暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
天気が少しぐずついている。
良くない状況である事は、わたしにも分かった。
谷の奥を見てきたレヴィさんが、首を横に振る。
「これはとてもではないが、すぐに復旧出来る様子では無いな。 さながら悪食なる大蛇のハラワタのごとし。 岩が多数散らかっていて、手際よく運び出し片付けたとしても数日はかかろう」
「……一度撤退しましょう。 この岩を崩したことで、通る事だけは出来るはずよ」
「それが賢明だな。 人数を揃えて出直すべきだ」
お姉ちゃんに、戦士達の一人が応じる。
いずれにしても、荷車一つではどうにも出来ないし。
この人数では、護衛をしつつ岩を運び出すのも無理だろう。
更に言えば、この天気だ。
もしも二次災害が起きたらどうなるか。
想像もしたくない。
街の方は大丈夫だろうか。
アトリエを畳んだ後。
出来るだけ急いで街に戻る。
途中で雨が降り出して、街に戻った頃には本降りになった。街の方は、既に水害対策をしていたが。
ディオンさんは、それでリソースを使い切ってしまっているようだった。
長老の所に行くと。
疲れ切った顔の長老が、出迎えてくれる。
「おおフィリスどの。 谷の岩を砕いていただいたとか。 本当に感謝の言葉もありませぬ」
「いえ、とんでもないです。 それより、まだ谷にはたくさん岩が転がっていて、安全とはとても……」
「分かっております。 まず通れるようになっただけでも充分です。 それよりも、今晩は出来れば御逗留ください。 何があるか分かりませぬ」
「……」
長老の本音が何となく分かる。
水害が、更に大規模に起きる可能性があるから。
わたしを手放したくないのだ。
勿論わたしもしばらくこの街を離れるつもりはない。何ヶ月もいるつもりはないけれど、まだ数日はとても離れられないだろう。
既にここに来てから四日経っているが。
二週間以内に次にでられるだろうか。
不安になって来た。
雷が鳴る。
だが、雨はそれ以上激しくはならず。アトリエに一度籠もった後、丁度レヴィさんが来たので、話をする。
「鍵、此方になります」
「おお、きちんと仕上げてくれたか。 いにしえよりの宝物を我に導いてくれる事疑い無さそうな輝きだな」
「は、はあ……」
「報酬だ、受け取れ」
レヴィさんは、気前よくお金を払ってくれる。
ちょっと勇気が必要だったけれど。
そのまま会話を続ける。
「その、良かったら、でいいんですけれど。 護衛を頼めないでしょうか」
「ほう?」
「あの、わたし弱くて、リア姉ひとりだとわたしを守りきれないと思うんです。 それで、護衛が欲しくて……」
「かまわん。 話には聞いたが、ライゼンベルグに向かうのだろう? 俺も漆黒の風として、各地を回る一振りの刃だ。 途中の遺跡を探るにも丁度良いし、珍しいものを見られるやもしれん。 心が躍るぞ」
つまり受けてくれる、と言う事だろうか。
良く分からない言葉廻しだが、何とかなりそうだ。
後は賃金の交渉。
レヴィさんは、比較的良心的な価格を提示してくれたので。それで契約する。お姉ちゃんに、事前にアルファ商会での傭兵の相場を調べて貰ったのだ。
今の時点で、メッヘンからお金はたくさん貰っているので。
まったく賃金に不足はない。
もう何人かやとっても大丈夫なくらいである。
雨が止んできた。
かなり遅くなったが、アトリエから出て、様子を見に行く。長老に話を聞く限り、致命的なダメージは受けていない様子だ。
更に天気を読めるアモンさんが、明日以降は天気が持ち直すと言っているらしい。
それならば、明日から谷の片付けをするべきだろう。
「街の方が大丈夫であれば、谷のお片付けに出ます。 荷車を以前の石材回収の時と同じ数、護衛と岩の運び出しに、十人ほど出して貰えますか」
「分かりました、どうにかしてみましょう」
「お願いします」
長老に頭を下げると。
そのまま、今日は休む事にする。
明日は早朝からフルスロットルで動く事になるだろう。そして数日は、谷の辺りに逗留しなければならない可能性が高い。
手袋、か。
ちょっと眠る前に考えて見る。
毛皮は充分にある。
指先が出るようにはした方が良い。
この辺りの加工はお姉ちゃんと相談しながらやるとして。
回復の魔術を仕込むには。
確か理論としては、ゼッテルに魔法陣を仕込んで、それを中和剤や宝石などで増幅。常時発動するようにする、というものだった筈。
回復の魔術はお姉ちゃんが出来る筈だ。
後は、魔術を増幅するためのものだが。
エルトナ水晶が使えるか。
しかし、水晶の大きいのを手袋に仕込むと。
あまり使いやすいものにはならなくなる。
小さめに砕いた場合は。
逆に効果が薄れてしまう。
ならば小さい水晶を、魔法陣の要所に配置し。
中和剤で固定する事で。
効果を常時発動するようにするのが良いか。
メモを残しておく。
そして、メモを書き終えたら。
疲れも溜まっていたからか。いつの間にか寝落ちていた。
目が覚める。
せっかくのレシピによだれがついていないか不安だったが、大丈夫だった。いそいそとレシピをしまう。
今回は難しいが。
今後大岩を崩す必要が生じてきた場合には。
使ってみる価値はありそうだ。
外に出ると、既にアモンさんが率いる戦士達十名ほどが集まっていた。お姉ちゃんはとっくにおきている。
レヴィさんを雇ったことを告げて、以降は一緒に行動して貰う事を告げるが。
アモンさんから反対意見はでなかった。
というか、何故かレヴィさんは誇らしげである。
何故なのかはよく分からないが。
街の状態はどうかと確認したが。
幸い昨晩の大雨での被害は殆ど無いそうだ。ただ、街の復旧は完全には終わっていない事もあり、つらい思いをしている者も多いそうである。
お薬や食糧が足りていることだけが幸いか。
ともかく、インフラを一刻も早く復旧しないと。
それも過去形になってしまう。
ディオンさんがどれだけ頑張っても、それは同じだろう。
谷へ。
一昨日以上に水はけが悪かったが。
幸い、今度は島魚に出くわすようなこともなく。
谷まで特に襲撃を受ける事は無かった。
ただ。谷の方が問題だった。
何カ所かから、水が噴き出している。ちょっとばかり、まずいかも知れない。
「作業を開始……」
「待ってください、鉱石の声を聞いてみます」
「ふむ、フィリスどのがそういうのであれば」
アモンさんが、荷車をもって岩をどかそうとし始めていた人達を制止する。
わたしは耳を傾けるが。
まずい。
谷の構造に、ガタが来ているらしい。
「谷に入っては駄目です!」
「どういうことだ」
「谷が崩れかけています! 多分崩壊します!」
「! すぐに後退! 離れろ!」
アモンさんが魔術で防壁を展開。
わっと皆が下がる。
即座に崩壊するわけではないが、それでもその時は、やはりというか、確実に来た。
鉱物達が教えてくれる。
離れて、と。
それから間を置かず。
一気に谷が崩れた。
凄まじい光景だった。
一箇所に亀裂が走ると。
一気に土砂が流れ込み、谷を埋め潰して行く。
呆然としているメッヘンの戦士達。
これでは、もはやこの谷は、使う事が出来ないだろう。
そして鉱物は告げている。
更に崩れる可能性が高いと。
「アモンさん、谷の向こう側に、立ち入り禁止の立て札を作れますか?」
「うむ、すぐにやってこよう」
「フィリスちゃん、どうするの?」
「……リア姉、もうこの谷は、全部埋めちゃおう」
アモンさんが戻って来次第、すぐに作業に取りかかるべきだ。
今の崩落で、生き埋めになった人がいないかどうかは不安だが。もしそうだとしても、これではどうしようもない。
商人も、流石にこんな状況で通ろうとしなかった、とは思いたいが。
だが、アモンさんが戻ってきて、報告してくる。
「まずいぞ。 崩落に巻き込まれたキャラバンがある」
「!」
「谷に入りかけたところを生き埋めになった様子だ」
「分かりました、わたしを抱えて其処までお願いします!」
お姉ちゃんは、無言で谷の方に上がって、ひょいひょいと跳躍してついてくる。レヴィさんも、同じくらいの身のこなしを見せた。
他の人には、一旦戻って、状況を長老に伝えた後、戻ってきて貰う事にする。
どうやら、想像よりも遙かに酷い状況で。
この問題を何とかしなければならない様子だ。
現地に到着。
呻いている声が聞こえた。
岩から体が出ている人を、アモンさんが引っ張り出す。どうにか助かりそうだ。最悪の事態に備えて、ディオンさんから効果が高い薬を受け取っていたのだ。体の下半分がぐしゃぐしゃになっていたが、何とか凄まじい治癒力で、回復していく。
トリアージというのか。
お姉ちゃんがレヴィさんと協力して、谷の外に被害者を引っ張り出していく。
護衛が守ったらしく、商人であったらしいホム達は無事だが。
馬は二頭、更に引いている荷車がまるごと潰れてしまった様子だ。
お姉ちゃんが叫ぶ。
「点呼してください! 生き埋めになった人を特定します!」
「四人いない! 先頭で護衛をしていた傭兵二人と、街に行こうとしていた魔術師と、それに鍛冶士だ」
「分かりました!」
お姉ちゃんが、此方に頷く。
わたしも鉱物達の声を聞く。
まずい。
いつ次の崩落が起きてもおかしくない。
だけれども、鉱物達はわたしの味方だ。どこに埋まっているかも、教えてくれる。
わたしは目を閉じると。
詠唱開始。
鉱物をある程度魔術で操作する事が出来る。
もうちょっとだけ、崩れるのを我慢して。
鉱物達に呼びかける。
時間稼ぎくらいは出来る。
一気に消耗するが、仕方が無い。
同時に、アモンさんに、冷や汗を流しながら指示。
「此処に一人、此処にもう一人……」
「分かった、任せろ!」
「……!」
ぶつりと。
額の血管が切れる感触があった。
元々魔術が使えると言っても、こんなに大規模にやったのは初めてだ。今、崖の両側は、いつ崩れても不思議では無い状態。
それを、鉱物達に無理を言って。
踏ん張って貰っている状況なのである。
アモンさんが一人を掘り出す。お姉ちゃんが抱えて連れていく。もう一人。レヴィさんが連れていく。
生きているかは分からない。
蘇生のためのお薬もあるが。
あれは確か、完全に死んでしまうとどうにもならないと聞いている。
「其処に……少し深い所に一人! もう一人は……」
「分かった!」
アモンさんが翼を拡げると。
全身から凄まじい魔力を放出する。
恐らく、短時間に己の魔力を集中放出することで、極限まで力を強める切り札だろう。だが短時間しか使えないはずだ。
一気に掘り出す。
上手い具合に空間が出来ていた様子で、人が掘り出されてきた。だが、その側に埋まっていた馬は、グチャグチャに潰れていて、とても見るに堪えない状態だった。
集中を続けなければ。
もし集中が途切れたら。
一瞬で谷は埋まる。
後一人。
分かった。わたしの近く。でも、かなり深い。助かるだろうか。
意識が薄れかけているけれど、必死に魔術を展開しながら、アモンさんに呼びかける。
「わたしの、足下近く、かなり……深いです」
「よしっ!」
アモンさんが掘り返し始める。
もう少し。
耐えろ。
わたし、耐えろ。
言い聞かせながら、鉱物達の声を聞く。
きゃっきゃっと明るい声。
悪意はないけれど。
もうすぐ崩れるよ。
もう持ちこたえられないよと教えてくれる。彼らに悪意は無い。優しい。だけれど、だからこそ、時々残酷だ。
膝から崩れそうになる。
だが、それでも何とか耐える。アモンさんが、おおと叫ぶ。一人、荷車に隠れるようにして、埋もれていたらしい。荷車をばりばりと引き裂きながら、助け出す。大事な商品だろうが。人命には変えられない。
「これで全員か!」
「……」
わたしは、もう答えられなかった。
意識が何処かに飛んでいく。
同時に、岩が崩れ始めるのが見えた。
気がつくと。
額に薬を塗られて、寝かされていた。
アトリエの中だけれど。
悲惨すぎて、言葉が出ない。
生き埋めになっていた人達四人は、的確な措置もあって、息は吹き返したようだけれども。
一人は右腕をグシャグシャに潰してしまい、再生も出来そうに無い。
もう一人は、もう歩くことも出来そうに無い様子だそうだった。
蘇生しただけでも凄い。
そんな事は、口が裂けても言えない。
お姉ちゃんが、額の汗を拭いながら、わたしの方に来る。
「フィリスちゃん、かなり危なかったのよ。 もう少し無理をしていたら、脳が煮えてしまっていたかも」
「ええっ……」
「大丈夫、その前に意識を失ったから。 抱えて岩の崩落から助けてくれたアモンさんに感謝して」
「アモンさん、ありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げるが。
アモンさんは、苦笑する。
礼を言うのは、俺の方だと。
「もしもフィリスどのが体を張ってくれなければ、俺は一人とて助けることも出来なかっただろう。 貴殿は半人前かも知れないが、既に心は立派な錬金術師だ。 四人もの命を救ったのだ」
そう言って貰えると嬉しいが。
兎に角、もう谷は崩してしまうしかない。
それについては、見解が一致する。
アトリエは、中に人がいる状態でも収納できる。何とか外に出る。歩くことは出来たが、体がだるい。
無理をしたからだろう。
外に出て、谷を見ると。
おぞましい程に、完全に潰れてしまっていた。
人は助けられたけれど。
お馬さんや。
商品は駄目になってしまった。
ホムの商人は悲しそうだ。
きっと、とんでもない損害なのだろう。
だけれど、商人は、此方に頭を下げてきた。
「助けてくれて言葉も無いのです。 感謝するのです」
「いえ、ごめんなさい。 もっと早くに到着していれば……」
「此方も、少し急ぎすぎていたのです。 貴方がいなければ、全滅していたかも知れないのです」
お互いに謝り合う妙な構図になったが。
それでも、とにかく命が助かったことだけは事実だ。
お姉ちゃんとレヴィさんの応急処置も的確だったらしい。商人達は、生き埋めになった四人以外も負傷していて、とても手助け出来る状況になかったらしい。
ともかく、だ。
増援をどうにかして呼ばなければならない。
「アモンさん、谷の上に上がりたいのですが、背中に乗せて貰えますか?」
「ああ、構わないが、抱えていくのではだめか」
「それはちょっと、その、恥ずかしいです」
「? ああ、まあ背中に乗りたいのなら好きにするがいい。 貴殿の言う事ならば従うぞ」
お姉ちゃんが何か凄い目でアモンさんを見てるので。
とてもではないが、抱えて飛べなんて言えない。
とにかく、背中に乗せて貰って、谷の様子を見る。まだ危ない箇所が幾つかあるので、それを崩してしまう方が良いだろう。
谷の上は真っ茶色で。
生き物の気配もない。
これは、もうどうしようもない。
この谷はどうしてできたのか分からないけれど。
構造体としての終焉が来たのだ。
何カ所かで降りて貰い。
つるはしを振るう。
それだけで、脆くも谷が派手に崩れ始める。
連日の大雨で。
此処まで脆くなっていた、と言う事だ。
戦慄さえ覚えるが。
それでも、アモンさんに言われた。
「無茶は控えられよ。 姉君にも言われたとおり、脳が煮えるところだったのだぞ」
「大丈夫です、わたしには鉱物の声が聞こえるので、崩れるところを優しくつついているだけです」
「うむ……しかし少しでもきつかったらいうのだぞ」
「ありがとうございます」
アモンさんは心配してくれるが。
しかし、正直今は、兎に角商人達を無事にメッヘンに送り届けるのが先だ。
何カ所かで谷を崩し。
激しい崩落音を聞きながら、谷の向こう側に抜ける。
既に戦士達は到着していた。
人員も増えていて、ラルフさんの顔も見えた。
「何が起きた、フィリスどの!」
「俺から説明する」
わたしを岩陰に休ませると、アモンさんが説明をしてくれる。
戦士達は慄然としていたが。
いずれにしても、谷はもう崩すしかないという結論には、賛成するしか無い様子だった。もう谷そのものを埋めて、その上を通って行くしか無い。瓦礫に関しては、崩した後土を周囲から運んで、かぶせてしまうしかないだろう。
一旦合流して、商人達を護衛するべき。
そうわたしが提案すると。
戦士達も従ってくれた。
すぐにアモンさんと一緒に、アトリエを中心としたキャンプに戻る。幸い獣に襲われることもなく、そのまま現状を維持していた。
谷の崩落しやすい場所は、途中で崩してきたので。
どうにかこれ以上の崩落災害には巻き込まれないはずだが。
問題は、この瓦礫だらけの谷を、どう突破するか、だ。
此処以外の道は危険すぎて通れない。
かといって、此処を無事だった馬車と荷車を引いて通るのにはかなり無理がある。
谷は潰れているが、入り口の辺りは瓦礫で潰れている状態で。
坂になっている訳ではないのである。
この荒野で生きてきた馬は相応に頑強だけれども。
あの瓦礫を踏みしだいて、崖の上に上がるのは難しいだろう。降りるのも、またしかりだ。
考え込んでいると。
お姉ちゃんに肩を叩かれた。
「フィリスちゃん、少し休憩して。 私とアモンさんで、少し周囲を偵察してくるわ」
「でも、急がないと」
「どの道追加の人員が来ない限り身動きはとれん。 この辺りには土地勘もあるから、俺だけでいい。 妹についていてやれ」
「……分かりました」
お姉ちゃんに言うと、アモンさんは飛んでいく。
確かに今は、休むしか無いか。
すっかり空は晴れ上がっているが、周囲の空気はどんよりと沈み込むかのようだ。
これから、ずっと街を支えていた道を壊して。
作り直す算段をしなければならない。
わたしは、自分が想像している以上に、重い状況に巻き込まれたことを。嫌と言うほど思い知らされていた。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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一日で一章がいい
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更に分割して欲しい