暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
同じように、努力の果てにフィリスの比翼となることを選んだイルメリアも、人を止める事になります。
その時が来ました。
深淵の深淵。
創造の神パルミラとの謁見の時が。
序、その者は世界そのもの
此処は異界。深淵の者本部。通称魔界と呼ばれる場所。その中でも、最重要会議などが行われる最重要拠点。わたしとイルちゃんは、部外者なら近寄ることさえ不可能な此処に通されていた。
ずらりと並んでいるのは、深淵の者の幹部らしき者達。世界でも珍しいケンタウルス族の獣人や。ケンタウルス族をベースにしたらしい更に強大な存在の姿も確認できる。
魔王、というらしい。
対邪神用の最強生物兵器だそうで、実際に今まで数多の邪神を屠り去ってきているそうだ。
魔王と言うと、魔族の中でも特に強い力を持つ人の事だと聞いた事があるが。それとは別の意味での魔王なのだろう。
わたしとしては、不思議だとは思わなかった。
「ソフィー殿。 賢者の石を完成させる者が現れ、それがこの二人というのは本当か」
「本当ですよ」
「おお……」
一目で凄まじい力を纏っていると分かる人達が声を上げる。
最上座にはアトミナとメクレット。正確にはルアードさん。いるのは魔王の膝元と言うべきか。深淵の者の長と言う事だから当然だろう。
その左右にはソフィーさんとプラフタさん。この二人はあくまで深淵の者の協力者という立場らしいのだが。それでもこの場所に立つくらいに強力な関係性を持っていると言う事だ。
そして列を成している幹部の中には、見知った姿が幾つもあった。
確か名前を直接聞いていなかったが、公認錬金術師試験の時に、道具の採点をしてくれた人。後から聞いたところによると、シャドウロードと言うそうだ。深淵の者で数十年にわたってある一つの研究を続け、それが世界の謎の解明の一端に役立った功労者であるらしい。
魔術師としても優れていて。昔は世界の理に沿って老いて死ぬ事を考えていたそうなのだが。
真相を知ってからはそれも馬鹿馬鹿しくなったのか、アンチエイジングを使って生きる事を選んだそうである。
錬金術師ヒュペリオンさんもいる。しかもかなり上座の方にだ。
赤い体の魔族の人。イフリータさんというらしい。
最古参の幹部の一人で、重要な局面では必ず出る深淵の者の切り込み隊長だそうである。
毒薔薇さんという女性もいる。
アダレット方面での工作を担当しているらしく。同国の宰相を務めていた時期もあるそうだが。
今は裏側から静かに糸を引いているらしく。表舞台に立つのは、他の人達に任せているのだそうだ。
末席には、ティアナちゃん。
そして、鎧姿の女の子。何処かで気配を感じた事がある。或いは、わたしやイルちゃんを見張っていたのかも知れない。
ソフィー先生が咳払い。話を始める。
「あたしが最初に作った賢者の石と比べるとかなり品質は落ちますが、それでも恐らくパルミラへの道は開けるでしょう。 この段階を持って、また世界を「固定」しようかと思いますが」
「異議無し……」
イフリータさんがいう。
複数いるケンタウルス族の一人。世界樹の麓で出会ったティオグレンさんも、此処に普通に混じっていた。
この人も、最古参の一人だという。
「此方も異議は無い。 パルミラに関しては思うところもあるが、ソフィーどのの話を聞く限り、現状ではそもそも未来には一辺の可能性すらもないと聞いている。 特異点ほどではないにしても、賢者の石を作り出せる錬金術師二人の追加……世界にとっては、ゼロであった可能性を那由多以下だとしても作り出す事が出来るのであれば、反対する理由は一つも無い」
「ただ、これから行く道は悪夢と言うのも生やさしい修羅煉獄だ。 それは二人とも分かっているのか」
シャドウロードさんは若々しい声だが、元老人だったからだろう。言葉には有無を言わせぬ威厳と迫力がある。多分ゆっくり喋る事が、その迫力を醸し出す要因なのだろう。
わたしは問いに頷く。
覚悟は既に決まっているからだ。
イルちゃんも少しだけ躊躇った後、頷いていた。
「もう人間には戻る事も出来ないだろう。 これからは世界を内側から見て行くのでは無く、外側から変えていく事になる。 振るう力はもはや普通の人間とは別格のものとなり、その気になれば街など瞬く間に滅ぼす事も可能だ。 責任が生じ、それからは逃れる事も出来ない。 良いのだな」
「かまいません」
「問題ないわ」
シャドウロードさんは、それで黙った。ならばもはや言う事も無い、という訳だ。
最後に、咳払いするのは、ヒュペリオンさんだった。この人にも、色々と世話になっている。
「分かりました。 私も異議はありません」
「では、始めるとするか」
アトミナとメクレットが手をつなぐと。
瞬時にその姿は重なり合い、ルアードさんへと変わる。
幹部達全員が見守る中。
わたし達二人は作り上げた賢者の石を取りだし、そして神への到達を願った。
世界に光が満ちる。
それは決して神々しいものではなく。
むしろ禍々しい光だった。それこそ、見ているだけで心がおかしくなってしまいそうな程に。
そもそも此処は異空間。
深淵の者では魔界と呼んでいるらしい場所。
そんなところに満ちる光だ。普通である筈も無い。
此処にお姉ちゃんがいれば。ツヴァイちゃんがいれば。そう思うけれど。だが、二人をこの悪夢に巻き込むわけには行かない。
光を見ているだけで、心を丸ごと持って行かれそうだが。
それでも、何とか踏みとどまる。
おぞましいものは散々見てきた。人間と喋る事は、相手を知る事などでは決してない。家族でさえ、心が通じていないケースなど幾らでも実在しているのだ。イルちゃんはその典型例だろう。
だがわたしは、錬金術で増幅した魔術で、人の記憶と心を直接見てきた。
それは「コミュニケーション」などと称するものよりも、遙かに人間を深く正確に知る事だった。
結果わたしは見た。
人間というのが、如何におぞましい存在で。
人間のせいでこの世界が滅びるのも、道理だと言う事を。
神でさえもどうにも出来なかったものを、どうにかしようというのだ。それには無理が出て当たり前だと言う事も。
耐える。
なぜなら、こんな光よりも。
人間の本性の方が、余程邪悪で見苦しいものだからだ。だから耐え抜ける。
踏みとどまったわたしの前で、光は何度も姿を変える。
或いは、他の人には別のものに見えているのかも知れない。少なくとも、わたしには、おぞましく虹色に輝き続ける光に見えていたが。
そして、道は開かれた。
光が収まり始める。
そして収まった光が、周囲から消える代わりに。
一点に集まり行く。
集まった光は。
程なく、見覚えのある。
ヒト族の子供に、四つの色が違う翼を生やし。杯の上に立ったような姿へと、収束していた。
おでましだ。
わたしは生唾を飲み込むと。
深淵の最深部そのものへの対話へと、望むべく身構えていた。
神は。創世の者パルミラは。
目を擦ってもう一度見ても、世界樹で見たあの姿そのままだった。ただ、同じなのは姿だけ。
見た瞬間に分かった。ああ、これは。
相手の機嫌次第では、そうだと分からない程の一瞬で死ぬなと。
思考する暇さえ与えられないな、とも。
ただ、昼寝していた世界樹の所にいた端末と違い。
本体は最初から起きていたが。あくび混じりなのが腹が立つが。しかしながら、その直後の会話で驚愕によってそんな思考は消し飛んだ。
「おはよう、ソフィー。 あの状況固定から、何度やり直したっけ?」
「22万6700回。 あたしが体感した実時間にして大体8億年かな」
「……!」
「8億年かあ。 才能上限は引き上げてあげたけれど、記憶を持ち越しながらよく耐えられたね」
静かに、恐ろしい笑みを浮かべるソフィー先生。
何度も繰り返しているという話だったが。
8億年。
そんな単位の年数、この人は孤独に、世界と戦い続けて来たのか。
勿論深淵の者という強力な支援。更にスペシャリストであるプラフタさんとルアードさんもいた。
それでもどうにもならなかった、と言う事なのだろう。
そして、その8億年の経験が漸く生きて。わたし達という新しい賢者の石を作り出す者が生まれた。
途方もない話だ。
ソフィー先生の思考回路が完全に狂っているのもよく分かる。そんな時間回数試行錯誤を繰り返して、人間の思考回路でもつ筈が無い。
この人は、やり遂げるためにも。
人であっては駄目だったのだ。
才能の上限を引き上げた、と言う言葉もわたしは聞き逃さなかった。
つまりこの人は、今聞いた22万回以上の繰り返しの中で作り上げた記憶と知識、経験や、或いは錬金術で作成した道具類まで。
毎度持ち帰っているのかも知れない。
それならば、この異次元の実力にも納得がいく。
「で、「賢者の石」を作ったのはその子達みたいだね。 ふむ、端末との交戦経験は、ありと」
「世界のどん詰まりを打破するには現状では無理。 故に人材を増やした。 それだけだよ」
「なるほど。 私が直接話をしてみようかな」
平然とソフィー先生は会話していたが。
パルミラの意識がわたしに向けられると。
その瞬間、全身が一気に強ばるのを感じた。
怖いなんて次元では無い。
本当に端末とは幾つも次元が違う実力だ。これは意思を持った世界そのものを相手にしているのと同じ。
仮に倒す事が出来たとしても、世界そのものも滅びて、二度と元に戻る事はないのだろう。
イルちゃんの方を見ている余裕も無い。
わたしは、今まで味わって来た恐怖なんて恐怖のうちに入らない事を、今更ながら頭に叩き込まれていた。
「自己紹介は必要も無さそうだけれど一応しておこうか、フィリス、イルメリア。 私の名前は君達に発音でき分かり易いようにすると創世の乙女パルミラ。 この世界そのものに意思が宿った、君達が神と考える存在に一番近いものだよ。 そして君達の先祖を、完全な滅亡から救い上げ、助けたからには面倒を見ると決めた者でもある。 私は通常時17次元に存在しているのだけれど、本来なら意思持つ者どころかあらゆる物理現象さえ到達する事などかなわない此処まで二人で道を開いたところは評価するよ。 それで何を望む? 出来る範囲なら意に沿おうか」
「こ、この世界のどん詰まりを打破するのは……」
「あー、無理無理。 それは私もずっと試行錯誤しているからね。 およそ9兆回ほど繰り返しながら。 私の方の体感時間は2700京年ほどだけれど」
「え……」
どっちも意味が分からない。
何その単位。
ソフィー先生が、数千年単位で22万回以上繰り返していて、体感時間8億年と言っていたが。
それでも、桁がまた違いすぎる話だ。それこそ8億年など誤差にも入らない程に。
どちらも本当だとすると。
この世界のために、ソフィー先生も、この神も。意味が分からない年数、身を削っている事になる。
それは狂気が身を包む。
目が笑わなくなる。
どんな手段でも選ばなくなる。
そして、わたしもこの狂気の輪廻に加わるのか。
この世界のどん詰まりを打破するために。分かっていたのに、体の芯から震えが来る。
「んー、一番現実的なのは、君達二人の才能上限を引き上げる事かな。 ソフィーが言っていたけれど、大体ソフィーの他に四人くらい、考え方が違う同格の錬金術師が揃えば、世界の打開の道が見えてくるという話だったけれど。 ふむ。 確かにソフィーと違う考え方だ。 ただちょっと才覚の上限は低めかな……まあソフィーが異常すぎるだけだけれども」
そんな事は分かっている。
賢者の石を調合してよく分かった。
あんなものを、事実上一人で調合しきったのだ。
ソフィー先生は色々な意味で人間とは言い難い。
元々、限りなくゼロに近い可能性の中から生まれ出た超人の中の超人。
わたしのような一点特化とも。イルちゃんのように血を吐きながら現状を突破するべく努力を重ねてきた真面目な人とも違う。文字通りのスペシャルだ。
「そも、どうしてこの世界が詰んでいるのかは知っているね?」
「はい……分かっているつもりです」
「イルメリアは」
「分かっているわ……!」
ずっと黙り込んでいたイルちゃんに、パルミラの意識が向いて、やっと横を見る事が出来た。
分かった。
イルちゃんは、死人同然の顔色をしていた。
歴戦を重ねていたから逃げ出さずにいられた。それだけだ。もしもそうで無かったら、もう後ろも見られずに逃げ出して、或いは呆れたパルミラに消されていたかも知れない。
わたしも、呼吸を整えるので精一杯だ。
「ならばようこそ永劫の地獄へ。 ソフィーと違う考え、方法で二人で色々模索しながら、世界のどん詰まり解消のために一緒に働いて貰おうかな」
「……」
「同意は?」
「……っ」
意識を向けられるだけで、気絶しそうになる。
子供みたいな容姿をしているが。あの端末パルミラが、本当に顕微鏡で見なければならない小さな小さな獣に思えてくるほどの怪物だ。ドラゴンや邪神も、この創造神の前では、子供どころかそれこそ髪の毛の先端の一部にさえ及ばない。本当の意味で、世界の頂点に立ち。そして知識の極限である深淵の奥底。いや、深淵そのものの存在に、わたしは今謁見し。会話している。
お父さんお母さん。お姉ちゃん。ツヴァイちゃん。
一緒に旅をしたみんな。
一緒に戦略事業をした人達。
わたしに力を貸して。
ソフィー先生は平然と耐え抜けたかも知れない。わたしは、意識を向けられるだけで、恐怖で身が竦んで動けない。いや、一瞬でも気を緩めただけで、発狂してその場で頭が爆ぜ割れてしまうかも知れない。
だから、力を。
必死に、そう考えて、意識をつなぎ止める。
深淵を覗き込み、覗き返されたつもりだった。
わたしが見ていた深淵など。
それこそ、表層も表層に過ぎなかったのだ。
もし戦う場合。いや、そも「戦い」そのものが成立しないだろう。
激しく咳き込む。
呼吸さえ安定させられなかった。だから、今更からだが悲鳴を上げたのだ。
「わたしは、力が、欲しい、です」
「ふうん。 イルメリアは?」
「私……も」
ぶちりと隣で音がした。
イルちゃんは、無理矢理腕に噛みついて、鮮血を噴き出させ。
必死に全身から見て分かるほどの冷や汗を垂れ流しながら、意識を保つ事に成功させた。
「私も力が欲しい!」
「じゃあ、同意と言う事で。 これから二人はソフィー同様、世界の管理者側に立つ存在になった。 もう二人を探すまで、せいぜい打開策を探すか。 それとも現状の手持ちで現実的に打開策を見つけるか。 好きなように頑張ってみてね」
パルミラの声に圧迫感や悪意はない。
此方を追い詰めようとしているようにも見えない。
ただパルミラは、自分で助けた者達の面倒を最後まで見るために、働いているだけだ。
なるほど、分かった。
パルミラは無能でも無ければ不真面目でも無い。勿論邪悪などでは無い。
極めて真面目で、本気で人間が言う善意に近いもので動いている。
そしてそれでもなお、どうにも出来ない程人間四種族が揃いも揃ってどうしようもない。そういう現実があるのだ。
パルミラはそれこそ、時間も空間も自由自在。
端末でさえ、時間を巻き戻して、全ての状態を一瞬にして元に戻すほどの能力を発揮して見せた。
多分このパルミラの力はその比では無いし。
世界のパラメーターを全て一気に書き換える事だって可能なはずだ。それも、人間など知覚すら出来ない一瞬で。殺されたとしても、瞬時に全快再生くらいはして見せるかも知れない。
もはや意味が分からない世界だ。
「じゃ、一旦状況を固定」
ぱちんとパルミラが指を鳴らす。
そうか、つまり。
これから何があっても、またこのタイミングに戻されるという訳か。
わたしは今後、死ぬ事さえ許されない。
此処からまた世界のどん詰まりを打破するために、何もかもを擲って、動き続けなければならない。
それこそ、何もかもがすり切れきれるまで。
可愛らしく手を振ると。
其処には最初から何もいなかったかのように。
パルミラは姿を消していた。
膝から崩れ落ちる。
此処までの精神負荷が掛かったのは、最初に「お外」の真実を見た時以来だ。となりで、どさりと音がする。
イルちゃんが床に倒れ伏していた。
気絶している。わたしも、いつ気絶してもおかしくない状態だった。
「二度目だが、それでもとても慣れそうにないな。 あんなものと戦おうとしていた自分が愚か者にしか思えぬ」
イフリータさんが呟く。この多分現状で世界最強だろう、その上非常識な錬金術の装備で全身を固めている魔族でさえ、そんな言葉を吐くのだ。
深淵という言葉を、あまりにわたしは舐めすぎていたのかも知れない。
ソフィー先生が、わたしとイルちゃんを担ぐ。プラフタさんが抗議の声を上げた。
「ソフィー! あまり乱暴は……!」
「返してくるだけだよ。 此処からは、二人とも色々と考えて貰わないといけないからね」
何も出来ない程消耗しているわたしとイルちゃんは、抵抗も出来ず。
ただ担がれて、そのままアトリエに放り込まれた。
そして、気付く。アトリエの時間が止まっている。多分、ソフィー先生がもめ事を避けるためや。或いは此処にお姉ちゃんが突入するのを阻止するためにそういう措置を執ったのだろう。
呼吸を整えながら、ベッドに横になると、時間停止が解けた。
お姉ちゃんが気付いて、わたしに駆け寄ってくる。
「フィリスちゃん!」
笑顔を浮かべられただろうか。
わたしは、お姉ちゃんが絶句し、絶望するのに気づきながら。
そのまま、意識を失っていた。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
-
このままでいい
-
一日で一章がいい
-
更に分割して欲しい