暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
背後の山が遠ざかっていく。
それと同じくして、真っ茶色だった地面も、少しずつ緑が増え始めていた。まだ茶色の方が多いけれど。
それでも少しずつ。
生きている植物が見え始める。
わたしも、ようやく実感できた。
エルトナが、遠くなってきたのだ。
周囲も山だらけではないし。
少しずつ、鳥が飛んでいるのも見え始める。
お姉ちゃんは相変わらず気を張っているけれど。あの鳥は、小さくて可愛い。でも、可愛がるよりは、まず食べる事を考えなければならないのだろう。
山岳地帯を抜けてから。
もう三回戦闘をこなした。
いずれも獣で。
一度はウサギ。
もう二度は猪だった。
どちらももの凄い巨体で、本気で殺すつもりで突っ込んできたし。
猪の時は、お姉ちゃんが手傷も受けた。
わたしが弱いからだ。
わたしを庇って、ざっくり抉られた。猪があんなに怖い生き物だったなんて、知らなかった。
幸いお薬ですぐに治せたけれど。
その晩は震えが止まらなかった。
そして、猪のお肉は。
嫌味なくらい美味しかった。
殺さなければ殺される。生きるためには相手を殺さなければならない。旅をしているだけで、世界の理を思い知らされる。
わたしは、今。
生きるために、相手を殺し。
そしてその全てを活用して。
錬金術もしていた。
広い草原に出てから、行ける場所が増えた。視界の隅々まで見回して、何かあったらお姉ちゃんと相談して、取りに行く。
作ったばかりの荷車に素材を回収したら、さっさと撤収。
アトリエに籠もればひとまずは安心だ。
獣もアトリエには近づいてこない。
多分だけれど、何か処置がしてあるのだろう。
釜を洗って、お薬を増やす。
手に入れたものが、前に貰った素材よりも質が良くなってきている。
恐らくソフィー先生は、以前は意図的に品質が低い素材を渡してきていたのだと思う。素人が失敗する事確定の調合で、貴重な資源を浪費するわけにはいかないから、なのだろう。
その気持ちは分かる。
実際に採集をしてみて、如何に大変かは身を以て学習した。
だからわたしも、それに対して何ら思うところもない。
そして、お薬を作るのだ。
一通り作業をこなして。
前より明らかに効きがいい薬が出来たときは、思わず声が出そうになった。感情はただでさえ不安定なのだ。必死に抑える。
流石に自分の手を何のためらいもなく切る勇気はわたしには無い。
でも、自分で試すのが筋だろう。
ナイフでこわごわと。
少しだけ、腕に傷を付ける。
痛いし怖い。
そして傷に薬を塗り込む。
傷が、溶けるように消えていく。
そればかりか、体が少し温まったかのようだった。
ふうと嘆息。
これならば、前よりずっと良いお薬に仕上がったはずだ。容器に詰め込むと、コンテナに入れて。残りは腰からぶら下げる。
戦闘時は、何でもかんでも持っていくわけにはいかない。
特に傷薬は、即効性があるものでなければ話にならない。錬金術で作った薬とは言え、それは同じ。
今回腰にぶら下げているのは。
戦闘後に使える程度の実用性しかない。
まだまだその程度、と言う事だ。
今後は、更に実用性を強化し。
最終的には、一瞬で広範囲のけが人を全回復出来るくらいの薬を作りたいが。そんなものを使ったら、副作用も強烈そうだ。
まだまだ、勉強していかなければならないだろう。
獣の捌き方もまだまだだ。
もっと練習して。
お姉ちゃんの手を患わせないようにしないといけない。
不意に。
ドアがノックされた。
お姉ちゃんが奥から出てくる。料理をしていた筈だが、気付いたのだろう。流石に鋭い。
さいわい、このアトリエは内部から外を確認できる上、死角も無い。
外にいるのは、見かけないヒト族の男性だ。
多分成人したばかりくらい。
背はそれなりに高いが、高過ぎもしない。
目つきは鋭く、多分実戦経験者だろう。腰には一振りの剣を帯びていた。
ただ格好が何というか。
鎧を着ている訳でも無く。
何というか、あまり実用的とは思えないマフラーを巻いていたり。
何か黒系統で全身をまとめていたり。
口元をマフラーで隠していたり。
髪型が独創的で。
ちょっと不思議な印象を受けた。
「何かしら。 フィリスちゃん、無視するのも手よ」
「ええっ? そんなの悪いよ……」
困っているのかも知れない。
外に声を聞こえるようにする仕組みを機動すると、わたしは呼びかける。
「どなた様ですか?」
「此処は錬金術師のアトリエか?」
「は、はい。 まだ見習いですけれど」
「それなら、仕事の依頼をしたいのだが」
仕事か。
それにしても、良く錬金術師のアトリエだと分かったものだ。
わたしはお姉ちゃんを見て。
仕方が無いと肩をすくめるお姉ちゃんの同意を得てから、ドアを開ける。
入ってきたのはやはり外にいた男の人。
周囲に他の人はいない。
お姉ちゃんは油断無くナイフに手を掛けている。
いざという時は、躊躇無く斬り伏せるつもりだろう。
「どうして錬金術師のアトリエだとわかったんですか?」
「何度か街で見た事があるが、いずれも錬金術師は驚天動地の技を引き起こし、魔術を越える神域に立つ者達だった。 俺は彼らを見て、心の黒き炎をいつも燃やして嫉妬とあこがれをない交ぜにしたものだ」
「え? はい……?」
何だかしゃべり方が難しくてよく分からない。
混乱しているわたしの後ろで、ドアをしめるお姉ちゃん。
そうだ。
この辺りからは、匪賊が出ると言う話だった。
一人が気を引きつけておいて。
残りが押し込んでくると言う可能性を想定しておかなければならなかったのだ。お姉ちゃんが補助してくれたのは嬉しい。
「俺はレヴィ=ベルガー。 遺跡に浪漫を求め、宝と言う名の黒き輝きを探して旅をする一振りの剣だ」
「は、はあ。 レヴィさんですね。 わたしはその、フィリス=ミストルートです」
「頼みとは他でも無い。 実はこの鍵なのだが、ある遺跡で見つけてな。 修復を頼めないだろうか」
渡されるのは。
壊れた鍵だ。
なるほど、魔術が掛かっている鍵で。
普通の冶金での修復は無理だろう。
わたしに話が回ってこなければ、他の錬金術師に話が行っていた、と言う所か。
お姉ちゃんに言われた事を思い出す。
まずはお金がいると。
それならば。
お仕事はしていかなければならないだろう。
幸い、鍵は致命的に壊れてはいないようだ。
インゴットから不足分を補充しつつ。
そのインゴットにも、中和剤経由で魔力を流し込めば。
使えるようになるだろう。
「分かりました。 引き受けます」
「そうか。 では俺は東にある街にいる。 仕事が終わったら声を掛けてくれ」
「東の街、ですか」
「そうだ。 このすぐ近くにある」
それは良かった。
色々心配していたのだが、街は側なのか。
お姉ちゃんが無言で戸を開け、レヴィさんを通す。満足そうにレヴィさんはアトリエを出ていった。
しばらくその背中を見ていたお姉ちゃんだが。
ふうと嘆息する。
「何かしらね。 十代の半ばくらいには、特別感を出したくて、周囲と違う言動をしたがる事があるらしいけれど」
「そうなの? 自然に見えたけれど。 でも言ってることは難解だったね」
「難解というか……」
お姉ちゃんが呆れた様子で、じっとレヴィさんのいた辺りを見ていた。
いずれにしても、仕事を終わらせてから東の街に行く事にする。
適当なインゴットを見繕う。
鉱石は相応に回収してあるので。
すぐに無くなる事はないだろう。
そこそこ良さそうなインゴットをまず炉で熱する。
この炉も。
既にかなりの回数使っている。
最初の頃、ソフィー先生に使い方を教わったので。
今では怪我せずに使えるようになっている。
火掻き棒を使ったり。
遮光眼鏡を使ったりというのは。
癖にして身につけていた。
中和剤と一緒に熱したインゴットを取りだし。
赤熱したそれを叩いて伸ばし。
また中和剤を掛ける。
そして熱する。
更に、鍵の方を調べる。
まず粘土で型を取り。
欠けている部分を、丁寧に粘土で繕っていく。
その後、粘土そのものに中和剤を混ぜ。
これを焼く。
こうして硬化させた所に。
溶かしたインゴットを流し込むのだ。
この際の作業が非常に危険なので。
お姉ちゃんに立ち会って貰って、ゆっくりと熱した金属を流し込む。
しばしして。
金属が固まる。
後は粘土を剥がすだけだ。
丁度良い具合に。
欠けた部分が、溶かし込んだインゴットに補完される。これがもっと分かりづらい鍵だったら、もっともっと大変だっただろう。まずどんな形をしている鍵なのか、推察していかなければならなかったはずだ。今回は、彼方此方単純に欠損しているだけで、鍵の構造が分かり易かったからどうにでもなった。
それだけである。
しばらく鍵を冷やした後。
鉱物の声を聞く。
だいじょうぶだよ、と聞こえる。
そうか、ならば大丈夫だろう。
鉱物達は、わたしに基本的にいつも正しい事を教えてくれる。
だから、わたしも鉱物を信用する。
それだけだ。
外を見ると。
大雨だ。
今日は此処までにして、明日街へ向かう事にしよう。
街だと、ひょっとすると公認錬金術師がいるかも知れない。
そうなれば、或いは。
推薦状を書いて貰えるかも知れない。
勿論、駄目な可能性もある。
駄目だった場合は、最悪次の街に行く判断を急いでしなければならないわけで。時間が限られている以上、もたついてもいられない。
更に言えば。
街に出たら、お金を稼ぐ方法についても思案する必要がある。
少しお姉ちゃんと話したのだけれど。
街に錬金術師がいる場合。
お薬などを売ると、嫌がらせとして判断される可能性があるという。
もっと良いお薬などが流通していれば買いたたかれるだろうし。
逆に、こちらがもっと良いお薬を売ったりしたら、営業妨害として睨まれる。
その場合は、勿論推薦状なんて出して貰えなくなる可能性が高い。
それならばどうすればいいのか。
足りていない物資を売ればいい。
そうお姉ちゃんは言う。
足りない物資は、商人にとって商機になる。
勿論相場を知らなければ買いたたかれてしまうけれど。
ソフィーさんが紹介してくれたアルファ商会が来ていれば。
恐らく相場に沿って適切な値段を出してくれるだろう。
なおアルファ商会はかなり大規模なものらしく。
彼方此方に相当な広がりを見せているそうだ。
東にあると言う街にもある可能性は高い。
雨が止むのを待っている内に。
夜になった。
そして、ごうごうと、凄い音がした。
眠っている間は気にしなかったが。
翌朝、起きだしてみて、絶句する。
アトリエのすぐ近くまで、水が流れていた跡が残されていた。どうやら川の一部が氾濫して、この辺りまで水が流れていたらしい。
お姉ちゃんが、少し高台になる所にアトリエを置くべき、と言ったのは。
これが理由だったのか。
気付かないまま、適当にアトリエを展開していたら。
今頃どうなっていたことか。
ソフィー先生の作ったアトリエがそんなにヤワだとは思わないけれど。
それでも、浸水とかしていたら。
それこそ目も当てられない事態になっていただろう。
生唾を飲み込むわたしに。
お姉ちゃんは、無事で良かったと言ってくれた。
驚くほど落ち着いている。
お姉ちゃんは恐らくだけれども。
こんな修羅場、嫌と言うほどくぐってきている。
そう考えて、間違いなさそうだった。
地面が乾くまで、調合の勉強と練習をして。
ゼッテルを増やしたり。
インゴットを増やしたりした。
数を重ねれば、嫌でも習熟する。
インゴットについては、鉱石が声で教えてくれることもあって、わたしはかなり使いこなせる。
例えば荷車を作る時も。
鉱石が色々と教えてくれたおかげで。
車軸や車輪。
それを取り付けるための仕組みも。
かなり簡単に作り出す事が出来た。
外に出ると、かなり暑くなっていて。
地面も乾いていたので。
お姉ちゃんに教わったとおりに、影の向きと長さを見て、時間を確認。そのまま歩き出す。
凄い量の水が。
地面を抉っていった痕があった。
点々としているのは何だろう。
よく分からないけれど、川の流れの一部が破れて。
水がこの辺りを蹂躙したことだけは確かだ。
街は大丈夫だろうか。
少し不安だったけれど。
ほどなく、見えてきた。
街だ。
エルトナの闇の中とは違い。
お日様の光の中に、無数の建物が林立している。
いずれもがそこそこに豊かな様子だが。
その一方で、街の周囲には、何カ所か壁のようなものが作られていた。街全てを覆えてはいないようだ。
何だか高い構造物もあって。
人が登っている。
弓を構えているようだった。
「あれは物見櫓ね」
「物見櫓?」
「高い場所に登ると、遠くが見えるでしょう? 匪賊などに襲われたときに、早期警戒ができるのよ。 戦闘になった場合も、高い所から相手に矢を降らせる事が出来るわ」
「そっかあ」
凄い仕組みだなと思った。
なお石で出来ているし、見たところ魔力も帯びている。
防御の魔術が掛かっているのだろう。
多分ちょっとの投石くらいではびくともしないはずだ。
わいわいと、川の方で人が集まっている。
それも気になったが、何て大きな川だ。
なるほど、あれが破れて。
水の一部がこっちに来ていたのか。
それでは、あのようなことにもなる。
外には、こんな大きな川があるんだなあと、わたしは感動してしまった。
だが、お姉ちゃんの表情は厳しい。
「橋が中途半端な状態ね。 渡れないかも知れないわ」
「橋?」
「あれよ」
橋。外の世界を書いた本に載っていた、川を渡るためのもの。
これも、情けない話だけれど、実物を見たことが無かった。だからそれを橋として、最初認識出来なかった。
構造としてはアーチ状で。
石で作られているらしく、川に掛かっていた様子だ。
だがその一部が壊れてしまっているようで。
今も、男衆が集まって直している。
そんな中、指示を出している老齢の男性と。
そばであたふたしている若い頼りない男性が目立った。その男性は、先生と呼ばれている。
「先生! この橋の部品たりねえよ! もっと作ってくれるか!」
「あ、はいっ! 行ってきます!」
何だろう。
頼りない。
とりあえず、造ってくると言う事なので、作るのだろう。
多分あの人が錬金術師だなと、わたしは思った。
橋に近づくと、案の定見張りらしい獣人族の男性が近づいてくる。ウサギの頭を持っていて、手には大きな竿状武器を手にしていた。先端部分は刃物では無く、鈍器になっている。
「んだてめーら」
「あ、あの。 フィリス=ミストルートと言います。 旅の錬金術師です」
「錬金術師ぃ? ホントかよ」
「はい。 まだ見習いですけど」
疑い深そうな獣人族の戦士に、見せる。フラムとお薬。こういった成果物を見せてやれば、大体は信用してくれると、ソフィー先生は言っていた。
実際、獣人族の戦士は、フラムを見て、なるほどと頷いたようだった。
実際こんな子供が。
かなり良い値がつくらしい、錬金術の産物であるフラムを、多数持ち歩いているのは不自然だ。
わたしも実際に見てきたが。
多数の恐ろしい獣が徘徊しているのである。
子供が行くならば。
余程の腕自慢か。
或いは護衛を雇うのが当たり前。
そうしなければ、食い散らかされてしまうのである。
「ちょっと待ってな。 長老に話をしてくる」
「あの、どういうことですか。 ただ旅の途中なのですが」
「見ての通り、水害の復旧で大忙しでな。 もしあんたが本物の錬金術師だったら、手伝って欲しいと思ってよ。 金は出す」
言うだけ言って、獣人族の戦士は行ってしまう。
身軽で、橋も彼方此方欠損しているのに、ひょいひょいと飛び越えていった。
あの辺り、身体能力を売りにしている獣人族ならではだ。
しばしして、戦士は戻ってくる。
来て欲しい、と言う事だった。
頷く。
あの頼りなさそうな、「先生」と呼ばれていたヒト族の若い男性。
あの人がもし錬金術師だったら。
困っている所を助ければ、推薦状を書いてくれるかも知れない。
だけれども、それ以前に。
この人達は、みんな困っている。
それならば、助けるべきなのでは無いか。
まだ出来る事は少ない見習い錬金術師のわたしだけれど。
最初にやるべきは。
自分に出来る範囲で、人を助けること。
それが当たり前だと思った。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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一日で一章がいい
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更に分割して欲しい