暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
完成した錬金釜を受け取る。ロジーさんの所にエスカちゃんの姿は無く。しかしながらある程度片付いている所から見て、多分エスカちゃんも勉強の時以外は、此処に手伝いに来ているのだろう事が伺えた。
改めて見ると、今わたしがアトリエで使っている錬金釜と同等か、それ以上の代物だ。
もの凄い錬金釜である。ライゼンベルグでせりに出したら、それこそ屋敷どころか、小さな街くらいなら丸ごと買えるお金が動くだろう。
ハルモニウム製の道具は、ただでさえ国宝級の価値があるのだ。
勿論、売りに出すつもりは無い。
今、この世界のどん詰まりを解消するためには幾らでも人材がいる。
そしてこの道具は。
世界のどん詰まりを解消するための鍵になり得るのだ。
価値が分からない阿呆に渡すつもりは無いし。ましてや政治の道具にもさせない。
信頼出来る鍛冶師であるロジーさんに作成を頼んだのも、それが故である。
「時にフィリス。 前に同じようなものを作った錬金術師は、今地獄を彷徨っているに等しい状態だ。 今のお前も目は濁りきっているし、やり方がどんどん苛烈になっていると聞いている。 錬金術は奇跡の御技だと俺も知っている。 力には代償が伴うことも理解している。 だが、大丈夫か。 あまり不幸ばかり量産するようだと、俺は錬金術関連の仕事を受けるのを止めるかも知れない」
「その前の人というのは、ソフィー先生ですよね」
「ああ。 分かってはいるんだな」
「はい。 ソフィー先生が、文字通りの魔人と化していることは分かっています。 でも、それならば、今の世界が詰んでしまっていることも……知っていますね」
ロジーさんは素朴で真面目な人だ。
寡黙で真面目なので、かなりもてるらしいが。鍛冶一筋なので、浮いた話は殆ど無いらしい。
エスカちゃんは子供過ぎるし、流石にその辺りで妙な噂が立つこともないようだ。少なくとも現状は。
そんな真面目なロジーさんだから。
腕組みして、話をきちんと聞いてくれる。
「確かにソフィーはそんな事を言っていたな。 だが、俺は見てきている。 元々少しおかしかった彼奴が、本格的に錬金術を始めた途端に、加速度的に狂気に染まっていったのを。 フィリス、お前は大丈夫だろうな」
「分かりません。 ただ、分かっているのは……このまま放置したら、この世界は全て食い潰されてしまう、と言う事です」
「そうか……」
何に食い潰されるのかは、ロジーさんは敢えて聞かなかった。
それが人間だとは、はっきり言って知らない方が良いだろう。
釜を受け取ると。
すぐにエルトナに戻る。
今回は持ち帰るものがものなので、フルメンバーで護衛に来て貰った。アングリフさんはいないが、それ以外のメンバーは全員揃っている。
その後は、すぐにアトリエに釜をしまい。
エルトナに徒歩で引き返す。
常時周囲を警戒して貰うが。
それくらい今回に関しては、重要なものを持ち帰るのだ。
幸い、獣にも盗賊にも襲撃を受けなかったが。
遠くに見えた獣をお姉ちゃんが速射して即座に仕留めたことからも、皆がどれだけ殺気だっているかは分かる。
獣を回収しに行くのも、ドロッセルさん一人でやった。
エルトナに帰り着いて、アトリエの外をしっかりガードして貰いながら。
わたしは異界へと錬金釜を運び込む。
同時に、イルちゃんが、時間を操作する道具類を、アトリエにセットし終えていた。
此処からだ。
これから数日は、アトリエに籠もりっきりになる。
そのために、緊急時以外は呼びに来ないようにとも伝えてある。また、これまでに使っていた時計のアラームも停止した。難しい調合の時に、ほんの少しでも集中が途切れると大変な事になるからだ。
ここ500年で、ソフィー先生以外に作成者が出ていない賢者の石。その作成にわたしとイルちゃんが取り組む。
其処までは伝わっていないが。
いずれにしても、錬金術の奥義に挑むと聞いた皆は、協力を惜しまないと約束してくれた。
また、隣街に設置する用の炉とポンプは既に作って納品してある。
少し無理をして、早めに仕上げたのだ。
これで、集中できる。
イルちゃんも、アリスさんとその同族に、宿場町のことは任せ。今回の事に全力投球するつもりで来ているという。
既に空気が無い中行動するための道具は、動物実験で成功した。
兎は数日間、平然と生きていた。
だから大丈夫だ。
アトリエに入る。釜を設置する。
空気が無いからか、音も伝わらない。ハンドサインを決めておいて、更に壁にはチャートを貼る。
タスクは凄まじい量だ。
手分けして、交互にそれぞれの得意分野を担当し。錬金術の奥義である賢者の石の作成に挑む。
これをソフィー先生は一人でやったのか。
そう思うと戦慄が背中に走るが。しかしプラフタさんのアドバイスもあったのだろうと、自分を鼓舞し直す。
理論については理解した。
怪しい所については、イルちゃんと徹底的に議論して、理解するまで嫌になるほど話をした。
時間を止める道具の実験がてらに、である。
つまるところ、外での時間と、今のわたし達の時間は既に色々な意味で一致していないのだが。
この辺りも、もうわたしが、人間ではない証左なのかも知れない。
まずは中和剤から。
初手から最高品質のものを使う。
つまり竜の血だ。
竜の血は、結局湖底の邪竜からしか回収出来なかった。
わたしが交戦したドラゴンの内、他の二体。ドラゴネアもロギウスも木っ端みじんの消し炭にしてしまったからだ。
ものの声を聞き。
その意思に沿って変質させる。
それが錬金術の基本。
完璧な環境で、最高の素材を用いて錬金術を行う。中和剤をわたしが揃えている間に、イルちゃんはとなりで時間操作の道具を使いながら、素材を細かく砕いたり、不純物を取り除いたりと言った作業を、淡々黙々とこなしていた。
音が全く無い世界。
釜に火を入れ。
不純物を徹底的に取り除く。
爆発するほどの凄まじい魔力が釜の中に満ちている。竜の血を素材にした中和剤を、極限まで変質させて強化しているのだから当たり前だ。やりようによっては、これをそのまま硝子瓶に詰めて、魔力を暴走させるだけでも生半可な爆弾よりも火力が出るかも知れない。
それほどの危険物を扱っているのだと、自分に言い聞かせながら作業を続行。
更に、ドンケルハイトを取り出す。
最高峰の薬草。
これについては、イルちゃんがすり潰して、丁寧に不純物を取り除いてくれていた。
品質をわたしがチェックする間に、イルちゃんは次の作業に入る。今度はわたしが時間を止める道具を使い、チェックに掛かる無駄な時間を省略する。時間が止まると、わたしと触っているものだけが動いている虚無の空間が周囲に出来上がる。
イルちゃんもまったく動いていない。
それどころか、さっき以上の無音だ。
わたしの中からする音が、異常に大きく聞こえてくるし。何より、言われていて知っていたが、とにかく動きづらい。
ドンケルハイトの声は、軋むようで。
何というか、秘められた魔力が強すぎて、ダイレクトに心の奥底にある狂気を揺さぶってくる印象だ。
この花は、伝承では新月の夜にしか咲かないらしいが。
実際には、そんな事もなく。条件さえ整えば、一応何処でも咲くようだ。ただしその条件を整えるのが厳しすぎるので(特に土地に超高純度の魔力がなければならない)、滅多に手に入れられないらしい。
そんな土地は邪神の支配下か。
或いは強力なネームドの巣窟だから、である。
丁寧にすり潰したドンケルハイトを確認。不純物はない。後は何段階かの行程を踏んで、此処からエキスだけを抽出する。
蒸留もするし濾過もするが。
いずれも温度を適性に保ち。
徹底的な管理の下でやらなければ、爆発したりすぐに駄目になってしまう。
一旦この段階のものを、外に持ち出し。ツヴァイちゃんに複製して貰いたいくらいなのだが。
まだこの状況では安定していない。
つまりそれは出来ない。
時間停止を解除。
次の作業に移る。
イルちゃんが錬金釜に入っている中和剤を、偏執的なまでに蒸留した蒸留水で洗浄した硝子瓶に移し、空気の欠片も入らないようにして密閉。更に釜を洗う作業に入る。
この蒸留水だけでも、作るのに相当な手間暇を掛けている。
空気のあるところに出したら、即座に変質してしまうようなデリケートな中間生成物が多すぎる。
とにかく、一秒も無駄に出来ない。
タスクを一つずつ潰しながら。
順番に作業をこなしていく。
釜の洗浄が完了したので、今度はわたしが釜にうつる。釜に首を突っ込んで、丁寧に声を聞く。
不純物残留0。少なくともわたしには確認できない。
問題が無いことを確認してから、次へ。
賢者の石は、本来ではありえない組み合わせのものを、中和剤と錬金術の変質によって、無理矢理組み合わせ。
更にそれを強引に安定させる事で作り出す事が出来る。
結果として完成するのは、究極の媒介。
神への道を開くほどのもの。
勿論これで剣や防具、身につける装備を作ったら、その性能は天をも穿つだろう。ただ、それでもあのパルミラにかなうとは思えないのが厳しいが。
交代で作業をする。
ハルモニウムのインゴットを、アトリエに設置した炉で溶かし直し。
徹底的な温度管理で、不純物を完璧なまでに取り除く。
人間離れしているかも知れないとは言え、わたし如きが行う作業だ。
完璧なんて事はあり得ない。
だが、それでもやらなければならない。
わたしが身につけている道具類で、わたしのスペックは極限まで上昇している。
だからこそ、出来る。
今はわたしの作った装備達。
荒野で生き抜き。
強敵に打ち克ち。
そしてライゼンベルグまでの道を無理矢理こじ開けた、文字通り肌身につけ続けた相棒達を信じる。
同時にわたしはわたしを信じない。自分を盲信することは、ケアレスミスを誘発させるからだ。
完璧な人間なんて存在しない。少なくともまだわたしは人間離れしていたとしても完璧な存在ではない。
あのソフィー先生でもミスはするはず。あの人くらいになると、ミスを即座にリカバーできているのだろう。そういえばアングリフさんも、生き残るコツはミスをしないことよりも、ミスをした時のための対応力をつけることだと話していた。何処でだったかは覚えていないが。
いずれにしても、有用な言葉。
真理そのものである。
だからわたしはミスを減らすための布石を怠らない。
徹底的な相互チェックを行い。
ミスが見つかったら、即座に妥協せずに何度でもやり直した。
二十時間ほど、ぶっ続けで作業をする。
これは時間を止めていた間も含めた時間だ。
どうしても時間が掛かってしまう作業に関しては、ある。それを行っている間に時間を止めて、徹底的にタスク処理に掛かる時間を短縮する。
考え得る完璧な素材を揃えてから。
最後にプラフタさんを呼ぶ。
そう決めているから、作業に関してもまったく滞りは無い。
だが、流石に集中力を使いすぎたか。
一段落した所で、二人揃ってアトリエを出る。なおアトリエ内の時間は完全凍結させた。
アトリエを出て、空気を纏う道具を外した途端、へたり込む。
凄まじい消耗だ。
回復に関しては常時していた筈なのだが。
手を離せない作業。
何よりも妥協が許されない作業もあって。消耗が尋常では無かった。隣では、イルちゃんが同じようにへたり込んで、大きく息をついていた。青ざめている程である。
「まだ、全然だね……」
「当然よ。 錬金術の秘奥の中の秘奥よ。 あのソフィーにとっては朝飯前かもしれないけれど、ね……」
「……そうだね」
ソフィー先生が使っている道具類。
あれらは、多分賢者の石を媒介に使っていると見て良い。
ただ、それでも性能が異常すぎる。あの人は単独で邪神を倒すという噂まで深淵の者関係者から聞いている。本人が桁外れに強いのもそうだが、其処に異常な基礎能力倍率が掛かっているのだ。
元々特異点と呼ばれるほどの存在が、更に究極を求めた結果出来た道具類だとしても、なおもその先にある気がする。
立ち上がると、アトリエにそれぞれ戻り。食事を腹にかっ込むと、ひとしきり眠った。
中間生成物の時点で、既に今までに作った道具類のどれよりも高度な理論と、普通だったらあり得ない技術が使われているものがずらっと並んでいる。わたしにとっても、イルちゃんにとってもそうだろう。
数日間、徹底的な作業を続けた。
その間、両方ともスケジュール管理を徹底し。問題が起きる度に、調合は延期した。
時計のアラームはもう参考には出来ない。
アトリエの時間を凍結しているとは言え。
トラブルが色々と双方で起きすぎた。
わたしの方では、まず隣街での作業で、大きな事故が発生した。貯水池を作ろうとしている時、地盤の一部に罅が入ってしまったのである。
地盤が安定している事が前提の城壁が、それによって軋んだ。
変な音がするという通報を受けて見に行くと、案の定補強が必要な事態になっていて、すぐに対応しなければならなかった。
強固な石材を選び、更に硬化剤も惜しまずに投入して、徹底的に地盤を補強。
更に城壁の一部に補強材を入れ。強化の魔術を更に上書きで施して、どうにか対応はした。
これに関しては、完全に事故だ。
ただ、わたしが隣街で作業していたら、地盤の声を聞きながら貯水池を作っていただろうから、防げていたかも知れない。
イルちゃんはイルちゃんで、また面倒な事が何度も起きた。
何処かの名門だとか言う錬金術師が来て、推薦状を出せと言って来たらしいのである。ライゼンブルグのお偉方にコネがある名門の御子息だとかで、もの凄い尊大な態度だったそうだ。
後で分かったのだが、イルちゃんの両親が政略結婚させようと考えていた相手だったらしい。イルちゃんより二十も年上なのだが。
例えば、状況が厳しくて、どうしても公認錬金術師試験を受けに行けなかったようなパイモンさんのような例はある。
だが、名門出身となると、豊富な書物や、そもそも専門知識の持ち主に囲まれているはずで。
それがどうしてこの年まで公認錬金術師試験を受けなかったのかという疑問は残る。
そこでイルちゃんは相応に難しい課題を出したら、相手がいきなり激高。
金貨の袋を放って、これと交換にしろと言い出したらしい。
当然違反行為である。
しかしながら、そもそも公認錬金術師になったばかりの上、足下がまだまだ固まっているとは言い難いイルちゃんは、相手をたたき出すことも出来ず。
ライゼンベルグの市長に連絡すると同時に。
深淵の者にも相談。
深淵の者の方からライゼンベルグの上層部に働きかけたらしく。結果、その「名門の御子息」は、青ざめて帰って行ったそうだ。何処へ帰るのかは知らないが。
まだ地盤を固めていない公認錬金術師の所に来て、金で推薦状を書かせようとする時点で色々と知れている。
勿論対応にはかなりの時間が掛かり。イルちゃんは相当怒っていた。
予感は当たった。
多分色々トラブルが起きるだろうとは思ってはいたのだが。想像以上に互いのスケジュールが阻害された。
隣街の建設にはわたしが惜しみなく資材を提供したが。
トラブルが起こりすぎるので、霊か何かが悪さをしているのでは無いかと言う噂まで流れ始めた。
実際にわたしが確認すると、いずれも原因がはっきりしているトラブルばかり。
それらは丁寧に説明したが。
人夫の中には、錬金術師が強引な方法を採っているからだ、とか言い出すものまで出始めて。
わたしとしても、そういった人達を納得させるためにも、時間を掛けて理論を説明し。丁寧に対応をしなければならなかった。
どうしようもない相手を駆除するのはまったく心も痛まないが。
迷妄に流される弱い人間は排除されて当然、などという事をわたしは考えない。
自分で考えない人間に存在意義は無い、などという理屈は。それこそ優れた者だけが生きる価値がある、みたいな無邪気で残忍な理論だ。そんな理屈を振り回していれば、いずれ世界が滅びるのも道理。
人間が駄目な生き物だと言う事は身に染みて分かりきっているけれど。
だからといって、いちいち諦めるわけにはいかないのだ。それに今後、更に戦略事業の規模を拡げていくとなると。
もっと酷い人間の業を、見せつけられることになるのは確実だ。
プラフタさんに聞いた話を思い出す。ソフィー先生の師匠になった程の人でさえ、そういった人間の業に苦しめられに苦しめられた。
わたしも今、同じ道を通っている。
溜息を殺しながらスケジュールを合わせ、そして気付く。
プラフタさんが出来るだけ早めに開始するようにと言った理由が何となく分かってきた。
おそらくわたし達が立っている場所がとても危うく。
睨みを利かせている間は良いけれど。
調合に本腰を入れ始めると、問題が色々と噴出するだろう事を、プラフタさんは見抜いていたのだ。
とにかく、コンディションを保たなければならない。
コンディションが悪いと出来るような調合ではないのだ。
中間生成物の幾つかに至っては、あっという間に劣化するために、チェックさえ命がけだった。
多数の失敗が許される程、物資は存在していないのだから。
汗が零れそうになって、あわてて額を抑える。
咳をしそうになったイルちゃんを、後ろから大慌てで口を押さえた。
もしもどちらでもやってしまったら、全て台無しである。
疲れていると判断したら即座にアトリエを出て仕切り直し。
ソフィー先生はこれをほぼ一人でやったのか。
そう思うと、その凄まじさに冷や汗が出っぱなしである。
いつの間にか、賢者の石を調合し始めてから三週間が経過。予定を既にかなりオーバーしているような気がする。
実際、チャートは混沌としていて。
処理出来ていないタスクも、まだ残っている。
それを一つずつ潰しながら、互いに中間生成物の品質をチェック。その過程で、わたしは気付く。
鉱物以外も。
いつの間にか、かなりはっきり声が聞こえるようになって来ていた。
イルちゃんはそんな事はないらしい。
ただ、イルちゃんには、膨大な経験が身についていて。これはこう使う、という事が。言われなくても反射的に分かるようになっているらしかった。
此処までの膨大な調合経験を積み上げたのだ。
時間までインチキしながら、である。
それはそれくらいのことは出来るようになるかも知れない。
ただ、ふと鏡を見て。
窶れている自分に気付いてしまうと、苦笑いも浮かばない。賢者の石を作成するために、わたしは命を絞り取っているかのようだった。
更に一週間。
最後のタスクに取りかかる。
現状で、四つの中間生成物にまで絞り込むことが出来た。最後の一つを完成させたら、締めの調合をプラフタさん立ち会いで行う。
簡単に説明すると、本来は絶対に交わりあう事がない四つの要素を、一つに強引にまとめ上げて安定させる必要がある。
四大元素などと一般的には言うが。
高度な錬金術になってくるとそれは大体嘘だと言う事も分かってくる。四つの要素程度に、世界を分割はできないのだ。
むしろその四つの要素とは。
恐らく世界に干渉している「四つの力」とでも言うべきもの。
これを強引に一つにまとめ上げるには、普通の世界で働いている理論だけでは駄目で。
高度な魔術を錬金術で極限まで増幅し。
刹那の瞬間を見きった上で完全に適量の素材同士を組み合わせ、中和剤で瞬間的に変質させなければならない。
達人なら素で出来るかもしれないが。
わたし達の技量程度では、時間停止に頼らないと不可能だ。
熱も徹底管理。
水銀温度計を使い、湯を張った盆にフラスコに入れて完璧に温度を調整したところで作業開始。
緊張の一瞬だ。
フラスコに入った青黒い液体に、赤黒い液体を垂らす。
次の瞬間には、一瞬で全部が反応。
一気に赤黒い石へと変化し、硝子フラスコをを内側から吹き飛ばしていた。
即時で時間停止。
硝子を丁寧に取り除く。
通称深紅の石の完成である。この状態になると、多少空気に触れたり水に触れても大丈夫だ。
時間を止めたまま、状態を徹底的に確認。
二つに切って中身も確認し。
必要な品質を満たしている事も確認した。
中間生成物を四つ、これで揃える事が出来た。
いずれもが、普段は絶対に手に入らない素材を、潤沢に使わないと作れないものばかり。
この500年で、ソフィー先生しか手が届かなかった深淵の中の深淵。
そこにわたし達は、ついに到達した。
アトリエの時間を停止し、外に出る。
異界のアトリエの外で、へたり込む。
ふたりとも息が完全に上がっていた。わたしは真っ青。イルちゃんは真っ赤になっていた。どちらも緊張の糸が途切れてしまったのだ。まだ最後の調合があるのに。そもそも、二人で試行錯誤しながら作った賢者の石の中間生成物だ。本来の作り方や、達人が作る場合とは、やり方も違っていたかも知れない。何しろ、参考に出来る資料なんて殆ど無かったし。
レシピにしても、極めて難解だったのだから。
ふと気付くと。
側に、口元だけ笑みを浮かべているソフィー先生と。
口を引き結んだプラフタさん。
それに、アトミナとメクレット、つまりよそ行きの顔をしているルアードさんが立っていた。
ソフィー先生は、相変わらず目だけ笑っていないが。それでも優しげな声で語りかけてくる。
この人が秘めている狂気を思うと、却ってその方が怖い。
「どうやら、上手く行ったみたいだね、賢者の石の作成の前段階まで」
「ソフィー。 後は私が監督します」
「えー。 プラフタだけ、初めての瞬間を見られるの? いいなあ」
「貴方は日常的に賢者の石を作っているでしょう」
ぞっとする。
日常的に賢者の石を作る。そんな言葉が飛び出してくるなんて、どんな異次元の実力なのか。
まて。確かソフィー先生は何度も繰り返している、という話をしていた。
つまりわたし達が賢者の石を作る事が出来たのは、ソフィー先生が経験している繰り返しの中でも初めてなのか。プラフタさんは、それに気付かなかったようだが。
震えが改めて来る。
如何に無茶な事をしていたのか、今更ながらに思い知らされる。本当に賢者の石に到達するのは、困難の極限だったのだ。
「二人とも、一日じっくり休んでからまたここに来てください。 賢者の石は、それぞれで作らなければ意味がありません。 確認しましたが、二人がそれぞれ賢者の石を作るのには充分な中間生成物が揃っています」
「いつの間に……」
「此処のアトリエはずっと状況を確認していました。 黙っていたのは申し訳ありませんが、致命的な事態が起きる可能性は低くありませんでしたから」
プラフタさんは、それだけ言うと、ソフィー先生をちらりと見る。
なるほど、何となく理由は分かった。
ソフィー先生は、その「致命的な事態」が起きても一向にかまわないと考えているから、なのだろう。
何千年単位の繰り返しを何度も何度も経験している魔人だ。
今回はもうちょっとだった。
それくらいで、わたしの命もイルちゃんの未来も、平気で投げ捨てるのかも知れない。或いは今までの周回ではそうしてきたのだろうか。
「順番としてはフィリス、イルメリアの順で行います。 ものの声が聞こえている人間の方が、初見での作業は成功しやすいからです」
「……はい」
イルちゃんは少しだけ悔しそうにしたが。これはプラフタさんの言う事が正論だと思ったのだろう。それ以上、何も言わなかった。
後は、ゆっくり休む事にする。
スケジュールが阻害される可能性についても考えたが、プラフタさんは此方の四苦八苦を知っているようで、問題が起きた場合は先に連絡しろとも言ってくれている。機会を逃す事は多分無いだろう。
アトリエに戻ると。
わたしが疲れ切っているのを察してか。
軟らかく煮たスープ類を中心とした食事を、お姉ちゃんがすぐに作ってくれる。
あまり食欲も無かった。
本当に全精力を使い果たしたのだなと、わたしは分かった。
食べ終えると、片付けをささっとツヴァイちゃんがやってくれる。自分でやろうかと思ったのだけれど、お姉ちゃんがもうすぐに寝なさいと言って、鏡を見せてくれた。勿論自分の状態は知っている。
それ以上は、何も反論できず。
反論する気力さえも残っていなかった。
ベッドに入り込むと、後はもう糸が切れるように、意識が落ちた。
このままでいると、睡眠がおかしくなったりするかも知れない。無茶な生活を続けていると、眠れなくなったり、ある時突然気絶するように眠るようになったりするという話もある。
そしてここしばらくのわたしは、ずっと無理を続けていた。
夢の中で、わたしは泥沼のなかにいて。
もがいても、脱出どころか身動きさえ出来ず。
ただ沈み込んでいくだけだった。
そんな状況で、わたしは睡眠がおかしくなっているなと、まるで他人事のように、自分を分析していた。
わたしはこのまま、壊れてしまうのだろうか。
ソフィー先生は、話を聞く限り、賢者の石を作る前から色々とおかしかったという。狂気の片鱗は最初からあり、賢者の石を作成する事はきっかけで。逆に言うと、深淵に直接触れても其処までは変わっていないらしい。
要するに、元から素質が非常に強く。
それ故に狂気も深かった、と言う事なのだろう。
わたしはどうか。
本当に最初からまともだったのだろうか。いや、そもそもまともとは何だ。周囲とあわせる事か。自分を殺してでも、社会の枠組みの中で無理矢理死んだように生きる事をそういうのか。
分からなくなってきた。
もはや、夢の中でさえ安らぎは無い。
目が覚める。
夢の中でも、思索を進めている辺り。もうわたしは、夢の中に安息を求めて逃げ込む事さえ出来ないのかも知れない。
ぎゅっと布団を掴む。
わたしは更なる闇にこれから踏み込もうとしている。人類のどん詰まりの未来を打開するためにも。ソフィー先生という存在の暴虐をストップできる存在になるためにも必要だと分かっていても。
やはり、どこかで。まだ怖いと言う感情が、残っていた。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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一日で一章がいい
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更に分割して欲しい