暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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フィリスの比翼の友となるイルメリアがこの話より登場します。
彼女は錬金術の「名門」の出ですが、そんなものを鼻で笑い飛ばす圧倒的才能の持ち主であるフィリスを見て、苦悩し続ける事になります。
それはそれで、色々思うところある自分を押し殺して常にフィリスと的確に連携して動けるのだから、年齢からは考えられないほどに大人ではあります。


凶獣猛攻
序、脱出


もういやだ。イルメリアはそう思って実家を飛び出した。

 

そもそも実家は、古い時代から続く富裕層。こういった「由緒正しき」富裕層は、あまり存在していない。

 

そもそも今住んでいるライゼンベルグを首都とする国家ラスティンでは(事実上ライゼンベルグ国だが)王政も貴族制もなく。それにも関わらず古くに滅びラスティンに統合された国の貴族の名前を未だに引きずって、「フォン」何て称号を名前につけて喜んでいる実家の人間は大嫌いだったし。

 

何よりイルメリアに異常な成果を求め。

 

徹底的な帝王教育を施そうとしてくる両親も大嫌いだった。

 

兄や姉と自分を比べ。

 

才能がない。

 

ならばそれ以上に努力しろと。

 

顔を合わせる度に言ってくるのもいやだった。

 

貴族なんて実体が無いものを未だに誇り。

 

とっくに滅んだ国の栄光を引きずり。

 

公認錬金術師試験も突破して当たり前だとふんぞり返っている割りに。

 

結局自分の地盤がある街に住み着いて、一族で利権を独占している。

 

そして結局頼っているのは錬金術の力。

 

貴族の誇りなんて何の意味もないと自分で認めているようなものだ。

 

そんな家の人間達がイルメリアは大嫌いだったし。

 

家を飛び出したときはせいせいした。

 

だが、それでも。

 

錬金術は好きだし。

 

錬金術師として、実家が実績を上げていることも分かっていた。

 

実際問題、イルメリアの故郷の街は豊かで。

 

利権を一族が独占しているとは言え。

 

悪徳官吏も悪徳商人もおらず。

 

飢えて死ぬ民もいなければ。

 

ドラゴンの襲撃を何度か撃退している実績もある。

 

錬金術はそれほどまでに圧倒的な学問なのだ。

 

流石に邪神を撃破した実績はないが。

 

それはライゼンベルグの公認錬金術師でも、選ばれた超一流の中の超一流しか成し遂げていない事だ。

 

仕方が無い、といえば仕方が無いのである。

 

ともあれ家を飛び出したイルメリアは。

 

心配してついてきたメイドを一人だけ連れて、今は馬車に小さな小屋を積み。旅をしている。

 

小屋の中には錬金釜。

 

非常に狭いが、此処がイルメリアのアトリエだ。

 

移動中は調合も出来ないし。

 

悪路も通れない。

 

だが、一族はどうやってか。或いは高度錬金術の産物でか、イルメリアの居場所を突き止めて。

 

手紙を寄越してくる。

 

自分で公認錬金術師を目指すのは感心だ。

 

試験には必ず合格するように、と。

 

自分は常に正しい。

 

だからその正しい道を娘も歩むべき。

 

兄や姉がそうだったように。

 

そういう考えが透けて見えて。

 

手紙は見るのもいやだったが。

 

恐ろしく有能な配達業者が、必ず手紙を届けてくる。

 

生活は出来ている。

 

これでも錬金術師、それも自分以外一家全員が公認錬金術師の家の者だ。幼い頃から徹底的に基礎は叩き込まれている。アルファ商会で販売されている、水準品質の薬よりマシなものだって作れる。爆弾だって同じ事だ。

 

自炊の類は出来ないが。

 

それに関しては、錬金術師の仕事では無い。

 

元々、イルメリアのために見繕われたらしいメイドであるアリスはとても優秀で、炊事洗濯あらかたやってくれる。

 

非常に感情が乏しくて、殆ど喋る事は無いのだが。

 

戦闘では双剣を振るい、危険地帯を通るときに雇う傭兵にもまるで遅れを取らないし。

 

少なくとも錬金術に専念は出来る。

 

ただ、イルメリアは、アリスを信用できない。

 

幼い頃から一緒にいるし。

 

ずっと家事もしてくれる。

 

困っているときには必ず助けに来てくれたし。家族に叱られた後は側にもいてくれた。

 

だけれど、愚痴を言ったり。

 

悩みを打ち明けたり。

 

そういう事は出来そうに無い。

 

なんだろう。

 

赤い髪を腰まで伸ばしている、この同い年のヒト族のメイドが。

 

時々人だとは思えなくなるのだ。

 

怖いのだ。

 

おかしなことと言えば。

 

同じような容姿のメイドと執事が、それぞれ姉と兄にもついている、という事である。

 

しかも性格もそっくりで。

 

何だか時々怖くなる。

 

同じ家系の出、というにはいくら何でも似通いすぎている。

 

錬金術の奥義に、ホムンクルスという人造生命の創造があるらしいが。それは公認錬金術師どころか、ライゼンベルグでもトップの錬金術師にも出来るか怪しい。噂に聞く深淵の者のトップや、それに匹敵する実力者なら或いは手が届くかも知れないが。

 

間違ってもイルメリアの親にはそんな事が出来る技術なんて無いし。

 

ましてやアリスはイルメリアと一緒に育ってきている。

 

ホムンクルスではないはず。

 

だが。一緒にいて感じる無機質は何なのだろう。

 

それが時々怖くなるのだ。

 

アリスは優しい。

 

イルメリアが一人でいるための時間だって作ってくれる。

 

いつもベタベタしている訳では無いし。

 

時々ネゴの類もしてくれる。

 

大人として接してくれているはずなのに。

 

幼い頃から一緒にいるはずなのに。

 

どうしてアリスに時々いい知れない恐怖を覚えるのだろう。生理的なものとはまた違う恐怖を。

 

どうして信頼するべき相手に感じてしまうのだろう。

 

ふと気がつく。

 

空模様がおかしい。

 

さっきまで晴れだったのに。

 

馬車から顔を出す。

 

だが、平然と商人達は行き交っている。それが普通のことであるかのように。

 

一人を呼び止めて聞いてみる。

 

ホムの商人である、隊商のリーダーらしき人物は。

 

イルメリアを錬金術師とみたからか。

 

決して若年でも侮らなかった。

 

「空模様がおかしいようだけれど、どうかしたの」

 

「この先はフルスハイムなのです」

 

「え……」

 

そんな事は知っている。

 

フルスハイム。

 

ラスティンでも重要な戦略拠点都市。ライゼンベルグほどの規模は無いが、それでも万を超える人口を誇り。この街を守るために、多大な犠牲を払いながら、邪神を倒した事もあるという。

 

そんな大都市の事、知らないはずもない。

 

だが、当たり前のように言われて、流石に動揺する。

 

「行く先の事は調べておく方が良いのですよ、錬金術師の方。 現在フルスハイムでは、大きな問題が発生しているのです。 商人はフルスハイムを迂回するルートで、商売を構築することに躍起なのです」

 

「ちょっと、詳しくお願いするわ」

 

「此方も急いでいるのですが」

 

「……チップを渡せば良いかしら?」

 

比較的良く出来た傷薬を渡す。

 

商人は出来を手早く確認すると、頷いた。

 

「フルスハイムは巨大湖に隣接する水運と水産業の街だと言う事は知っているかと思うのです」

 

「それはもう、当然」

 

「その巨大湖が、一切合切使い物にならなくなったのです」

 

「……はあっ!?」

 

流石に愕然とする。

 

後は見て確かめろと言われて、呆然と商人を見送ることになった。

 

御者のアリスが、抑揚のない無機質な声で言う。

 

「イルメリア様。 如何なさいますか」

 

「と、とりあえず状況を確認しないと……」

 

「分かりました。 そのままフルスハイムに向かいます」

 

水運が完全に停止しているだと。

 

フルスハイムは、近辺のインフラの中核だ。湖には多数の船が行き来し、沿岸にある幾つかの街と物資を運搬している。

 

その湖に一体何があった。

 

近くに出る。

 

空模様は更に怪しくなっていた。

 

そして、左手に見える。

 

完全に朽ちた街。

 

遺跡とかしているそれは。

 

噂に聞く、以前現れた虹神ウロボロスとの死闘の跡だろう。

 

邪神を滅ぼす程の戦いだったのだ。

 

伝説に聞く雷神ファルギオルほどではないにしても。

 

ライゼンベルグから精鋭の錬金術師を連れて来て、その大半を失うほどの死闘になったと聞いている。

 

街が一つ消し飛んだのも。

 

仕方が無いのかも知れない。

 

しかも復興も為されておらず。

 

今も無惨な姿をさらすばかりだ。

 

この街の残骸には、夜には多数の霊が徘徊し。

 

錬金術の産物で、野生化した道具類が彷徨き。

 

ネームドの猛獣が彷徨いてもいるという。

 

とんでもない危険地帯が。

 

第二都市とも言えるフルスハイムの至近に放置されているのである。

 

ラスティンという国家が、如何に自治に頼っているかの証明であり。

 

事実上手綱も取れていない事の証明でもある。

 

イルメリアは、やがて目にする。

 

想像を絶する光景だった。

 

思わず馬車から身を乗り出してしまった程である。

 

其処には。

 

あまりにもおぞましい光景が広がっていた。

 

フルスハイムそのものは美しい街だ。

 

だがその先には。

 

灰色の、柱のように立ちふさがる巨大な雲の壁。それは高速で回転しつつ、此処まで聞こえるほどの凄まじい音を立て続けている。

 

硬直していたイルメリアは。

 

馬車に引っ込むと、思わず頭を抱えた。

 

何だアレ。

 

噂に聞く竜巻か。

 

だが、あんな規模の竜巻聞いた事もない。

 

邪神によるものか。

 

或いは高位のドラゴンか。

 

だとしても、ライゼンベルグは何をしている。

 

ラスティンという国家が事実上ライゼンベルグ国だというのは分かりきっている事なのだし。

 

解決のために多数の人員を出すべきだろう。

 

それがこの有様は何だ。

 

呼吸を整えた後、馬車が止まるのを確認。街の入り口で、検問が作られている。とはいっても、匪賊の侵入を防ぐのが目的のようで、手形などは求められなかった。

 

街に入ると、フリースペースに馬車を止める。

 

アトリエに入ってきたアリスに。

 

何がいつ起きたのか、聞いてくるように指示。

 

頷いた彼女は。

 

残像を作って姿を消した。

 

さて、これからどうする。

 

ライゼンベルグは遙か先だ。

 

そもそもライゼンベルグのインフラはずたずただと聞いている。此処をどうにか通ったとしても。

 

その先に待っているのは、人を拒む荒野と、血に飢えた猛獣の群れだ。

 

本当にたどり着けるのか。

 

ふと気付く。

 

気配を感じて、窓から顔を出すと。

 

二人の子供が見上げていた。

 

「誰、貴方たち……」

 

何だろう。

 

底知れない恐怖を感じる。

 

虫のような服を着込んだ男の子と女の子。

 

ただの子供。

 

イルメリアも背は低くて。

 

子供のようだと良く言われる。

 

富裕層に生まれて、栄養には恵まれたはずなのに。

 

結局背は伸びなかった。

 

だが、この子供らは。

 

何かが違う。

 

「私はアトミナ。 こっちはメクレット」

 

「は、はあ。 イルメリアよ」

 

「ふうん、爵位で名乗らないんだね」

 

「!」

 

何故、知っている。

 

ふっと、子供とはとても思えない老獪な笑みが、二人の口元に浮かんだ。

 

「様子を見に来たよ」

 

「様子って、私の?」

 

「そうだよ、未来の偉大な錬金術師」

 

「……」

 

唇を噛む。

 

自分を天才と言い聞かせ。

 

必死に劣等感に抗ってきたイルメリアだが。

 

そんな風に言われると。

 

何だかおなかの底がじりじりする。

 

「ライゼンベルグに向かうなら君の選択肢は二つだ。 一つはあの竜巻をどうにかして直進突破する。 もう一つは大幅に迂回して、巨大湖を回避する」

 

「ど、どうしてそれを」

 

「私達は何でも知っているのよ。 そして今の貴方には、その実力が決定的に欠けていることも、ね」

 

思わず頭に血が上ったが。

 

その通りだ。

 

この巨大湖は、凄まじい規模で、迂回するならどれだけ時間が掛かるか知れたものではない。

 

そればかりか。文字通り未踏の荒野を幾つも踏破しなければならない。

 

この巨大湖の水運に頼り切った結果。

 

フルスハイム近辺のインフラは、現時点で半壊してしまっている。

 

この様子だと、フルスハイムの公認錬金術師にもどうにも出来ない、と言う事なのだろう。

 

既に得ている推薦状は二枚。

 

三枚を得れば、公認錬金術師試験を受ける事が出来る。

 

此処さえ突破すれば。

 

後の街で、公認錬金術師から課題を受けて、試験を受ける事が出来る。

 

そうして公認錬金術師にさえなれれば。

 

あの家ともおさらばできる。

 

自立して、どこかの街で公認錬金術師になれば。

 

街の人間達には神のように崇拝され。

 

同時に大きな責任を、自分で背負うことが出来る。

 

あんな古くさいカビが生えた家がねちねちと作り上げた責任ではなく。

 

自分自身で築いた力を、だ。

 

だからこそに。

 

この障害は、致命的だった。

 

「貴方たちは……」

 

気付くと。

 

二人の奇妙な子供は、姿を消していた。

 

イルメリアは真っ青になる。まだ霊が出るには早すぎる時間だ。

 

アリスが戻ってきた。

 

「いかがなさいましたか?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

「何か怖い目に遭ったのですね」

 

五月蠅いと怒鳴りかけて止める。

 

見透かされる。

 

そう、アリスは何でも知っている。

 

無機質と愚かは違う。

 

アリスはイルメリアのあらゆる全てを見透かす。それが怖いと思う理由の一つでもあるのだ。

 

こういうとき、その恐怖は頂点に達する。

 

「フルスハイムの治安は安定していますが、竜巻の発生により匪賊が少し街に入り込んでいるようです。 故にあの検問が敷かれたようですね」

 

「そう……」

 

「ご安心ください。 匪賊など、お嬢様には近づけません」

 

「……」

 

守る、か。

 

守られるなんてまっぴらごめんだ。

 

アリスが尽くしてくれているのは分かる。

 

だけれど、イルメリアは。

 

自分の足で歩きたい、と思うのだ。

 

守られるのでは無く。

 

むしろ肩を並べて誰かと歩きたい。

 

アリスはどうして、ついてきたのならそれを察してくれない。イルメリアの弱みも全て握っていて。幼い頃から側にいてくれて。なのに、どうして分かってくれないのだろう。

 

「……竜巻についての詳細ですが、三ヶ月ほど前に、突如出現した模様です。 前兆はなく、最初は湖の中央に留まっていましたが、拡大を続け、今では湖に船を出す事も出来ない状態です」

 

「更に拡大する可能性は?」

 

「拡大が続いたのは一月ほどで、以降は竜巻も落ち着いています。 ただ、とても船が突破出来る風では無いとも」

 

やはり、どうにかするしかないのか。

 

しかし、どうすればいい。

 

大きな溜息が出た。

 

イルメリアは時々思う。

 

自分の人生は、呪われているのでは無いのだろうかと。

現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。

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