと見ている様子は少し危険だ。

 

此処を行き交う人々が、油断し始めたとき。

 

例えば見ているだけの獣を侮って、街道の外に出たり。

 

或いはドラゴンを挑発するようにして緑の壁の外側に出たりしたら。

 

その時には事故が起きてもおかしくは無い。

 

善悪の区別が付いていないような子供や悪党が悪戯で木に油を掛けて火を掛けたりしたら、それこそ未曾有の大惨事になる。

 

数十人単位で死者が出るかも知れないし。

 

その場合、状況を立て直すために色々と処置が大変になるだろう。

 

人間は慣れると兎に角怠惰になる。

 

慣れる事は決して良い事だけでは無い。危険な存在に接し続けると、如何にそれが命を脅かすかを忘れてしまう事さえある。

 

そういう場合には、人間はとことん愚かになる。

 

獣が如何に強靱で。

 

一瞬で命が刈り取られていたことを忘れたりすれば。その後に待っているのは、無惨な死だけである。

 

わたしは、そう考えながら、グラオ・タールに到着。

 

ノルベルトさんのアトリエに出向く。

 

お手伝いさんが綺麗にしていて、かなり以前とは違って、内部は清潔になっていた。ノルベルトさんは相変わらず酒瓶片手だったが、前とは比べものにならないほどに真面目な仕事をしている様子で。

 

さっきまで、お客さんも来ていた様子である。

 

一礼してから、話をする。

 

此処まで邪神討伐の話は伝わっているらしく、アトリエに入ってから、まずはそれを褒められた。

 

お姉ちゃんは無言のまま。

 

やっぱり、簡単に警戒は解けないか。

 

「それで、わざわざ何の用だ。 その様子だと、もう準備は整っている、ていう風情だな」

 

「はい。 北の谷にいるドラゴンを屠ります」

 

「!」

 

「手を貸して貰えませんか」

 

しばし無言を貫いたノルベルトさんだが。

 

酒瓶を開けようとして、かなりの苦労の末に、その行動を押さえ込んだようだった。ふうと嘆息すると。

 

ノルベルトさんは、酒瓶をしまい。頭を掻く。どうやら酒瓶に入れているのも、かなり度数が低いアルコールらしい。

 

この人はずっと自分を責めながら生きてきた。

 

素面ではとても耐えられなかった。

 

だから、アルコールで自分を酔わせて、どうにか生をつないでいたが。

 

今は何とか、アルコール依存から抜けるべく、頑張っているのだ。

 

それをどうこういうつもりは無い。

 

この人なりの再起なのだから。

 

「上級ドラゴンが相手だ。 勝機はあるのかい」

 

「はい。 まずは既に話にも聞いていると思いますが、要所をハルモニウムで固めた装甲船で上空から威力偵察、出来ればそのまま至近距離まで接近して戦闘に持ち込みます」

 

「邪神の攻撃にも耐えたとなると、上級のブレスにもどうにか耐えられるか……」

 

「それでも、楽な戦いではありませんでした。 力を貸してくださると助かります」

 

頭を下げる。

 

先達には敬意を持って接するのが当たり前の話だ。

 

わたしは尊敬できない先人をたくさん見てきた。エルトナの長老はじめとする重役達だってそうだ。

 

だからこそせめて尊敬できる先人には。

 

最大限の敬意を持って接しなければならないだろう。

 

ノルベルトさんは頭を掻くと、しばし考えさせてくれと言って、アトリエの奥に出向き。着替えると、わたし達を待たせたまま、外に出て行った。

 

多分長老達と話をするつもりなのだろう。

 

しばらく待つ。

 

その間、お姉ちゃんはお手伝いさんと話をしていた。

 

何でもノルベルトさんはかなり最近は酒量が減ってきているそうで。特に泥酔することは殆ど無くなったという。

 

それでも時々発作的に泥酔しては。

 

寝る前に泣いているのを時々見かけるのだとか。女性も周囲に近づける様子が無いという。

 

錬金術師はいうまでもなくもてる。

 

何しろ神の力を手にしているようなものだからだ。伴侶に出来れば、それは楽な生活が出来ると夢を見る者もいる。異性として接近しなくても、相手の関心を買おうと接近する者だっている。

 

わたしも経験がある。

 

実はエルトナに戻ってから、どっと結婚話が来たのである。

 

長老や重役達が持ち込んできたものは、悉く全て断った。だが中には聞いた事もないアダレットの貴族や、何処かの大商人、ラスティンの「名門」出身の錬金術師からのものもあった。それらには、お断りの手紙を丁寧にしたためて、門前払いした。

 

狙いが知れているからである。

 

わたしも外で地獄を見てきた今は。

 

もう何も知らない小娘じゃあない。まだ年齢的には小娘かも知れないけれど、匪賊の思考を直接覗き込んだり、殺し合いも経験した。それもずっと普通の傭兵よりも多く。自分より格上の相手とも決死の戦いも何度もこなした。

 

その結果、今のわたしはもう子供じゃ無い。体は兎も角頭の方は、もう子供と言うには自分でも無理がありすぎることを知っている。

 

ともあれ。ノルベルトさんが、女性を近づけないと言うことは。

 

お姉ちゃんのお母さん。

 

つまり、亡くなったノルベルトさんの奥さんの事を、今でも愛していて。それを曲げるつもりは無いのだろう。

 

何というか、いい加減に見えて。

 

その反面、誠実な人なのだと言う事は私にもわかる。

 

お姉ちゃんも、女性を一切近づけている様子が無いと聞いて、そうと一言だけ呟いていた。

 

ノルベルトさんは、二刻ほどして戻ってくる。

 

そして、少し神妙な顔になって言う。

 

そういえば、無精髭はほぼ無くなっていた。衣服も思うと、前よりも更にきちんと清潔に着こなしている。

 

「グラオ・タールは最近自警団を派遣して、周辺にいる潜在的な危険、まあネームドを中心に駆除を進めていたが、北の谷のドラゴンは確かに腫れ物扱いだった。 其処で駆除作戦には全面的に協力する」

 

「ありがとうございます。 具体的にはどうしますか」

 

「まずグラオ・タールの自警団はすまないがドラゴン戦には動かせない。 ドラゴンが反撃をして来たときに備え、厳戒態勢を取る。 恐らくは谷から獣がわんさか出てくる筈だから、そいつらを防衛線を敷いて迎撃する。 既に伝令をフロッケにも派遣した。 迎撃作戦に失敗した場合は、神童どのと連携体制をとり、更には報復行動を狙って来るドラゴンを中途で迎撃する態勢を整える」

 

頷く。

 

相手が無傷の上級ドラゴンといっても、わたしも戦って無傷で負けるつもりは無い。

 

それに相手が如何に上級でも、シールドで守られた上、ハルモニウム装甲の船を一撃撃沈は不可能だろう。

 

それならば、ダメージを受けた状態になる訳で。

 

キルシェさんと、グラオ・タール及びフロッケの精鋭が総掛かりならば。侵攻を止めることは出来る筈だ。

 

「俺は参加させて貰う。 グラオ・タールが奴に一番近いからな。 それに、俺もそろそろいい年だ。 体がまだまだ動く内にグラオ・タールにとって最大の問題である上級の退治はしておきたかったんだよ」

 

「何か策でも練っていたんですか?」

 

「まあ、な」

 

そう言って、ノルベルトさんが見せてくれたのは、魔術を中和する道具だ。

 

原理としては、大型の水晶玉を加工したもので。

 

八方向から魔法陣を描き込んでいる。

 

これらが相互増幅しあい。

 

谷に満ちている暴風の力を打ち消す。

 

ただし、設置場所は力の中心点。

 

つまるところ、ドラゴンが恐らくいるだろう場所で無ければならない。

 

それが悩みどころだった、という。

 

「これも併せて使う」

 

もう一つノルベルトさんが出してきたのは、飛行キットを取り付けた袋だ。というか、ほぼ小型の飛行キットだけである。中央部分に、命令の魔法陣が描き込まれた小型の箱と。其処から袋がぶら下げられている。

 

この袋に、今の水晶玉をいれ。

 

ぶら下げて、砂塵の谷に飛ばす。

 

そして目的地点まで飛ばした後、遠隔操作で水晶玉を発動。

 

砂塵を一気に晴らす。

 

だが、出力は足りるのだろうか。

 

上級が相手になるのだが。

 

それに関しては、わたし達を頼りたいと、ノルベルトさんはいう。

 

「これはあくまで俺に手が届いた限界点だ。 俺が前線で作戦に加わった所で、今更大して役には立てん。 ドラゴネアが相手でもあのざまだったしな、上級が相手になってくると、流石にどうにもならないんでな」

 

「そんな、謙遜が過ぎますよ」

 

「フィリスちゃん」

 

「リア姉?」

 

お姉ちゃんが、珍しく険しい顔をしている。わたしに対して、こういう表情を見せるのは珍しいというか、久しぶりだ。

 

わたしが小さいとき、悪戯をした事がある。その時、お父さんもお母さんも笑って許してくれたのに。

 

普段は庇ってくれるお姉ちゃんが、珍しく本気で怒った。

 

その時の顔だ。

 

後で理由を聞いたのだが、わたしが悪戯で壊してしまったのは、お父さんとお母さんが大事にしていたものだったらしく。結婚当時から記念にしていたものらしかった。

 

わたしは咳払いする。

 

お姉ちゃんが、真面目に怒っている意味を察したからだ。

 

「分かりました。 上空からの行動で、此方が上級ドラゴンを引きつけます。 その間に、ノルベルトさんは自警団員と連携して、敵を守る砂塵の風を打ち消すべく動いてください」

 

「おう、分かった。 其方も無理はするなよ?」

 

「はい」

 

後は細かい段取りを決めた後、フルスハイムに戻る。

 

お姉ちゃんは、すぐにいつもの優しいお姉ちゃんに戻っていた。

 

空飛ぶ荷車に乗ると、お姉ちゃんは言う。

 

「フィリスちゃん、さっきは立派だったわ」

 

「うん。 わたし、人の心が分からない存在にはなりたくないの」

 

「そうね」

 

「……でもね。 人の後ろ暗い心はそれはそれで許せない。 ノルベルトさんは立ち直ろうとしている人だから手を貸したし、頑張るのなら応援したいとも思った。 でも、自分の好き勝手に世界を食い荒らそうとする人は、きっと今後は許せない」

 

レヴィさんが、咳払い。

 

カルドさんも、険しい顔をしていた。

 

少し躊躇った後、カルドさんは言う。

 

「フィリス。 この世界は、人間の業の歴史で作り上げられているんだ。 どんな人にも、後ろ暗い所はあるんだよ。 絶対的な正義だけで世界を見ると、いつかとんでも無い事になりかねないと僕は思うが」

 

「はい。 その通りだと思います。 しかしながら、ありのままの人間を認めるというのは、世界に対する人間の接し方に、進歩が無い事も意味しています」

 

「なるほど、錬金術師の考え方だね」

 

「……はい」

 

それ以上は、カルドさんも何も言わなかった。あまり危険な方向に行っていないと判断したから、かも知れない。

 

違うのだ。わたしはもう手遅れだ。

 

フルスハイムに戻る途中、わたしはずっと黙りだった。途中、フルスハイム東で、偶然見かけたオリヴィエさんと話をして。軽く匪賊などが出ていないか聞く。

 

最近は組織的な匪賊はほぼ見かける事がなく。

 

重罪を犯して街の外に逃げ出すことに成功したものもいないと言う。

 

それはよかった。

 

まあこの辺りでは、匪賊の聖地とまで呼ばれたグラオ・タール近辺が綺麗に浄化されたばかりだし。

 

鏖殺が活動しているという噂を意図的に流している。

 

匪賊も恐ろしくて、近付く事なんてとても出来ないのだろう。

 

暗殺者の類を出そうにも。

 

鏖殺の正体がティアナちゃんだなんて突き止められる奴はほぼいないだろうし。

 

いた所で、あの子を暗殺できる「人間」などいない。

 

安心したところで、フルスハイムに普通の木造船で戻る。木造船の船長は、わたしが乗り込んでくれると安心だと言っていた。

 

多少いつもより遅いが。それでも艦隊を組んで移動する木造船の旅は優雅だった。

 

たまには、こういうのも。

 

良いかも知れない。

 

後は、作戦開始の三日後に向けて。

 

イルちゃんとパイモンさんと打ち合わせをし。

 

最後の調整を行うだけだ。

 

 

 

ドッグに入れて修理していた装甲船二番艦が、完全な状態で仕上がる。

 

既に動かす許可も出ている。

 

心配そうに様子を見に来たフルスハイムの重役達が、ひそひそと話をしている。

 

わたしの功績が大きすぎる。

 

アングリフさんに聞いたのだが。情報を集める限り、そういう話が出始めている様子だった。

 

出る杭を打つと言うよりも。

 

フルスハイムの権力を乗っ取られるという恐怖が、彼らをこういった「監視」に駆り立てているらしい。

 

わたしはフルスハイムの権力には興味が無い。

 

二人目の公認錬金術師になってくれという依頼も断ったし。

 

この船を使うときも、重役会議を招集し、同意の上で使っている。

 

それぞれ得だけをする関係の筈なのに。

 

どうも邪神を葬った辺りから、風向きがおかしくなりはじめたらしい。

 

邪神をたった三人の錬金術師とその護衛で。

 

死者も無く倒した。

 

その話が伝わると同時に。

 

畏敬よりも。

 

畏怖が勝って伝わるようになりはじめた。その結果、疑心暗鬼が連鎖し、重役達が少しずつわたしを怖れるようになりはじめたという。

 

イルちゃんが見せてくれる。

 

究極のお薬。言うまでも無く、エリキシル剤。

 

とはいっても、試作段階で。単にドンケルハイトの花弁を使って作って見ただけのものらしい。

 

ドンケルハイト特有の強烈極まりない薬効は再現出来ているものの。

 

使ってみた所、死者を蘇生させるところまではいかないそうだ。

 

まあ、それはそうだろう。

 

死者の蘇生となると、それこそ時間を巻き戻すとか、摂理に反するレベルの錬金術が必要になる。

 

まだわたしは其処まで届いていない。

 

パイモンさんは、雷神の石・極というのを見せてくれた。

 

この間の戦いでは、雷神の石・完成型を二つ同時に使うと言う荒技を見せてくれたが。

 

エルエムの深核を使った小型の魔力供給炉を造り。

 

それに飛行キットを取り付け。

 

更に雷神の石・完成型六つと連結。

 

エルエムの深核からあふれ出る無尽蔵の魔力を使って六つを同時に起動。更には、パイモンさんの魔力とは関係無く、敵を撃ち抜く仕様にしたと言う。

 

強い。そういう、語彙力に劣る言葉しか出てこない。

 

何しろ邪神の力を利用した攻撃兵器だ。凄い火力が出せるだろう。

 

船の状態が完璧である事を確認できたので、皆で乗り込む。

 

レンさんが、幾つかの話をしてくれた。

 

自警団はいつでも動かせるようにしておく事。

 

禁忌の森を塞ぐようにして作っている城壁はほぼ完璧に仕上がったので、後はネームドの出現と攻撃を警戒すれば良い事。

 

最悪の場合は、救助できるように、近隣の錬金術師と連携して動く事。

 

頷く。

 

その気持ちだけでも有り難い。だけれど、へまをするつもりは無い。世界を変えようと考えているのだ。

 

上級ドラゴンに負けるようでは、その時点でお話にもならない、というのが正しい。

 

船に乗り込み、タラップを閉じる。

 

そのまま高度を上げ、時間を確認しながら南下する。

 

面白がって、小型の鳥が寄ってくるが。相手にせずそのまま南下を続け。やがて、見えてくる。

 

砂塵に包まれた谷が。

 

予定通りなら、既に展開しているグラオ・タールの自警団とノルベルトさん。

 

それに最悪の事態に備えているキルシェさん。

 

いずれもが、厳戒態勢に入っているはずだ。

 

勝利時は照明弾を打ち上げる手はずになっている。照明弾くらいは、別にもう寝ていても作れる。流石にそれは冗談としても、照明弾を失敗するようなことは、流石にない。

 

谷が見えてきた。

 

竜巻のときほどでは無いが、凄まじい砂塵が渦巻いている。なるほど、これでは入り込むのは不可能だろう。

 

無理矢理入り込んでも、この辺りには緑も無い。

 

無数の獣が迎撃してくるのは目に見えている。文字通り、右も左も分からない状態で、なぶり殺しにされるだけだ。

 

だが、今回、此方は空にいると言う強力なアドバンテージがある。

 

敵は、まだ動いていないが。

 

まず谷の入り口。

 

グラオ・タール側の入り口に向けて動きながら。

 

甲板にでた私が、はじける贈り物を。

 

要するに、あらゆる種類の爆弾を使って、空爆を開始した。

 

高高度から落とされた爆弾には、今回の事を想定して、落下傘がつけられている。

 

別に落下傘自体は珍しい発想でも無い。

 

人間が飛ぶわけでもないのだから、これくらいは誰でも思いつく。レシピを見て、実験を重ねて。いつものように作っただけだ。

 

落下傘にぶら下がった多数の爆弾が、砂塵渦巻く谷の彼方此方に降り立ったところで。

 

わたしは船の中に戻り。

 

起爆ワードを唱えた。

 

谷が消し飛ぶような爆発が引き起こされたのは直後のこと。

 

まあそれはそうだろう。

 

わたしも腕を上げているし。

 

今回谷に放り込んだ爆弾類は、わたしが作ったものだけではない。イルちゃんが作ったものも、パイモンさんが作ったものもある。

 

凄まじい爆発は連鎖し、谷が彼方此方で崩落しているのが分かる。

 

更に、主砲を叩き込む。

 

邪神にさえ痛打を与えた主砲だ。

 

拡散して谷全体にぶち込んでやれば、相応の効果が見込めるはず。

 

まだ砂塵は晴れていないけれど。それでも、爆発が連鎖した後の谷に、更なる閃光が迸った。

 

「敵影なし……」

 

ライトさんが報告してくるが。

 

わたしは頷くだけ。

 

今のであっさり全滅してくれるようならどれだけ楽な相手か。船の高度を落としつつ、次の主砲発射に備える。

 

反撃があったのは、直後だった。

 

極太のブレスがぶっ放され、船を直撃する。

 

邪神の遠距離狙撃と同レベルの火力だ。シールドを展開するが、主砲を放った直後である。炉にかなりの負荷が掛かっているのが分かった。

 

高度を下げたのは、展開中のノルベルトさん達への攻撃を警戒し。場合によっては身を以て盾になるためだったのだが。

 

どうやらその恐れもなくなった。

 

敵は、此方を。

 

装甲船二番艦を敵として認識したのだ。ならば、以降はより脅威となる此方を狙って来るはず。

 

どっと谷から獣が湧き出してくる。

 

面舵をきり、敵に側面を晒しつつ。

 

ブレスの死角になるタラップを空け、其処から爆弾を大量に放り、落とす。

 

今まで空いた時間に散々作って置いた爆弾類だ。

 

在庫の一斉処理である。

 

雨霰と爆弾が降り注ぐ。

 

大きいのも小さいのも多種多様な獣が。

 

爆弾の雨に打たれ、吹き飛び、粉々になる。爆裂する中、それでも猪突していく獣は、グラオ・タールの自警団とノルベルトさんに任せる。

 

激しい揺れ。

 

二発目のブレスだ。高度は保ったまま、更に爆弾での支援を実施。獣は凄まじい数が湧き出してくるが。自警団は後退しながら、街を守る森の方へ敵を誘導する。それを見た獣たちは、躍起になって追撃をしようとし、更に爆弾で被害を増やす。

 

アードラが編隊になって、此方に来る。

 

だが、それを待っていたパイモンさんが、雷神の石・完成型を発動。

 

上空にて炸裂した雷神の槌が。

 

雷の網となって、中型のアードラの群れを、まとめて焼き払い、或いは炭クズにして、或いは体を内側から破裂させ、撃墜へと追い込む。

 

下の様子は。

 

そろそろ、獣の数は充分に減ったか。

 

後はノルベルトさんとの打ち合わせ通りだ。

 

タラップを閉じる。

 

纏わり付いてくるアードラは、シールドで適当にあしらいながら、谷の上空へ。三発目のブレス。

 

船が揺れる。炉の負荷が大きくなる。

 

だが、まだまだ。

 

この火力なら、最悪シールド無しでも一撃二撃は耐えられる。

 

飛行キットにダメージは受けるかも知れないが。ドラゴンを殺せば砂塵は消える。そうなれば、壊滅状態にしてやった谷から、歩いて帰るだけだ。

 

「やれやれ、前回ので引退するつもりだったんだがな」

 

アングリフさんがぼやく。

 

人として生きたい、というこの人の意思は尊重する。尊重しなければならない。

 

だがこの人には、この世界の真相を知る権利があるとも思うのだ。

 

この年まで殺し合いの中に身を置き。

 

多くの人を助け。

 

逆に助けられず。

 

哀しみを背負い、一方で戦いそのものにも楽しみを見いだしてきたこの人は。どうしてこんな世界になっているのか、知る権利を持っているはずだ。

 

わたしは、聞かれれば応えようとも思う。

 

だが、わたしの目が濁ってきているのを、アングリフさんはあまり好ましくないと思っているようで。

 

それについて、聞くつもりも無い様子だった。

 

「またブレス来ます」

 

「シールドは」

 

「後二回は耐え抜けます」

 

「充分」

 

会話の直後。

 

装甲船が、激しく揺動する。距離が詰まってきたからか、よりブレスの影響が強烈になって来た。

 

さて、そろそろだ。

 

ノルベルトさんが、上手に中和装置を動かしてくれているならば。

 

砂塵が晴れるはず。

 

船の高度を更に落とし、谷の中にまで入り込む。ドラゴンが、いきなり船に組み付いてきてもおかしくない。

 

緊張が漂う中。

 

ほどなく、見えてきた。

 

一気に砂塵が晴れていく。流石はノルベルトさん。苦境の中、グラオ・タールを守り続けた公認錬金術師だ。

 

谷の奥に見えるのは。

 

立ち上がったような態勢の、青黒い肌を持つドラゴン。いや、これは立ち上がったような態勢と言うよりも。

 

むしろ人間を思わせる姿だ。

 

ドラゴンと人間、それも魔族を足して二で割ったようなその威容は。

 

巨人族でも子供に見えるような凄まじい巨体と共に、翼もろくに動かしてもいないのに谷の奥で浮き。

 

此方を睥睨していた。

 

どうやら、真正面からの勝負になるらしい。

 

ブレスをぶっ放してくる上級ドラゴン。空の覇者ロギウスと、グラオ・タールでは呼んでいるらしい。

 

まあ誰も見た事さえも無いので、単に風を操る上級ドラゴンだから、空の覇者と名付けておこうと言う事になったらしいのだが。

 

それはどうでもいい。

 

名前負けしていない凄まじい力を感じる。

 

エルエムと同等、とまではいかないにしても。或いはエルエムとかなり良い勝負をする次元かも知れない。

 

流石は弱体化無し上級ドラゴン。

 

尋常では無いプレッシャーだ。

 

「接近。 次のブレスを撃ってきたら、直撃を受け止めてからタラップを解放、総員接近戦開始。 予定通り、船は敵の上空にて、敵の逃走を阻止」

 

「アイアイサー」

 

ライトさんが応え。

 

レフトさんが船を進める。

 

突貫してくる装甲船二番艦をみて、不敵な挑戦だと受け取ったか。

 

吠え猛ったロギウスは、此方に閃光そのもののブレスを、恐らく全力でぶっ放してきた。

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