暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、人の造りし静寂

ドロッセルさん以外にも、休憩所には人が来た。ドナという街は、これだけの森に守られているだけあって、相応の規模らしい。主に商人が通りがかる。アルファ商会の人もいたし、そうでない人もいた。

 

メッヘンの水害や、水害からの早期復旧の話は既にドナにも届いているようで。

 

わたしの事も知っている、という商人もいた。

 

少し恥ずかしい。

 

それで、色々足りない物資を売って貰いながら、情報交換。

 

メッヘンでは殆ど出来なかった事を、今のうちに全て片付けてしまう。錬金術の修行も含めて、である。

 

既にエルトナを出てから一月近くが経過してしまっているが。

 

それでも生活に苦労は覚えていない。

 

この休憩所に入ってから三日。

 

休憩所の側には、川から引いてきたらしい水場もあり。

 

コレを使って、足りなくなっている蒸留水を大量に造り。

 

その蒸留水を使って、お薬を作る。

 

この水場の水はとても澄んでいて。

 

今まで見たどの川の水よりも綺麗だった。

 

蒸留水を作る時は、色々と汚れが最終的に釜に溜まってしまうのだけれど。

 

此処の水は、露骨にその汚れが少ない。

 

これがとても助かる。

 

また、お薬も、いざという時に備えて、作れるだけ作ってしまう。

 

今までと違って、病気に備える薬や、化膿止め、熱冷まし、毒消しなども、作れる種類は全て作る。

 

メッヘンで思い知らされた。

 

本当に、錬金術師は、熟練した戦士百人分の活躍が出来る。

 

わたしみたいなひよっこでもだ。

 

だからこそに、今のうちに腕を磨いておく。

 

助けられる人がもっと増えるはずだ。

 

困っているのはエルトナの人だけじゃない。

 

きっとこの世界。

 

もっとたくさんの人が。

 

苦しんで、困っている。

 

ドロッセルさんも言っていたけれど。

 

公認錬金術師がいない街は悲惨だと言う話だし。

 

いずれ、そういう街にも出向いて、どうにかしたい。

 

何よりも、わたしは思うのだ。

 

そもそも、わたしは運良く余裕がある家庭に生まれた。鉱物の声も聞くことが出来た。

 

でも、そのどっちか片方でも欠けていたら。

 

きっと、もう結婚させられて。

 

子供を産んで、育てていただろう。

 

この世界は優しく何てない。

 

わたしは運が良かっただけ。

 

だったら、その運を少しでも生かして。

 

他の人のために。

 

世界を少しでも優しくしなければならないのだ。

 

一通りレシピの品を造り。

 

蒸留水も蓄えた。

 

かなり忙しかったが。

 

それでも、メッヘンで修羅場に巻き込まれ、揉まれていた頃に比べれば全然楽だ。多数の知らない人に囲まれて、いつ死んでもおかしくない状況にあったのだ。あの時に比べれば、なんぼ楽だか分からない。

 

ドナから来る人は、殆どの場合護衛を連れているが。

 

怪我をしている例はほぼ無かった。

 

つまり、森の中の獣たちは。

 

余程の事が無い限り、人間には仕掛けてこない、と言う事だ。

 

メッヘンとは別方向に向かう人が大半らしく。

 

森を出た後は南に行くとか、西に行くとか、そういう話を商人にされる。

 

取引を持ちかけられる事もあったので。

 

少し余った薬なども売る。

 

現時点では、アルファ商会の品と比べても、ギリギリ合格のラインである事は確認できている。

 

商人は、質が低いと文句を言うことは無かったが。

 

ただ、言われる。

 

「ドナの街のお薬に比べると、流石に雲泥なのです。 ただし、水準の品質なのです」

 

「ドナの街の錬金術師は、やっぱり凄いんですね」

 

「恐ろしいけれど凄い人なのです。 この規模の森になると匪賊が必ず住み着くのに、今もいないのです」

 

ホムの商人はそう言う。

 

つまり、匪賊も。

 

この森に入ると死ぬ事を認識している、と言う事で。

 

更には老齢だという話だけれど。

 

未だにドナの錬金術師であるオレリーさんという人は、それだけの凄まじさを誇るのだろう。

 

ライゼンベルグの公認錬金術師でも十指に入ると言う話だけれど。

 

話を聞く限り、今からちょっと怖い。

 

ともあれ、適正価格でお薬を取引し。

 

満足した様子で、商人はその場を去る。

 

アルファ商会が最近は流通網を作ってくれていて。

 

良心的な価格設定を定着させてくれているそうで。

 

商人は皆助かっているという。

 

ただ、商人が去った後。

 

レヴィさんはぼやく。

 

「確かに今までに比べれば良心的だがな。 それでも金持ちか、街ぐるみでしか手が出ない値段なんだよ……」

 

わたしは、何もそれには答えない。

 

レヴィさんがあの楽しそうな口調で喋っていないときは。

 

思うところがあるときだと気付いているからだ。

 

今のうちに。

 

もう少しでも。

 

出来る事は、しておきたい。

 

それには、レヴィさんとも良い関係を築いておきたいし。

 

やるべき事は、やっておくべきだった。

 

 

 

手袋の後、鉱石を磨いて、宝石を作る。

 

宝石と言っても、エルトナから持ち出した鉱石、つまり水晶の原石から作り出したものだから、それほどの高級品では無いけれど。

 

エルトナの水晶は強い魔力を込める事が出来る。

 

つまり、魔術の媒体としては優秀だと言う事だ。

 

このエルトナの水晶を、錬金術で更に変質させ。

 

常時魔術を発動させるための媒体とする。

 

少しずつ体力が回復し、力も強くなる手袋は作れたので。

 

更にそれを改良しようと思ったのだ。

 

手袋に、水晶をセット。

 

少し手の甲に違和感があるので、何とか調整。最終的に、毛皮と工夫して、違和感も圧迫感もなく、手袋を身につけられるようにした。

 

全身の力をある程度強化出来るようにし。

 

更にその倍率を少しずつ上げる。

 

外に出て、自分で実験。

 

つるはしが前より更に軽い。

 

走るのは大の苦手だったのだけれど。

 

それも、前とは比べものにならないほど早く走れた。

 

これは良いかもしれない。

 

ただ、前に比べて、旅を続けて、ある程度からだが頑丈になった、というのは間違いなくあるだろう。

 

わたし自身も。

 

ある程度強くなってはいるのだ。

 

そろそろいいだろう。

 

蒸留水も充分補給したし、休憩所を離れる事にする。ドナの街は、此処から歩いて二日ほどだと聞く。

 

つまりそれだけの森林を、オレリーさんという人は十年程度で作った、と言う事だ。

 

どれくらいの技量なのか、正直見当もつかない。

 

休憩所を出た後は、また無言に戻る。

 

わたしを真ん中に、前をレヴィさん。後ろをドロッセルさんが。右をお姉ちゃんが守る。

 

左については、常にドロッセルさんが目を光らせて、一緒に監視してくれた。

 

この人の技量は、お姉ちゃんも認めていたし、レヴィさんも同じだったが。

 

明らかに、今のわたし達三人をまとめたより上だ。

 

それだったら、一時的な護衛でも、来てくれるのはとても嬉しい。

 

そのまま、まっすぐ半日ほど歩くと、また休憩所があるが。小さな規模で、そのまま素通りした。

 

休憩所で話して事前に情報は得ている。

 

ドナの街からは、三方向に街道が延びていて。

 

その内北東に進む街道を行くと、この近辺でもっとも大きな街に出るという。

 

その街はラスティンでも有数の大都市で。

 

巨大な湖に隣接しており。

 

流通の中心だとか。

 

だが、この街で今大きめの問題が起きているとかで。

 

商人達は。この街を回避する方向で流通のルートを構築することに必死。

 

皆、相当に苦労をしているとか。

 

二つ目の休憩所で、丁度日が暮れた。

 

森の中にいると、夜闇の侵食も凄まじく早い。

 

夜になると、森の中で鬼火が彷徨っているのが見える。

 

あれは多分、噂の幽霊だろう。

 

距離さえ保っていれば襲ってこないのだけが幸いだ。

 

森の中にいると、幽霊さえ好戦的にはならなくなる、ということか。

 

よく分からないけれど。

 

この世界は、そういう仕組みなのだろう。

 

休憩所でアトリエを展開する。

 

途中でアトリエを出たドロッセルさんが、鹿を担いで来たので。外で捌く。休憩所なので、危険は気にしなくて良い。

 

わたしも夜目は効く方だけれど。

 

ドロッセルさんは、もっと平気らしくて。

 

鹿も背後から忍び寄って、一撃でしとめたらしかった。腕力が凄そうなのに、意外と繊細な戦い方をする人だ。或いは、凄腕とは、そういうものなのかも知れない。

 

鹿を捌くのはわたしがやる。ドロッセルさんが小首をかしげたが、経験を積みたいというと納得してくれた。

 

錬金術師としても経験は必要だが。

 

外で生きていくためには、あらゆる知識が必要だ。

 

それに錬金術師としても。

 

どんな風に素材を生かすか。

 

それを知るためには、素材を直に知らなければならない。

 

どんな動物の、どんな部位で。

 

生きているときには、どのように役立っているかも。

 

理解しなければならない。

 

動物由来の素材は。

 

植物由来ほど、大事にしなくても良い、みたいな風潮はある。

 

荒野に幾らでもいる獣と違って。

 

限られた状態でしか緑は存在しないからだ。

 

だが、わたしはそれも違うと思う。

 

動物は生きているのだ。

 

だったらその命に敬意を表さなければならない。

 

そして敬意を表すためには。

 

自分の手で、命を奪った後にも、扱わなければならない。

 

知らなければならないのだ。

 

残酷だから止めようなどと言うのは論外。

 

無邪気にわたしがおいしいと食べていたウサギのローストも。

 

お姉ちゃんが必死になって仕留めてきたものを、料理していたことが分かった今である。

 

お外が地獄である事も、今はもう知っている。

 

それならば。地獄を少しでも良くするためにも。

 

地獄をそも知らなければならない。

 

それはわたしの義務だと。

 

メッヘンで水害と闘いながら、わたしは思うようになった。

 

情けない事に、まだ完全に一人では作業が出来ないけれど。

 

手伝いは最小限にして貰う。

 

木を組んで、鹿を吊す。

 

だいぶ獣を捌いたからか。

 

かなり手際が良くなってきている。

 

お姉ちゃんも褒めてくれたが。

 

まだまだこの程度で満足していてはいけない。

 

内臓のより分けとか。

 

血抜きとか。

 

手際がそれほど良いとは言えないし。

 

皮を剥ぐのも、もっと上手に出来るはずだ。

 

鹿肉を皆で食べて、あまりはコンテナに。コンテナは、入れば入るほど、その広さに驚かされる。

 

どれだけ詰め込んでも、まるでいっぱいになる気がしない。

 

或いはこの不思議なアトリエの中で。

 

最も広い部屋なのではあるまいか。

 

軽く休む。

 

そして、翌日も歩く。

 

また一日、しっかり歩いて。

 

ふと気付く。

 

歩けば歩くほど。

 

歩くことになれて、疲れが溜まらなくなっていることに。

 

この様子だと、もっと旅慣れれば。

 

殆ど疲れずに、歩くことが出来るようになるのかもしれない。

 

いずれにしても、わたしはもっと鍛えなければならない。メッヘンの戦士達は、とくに強いというわけではないらしいけれど、それでもみんな、わたしなんてモヤシに見えるくらい逞しかった。

 

わたしは錬金術師だから、というだけで護衛を受けていただけで。

 

そうでなければ、あの中では鉱物に関する特殊能力を持つだけの役立たずだった。

 

それではだめだ。

 

お姉ちゃんの負担を減らすためにも。

 

いずれ自分で、自分を守れるようにならなければならない。

 

今は武器も杖だけれど。魔術を磨くか、或いはもっと何か殺傷力の高い武器を見つけないといけないだろう。

 

お姉ちゃんに弓を習ったり。

 

レヴィさんに剣を習ったり。

 

どちらも、視野に入れておくべきかも知れない。

 

森は視界が効かない。

 

それでも迷わないのは、立て札がしっかり立てられていて。

 

しかもその立て札は、錬金術で保護されているらしく。朽ちたりも、汚れたりもしていないという事だ。

 

触ってみたが、何だかつかみ所がなくて。

 

引き抜くことも出来そうに無い。

 

悪意のある第三者。

 

例えば匪賊など、にも備えているのだろう。

 

所々に、明らかに普通とは違う鳥も飛んでいる。

 

あれはひょっとすると。

 

ドナの街で、飼い慣らしている鳥なのかも知れない。

 

常に上空を警戒し。

 

危険な存在が近づいたら、警戒の鳴き声を上げるのかも知れなかった。

 

ドロッセルさんはのほほんとしているが。

 

この森の中。

 

かなり怖い、とわたしは思った。

 

多分全てが、ドナの街の錬金術師である、オレリーさんの掌の上、なのだろう。

 

全てを掌握するほどの凄腕だ。

 

どれほど怖いのか、見当もつかない。

 

不安は多い。

 

前は、水害で大変な事になっていたから、ひよっこでも歓迎してくれた。

 

だがディオンさんも言っていた事が本当だとすると。

 

ドナの方は、錬金術師の到来が珍しくもなく。

 

更に、錬金術師なんていらない(何しろ超凄腕がいるのだから)、という可能性が極めて高い。

 

もう一つの不安は。

 

鉱物の声が遠い、と言う事だ。

 

わたしにとって、この柔らかい土に覆われた森の世界は、ホームグラウンドとは言い難い。

 

鉱物達の声はずっと下から、弱々しく聞こえてくるばかりで。

 

迷子になったら、それでアウトの可能性も否定出来ない。

 

そして最大の不安は。

 

凄く怖い人だったらどうしよう、という事だ。

 

わたしはお姉ちゃんに守られてばかりだ。

 

でも、それでは駄目なことくらい、わたしが一番分かっている。

 

だけれども、やっぱり凄く怖い人に怒鳴られたりしたら、涙目になると思うし。

 

一人で猛獣と相対する事になったら、まだ足が竦んでしまうと思う。

 

不安しか無い中。

 

黙々と歩く。

 

看板を見たお姉ちゃんが足を止めて、ハンドサイン。

 

見ろ、と言う事だ。

 

ドナまで間もなく。

 

そう書かれていた。

 

 

 

街の長老が錬金術師と言う事で、いきなり会いに行くのも失礼だろう。それに何より真夜中だ。

 

街には城壁もなく。

 

驚くべき事に、水路が縦横に走っていた。

 

水路を流れる水はとても清らかで。

 

魚さえ泳いでいる。

 

そして街の中央に見える木は。

 

天をも突くほど高かった。

 

街は円形を中心とした整備が為されていて。

 

エルトナは当然として。

 

メッヘンよりも、何倍も何倍も大きく。

 

夜中だというのに、明るく。

 

人々も行き交っていた。

 

「相変わらず賑わってるねえ」

 

ドロッセルさんが楽しそうに言う。そして、メモを取り始めた。

 

お姉ちゃんが、宿を取るか、それともアトリエを展開するか聞いて来たので、アトリエにすると返答。

 

宿はお金が掛かる。

 

アトリエでも、普通に休む事が出来るのだし。

 

何より慣れている場所で休む方が気楽だ。

 

ちなみに寝具はかなりの人数分があるので。

 

寝泊まりにはまったく困らない。

 

お姉ちゃんが街の人と話をして。

 

フリースペースになっている空き地を見つけてくれた。

 

其処にアトリエを展開。

 

錬金術を見慣れているのか。

 

わたしがアトリエを展開しても、驚く住民はいなかった。

 

わいわいと楽しそうに騒ぐ声が聞こえる。

 

お酒でも入っているのだろうか。

 

エルトナではお酒なんて、年に一度のお祭りでしか飲む事が出来なかった。

 

お外では、毎日飲めるような場所があるのか。

 

驚きだ。

 

アトリエの中に入ると、ドロッセルさんにお礼。

 

「護衛有難うございました。 三人だとまだ心細くって」

 

「いやあ、此方こそ。 近場に人がいれば気配を辿って近づけるんだけれど、私の迷子ってほら、筋金入りでしょ。 いっつもフラフラ彼方此方彷徨ってて、お父さんとも今はぐれててさ」

 

苦笑いをするドロッセルさん。

 

そして、嬉しい申し出をしてくれる。

 

「よかったら、しばらく護衛しようか? ライゼンベルグに行くのも、お父さん探してるから、だから」

 

「良いんですか?」

 

「いいよ。 ライゼンベルグに行けば、お父さんいる可能性高いしね」

 

助かる。

 

幸い、お金には今の時点では困っていない。

 

後は賃金の交渉だけれど、レヴィさんと同額でまとまった。というよりも、ドロッセルさん、賃金にずぼらで、もの凄い安い金額を提示してきたので、此方から慌てて提案した位である。

 

多分だけれど、凄腕だからお金には困っていないのだろう。

 

今回は仕事ですらなく。

 

ただの旅行感覚なのかも知れない。

 

「あの、ネームドやもっとおっかない猛獣とも戦う事になるかも知れないですけれど、いいんですか」

 

「大丈夫大丈夫。 それよりも、フィリスちゃんの方が、その装備で大丈夫? しっかり錬金術の装備で身を固めないと危ないよ」

 

「はい、それは分かっています……」

 

「じゃ、私は寝るから。 明日からは街をふらついているから、手がいる時に声を掛けてね」

 

女性用の寝室と決めている部屋に、ふらっと行ってしまうドロッセルさん。

 

お姉ちゃんが、その背後を見送った。

 

「頼りになるね」

 

「……出来すぎてるわ」

 

「え?」

 

「ううん、何でもない」

 

早めに寝るように言われて。

 

私も寝ることにする。

 

言われなくても、足がかなり痛い。

 

良い靴を貰ったのに。

 

この靴も、改良が必要かも知れない。

 

そうだ。

 

靴底に、回復の魔術を仕込むのはどうだろう。

 

そうすれば。

 

より容易く、長距離の踏破が出来るようになるはずだ。靴そのものの強度も上げれば、石とか刃物とかを踏みつけて、身動き取れなくなる事態を避けられるかも知れない。

 

ソフィー先生に貰ったこの靴。

 

とても立派で、頑丈で、使いやすいけれど。

 

普通に良質の皮と布を組み合わせただけのものだ。

 

魔力を感じる事はない。

 

分解については、多分出来ると思う。

 

ならばコレを改良すれば。

 

それと、出来ればだけれど。

 

いずれ、空路を行けるようになりたい。

 

錬金術を上手に使えば、空を飛ぶことだって出来るのでは無いかと、わたしは思っている。

 

高高度を飛ぶのは難しいかも知れないけれど。

 

敵の上を取ることが出来れば、それだけ戦いでは有利になる。

 

頭上からフラムを降らせれば。

 

人間が相手ならば、それで勝ちはほぼ確定だ。

 

考えている内に。

 

睡魔が勝る。

 

やがてわたしは。

 

眠りに落ちていた。

 

夢の中でディオンさんが働いている。川の恐ろしい氾濫に悩まされなくなったメッヘンの街の人達は、幸せそうにしていた。

 

 

 

朝、起きだすと。

 

レヴィさんとドロッセルさんには、自由行動を提案。わたしは、お姉ちゃんと街の長老の所に行く事にする。

 

門前払いされる可能性もあるし。

 

とても怖い人の可能性もある。

 

だから、できるだけ、朝は早くが良いだろうと思ったのだ。

 

それにトラブルになる可能性や、待たされる可能性もあるから。

 

護衛の人を、退屈させるのも悪いと思ったのである。

 

二人は頷くと、街にふらっと消えた。

 

朝、日が出てから歩いてみると。

 

やはり凄い規模の街だ。

 

真ん中にある木は、一体どれだけの年月を経ているのだろう。

 

ひょっとすると、この木だけは天然物で。

 

此処から森を拡げた可能性もある。

 

いずれにしても10年で、これほどの規模の森を作ったのだ。

 

相当な傑物。

 

ライゼンベルグでも十指に入る錬金術師というのも頷ける。ソフィー先生に劣るとも思わないけれど。

 

それでも、間違いなくとても凄い錬金術師なのだろう。

 

街の人に聞いてみる。

 

話しかけたのは、これから木こりに出るらしい獣人族のおじさんだが。

 

獅子の顔をしたおじさんは、眉をひそめた。

 

「オレリー長老の所に行くのか? まさか錬金術師か、ちっこいの」

 

「はい」

 

「おっかねえぞ。 あの人、ドラゴンの撃破スコアだけでも二桁、邪神を倒している数少ない現役錬金術師なんだ。 怒鳴られて逃げてく錬金術師を、今年だけでもう三人も見てる」

 

「ひえっ……」

 

ドラゴンを二桁倒している、ということは。

 

最低でも十匹以上倒していると言うことだ。

 

それは凄い。

 

普通の人間では、ドラゴンには何をやっても勝てないと聞いている。

 

そんなドラゴンを十匹以上。

 

それは、この超強そうな獅子顔のおじさんに怖れられるのも分かる。この人も木こりのようだが、剣を帯びているし、戦士だろう。それなのに、あからさまに怖いと言っているのだ。

 

「ど、どうすればいいですか」

 

「どうっていってもなあ。 まず阿諛追従の類は絶対に避けろ。 あの人は、錬金術師と接するときは、実力だけを見る。 前にもの凄く恐ろしい錬金術師が来たんだがな、実力を見て、さっさと推薦状を渡していたくらいだ。 錬金術師はまず実力、って考え方なのさ。 だからもう結構いい年なのに、自己研鑽にも余念がない」

 

「へえ-……」

 

「だから最低限の礼儀を守って、話をして、長老の課題をクリアすれば良い。 それで認めて貰えるだろう。 だけれど、あの人に認めて貰うのは骨だぞ……。 俺が知る限りでも、ここに来る錬金術師の二十人に一人も認めて貰えないな」

 

青ざめるわたしを残して。

 

獅子顔の獣人族は、木こりに出向く。

 

見ると、魔族も数人混じっている。

 

ホムもいた。

 

ホムが肉体労働をするのは珍しいのだけれど。たまに身体能力が高いホムもいると聞いている。

 

或いは、自分から意図して、そういう生き方を選んだホムなのかも知れない。

 

数字に強い分肉体が弱いホムは、商人の道を志すのが普通だけれど。

 

肉体労働を選ぶ権利も、多分あるはずだ。

 

いずれにしても、この街には。

 

そういった選択肢がある、と言う事が分かって。

 

わたしは感心した。

 

教えて貰った長老の家に出向く。

 

アトリエは空いているようだったので、ノック。

 

顔を出したのは。

 

もの凄く厳しそうな顔をしたおばあさんだった。

 

眼光は鷹のように鋭く。

 

そしてわかる。

 

この人、今でも現役の戦士だ。

 

ドロッセルさんを見た時も強さは分かったけれど。多分お姉ちゃんとレヴィさん、ドロッセルさんが束になっても勝てないのではないのか。

 

それくらいの圧を感じた。

 

「なんだい、朝早くから」

 

「あ、あの、すみません。 わたし、フィリス=ミストルートと言います」

 

「そのフィリスが私になんのようだい」

 

「わたし、公認錬金術師試験を受けようと思っているんです。 それで、推薦状をいただきたくて……課題があるなら、挑戦したいんです」

 

怖くて身が竦むけれど。

 

それでも何とか言う事が出来た。

 

とにかく厳しい視線を向けてくるオレリーさんは。

 

はんと、鼻を鳴らす。

 

そして、名乗った。

 

「まあいい。 名乗られたなら名乗るのが礼儀さね。 私はオレリー=ブルッホ。 あんたが思うとおり公認錬金術師で、推薦状を書く資格も持っている。 そして推薦状を書くためには、あんたの力量を見せてもらう必要がある」

 

「はい、頑張ります」

 

「私の主義は一つ。 実力主義。 それだけだ。 少し前に、北にあるメッヘンで、水害の対応に流れの錬金術師が活躍したって聞いたが、特徴が一致する。 あんただろう?」

 

「えっ!? は、はい」

 

もう知っていたのか。

 

いや、道中、通りすがりの商人が知っていたのだ。

 

知っていてもおかしくは無いか。

 

恐縮するわたしに、だがオレリーさんは厳しい事を言う。

 

「しばらく水が濁って困ったよ。 蛇行している川を無理矢理直進させたね」

 

「そ、それは水害を避けるためで……」

 

「方法は正しいが、下流にどんな影響があるかは考えな。 まあ私がどうにかしたから、もうそれはいい」

 

どうにかしたのか。

 

どうやって。

 

とにかく、凄いのだと言う事は分かった。実際、今もドナの街の水は、澄み渡るように美しいのは事実だ。

 

「だが、それだけのことをしたのなら、第一関門は突破だ。 次は、ドナの街で、どれだけ動けるかを見せてもらおうか」

 

「は、はいっ!」

 

「……今、街の南にある洞窟に、ネームドが住み着いている。 如何なる手を使っても良いから、これを駆除しな」

 

血の気が引く。

 

ネームド。

 

あのグリフォンの死骸を思い出す。

 

獣とは隔絶した実力を持つ、世界の災厄。

 

強い者になると、弱めのドラゴンに匹敵する存在までいるという。

 

「街の戦士を数人貸す。 此奴らだけでもネームドは駆除できるくらい鍛えてはあるが、それでもあんたが足手まといになったら手傷を受けることになるかも知れない。 まずはこの課題をやり遂げてみな」

 

顎をしゃくられる。

 

いけ、というのだろう。

 

なお、戦士達は、宿に行けば話を通してくれるという。

 

わたしは頷くしかなかった。

 

足が震えている。

 

いきなり、ネームドとの戦いをしろと言われた。

 

だが、いつかは通らなければならなかった路でもある。

 

顔を上げる。

 

これから、わたしは。

 

世界の理不尽の。

 

そのほんの一端と。戦わなければならないのだ。

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