暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
エルトナ水晶がたくさんとれたので、その日の仕事は早めに切りあげになった。
鉱山を掘りすぎると、いずれ水晶が尽きるのでは無いのか。
そういう話も大人達がしている事がある。
今の時点では。
どれだけ地下を掘っても、水晶はわたしの願いに答えるように出てくる。
だから今は大丈夫だ。
だけれど、わたしがもっと年を取ったとき。
わたしがお母さんになって。
子供達が、わたしと同じくらいの年になった時。
まだ水晶はあるのだろうか。
何より、わたしの不思議な力はその時まだ健在なのだろうか。
だいたい、そもそもこんな閉じた空間が、まともだとはわたしにさえ思えない。
わたしは外を知らないけれど。
外を書いている本は、此処とはあまりに違う世界を例外なく書いている。
いずれもだ。
だったら、ここはどうしてこうなのだろう。
のそり、のそりと。この街の顔役の一人である老魔族が、側を歩いて行く。
この人は基本夜に仕事をするのだけれど。
たまに気が向いたとき、街にある魔術の灯りを確認して回っている。
とにかく寡黙な人で。
性格的に戦士に向いていないと、自分で何度か口にしたのを見た事がある。
大きくて肩車もして貰った事があるけれど。
とても小さなわたしに優しくて。
多分性格的な問題で、殺し合いに向いていないのだろうと、わたしは思っている。
その老魔族が、灯りをチェックして、遠ざかっていく。街の灯りを全部チェックし終えたら、寝るのだろうか。
「グリゴリの爺さん、呆けちまってるな……」
「えっ」
側でぼやいたのは、門番をしている戦士の一人だ。わたしが子供の頃から遊んでくれた。今では二児の父親だけれど、わたしには前と変わらず接してくれる。
「年も魔族の限界年齢近い190歳だ。 そろそろ、いつ亡くなっても不思議じゃない」
「そんな……」
「悲しい話だが、魔族だって人間の一種。 ヒト族よりはずっと長生きだが、寿命があるんだよ。 そして寿命に近づけば、呆けるもんなんだ。 それはもっと長生きなホムだってそうなんだよ」
「……」
老魔族は、この街で唯一の魔族。
ホムは数人いるが、小さな経済を回しているだけで。
あの人のように、灯りを管理する仕事をしているわけでは無い。
魔術が使えるヒト族は何人かいるけれど。
みんなあんなに腕は良くない。
獣人族はみんな戦士で。
お姉ちゃんのように外に出ては、獣を狩ったり、植物を採集して戻ってくる重要な実働戦力。
街の灯りの管理なんて、出来る状態ではないし。
そもそも獣人族の魔術師は、あまり数が多くないとも聞く。
この街にいる魔術師はみんな老魔族を除けばヒト族で。
それもみんな灯りを付けるような魔術に向いていないとなると。
一体どうなってしまうのだろう。
「この街、どうなってしまうの?」
「高給で魔術師を雇うしかないかもな。 錬金術師なんて来てくれるはずもないし」
「……」
「錬金術師がいればなって、街の人は誰も思ってる。 だけどな、ライゼンベルグで公認錬金術師制度ってのが始まってから、山師同然の錬金術師はいなくなった代わりに、錬金術師の数は凄く減ったそうなんだ。 大きめの街でも引っ張りだこらしいのに、こんな小さな街に、ましてや存在を知られているかも怪しい街になんてな……」
声には強いあきらめがあった。
魔術は比較的使える人が多いけれど。
使うには修練もいるし。
得意不得意もある。
わたしは鉱物の手を借りる魔術が得意だけれど。
灯りをつけて、それを管理する魔術なんてとてもではないけれど使えたものじゃない。魔術は万能じゃない。魔術に触ったことがある人は、誰だって知っている程度の事だ。無知なわたしでも、である。
お姉ちゃんは回復の魔術や、自分を強化する魔術が得意だけれど。
同じように灯りを維持できるかと言えば、それは多分無理。
お母さんは確か氷の魔術が得意だとかで。
これも灯りなどには決定的に向いていない。
とぼとぼと歩く。
今日の仕事はないとは言え。
どうしたらいいのだろう。
今お姉ちゃんがいるから。
相談するべきなのだろうか。
でも、相談しても、難しい。
お姉ちゃんは聡明な人だけれど。どうしても、この街の事と、わたしの事を第一に考える人だ。
よそから魔術師を呼び込む話なんて。
どうすればいいのか。
いつの間にか。
街の外れに来ていた。
看板が立っている。
この先には行くな、というものだ。
近くに湖が見える。
あの湖には、恐ろしい水棲の猛獣がたくさん住み着いているから、水を得るのも大変だし。
何より看板の奥には。
お父さんが退治しに行く猛獣が沸く場所がある。
どうやって猛獣が沸いているのかは分かっていないらしいのだけれど。
それでも、もし遭遇してしまったら。
幾ら魔術をある程度使えると言っても。
殺し合いなんて、わたしはやった事がない。
勝てるかどうか、自信なんてなかった。
見上げる。
少しだけ空が見えるけれど。
薄暗い。
天気というのがあるらしいとはお姉ちゃんには聞いている。
きっと天気は機嫌が悪いのだろう。
機嫌が良いときは、青く澄んだ空が見られるのだけれど。
それさえもかないそうになかった。
家に戻る。
足が重く感じる。
騒ぎが起きていたので、顔を上げると。
老魔族を、何人かで押さえ込んでいた。
「グリゴリどの! 此方には灯りはない! 戻るんだ!」
「そうだったかなあ」
「そうです、だから」
「でも、灯りをつけなければならないからなあ」
嗚呼。
確かにこれは呆けてしまっている。
ねじくれた角が頭にたくさん生えている老魔族は。
自分が言われている事も正確に理解出来ていないし。
そもそも、自分が何処にいるのかも、よく分かっていないようだった。
それでいながら、今でも普通の人間より遙かに力が強いのだから、周囲も抑えるのに必死だ。
「もう今日の仕事は終わりました。 帰りましょう!」
「食事は用意しましたから」
「もう食べたような気がするのだが」
「気のせいです。 ほら、大丈夫ですから、帰りましょう」
不意に。
老魔族が真顔になる。
周囲から。妙な声が聞こえた。それが、鉱物達が警告しているのだと、わたしは知っていた。
慌てて走って、転びそうになりながら、岩陰に隠れる。
ごっと、もの凄い音を立てて、火の玉が目の前を通り過ぎ。
湖に着弾して、爆発した。
湖から、人間よりずっと大きな魚みたいな獣が跳び上がったのは、驚いたからだろうか。
それが気絶したのを見計らってか。
無数の獣が水面に現れ。
気絶している獣に群がり、貪り喰い始める。
凄まじい音と共に、あっという間に湖面が真っ赤に染まっていくのが、遠くからでも分かった。
小さく悲鳴を上げながら、わたしは頭を抑える。
老魔族の雄叫びが聞こえた。
「わしをどうするつもりだ! 捕らえて殺すのか!」
「抑えろ! 錯乱されている!」
「さては処刑した匪賊の生き残りだな! ゆるさんぞ! エルトナに手を出そうとする悪党はみんな殺してやる! 此処はわしの大事な街だ!」
「抑えてグリゴリさん! 匪賊なんていない! みんな貴方の大事な子供達だ!」
男衆が出てきて、老魔族を押さえ込み。縛り上げて連れていく。
それでも暴れていた老魔族だけれど。
やがて大人しくなり。
すすり泣き始める。
「ああ妻よ、どうして先に逝ってしまった。 お前をわしから奪った匪賊どもを殺しても、どうして心は晴れないのだ……」
「グリゴリさん、大丈夫、大丈夫だから」
「わしももうすぐお前の所に……いやだ、でも死にたくない……わしは死にたくない……!」
言っている事も全て支離滅裂。
昔のあの人は。
もっとまともだった気がする。
でも、わたしの目の前にいるあの老魔族グリゴリさんは。
もう完全に呆けてしまって。
現実をきちんと認識も出来ないし。
奥さんが亡くなった理由になった匪賊が、とっくに死んだ事も忘れてしまっているようだった。匪賊達を殺したのは、あの人だとわたしでも聞いているのに。
気付く。
わたしのすぐ側の岩が。
凄い熱量で溶けえぐれていた。
鉱物達に教えられなければ。
わたしがああなっていたのだろう。
そして、湖には。
もはやあの大きな獣の骨さえ残っていなかった。骨も残さず、湖に住む動物たちが、喰らっていったのだろう。
涙が零れてきた。
この街は。
もう未来がない。
鉱石は出るかも知れない。
わたしが頑張れば。
儲けはあるかも知れない。
でも、街を支えてきた老魔族はもう限界。
新しい灯りを管理できる人を雇うとしても、どうすればいいのか、わたしにさえ分からない。
家に着くと。
心配した様子で、お姉ちゃんが駆け寄ってきた。
「何かあったの? グリゴリさんが暴れたって聞いたけれど」
「怪我はしていないけれど、グリゴリさんがもう呆けてしまっていて、喋る事も支離滅裂で……」
「仕方が無いわ、もう限界年齢に近いのだもの。 それに奥さんは匪賊に殺されて、お子さん達はみんな別の街に行ってしまったのよ」
「この街は、どうなってしまうの?」
涙が零れてくる。
お姉ちゃんは抱きしめて頭を撫でてくれるけれど。
それは幼児に対する接し方のようだ。
わたしも、もうだだをこねるだけの幼児じゃない。
「リア姉、止めて。 何か、方法があるなら教えて。 わたしがすごく頑張って、灯りの魔術を覚えれば良いの? それとも、もっといっぱい鉱石を掘り出して、灯りの魔術が使えるような魔術師を雇えば良いの?」
「そんな事は考えなくてもいいわ。 大人である私達が」
「わたしだって、もう子供じゃないもん!」
不意に、頭の中の何かが切り替わるのを感じた。
わたしはむかしから。
何か感情が高ぶると、いきなりぶつりとキレるのだ。
これはどうしようもできない事で。
とても悲しかった。
すぐに気付いて、ごめんなさいと謝るけれど。
お姉ちゃんは口を引き結んでいた。
「同い年くらいの子は、みんな結婚して子供だって産んでたりするんだよ。 わたしは鉱石の声が聞こえるから、街にとって大事だからそうしなくていいって言われているだけで、他の子達はみんな街のために体を張ってるんだよ。 どうしてわたしだけが、大事に大事に守られているの? 街にとってお金を稼ぐ大事な存在だから?」
「それは……」
「リア姉、わたし、もう子供じゃないよ。 街がこのままだと駄目になっちゃうことくらい、わたしにだって分かるよ。 どうすればいいの。 教えて。 方法があるのなら、するから」
「リアーネ、フィリス」
不意に声が掛かる。
お父さんだった。
お母さんも悲しそうに此方を見ていた。
「大声を出してはいかんよ。 ただでさえグリゴリさんの様子がおかしいんだ。 みんな不安になるだろう」
「ごめんなさい。 でも……」
「確かにフィリス、お前はもう子供じゃないのかも知れない。 だけれども、出来る事はあまり多くないんだ。 今日は兎のローストでも食べて休みなさい」
その美味しいローストの材料のお肉だって。
優先的に回して貰っていることを知っている。
わたしはこの街にとって。
どれだけ大事なのか。
他の子達が妬むのだって当たり前だろう。
その日は。
もう何も言わず、夕食にした。
兎のローストは大好物の筈なのに。
味がまったくしなかった。
街がざわついている。
朝一番で仕事を終わらせて、わたしはぼんやりと歩いていた。とはいっても、歩いているだけで、すぐに街を回り終えてしまう。
そんなものだ。
この小さな街には。
その程度の広さしかない。
歩いて行けない場所は。
危ない所だけだ。
危ない所には見張りが立っているし。
獣が入ってこないように、お父さん達が処理をしている。
時々獣の断末魔も聞こえる。
荷車が行くのが見えた。
生活用水を、あの湖に取りに行くのだ。とにかく危ないから、大人が何人も見張りにつきながら、作業をするのである。
わたしは、ぼんやりとそれを見つめる。
声が聞こえる。
それだけしか出来ない。
魔術だって、外の獣に通じるか分からない。
外に出たいなと憧れる事もあったけれど。
しかし、街の現実をこうやって毎日見せられると。
そんな事、口には出来ない。
我が儘で、とても卑怯だ。
特別な力が無い子は、人生を選ぶ事だって出来ない。子供を産む事がどれだけの負担になるか。子育てがどれだけ大変な事か。
そんなのは、小さな街だから、わたしだって知っている。
いつの間にか。
街の門の前に来ていた。
ぼんやりと、分厚い門を見上げる。
お姉ちゃん。
わたしを子供扱いしないで。
わたしだって、何かできることがあるならしたい。
魔術の勉強をいっぱいして、灯りを付けられるようにすればいいの。
それとも、もっといっぱい声を聞いて、鉱石をたくさん掘り出せば良いの。
今、家にお姉ちゃんはいるけれど。
それでも、わたしはどうしてか。この門に、語りかけることが多かった。
門番は今いない。
ちょっと所要だとかで離れた様子だ。
ぼんやりと門に歩み寄ると。
外から、声が聞こえた。
「ここかなー? おーい、中に誰かいますかー?」
妙に明るい声。
聞いた事がない声だ。
怖い。
知らない人は、どうしても怖い。
いつも知っている人としか接していないから、わたしは怖くなって、岩陰に隠れた。
「誰もいないのなら、開けますよー?」
「ちょっとソフィー、何をするつもりですか!?」
「大丈夫大丈夫、もう壊しても因果反転して直せるし」
「貴方はっ!?」
何だろう。
もう一人外にいるのだろうか。
震えながら隠れていると。
いきなり。
門が。
魔族でも、押しても引いても壊れそうにない門が。
外から、消し飛んでいた。
もの凄い音と共に。
門が木っ端みじんになり、周囲に残骸が降り注ぐ。
何だ。
何が起きた。
岩を砕くときに使う発破でも、こんな火力、出るの見た事がない。こんなの、それこそドラゴンのブレスや、邪神が使うような人外の魔術でなければ、再現不可能なのではないか。
外のものらしい光を背負いながら。
誰かが門につながる階段を下りてくる。
それが、どうしてか。
とても凄まじい存在感を持っていて。
わたしの目を釘付けにしていた。
わいわいと、街の人達が集まってくる。
武装している人も多くいた。
「な、何だっ!」
「ああ、大丈夫ですよ。 返事がなかったので、ちょっと入らせて貰いました。 あたしは錬金術師のソフィー=ノイエンミュラーと言います」
「錬金術師ッ!?」
皆の声が裏返る。
私も、思わず岩陰から顔を出していた。
そこにいたのは、お姉ちゃんよりちょっと背が低くて、もう少し年上くらいの人だった。
髪の毛は若干ぼさぼさだが。
妙な落ち着きがあって、とてもきれいな人だ。
街の誰とも違う格好をしていて。手には杖を持っているが。
分かる。
今、門を木っ端みじんに消し飛ばしたのは、この人だ。一体どうやったのか、さっぱり分からない。
魔術ではこんな火力は出せない。
魔王と呼ばれているような魔族でも無理だろう。
「この扉、使っているようなら直しますよ」
「あ、当たり前だ! ……て、直す?」
「こうやるんですよ」
錬金術師と、ソフィーと名乗った人が、背負っていたバックパックから何かを取り出す。
それは砂時計のように見えた。
それをひっくり返すと同時に。
驚天の奇蹟が起きる。
周囲に散らばっていた門の残骸が浮き上がり。
元の場所へ戻っていくのだ。
そして気付く。
どうやらもう一人の仲間らしい、落ち着いた雰囲気の女性が、門の側に立っている事に。
門は見る間に元の場所に残骸を集めて行き。
爆発して、木っ端みじんになった光景を逆廻しにするようにして。
元に戻った。
誰もが言葉もない。
わたしもだ。
「これで信じて貰えましたか?」
「も、門を確認!」
「……大丈夫、壊れていません」
「ね?」
周囲を見回すソフィーという人。
誰もがあっけにとられて、男衆も武器を降ろしていた。
そして、わたしは気付く。
ソフィーという人の目が。
まるで深淵のように。
そう、あの湖の奥の、見えない暗闇のように。
暗く濁っていることを。
でも、分かる。
これが圧倒的な力そのもの。
錬金術とは、力なのだとも。
恐怖がわき上がってくるのと同時に、何か別のものも心の中からわき出てくるようだった。
もし、この力を手に入れる事が出来れば。
ひょっとすれば。
この未来がない街を。
どうにか出来るのではあるまいか。
口を押さえる。
笑いが零れそうになっている事に気付いたからだ。
だが、それでも。
笑いはどうしても、零れてしまった。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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一日で一章がいい
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更に分割して欲しい