暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
目を開けると。
お姉ちゃんの後頭部が見えた。
どうやらベッドに背中を預けたまま、眠ってしまったらしい。しばらくぼんやりしていたが。
しかしまだやる事がある。
起きだす。
顔を洗って、歯を磨いている内に、お姉ちゃんも起きて来た。
外を見ると、もう夕方だ。
半日近く眠ってしまっていた、という事になる。
野戦病院のようになっていたアトリエの中には、もうけが人はおらず。
全員が運び出され。
治療を受けていることは確かだった。
胸をなで下ろす。
長老の所に出向くと。
重役はおらず。
疲れ切った顔のまま、長老が出迎えてくれた。
「フィリスどの。 谷の件、本当に助かりましたぞ」
「いえ、まだです。 入り口と出口を整備して、通れるようにしただけです。 途中の危険地帯を全て潰さないと」
「其処までしてくれるのか」
「はい。 やりかけのお仕事を、そのままにして此処を離れられません」
当然のことだ。
それに、鉱物の声は他の人には聞こえないのだ。
長老は感謝の言葉を告げた後。
しかし、という。
「ただ、負傷者が回復しておらぬでな。 ディオンどのの見立てでは、二日は安静にしなければならぬそうだ。 皆の疲弊も限界に近い。 このまま強行軍で谷を修復しに行くのは自殺行為だし、なにより戦力が足らぬ。 その間、休んでいて貰えるかの」
「分かりました。 有難うございます」
そうか、戦力が足りない、か。
街の方の復旧は、かなり良い進捗で進んでいるようだ。
街の屋根などは直っているし。
壊れた城壁なども復旧が進んでいる。
橋も既に直ったようだし。
街中に不衛生な水たまりはもう見受けられない。
アトリエに戻ると。
わたしはもう一眠りしてから、物資の補給をすることをお姉ちゃんに告げる。そして、翌朝まで、しっかり眠った。
疲れは、ある程度取れた。
先に起きていたお姉ちゃんが、お肉を出してくれる。
だけれど、お野菜もあったので、ちょっと困った。
お野菜も食べやすくはしてくれるのだけれど。
それでも苦手なものは苦手だ。
だけれど、お姉ちゃんは、時々じっと無言のまま、笑顔で見つめてくる。
そうされると、昔から染みついた恐怖で逆らえなくなる。
言われたままお野菜を食べると、いつもの優しい笑顔に戻る。
怖い。
「フィリスちゃん、それでどうするの?」
「ええと、今日一日は戦士達の休養をとると聞いたから、今のうちにお薬と発破を調合しないと。 お薬は材料が足りないから、ちょっとそれが不安だね」
「清らかなる野の恵みであれば心当たりがあるが」
「ふえっ!?」
いきなり割り込んでくる声に驚くが。
レヴィさんだった。
いつの間にか、当然のように食卓に一緒についている。そういえば、お姉ちゃんもレヴィさんの分の食事は出していた。
「え、ええと、素材が取れそう、と言う事ですか?」
「そうとも言える」
「分かりました、まずは補給から、ですね」
「私も行くわ」
呆れた様子で、お姉ちゃんがついてくる。ただし、食事の後を片付けてから、だが。
まず外に出て。
言われた場所に案内される。
ちょっとした丘になっていて、水害の被害を免れたらしい。この辺りは、錬金術師であるディオンさんが緑化しているらしく、緑が豊かだ。
荒野に点々としかなかった緑とは、密度が段違いである。
丁寧に、薬草を採取していく。
見た事がない薬草もあったので、図鑑を見ながら採取。
足下にも気を付ける。
無闇に薬草を傷つける何て言語道断だ。
木もあって、実も生えていた。
その辺りは農場になっていて。
「桃」と呼ばれる果実を栽培しているらしい。
だが、この間の水害で、傷がついたものが出たらしい。
傷がつくと痛みが早くなるらしく、出荷はできないという事で。幾つか分けて貰った。そこそこ太った気がよさそうな農場主のおばさんは、わたしの活躍を聞いているらしく、こんなものでよければ幾らでもと、喜んで分けてくれた。
それらを素材にして。
お薬を作る。
後、ディオンさんの所に様子を見に行き。
アトリエにいたので、頭を下げて、レシピを見せて欲しいと頼んだ。
驚くディオンさん。
「どうしたんだい、フィリスさん」
「獣に噛まれて病気になった人を、わたしではどうにもできませんでした。 まだ分からなくても、作れなくても、いずれその時が来た時のために、レシピだけでも知りたいんです。 秘伝のものかもしれませんが、お願いします」
「勿論教えるよ。 君にはこんな未熟なレシピではなくて、達人の作ったレシピの方が絶対にあうはずだ。 だから僕の方が申し訳ないくらいだよ」
ディオンさんも恐縮して、レシピを出してくる。
見せてもらうと。
なるほど、確かに見れば分かる、というレシピだ。
というかとても分かり易い。
恐らく、ディオンさんは本当に苦労に苦労を重ねて試験を受かったのだろう。頼りないけれど、だからこそに血がにじむほど努力をしなければならなかったのだ。その結晶がこのレシピ。
未熟なレシピなんかじゃない。
他にも何種類かの薬があったので。
全て頼んで写させて貰う。
これで、少しは出来る事が増えた。
研究ノートも見せてもらう。
頷ける事が多い。
これは、ひょっとすると。
応用すれば、色々出来る事が増えるかも知れない。
メモをせっせと取るわたしを見て。
ディオンさんはむしろ恐縮していた。
恐縮するのはこっちの方なのだけれど。おかしな話である。
とにかく、レシピを見た後。
早速お薬を作る。
何セットかのお薬を作った後。
発破も補充し。
インゴットを少し増やしていたら。
もう外は暗くなっていた。
明日から、谷の後始末に出なければならない。
この後始末については、少しばかり考えがある。
だけれども、とにかく現場に出向いてからだ。
長老には、夕方に話をして、復帰した戦士も含めて、人夫を借りる手続きも済ませた。
これを終わらせない限り。
この街を離れることは出来ない。
ライゼンベルグの位置についても確認したいし。
出来れば推薦状だって欲しい。
そういう欲もあるが。
全ては後回しだ。
一通り準備が終わった所で。
一休みする。
また、あの道の所で。
誰かが困っているかも知れない。
少なくとも、ちょっと坂がある、程度の場所にまで落ち着かせない限り。
わたしは此処を離れてはいけないのだ。
以前と同規模の戦士達に加え、八人ほどの人夫と一緒に出る。人夫はいずれも既に現役を引退した戦士だったり、或いは子供だったり。今回の件で、少しでもお金を稼ぎたいと考える人達だ。
歩きながら、アモンさんが話をしてくれる。
「酷い状態の街だと、姥捨てという風習があってな」
「うばすて、なんですか」
「……既に労働力にならなくなった老人を殺す風習だ」
「!」
絶句するが。
しかし、お外の恐ろしさは散々見てきたのだ。
あっても不思議では無いだろう。
アモンさんは壮年の魔族だが。
壮年と言う事は、人間で言う老年くらいの年月は生きている。
各地で色々なものを見てきてもおかしくは無いのだろう。
「子供が勉強できる機会もあまり多く無い。 錬金術を使える人間が、勉強が出来るという事態そのものが、奇蹟に等しいのでは無いかと俺は考えている」
「……そんな世界、変えないと」
「そうだな。 俺たちも頑張っては来たが、自然と闘うだけで精一杯だ。 だが、ディオンどのが来てくれて、少しは良くなった。 このまま少しずつ良くしていきたいものなのだが」
改めて思い知らされる。
憧れていたお外は。
嘘っぱちだったのだ。
すてきな世界にすてきな冒険。
そんなものは存在しなかった。
だが、だからこそ。
わたしは。
授かった奇蹟の力と、奇蹟のチャンスを生かして。
戦わなければならない。
でも、本当にそれは。
奇蹟なのだろうか。
ソフィー先生はとても丁寧に教えてくれた。でも、そのソフィー先生が来るタイミングが、あまりにも完璧すぎたのでは無いのだろうか。
時々疑問も浮かぶ。
外があまりにも思っていた場所と違う事もある。
だが、それはやはり。
わたしがまだまだ、色々足りないから、なのだろう。
知らなければならない。
現実を。
戦わなければならない。
現実と。
わたしは、歩くために。
外に出てきたのだ。
谷だった坂が見えてきた。
一旦休息を取る。今回は、この間助けた商人達に、馬車を借りてきている。埋め合わせにはとてもならないが。メッヘンの方で提案したのだ。馬車を、インフラ整備のためにレンタルさせて欲しいと。
勿論商人は受けた。
商品の何割かを失ってしまって、ただでさえ大損なのだ。
少しでも取り戻したいと思うのは、彼らとしても当然の道理だろう。
ただ、馬車を失う訳にもいかない。
此方としても、作業に細心の注意を払う必要がある。
坂をまず馬車で上がる。
雨が降っても大丈夫なように、踏み固めて起きたいけれど。
この坂の斜度なら、多分崩れる事はないだろう。
坂の上に上がると。
まだ谷が彼方此方に残っている。
向こうから、護衛数人を連れた商人が来た。軽く話をする。立て札による忠告を読んでくれたらしい。それを聞いて安心した。
商人は徒歩だったが、坂を上がるのは大丈夫だったらしい。その代わり、やはり彼方此方谷が残っている箇所は危なく感じたと言われた。
落ちないように木でも植えるか。
それとも徹底的に崩すか。
そのどちらかしかない。
商人の護衛に、かなり大きな斧を持っている女性がいた。パワフルな戦士だと思って、見とれてしまう。
向こうは此方に気付いていなかったが。
いずれにしても、荷車で運んでいる荷物だ。相当な高級品なのだろう。普通商人が街を行き来する場合、馬車を使うと聞いている。
商人が見えなくなってから。
作業を始める。
まだ埋まっていない谷を確認し。鉱物の声を聞く。
少しずつ、順番に。つるはしを振るって壊して行く。
崩落する岩石。
崩れ落ちる谷。
元々この谷は、相当に脆くなっていたのだろう。
それにこの間の大雨がとどめを刺した、というわけだ。
崩れる度に、大量の水が噴き出す場面もあって、冷や冷やさせられた。
だが、少しずつ。
確実に崩していく。そして崩した後は、周囲から土砂を持ってきて、埋める。そして、瓦礫を踏んでも大丈夫なようにならしていく。
いっそのこと、この谷を。
全て平らにしてしまうべきだろう。
今後雨が降ると、変な水たまりが出来てしまうかも知れない。そういった場所には、変な獣が住み着くかも知れないからだ。
「アードラだ!」
護衛が声を上げ。
人夫達を守る。
上空で旋回しているアードラに、ウコバクさんが火球の魔術を叩き込み、爆裂させた。アードラは大きなダメージを受けたわけではないようだが、面倒くさがったのか、距離をとる。
それでいい。
そのまま距離を詰められていたら、どちらにも不幸な結果しか待っていなかった。
「少し広く崩れます! 離れてください!」
「下がれ! フィリスどのは岩の声を聞く! 崩落に巻き込まれるぞ!」
戦士達は、既に作業を見ているからか。
わたしに連携して動いてくれる。
人夫達も最初は半信半疑だったようだが。
わたしがつるはしで崖を崩していくのを見て、すぐに本当なのだと悟ってくれたようで、やりやすい。
そのまま岩を崩し続け。
埋めていく。
間が悪いことに。
空に大きな雲が出始めた。
街の方は大丈夫だろうかと思ったけれど。
此処を整備するのが先だ。
下手に今戻ると、却って邪魔になる可能性もあるし、あれが何も大雨を降らせるとも限らない。
かなりの人が動いているのだ。
安易な判断は出来ない。
勿論判断は早い方が良いだろうが。
目立つところを崩し。
そして、激しい崩落を八度発生させた。
大きめの崩落が起きると、かなり大きなまま、残ってしまう岩石も目立つ。あまりにも目立つ岩石は、砕いてしまう。
つるはしが痛んできたのが分かる。
如何にわたしが鉱石の声を聞けるからと言っても。
これはもともと、随分使い込んでいるつるはしだ。
最小限の力で鉱石を崩せるとしても。
あまりにも使いすぎれば、それはその内駄目になってしまうのも、仕方が無い事なのだろう。
崩落を起こした後は、アモンさんが浮き上がって、強烈な蹴りを地面に叩き込む。
そして二次崩落が起きないことを確認してから。
人夫達が土砂を運び込む。
彼らの体力だって心配だ。
荷車に土砂を運び入れるのは若者や壮年の仕事だとしても。
子供や老人は、それを運ぶだけでも一苦労。
だが今は、メッヘンが大変な事になっている状況である。
子供も老人も。
悲しい話だが、働ける範囲では働かなければならないのだ。
この様子を見ていると。
外に出ても。
あまり世界は変わらなかったことが分かって、ちょっと悲しい。
子供が学問を出来るのだったら。
或いは才覚を発掘できるかも知れない。
お外の事が書かれていた本には。
お勉強をする子供達のための施設が書かれていたりもしたけれど。
レヴィさんに聞いたところ。
そんなものは、大きな街の裕福な子供くらいしか、通うことが出来ないのだという。
それは良くない。
できれば、多くの子供が学問を学べるようにすれば。
この世界は少しでもマシになる筈だ。
錬金術師だって増やせるかも知れないし。
魔術の才能だって発見しやすくなるだろう。
どろだらけになって働いている子供や老人を見ると。
悲しくなる。
陽の光さえ浴びることが出来ず。
動き回っていたエルトナの人々と。
何がどう違うのだろう。
不意に、鉱石が警告を発してくる。
派手に崩していたからか、奥の方で大規模崩落が起きる予感だ。
「すぐに此方に! 大規模崩落が起きます!」
「急いで逃げろ!」
戦士達に先導して貰い、人夫達を下げさせる。
ほどなく、凄まじい地鳴りと共に。
谷のまだ触っていない辺りが、派手に崩れた。
どうっと凄い音がしたが。
水が流れる音もした。
やはりここのところの大雨で、変な風に水も溜まっていたのだろう。それが、繰り返される崩落で刺激されて。
一気に谷を崩したのだ。
様子を見に行く。
谷の半ばほどが。
完全に、広い範囲で埋まっていた。
崩す手間が省けたとは言えるが。
まだ少し様子を見るべきかも知れない。
「アモンさん、地盤の確認をお願いします。 他の人は、整地作業を……」
「いや、作業を一旦止めた方が良いのでは無いのか。 まだ数カ所、崖の崩落が起きる可能性がある場所が残っている。 それらが全て同時に崩落を起こしたら、この谷だった丘が、一気に崩れる可能性も」
「……分かりました。 聞いてみます」
鉱石の声に耳を澄ませる。
今のところ、其処までの大規模崩落の恐れは無さそうだ。みんな落ち着いた声を出してはいる。
だが、崩落の可能性がありそうな声も聞こえるには聞こえる。
後、警告の声も聞こえた。
やはり獣が様子を見に来ているようだ。
あれだけどっかんどっかん崩しているのだから無理もないが。
「フィリスちゃん、焦るのは禁物よ」
「リア姉、ありがとう。 ……分かった、それならアモンさん、先に崩すところを崩しましょう」
「連鎖しての大規模崩落を防ぐのだな」
「はい」
アモンさんの背中に乗せて貰って、周囲の様子を確認する。
そういえば。
これも、空さえ飛べれば別に問題なく出来るのだろうか。
空を飛ぶ。
ちょっと考えて見ても良いかもしれない。
旅だって、随分楽になる筈だ。
一度、皆の所に戻る。
手を叩いて、注目を集めてから、指示を出す。
「あの辺りから、先には行かないようにしてください。 これから崩れる可能性がある場所を、全て崩してしまいます
「分かった。 土砂もあの先には行かないようにして集める」
「お願いします。 しばらくは、土砂を瓦礫にかぶせて、平らにすることだけを考えてください」
わたしのお願いを、きちんと聞いてくれるのは嬉しい。
そのまま、残った場所を平らにしに行く。
一番危ない場所から順番に崩落させ。
谷を埋める。
時々大きめの獣が此方を見ていたが。
お姉ちゃんとレヴィさんが目を光らせていて。
此方には近寄る隙を作らなかった。
崩しては下がり。
アモンさんがきちんと崩れたかを確認し。
更に崩しては距離をとる。
夕刻になる頃には。
崩す作業は一通り終わり。
谷だった地形は消滅。
文字通り、丘へと変わっていた。
後は、変に水が溜まらないように。土砂をならしていくことが大事だが。
それと同時に、わたしは彼方此方を回って声を聞いていく。土の下に変な空洞が出来ていると、崩落が起きる可能性があるからだ。
何カ所か空洞があるようだけれども。
大きさとしてはどうと言うこともない。
アモンさんに思い切り踏んで貰ったけれど。
一応、崩れる事はなかった。
崩れたとしても、人一人が埋まるくらいの穴が出来るくらいだろう。
木でも植えて、目印に出来ればいいのだけれど、そうもいかないか。この辺りには緑がない。
何か植物の苗を持ってきたところで。
恐らく何も育つ事はないだろう。
植物を育てるノウハウも。
出来ればディオンさんに聞きたいが。
そこまで何でもかんでも聞くのは非礼にあたるかも知れない。ただでさえ、秘蔵のお薬のレシピまで貰ってしまったのだ。
それにソフィー先生は、自分で考えた方が伸びると言ってくれた。
わたしは、考えるべきなのだろう。
一度アトリエを展開。
人夫を収容。
アトリエを見て、皆驚いていたが。
もうそれには慣れた。
戦士達も、交代でアトリエに入り、休息して貰う。水周りもあるので、お湯を沸かして、体を綺麗にしてもらい。
お姉ちゃんに魔術で回復をしてもらう。
アモンさんもウコバクさんも回復魔術は使えないので。お姉ちゃんにちょっと大きめの負担を掛けるが。
こればかりは仕方が無い。
幸い、蒸留水ではないものの、そこそこ綺麗な水はメッヘンで補給してきている。
飲むのは厳しいが、体を綺麗にするくらいは大丈夫だろう。
わたしも奥でさっさとぬらした手ぬぐいで体を綺麗にすると。
少し休む事にする。
そういえば、お風呂も外では普及している場所があるらしいけれど。
メッヘンでは少なくとも見かけなかった。
この辺りでは。水をまだ其処まで自在に使えていない、と言う事だ。
燃料の類も足りないのだろう。
街の周囲が森だらけ、という状態なら話も違うのだろうが。
少なくとも、メッヘンが其処まで緑化に成功しているようには見えなかった。
まだまだ工夫がいるのだろう。
アトリエにも水周りはある。
上手く工夫すれば、お風呂は作れるのかも知れない。
そうなれば、もっと遠征が楽になる可能性は高かった。
お姉ちゃんに言われて。
早めに休む。
できれば、明日中に。
作業は完成させたい。
翌朝から、雨が降り始めた。
小雨だ。
大雨になる可能性も少なそうだと判断。
最後の仕上げに取りかかる。
昨日の時点で、埋めるべき場所の七割は埋めてしまっている。後三割ほどを地ならししたら、もはや作業は必要ない。
急げ。
声が掛かる。
だが、そもそも人夫を護衛しつつ。
土砂で瓦礫を埋めてならしていく、という作業そのものが重労働なのだ。
わたしはお姉ちゃんとレヴィさん、アモンさんに護衛を頼んで、「元」谷を見て回り、雨の中でも崩落の怖れが無いかを徹底的に確認する。
ほどなく、「元」谷である丘は、安全と判断。
後は邪魔な瓦礫を埋めてしまうだけだ。
目立つ岩をそれでも徹底的に砕き。
たまに出てくる使えそうな鉱石を回収していく。
それにしてもこの特徴的な谷。
どうして出来たのだろう。
話を聞くと、昔は此処に川が流れていたのだという。
「見たと思うが、メッヘンの側にある川は暴れ川でな。 昔は今の比では無い被害をだしていたのだ。 ディオンどのが来てから、川の彼方此方に堤防を作ってくれて、これでもだいぶ被害は減ったんだがな……」
「川って、ずっとあっちですよね。 昔はこんな所を流れていたんですか!?」
「そういうことだ。 恐ろしいだろう」
アモンさんは何度も見たと言う。
川からは離れられないから、暮らしていくしかない人々が。
大雨が起きる度に、家ごと流され、家族を失う様子を。
酷いときは長老一家がまとめて流され。
街が機能不全を起こし。
其処に攻め寄せて来た匪賊と、決死の戦いを行い。
街の戦士の半数近くを失った事もあったという。
公認錬金術師が。
どれだけ人のために必要か。
わたしは再確認させられる。
だけれど、わたしが公認錬金術師になって。例えば、ソフィー先生くらいの実力を身につけたとして。
それで世界を変えられるのだろうか。
ソフィー先生くらいの力があれば、街の一つや二つを救う事なら簡単だろう。
だけれど、街の十や二十になればどうだろう。
五十六十は。
わたしには。
できるのだろうか。
そもそも街と言っても、メッヘンやエルトナと、二大国の首都では規模が違いすぎるとも聞いている。
そんな街をどうにかする次元まで。
わたしの実力は。
本当に伸びるのだろうか。
「今は、要所要所に堤防がある。 反乱が起きても、街を直撃することはなくなった」
「でも、この間の水害は」
「それでも、あれだけの被害が出ると言うことだ。 邪神に我等が勝てない理由が分かる気がするだろう?」
「……」
自然そのものが悪意を持った存在、邪神。
そういうものだと聞かされている。
錬金術師の、それも腕利きでないと勝負にもならないと。
確かにあの街の有様を見る限り。
その通りなのだろう。
そして世界を変えていくと言う事は。
邪神といずれ戦わなければならないことも、示しているのだろう。
目を擦る。
もう少しで、埋め立てと地ならしが終わる。
雨も少し強くなってきた。
「アモンさん、人夫の皆を、雨から守れますか」
「まあ無理ではないが」
「お願いします」
後の護衛は、お姉ちゃんとレヴィさんに頼む。
一緒に見て回り、丘の彼方此方から水が出ている様子を確認。ただし崩落の危険はない。ならした辺りをしっかり見て回って、何処も大丈夫だと確信してから。
谷の出口にある立て札を回収する。
これで、何とか。
メッヘンへのインフラは回復したと見て良いだろう。
大きな溜息が出た。
公認錬金術師は。
みんなこんなことを、いつもしているのだろうか。
場合によってはドラゴンと戦わなければならない。
前に倒した獣たちなんて比較にもならない、ネームドともやりあわなければならない。
そうしなければ。
あっという間に街なんて蹂躙されてしまう。
怖いけれど、それが現実なのだ。
わたしは、その現実と戦って行けるのだろうか。
雨が本降りになる。
鉱石の声を聞きながら、アトリエに戻り。戦士の皆も、最低限の見張りだけ残して入って貰う。
こんな状況では、流石に獣も活動しないだろう。
匪賊の方がむしろ心配だが。
彼らでさえ、暴れ川が健在のこの辺りでは。こんな天気の時には活動したがらない筈だ。
でも、それでも万が一を考えなければならない。
だから、見張りを残さなければならないのは、色々心苦しかった。
翌朝には雨は引いたが。
地盤はぬかるんでいて。
撤退だけで難儀した。
だが、アモンさんに上空から丘を見てもらったが。変な水たまりが出来ているような事も無く。崩落の類も起きていない。
わたしでも鉱物の声を聞くが。
危険を知らせるものはなかった。
何とか一段落か。
メッヘンに引き上げて、それから。
少し、良いものでも食べたかった。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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一日で一章がいい
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更に分割して欲しい