暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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1、鉱山の街の灯火

わたし、フィリス=ミストルートは空を少しだけしか見た事がない。

 

鉱山の街エルトナに住まうわたしには。

 

エルトナが全てだった。

 

灯りは、住んでいる老魔族が管理していて。

 

いつも同じ明るさ。

 

時々鐘が鳴らされて、それで時間を知る。その時間の通り行動して、自分達が住んでいる街そのものを掘り進めて、鉱石を集める。

 

選ばれた人だけが街の外に出ることが出来。

 

鉱石を売ったり。

 

獲物を仕留めてきて。

 

街の人達は、それで生活をする事が出来る。

 

外に出ることが出来る人の中には、わたしのお姉ちゃんもいる。

 

リアーネ=ミストルートという名前を持つお姉ちゃんは。

 

黒い髪がとても綺麗で。

 

ちょっと過保護すぎるけれど優しくて。

 

多分、世界の全部が敵になっても。

 

わたしの味方になってくれる。

 

そんな信頼をもてる、世界で唯一の人。

 

わたしはお父さんもお母さんも大好きだけれど。

 

お姉ちゃんは、何というか。

 

わたしの事を、本当に心から愛してくれていることが分かるのだった。

 

わたしの家はある理由からそこそこに裕福で。

 

家には本もある。

 

それをうらやむ人はいない。

 

何故か。

 

仕事場に出たわたしは、街の男衆に笑顔で迎えられる。その中には、長老もいた。

 

「フィリスや。 今日もお願いするぞ」

 

「はい、ちょっとまってくださいね」

 

周囲には。

 

いつも声が満ちている。

 

わたしは鉱物の声を聞く事が出来るのだ。

 

鉱物達はわたしに優しい。

 

踏んづけても怒らない。

 

むしろ、何処をどうすれば壊れるのかを教えてくれたり。

 

どんな風に使って欲しいと、要望を口にしたりもする。

 

生まれたときからそれが当たり前だった。

 

そして、それ故に。

 

わたしはこの街で、とても大事にして貰っていた。街の人達も、わたしにはいつも親切だった。

 

あまり多くないお肉も。

 

わたしに多めに分けてくれる。

 

それはひとえに。

 

この閉ざされた、狭くて暗い街で。

 

わたしが役に立っているから。

 

そんな事は、まだ子供であるわたしでさえ、分かっていた。

 

というよりも、だからこそ。まだ子供でいさせてくれている、とも言える。

 

同じくらいの年の子供が、もう結婚して。子供までいる。何人も、そういう子がいる。

 

わたしのように、街にとって最重要人物では無い場合は。

 

早々に子供を産んで。

 

街のために貢献しなければならない。

 

それくらい、街は状況が厳しいのだ。

 

そんな事はわたしだって分かっている。

 

だから、必死に街の役に立つ。

 

街全体が豊かになれば。

 

きっと、みんな少しは生活も楽になる筈だから、である。

 

「あの辺りに良い水晶がいます」

 

「そうか、よし! お前達、掘り起こせ!」

 

「おうっ!」

 

街の人達は、とても色白だ。

 

光を浴びていないのだからまあ当然と言えば当然だろう。

 

だけれどみんな筋肉質だ。

 

鉱石といつも格闘しているのだから当たり前だろう。

 

昔は爆弾を使ったりもしていたらしいけれど。

 

わたしが働くようになってからは。

 

みんなつるはしで岩を砕いている。

 

わたしには聞こえるのだ。

 

何処を崩せば、岩が割れるのか。綺麗に割れて、中の貴重な鉱石を取り出すことが出来るのか。

 

それを側でわたしは指示して。

 

その通りにすると、大きな岩が冗談みたいに割れる。

 

わたしもたまにつるはしを振るうけれど。

 

岩が優しいのだろう。

 

あまり強い力を込めなくても、岩が割れてくれるのだった。

 

今日も、岩が砕け。

 

坑道が拡がり。

 

無数の美しい、淡く輝く水晶が姿を見せる。

 

通称エルトナ水晶。

 

魔力を強く帯びていて。

 

街の灯りになっているだけでは無く。

 

外に持ち出すと、とてもすごい大金に化けるという。

 

この水晶を掘り出すことで。

 

エルトナは、なんとか生きていけている。

 

商人に売ることで、生活に必要な物資を、手に入れる事が出来るのだ。

 

お姉ちゃんに、何度も言われた。

 

外は怖いところだと。

 

外には、もはや人間の道を踏み外し、人を殺して食べる事を厭わなくなった匪賊がたくさんいて。

 

襲われたら、生きたまま切り刻まれて食べられてしまうのだという。

 

外にいる獣たちは皆恐ろしく強くて。

 

人間を見ると、身を守るために襲いかかってくると言う。

 

他にもたくさんの恐怖があって。

 

わたしを守るためなら。お姉ちゃんは、どんなことでもするのだという。

 

でも、わたしは思うのだ。

 

守られてばかりでいいのだろうかと。

 

大量の水晶が掘り起こされ。

 

長老がわたしに今日も礼を言う。

 

「すまんなあ、フィリス。 これでまた、しばらくの生活には困らなそうだ」

 

「はい。 みんな美味しいものを食べられますか?」

 

「すまんが、そこまではなあ。 服や薬、他にも必要なものは色々ある」

 

「なら、わたしもっと頑張ります!」

 

わたしは言うが。

 

長老は、無理をしないようにときっぱり言い。

 

家に送り届けられた。

 

周囲のおじさんたちは。

 

みんなわたしを宝物として扱ってくれるけれど。人間としての意思は考えてくれない。

 

それがとても悲しい。

 

家に戻る。

 

お父さんが、別の方の仕事から戻ってきていた。

 

エルトナは鉱山の街だが。

 

奥の方には、勝手に住み着いた猛獣が出る。

 

外の猛獣に比べると著しく弱いという話だけれども。

 

それでも駆除しないと、いずれ増えて、街にどんな被害が出るか分かったものではない。

 

だからお父さんやお母さんは。

 

時々猛獣の様子を確認して。

 

増えていたり。

 

街を伺っているようだったら。

 

駆除しているのだ。

 

お姉ちゃんは街の外に出て、獲物を狩ってくる、街の戦士の筆頭格なのだけれども。

 

そのお姉ちゃんに戦いの技を教えたのは、お父さんとお母さんなのだ。

 

昔はお父さんも外に出ていたのだけれど。

 

強力な猛獣との戦いでやられて、今では現役を半ば引退。

 

二線級の猛獣である、鉱山の中に出る小さい奴くらいしか相手に出来なくなってしまっている。

 

昔一緒にお風呂に入ったときに見たのだけれど。

 

肩から胸に掛けてもの凄い爪痕が、今でも傷跡となって残っている。

 

あんな傷を受けたのだ。

 

生きているだけでも不思議だったのだろう。

 

お母さんも戦士だったのだけれど。

 

戦士としてよりも、魔術師としての力量が高く。

 

お姉ちゃんもわたしも、お母さんに魔術を習った。

 

わたしもそこそこ魔術は使えるのだけれど。

 

お母さんはもっと凄い。

 

ただ。やはり外の猛獣には通用しないくらいに今は衰えているとかいう話で。

 

これも、外での怪我が原因らしい。

 

具体的に何があったのかは話してくれなかったけれど。

 

きっと怖い目にあったのだろう。

 

だから、お父さんもお母さんも。

 

お姉ちゃんが帰ってくると、いつも怪我はなかったか、と聞く。

 

ついこの間の事だけれど。

 

お姉ちゃんが真っ青な顔で帰ってきて。

 

わたしを抜きに、三人で何かを相談していたときは。

 

とても心配した。

 

どうしてわたしに話してくれないのか、とても不安だった。

 

何かが近々起きるのでは無いのか。

 

そんな不安は、ずっとわたしの心をずきずきと痛めつけていた。

 

お姉ちゃんはすごい。

 

わたしとあまり年も変わらないのに、街の戦士でも筆頭格の実力者で。いつも充分な獲物を仕留めてくる。商人との駆け引きだって、一歩も引かない。きっちり決められた値段で商売を成功させる。

 

背も高くて綺麗で。

 

とても姉妹とは思えないと良く言われる。

 

だけれど、お姉ちゃんは男の人に言い寄られても、いつも袖にしているらしくて。

 

その理由はよく分からない。

 

家族が増えたら、わたしも嬉しいのだけれど。

 

どうしてか、お姉ちゃんにその気は無いようだった。

 

「フィリス。 おかあさんが帰ってきたら、食事にしようか」

 

「うん。 お父さん、今日は何か危ない事は無かった?」

 

「何も。 流石に鉱山に出る小さな獣に遅れを取るほど衰えてはいないさ。 もうリアーネは俺よりずっと強いし、心配はないよ」

 

「そう、良かった」

 

お母さんが少し後に帰ってきて。

 

そして料理を始める。

 

お姉ちゃんは今外で。

 

多分二三日中には帰ってくるはずだ。

 

食事を終えた後は、本を読む。外の事が書いてある本だ。お気に入りで、すり切れるほど読んでいるのだけれど。

 

今でも手放せない。

 

外には怖い事だらけだと言われる。

 

だけれど、知らない事もたくさんある。

 

知りたいと思う。

 

分からない単語がたくさん本には出てくる。

 

それはきっと、鉱山の外に出れば、当たり前の事ばかり。

 

でもわたしには。

 

それを知る術さえもない。

 

鐘が鳴る。

 

寝る時間だ。

 

わたしは自分の部屋に戻ると、眠る事にする。

 

せめて、もう少し魔術の腕が上がれば。お姉ちゃんと一緒に外に出て、狩りが出来るのだろうか。

 

そうすれば、本に書いてあったような光景が見られるのだろうか。

 

空は。

 

エルトナの外れにある一箇所から、ほんのちょっとだけしか見えない。

 

あのほんのちょっとしか見えない空も。

 

いっぱい拡がっているのだろうか。

 

灯りを消すと、周囲はなんにも見えなくなる。

 

だから調整して、少し灯りを落とす。

 

そうしないと、本当に此処では何もできなくなってしまうのだ。

 

灯りを落として、眠ろうとするけれど。

 

そもそもお姉ちゃんが言っていた。

 

人間は。

 

暗闇の中で生きるように出来ている生物では無いのだと。

 

本来は、お日様の下で生きるべき構造をしているのだと。

 

そうなると、わたしは。

 

どうしようも無い中。

 

人間としては、本来あってはならない状況で生きている事になる。

 

それもなんだか悲しい。

 

わたしにとって、外は。

 

怖くもあり。

 

行って見たくもある。

 

不思議な場所だった。

 

 

 

お姉ちゃんが戻ってきた。

 

朝早くだったけれど。それがどうして分かったかというと、単に鐘が鳴ってすぐだったからだ。

 

本当に朝なのかはよく分からない。

 

ただ。お姉ちゃんと一緒に空を見に行くときには。

 

少なくとも空は明るい

 

夜になると空も暗くなるとかで。

 

それは一度見てみたかったのだけれど。

 

お姉ちゃんに止められた。

 

なんでも、空が見える所にある地底湖は。

 

街の水源であるのと同時に。

 

最大危険地帯なのだという。

 

水中には恐ろしい猛獣がたくさん住んでいて。

 

水を汲みに行くときは、必ず見張りとペアで行わなければならないことが、義務づけられている。

 

街は安全じゃない。

 

そう、お姉ちゃんは。

 

何度も口をすっぱくして、わたしに説明した。

 

だからわたしも。

 

お姉ちゃんを悲しませないために、地底湖には近づかないようにしている。

 

でも、空を見るには、地底湖に近づかなければならない。

 

ジレンマだ。

 

お姉ちゃんは、わたしが好きな兎を狩ってきてくれた。

 

兎と言っても、大きいものは人間を殺せるくらいの体格があって。

 

自衛のためか、鋭い角を持っている。

 

油断すると刺し殺されてしまうと言うから。

 

とても怖い生き物だ。

 

お姉ちゃんが外で燻製にしてくれているから。

 

火をちょっと通すだけで食べられる。

 

兎の肉は大好物だ。

 

蛇の肉よりも臭いが少ないし。

 

トカゲの肉よりも軟らかい。

 

お魚の肉と違って骨が少なくて。

 

鳥の肉ほど大味じゃない。

 

他の場所で取れる獣は、また違うのかも知れないけれど。

 

この近くに住んでいる獣の場合。

 

兎が一番美味しいと、わたしは思う。

 

だからついつい食べ過ぎてしまう。

 

量は限られていると分かっているのに。

 

でも、お姉ちゃんはそんな私を叱ったりしないで。食べている様子を、目を細めて見ているのだった。

 

溺愛という言葉が相応しいのだろうか。

 

お姉ちゃんがとても優しいのは嬉しいけれど。

 

時々ちょっと怖くもなる。

 

でも、わたしにとっては世界で一番大事なお姉ちゃんだ。

 

野菜を食べさせようとするのは、時々困るけれど。

 

わたしは野菜が。

 

どうしても苦手だ。

 

「フィリスちゃん、何か変わった事はあった?」

 

「ううん、水晶もいつも通り取れたよ。 ちゃんと売れたって長老も言っていたし」

 

「そうなの。 それなら良かったわ」

 

やはり、何かあったのだろうか。

 

この間、お姉ちゃんがフィリス抜きでお父さんとお母さんと話して。

 

それからどうも雰囲気がおかしい。

 

お姉ちゃんは思い詰めている様子だし。

 

それに少し手傷も受けていた。

 

集中が途切れたのだと笑っていたけれど。

 

普段だったらあり得ない事だ。

 

手傷の方はすぐに手当をしたらしいけれど。傷跡がすぐに消えるわけでもない。

 

実際問題、お姉ちゃんに、お父さんがどういう状況だったのか、相手は何だったのか、詳しく聞いていた。

 

今、お姉ちゃんがいなくなると。

 

エルトナはやっていけなくなる。

 

筆頭の戦士というだけではなく。

 

どんな悪辣な商人が相手でも、臆さず商売をする事が出来る唯一の人材なのだ。

 

フィリスがいなくなっても、多分それは同じだろう。

 

だけれど、お姉ちゃんだって。街には大事な人の筈なのに。

 

「ねえ、リア姉。 外の話して?」

 

「いつもと同じよ」

 

「それでもいいから」

 

「仕方が無いわね」

 

お姉ちゃんは苦笑いすると。

 

どんな風に狩りをしたか。

 

どんな天気だったか。

 

細かく教えてくれる。

 

だけれど、妙なのだ。

 

以前に聞いた時に気付いた。

 

丸半日分くらい、お姉ちゃんは飛ばして話した。

 

何かあったのでは無いのかとぴんと来たが。

 

その疑念は、わたし抜きでの家族会議で確信に変わった。

 

今回も、何だかいつもに比べて外の話が雑というか。

 

あまり心がこもっていないというか。

 

いや違う。

 

何かとんでもない脅威が間近に迫っていて。

 

それに備えていて、余裕を持って対処できていない。そんな風にさえ感じてしまった。

 

知る限り最強のお姉ちゃんが。

 

一体何に恐怖を感じているのだろう。

 

最近は、他の外に出られる人に話を聞いても。

 

恐ろしい匪賊は姿を見せないという話だし。

 

ネームドと呼ばれる強力な猛獣はあまり近くでは見かけないと聞く。

 

邪神なんて、現れたらエルトナ全体が大騒ぎになる筈。

 

ドラゴンだったら、それこそ騒ぎになるまえに、門をこじ開けてエルトナに乱入してきて。

 

みんな食べられてしまうのではあるまいか。

 

何が起きているのだろう。

 

外の事が書いてある本にも、怖い事はたくさん書かれている。

 

ネームドと呼ばれる猛獣でさえ。

 

アダレットの騎士達が、死者を出す覚悟で戦わなければならないという。

 

ドラゴンに至っては。

 

どんな凄い魔術師でも、魔王と呼ばれるような魔族でも。基本的に刃が立たないという。

 

邪神になってしまうと。

 

国が滅ぼされてしまう事さえあるのだとか。

 

何が外に出ているんだろう。

 

でも、お姉ちゃんは無事に戻ってきている。

 

それならば、大丈夫なのではあるまいか。

 

しかしお姉ちゃんは明らかに様子がおかしい。

 

それでは、どうすればいいのだろう。

 

自分に何が出来るのだろう。

 

その日は、お姉ちゃんは休みだとかで、自室で寝ていた。

 

わたしの家は、鉱山の中でもかなり大きい。

 

わたしという稼ぎ頭と。

 

お姉ちゃんという外に出られる戦士筆頭がいるからだ。

 

お父さんとお母さんだって昔は稼いでいた。

 

だからおうちが大きい事に。

 

文句を言う人はいない。

 

でも、時々感じるのだ。

 

不満を。

 

なんであの子はあんな力を持っているの。

 

そう影で言い争っている声を聞いたことがある。

 

同年代の、既に嫁がされた子だ。

 

四歳年上の旦那さんと上手く行っていないことは聞いている。子育てに関しても、相当苦労しているらしい。

 

その子は、私が鉱物の声を聞こえる事を。

 

とても不満に思っているようで。

 

凄まじい怨念を感じて怖かった。

 

私があの子と同じ力をどうして持って生まれなかったのよ。

 

持って生まれたら、良い生活出来て、ずっと今よりいいもの食べられて、何より子育てに人生丸ごと潰すことだって無かったのに。

 

そう怒鳴るその子は。

 

昔は一緒に外の世界の本を読んだりした子で。

 

結婚するときは、結婚式に出て、祝福したりもした。

 

だから、その怨念の声を聞いたとき。

 

わたしは本当に怖かった。

 

色々な事が起きて混乱する中。

 

わたしは眠れなかった。

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