暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ついに着手するものがあります。
それは錬金術の深奥。
賢者の石の作成です。
そして高品質の賢者の石作成に着手すると言う事は、人間を完全に止める事を意味していました。
序、壁
膨大なレシピを見ながら、わたしは丁寧に調合をして行く。まず行うべきは、空間の壁の突破。
理論については理解出来た。
だから、それを実践に移すのだ。
まず分かったのは、同じこの世界の別の場所に一瞬で移動する場合。座標が問題になるという。
というのも、この世界の別の場所と言っても。
そもそも、わたしたちが乗っているこの大地は、常に座標という観点から見て動き続けていると言う。
これはカルドさんにも教わったのだが。
天文などを確認すると明かで。星の動きを見ると、「周天円」というものが確認できるのだそうだ。
これについては詳しく説明を聞いたのだが。
簡単に説明すると、空の星が動いているのか、この世界が動いているのか、どちらかなのかを見極めるために空を観察すると。
結果として、この世界が動いている、と言う事が分かる証拠なのだという。
お日様を中心にしてこの世界が回っているのか、それともこの世界を中心に星空が動いているのか。
精密な天体観測を行うと、後者の場合矛盾が出てくる。
逆に言えば、この世界は常に動き続けていると言う事で。一瞬で別の場所に移動する事は、非常な危険を伴う。
それならば、こちら側からの入り口は固定してしまう事で、別の世界を経由。この世界の別の場所へ行けるようにすれば良い。この方法だと、入り口を行きたい場所に一度持っていく必要がある。逆に入り口さえ設置してしまえば、何処にでも何時でも行ける事になる。
なお、レシピをまとめた本を見ると。最後に著者として、ソフィー先生の名前が記載されていた。
ソフィー先生がどれだけ先を行っているのか。
毎回のように思い知らされる。
一応、かなり古くから、この技術は確立されていたらしいのだけれども。此処まで「簡略化」したのはソフィー先生による功績が大きいらしく。
これでも簡略化されているのかと、頭を抱えるのだった。
ともあれ、座標指定から順番に作業をこなしていく。
先人が技術を確立している場合。
再現はさほど難しくは無い。
この場合は、かなり技術が高度なものを要求されるけれども。それでも、何よりレシピとして作られているのが大きい。
しかも、このレシピ。
複数の人の手が入って、完璧なまでに洗練されている。
技術と知識がつけばつくほど、そのすごさが分かってくる。
深淵の者所属の錬金術師が、更に手を入れたのだろう。
ソフィー先生も破格の異才とはいえ、作る物は常に完璧ではないだろうし。それに客観的な視点での調整を入れることによって、更に完璧にして行った、と言う事だ。そしてソフィー先生も、他者の調整を受け入れる度量を持っていた、という事である。
技量がずば抜けすぎると。
時に他人の言葉を一切聞かなくなってしまう事があると言う。
ソフィー先生は、錬金術に関しては、特異点と呼ばれるほどの逸材だと聞いているし。何よりも、本人からおぞましいまでの事実を聞かされてもいる。
そんな人でも、改良があると言うのなら受け入れているというのなら。
それはそれだけの度量があるという事で。
プライドが実力を削いでいない、という事でもある。
大した物だなと、わたしはただひたすらに感心するばかり。
こんな凄い人に、わたしは追いつかなければならない。
追いつけないとしても。
少なくとも、この人が暴虐を働こうとした場合は、食い止めなければならないのだ。
鉱物の声が聞こえるとしても。
それでもなおも難しい。難しすぎる。
ハルモニウムに繊細極まりない細工を行い。複雑な部品を順番に組み立てて行く。最終的にはドアの形にする。
汗を落とすことさえ許されない。
ハルモニウムは究極レベルの安定性を持つ金属だけれども。
故に刻み込む魔法陣には、それ以上の精密さが求められる。
ルーペを常に覗き込みながら、妥協を一切許さない最高のものを作っていく。
額を拭い。
糖分を補給しながら。
部品を一つずつ造り。
組み合わせて。徹底的に試行を繰り返す。
部品の一つずつに魔法陣が組み込まれているので。それらの全てが稼働し連動することを確認しなければならない。
こつこつと造り続けていたこの戸も。
ようやく完成しつつある。
ツヴァイちゃんに袖を引かれたので、顔を上げる。
相当に疲れが溜まっていたようで、ちょっと視界がぐらついた。身につけている装備類で常時回復が掛かっている筈なのに。それでも此処まで疲弊していたか。
頷くと、食事にする。
今日はレヴィさんが作ってくれたので、皆で食べる。レヴィさんは最近は孤児院で教師業をしてくれているが。非常に評判が良い。普段は何を言っているか良く分からないとか言われるが。その一方で、様々な事に詳しく、魔術については非常に知識が豊富だとか。振る舞う料理も子供達に評判が良いそうだ。剣術についても素養が高く、護身用の剣術の教師としていつも声が掛かるという。
剣術は大成するまでかなり時間が掛かる武技らしく。基礎的な戦闘術を教える場合は槍や弓が多くなるそうなのだけれど。武芸百般という言葉もあり、レヴィさんも実際には槍や弓が使えるという。
勿論槍や弓も教え、その合間に剣も教えられると言う事で。
どこでも教師としてやっていけると、複数の人から太鼓判を押されていた。
不思議な言葉遣いは兎も角。
生活力にしても身を立てるためのスキルにしても。
レヴィさんは高いレベルで備えているのだ。
本人も、時々冒険に行かせてくれれば、このまま教師としてエルトナに留まっても良いと言ってくれている。
今後はカルドさんと組んで、彼方此方の遺跡を見て回りたいとも言っていた。
皆、少しずつわたしと離れていく。
でも、皆がわたしを助けてくれた事は忘れないし。
お姉ちゃんとツヴァイちゃんは、きっとわたしといつでも一緒にいてくれるはずだ。
食事を済ませると、あと少しだけの作業を寝る前に行っておく。
無言で黙々と作業をしていくと。
あっという間に時間が過ぎていく。
いずれこの時間さえも、自由自在に出来るようになる筈だ。ソフィー先生を見ている限りは。
追いつかなければならない。
ソフィー先生が錯乱したとき。
誰かが、命を賭けてでも止めなければならないのだから。
しかし、わたしもいつの間にか、錯乱しているのかも知れない。深淵を覗き込んだ以上、わたしだっていつまでも正気でいられるかは分からない。
そういうものだ。
最悪の場合は。
わたしを、自分自身で止める準備もしておかなければならない。
わたしがもしも錯乱した場合。
現在、その気になれば。
小さな街くらいなら、簡単に滅ぼせる実力を既に手にしているのだから。
部品をくみ上げ。
一つずつ、組み合わせを試しながら実験を行う。
どの実験も極めて危険で。
行う際は屋外で。
それも周囲に看板を立てて、絶対に近寄らないようにとまで念押しをしてから、実験をしていた。
お姉ちゃんに見張りをして貰っているので大丈夫だとは思う。
また、レシピに書いてあったのだが。
この扉は、緊急時の撤退にも用いる事が出来るという。
ただの金属製の扉に見えても。
実際には、別の世界への扉なのだ。
確かにこれをうち捨てて逃げ込めば、敵は追いかけてくる事が出来ない。後で回収するのが大変だが。
それでも、命を捨てるよりは遙かにマシ。
死者を出すよりはずっと良い。
実験は一つずつ行い。
100を遙かに超えるチェック項目を一つずつ試す。
組み合わせるたびに行うので。
テストだけでも二週間を要した。
勿論その間にも、隣街への水路の確保。ポンプの作成。更に隣街の要塞化と、更に隣の街への道の作成計画の策定と。
順番に進めているので。
わたしの疲弊も、相当に溜まっていた。
お姉ちゃんが元気が出る料理を作ってくれるけれど、それでも限界がある。
わたしはいつの間にか、自力で決めた時間眠るように癖がついてしまっていたのだけれど。
最近は眠る時間が減る一方。
身につけている道具類での回復を宛てにして。自分でも普段だったら無茶だと分かる時間、働く日も増えていた。
わたしは、長老を追放した。
昔は素朴で優しい人だと思っていたのに。
豊かな生活が見えた途端、化けの皮が剥がれた。
重役達もそうだ。
今頃ライゼンベルグの牢屋で、哀れっぽい声を上げているだろう。
暗殺者を雇って、わたしを殺そうとしたのだ。
死刑にならなかっただけマシ。
どうしてそう思う事が出来ないのか。そんな事さえ考えられなくなったから、晩節を汚すことになったのだ。
わたしは頭を振って雑念を払うと。
三つほどあったエラーを抱えてアトリエに戻り。
原因であるらしい、刻み込んだ魔法陣の歪みを修整。
またテストをやり直しだ。この修正によって、またエラーが出るかも知れないし。
なによりエラーが出たら、それだけでとんでもない事故になりかねない。
時間と空間に関係する錬金術は。
ソフィー先生がさらりと使えているのが、おかしいくらいに危険で高度な錬金術なのである。
今、イルメリアちゃんには時間を。
わたしは空間を。
手分けして調査し、錬金術で操作する実験を繰り返しているが。
とにかく、上手く行ったら双方の試験結果をすりあわせ。
最終的には賢者の石の作成を行う。
そういう話でまとまってはいる。
わたしが遅れるわけにはいかない。
自分の肩を叩くと、今日出来る分まで、テストを行い。
ツヴァイちゃんに呼ばれたので、食事にする。一眠りすると、ポンプの方を作る。錆びない事を最重視しているので、プラティーンだけで作る。合金にすると、その時点で強度は上がるかも知れないが、錆びる可能性が出てくるからだ。まあ、数百年は錆びないが、出来れば絶対に錆びない方が良い。
水路そのものは、既に作ってあるので。
貯水池にポンプを設置し。
後は水を送れば良い。
水を送る仕組みにしても、ポンプで水位について無理矢理克服させた後。
水路に自然に水が流れるようにしている。
この辺りの設計は、わたしがドアを作っている間に、カルドさんがやってくれた。遺跡なんかを散々見ているから、こういうのもお手の物だそうだ。
それに沿ってわたしは水路を作り。
給水管で高所に水をポンプで送ってから。
後は水位を利用して水を流す仕組みを作る。
だから、エルトナには、櫓と同じくらいの高さにある、プラティーンで内部を加工した石橋みたいのが出来て、あれは何だと住民に聞かれたが。
水路と応えると、驚かれるのだった。
流石にフルスハイムほど水は豊かでは無いので。
こうやって工夫して、インフラを確保していくしか無い。
また貯水池周辺の安全についても、徹底して対策を行い。
絶対に入らないように。
入った場合もすぐにつまみ出せるように。
アラームの魔術などを複数設置。更には、常時見張りも立てるようにした。見張りにはお給金もきちんと渡す。
こういった所で雇用も発生させて、お金も回す。
新しい役人達が来てから、エルトナの経済はスムーズに回るようになったが。
役人達との会議はとにかく機能的で。
今までの長老とは違い。
もし反対する場合でも、きちんと利に沿った反対をしてくるし。質問も、極めて論理的で。
丁寧に説明すれば良いだけなので、こちらとしてはとてもやりやすかった。
会議がもの凄く淡々と進むので、同席している人がたまに眠そうにしている事もあるけれど。
本来はそれで良いのである。
会議なんてものは、権力闘争の場では無い。
必要な事を、最小限の労力で決める場。
それをわたしは、今更ながら、本職が来たことで思い知らされる。
ただ、こんな本職が都合良く来る筈も無く。
多分深淵の者が育成したか、或いは深淵の者の息が掛かっている役人達なのだろうと言う事も分かる。
人材はそんなに余っていないと言っていたし。
わたしの将来性を見越して、有能な人達を回してくれたのだろう。
それだったら、わたしも。
その期待に応えなければならなかった。
水路の作成と並行し。
ほぼ砦と化した隣街の強化も行う。
隣街へは、すっかり安全に赴けるようになった。既に全ての住民はエルトナに移って貰い、今は守備要員だけがいる。
枯れた畑は森に代えてしまうことにした。
森にならないような、土壌を変えてしまうような作物は作っていなかったようなのも幸いした。
水路を作るのと並行して土を耕し。
獣を処理しながら草を植え、火を掛けて一旦燃やし。そして低木の苗を植えていく。
綺麗に作業が進んでいくのはとても気持ちが良い。
城壁そのものも、エルトナのものと遜色ないものを造り。
城壁の強化だけではなく。
シールド発生装置も作り、強力な獣の襲来にも備える。
此処は将来的に宿場町にし。
隣街との補給地点にする。
そう会議で説明し、役人と新しい重役達の承認も得ている。
また、どうしてもこの隣街に戻りたいと言う人のためにも、早めに宿場町用の設備を整えていかなければならないし。
そういう人達には、宿の営業などについて勉強もして貰わなければならない。
隣街は、わたしが道をつなぐまでは文字通り「息をしていない」状態だったので、仕事どころではなかった。
だからみんな無学だったので。
まずは勉強というと渋い顔をしたが。
著しい速さで発展していく隣街を時々見せて。此処に新しく住み直せると知ると、俄然やる気も出るようで。
皆、せっせかと勉強に励んでくれた。
汗を拭いながら、作業を並行して行い。
ポンプを稼働させ。
水路がきちんと動く事を確認。
ポンプのマニュアルについては役人と重役達にゼッテルに記して渡す。
街の中央に置いてあるシールド発生装置用の炉(三連構造)から動力はつないでいるので、基本的に動かす事は難しくないし。
機械に手を挟むような事故が起きないように、ポンプそのものには触れないようにもしてある。
水がきちんと隣街に行くことを確認し。
緑地に水が行き渡っている事もしっかり見届けてから。
わたしは空間操作の錬金術の、最終段階に入った。
街のインフラも疎かには出来ない。
もし疎かにしたら。
わたしが目指す未来への説得力が無くなる。
悪党はともかく。真面目に暮らしている人が馬鹿を見るような場所を、わたしの目が届く範囲で作ってはいけない。
だからわたしは、何事にも全力を尽くす。
全ての扉を組み立てた後のチェック項目は、実に400を越えた。
その全てがクリア出来るまで、徹底的にテストを繰り返す。
そして、全部のクリアが成し遂げられてから。組み立てた扉を開ける。
指定通りの座標の異空間が、其処には拡がっていた。
ただし、既に城のようになっていて。周囲には、人の気配もあった。
ソフィー先生が、指定した座標だ。
恐らくは、既に空間操作の錬金術の、実験場のようにして使われている場所なのだろう。
城と言っても壁も天井も無く。
手すりつきの床が。
不思議な色の空の下、何処までも立体的に入り組んでいるという、不可思議な場所だった。
此方に気付いたらしく、何人かが見ているが。
恐らくは深淵の者の構成員だろう。いずれも、優れた戦闘力や、知性を感じた。
これは、きっとソフィー先生が、時間を掛けて作り上げていったのだろう。最初はこの、何というか、不思議な色の空というか、何も無い空間しか無い場所だったろう所に、石材やら何やらを運び込み。
組み立て、此処まで巨大な構造物にして行ったのだ。
もう一度扉を開けて、入れることを確認。
中にお姉ちゃんと一緒に入って、ツヴァイちゃんにも遅れて入って貰う。
臭いがしない。
声も、周囲にある石材のものしか聞こえない。
見回すと、通路は何処までも続いていて。更に言えば、通路自体に吸い付くような感触がある。
ちょっと跳ねてみたが。すっと、通路に戻される。
なるほど、手すりの存在もあるし。恐らくは、落下事故を避けるための処置なのだろう。何から何まで良く作り込まれている。
流石はソフィー先生。
隙が無いなと、わたしは感心するばかりだった。
「これが、フィリスちゃんが言っていた……別の世界?」
「そうだよリア姉。 此処を経由して、世界の別の場所に移動出来るの。 もっとも、移動したい場所に、この扉と同じものを配置しなければならないけれど」
「少し面倒ね」
「……うん」
でも、配置した後は。少し歩くだけで、本来は下手すると数ヶ月はかかる距離を、一瞬で移動する事が出来る。
いずれにしても、わたしの技術は空間操作に漸く届いた。
後はイルちゃんが時間操作に届いているかの確認。
そして、ソフィー先生への中間報告。
この異世界の「街」に、場所を用意してくれるとソフィー先生は少し前に来て、言った。つまりその場所に、空気が無い空間を作り。其処で賢者の石の調合をする。
それは恐らく、今まで戦ったどんな恐ろしい獣よりも凶悪で。厳しい、ミスが許されない調合になる筈だ。だが、もはや絶対に逃げる訳にはいかない。イルちゃんもやり遂げていると信じる。
最後の戦いの時は。
刻一刻と迫っていた。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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一日で一章がいい
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更に分割して欲しい