暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ドナの街から、南に半日ほど歩いた地点。
確かに洞窟があった。
規模はそれほど大きくは無いが、いつも朗らかに楽しそうなドロッセルさんが、目を細めて、態勢を低くする。
お姉ちゃんとレヴィさんも、異常に気づいているようだった。
オレリーさんが貸してくれた戦士達。
獣人族の戦士二人と、魔族の戦士一人。
いずれも壮年の、脂がのった熟練の戦士で。皆錬金術によるものらしい武装を身につけている。
全員がドロッセルさんと同レベルか、それ以上の使い手だ。
確かにこの面子であれば、ネームドの討伐は難しくないのだろう。
オレリーさんがいれば更に簡単なのだろうが。
それは、試験だと、ついてきた戦士達も把握しているようだった。
「既に相手は此方を捕捉している。 若き錬金術師どの。 どうする?」
「フィリスです」
「そうか、フィリスどの。 それでどうする?」
街でオレリーさんから紹介されたバッデンという獣人族の戦士。顔は犬のようだが逞しく、ヒト族の限界身長ほども背丈がある。全身傷だらけで、歴戦に歴戦を重ねた猛者だと一目で分かる。武器は身の丈ほどもある大剣だ。
もう一人は猪のような顔をしたグランツという戦士。此方は巨大なハンマーの使い手。
そして最後の魔族は、兜を被り、ヨロイを着るという。最小限の装備しか身につけないことが多い魔族としては珍しい、重武装の姿だった。兜を被っていることもあり、顔は見えないが。
寡黙な彼は、サイレンスとだけ呼ばれているようだった。
そして街でも、出てからも、一度も声は聞いていない。
この三人は、どうやら錬金術師の試験に貸し出されて、こういった討伐を行う専門家らしく。
ドナにはそんな人員を確保する余裕がある、と言う事だ。
メッヘンはエース格のアモンさんが、本当に大変そうで、何から何まで最前線に出る事を要求されていたが。
此処では普通の街のエース格が。
こういった、「余剰」ともいえる任務に出られる余裕がある、という事である。
流石は10年でこの巨大森林を作り出した希代の英傑錬金術師。
部下の育成も、或いは供に戦って来た仲間の実力も。尋常では無い、と言う事だ。
「まず、煙で燻り出します」
「ふむ、それから?」
「……」
鉱物の声を聞く。
森の中だと聞き取りづらいが。
それでも聞こえる。
何か良い場所は無いか。
程なく、良い声が聞こえた。
なるほど、確かにそれは良いかもしれない。手としては充分にありだろう。
お姉ちゃんに目配せ。
忍び足で、発破を仕掛ける。
多分フラムでは駄目だ。
この近辺で取れる稲妻を帯びるライデン鋼を利用したドナーストーンという爆弾も作って見たのだが。それでもネームドを相手にするには分が悪いだろう。
ならば戦略級の爆弾である発破で仕留める。
仕掛け終わった後。
距離をとる。
そして作戦を説明した。
森を傷つける事は厳禁。
だから、仕掛ける場所も。
作戦自体も。
気を付けなければならない。
「ふむ、面白い策だが……そう上手く行くか?」
「鉱物が教えてくれます」
「ああ、そうか。 聞こえる錬金術師だったな。 俺も殆ど見た事は無いが」
バッデンさんは、わたしをバカにはしない。
だが、難色はきちんと示すし。
不安も提示してくる。
わたしは、彼らを納得させなければならない。
「多分殺しきる事は無理だと思います。 でも、ダメージを与えることが出来れば……」
「後は総力戦で仕留める、か」
「はい。 それに」
「そうだな。 副次効果も大きい」
作戦を承認してくれた。
全員が配置につく。
そしてわたしは、火力を抑えたフラムを、投げ込む。下手投げで、できる限り正確に、である。
洞窟に吸い込まれるフラム。
この間作った手袋のおかげで、飛躍的に飛距離が伸びているから、かなり距離をとった上で、相手に仕掛ける事が出来る。
アウトレンジからの攻撃には対処法がない。
反撃方も限られる。
お姉ちゃんに教わった事だ。
だからまずは、基本に忠実に行く。
フラムが炸裂。
鉱物の声を聞きながら、二つ目を投げ込む。煙が濛々と上がり、洞窟の中から蝙蝠が多数飛び出して逃げていった。いずれもが、人間くらいもある大きなものばかりだ。
そして、のそりと。
ゆっくり姿を見せたそれは。
ウサギだった。
ただし、そのサイズは、この間見た熊以上。
あれがネームドだ。
「彼奴は鬼足のカルネ。 魔術も使うウサギだ。 ネームドとしては弱い方だが、気を付けろ」
「はい」
ウサギが、後ろ足で立ち上がると。
凄まじい咆哮を上げる。
それだけで、とてもではないが、普通の人間では手も足も出ない相手だと言う事がわかってしまう。
だが、此方には錬金術がある。
ウサギの額には角があり。
それが閃光を発した瞬間。
周囲に稲妻が降り注いでいた。
冗談。
こんな広域攻撃魔術を。ろくな詠唱も無しに。
だが、ドロッセルさんも、戦士達三人も。
驚く様子も無く、淡々と作戦を進めている。
お姉ちゃんも慌ててはいない。レヴィさんに至っては、恐らく自前のものだろう、防御魔術でわたしを守りつつ、ゆっくり予定地点へと下がりつつあった。
態勢を低くすると、カルネが突進してくる。
いや、違う。
残像を造りながら、跳んでくる。
早いなんてもんじゃない。
文字通り、風を追い越すような勢いだ。
アレがネームド。
確かに、熟練の戦士や、時には歴戦の魔族さえ返り討ちにするというだけのことはある。アダレットの騎士様が遅れを取るというのも分かる。
至近。
角を光らせているカルネ。
だが、その瞬間。
お姉ちゃんの放った矢が、首筋に突き刺さり。
一瞬の隙が出来る。
しかし、それでも放電を止めないカルネ。
レヴィさんの防御が貫通され、わたしを庇ったレヴィさんもろとも吹っ飛ばす。
物理的圧力まで持っている雷。
魔術そのものだ。
はじき飛ばされたわたしだけれど。
レヴィさんが守ってくれたから、まだ意識はある。
だが、戦士三人を相手にカルネはまったく引かず。
ドロッセルさんが後ろに回り込んだ瞬間、振り返って角で斧をはじき返す。
お姉ちゃんが再三矢を叩き込んでいるが。
いずれも浅い。
手袋で基礎能力は強化している筈なのに。
こんなに壁は高いのか。
でも、負けない。
詠唱開始。
とにかく、予定地点に追い込む。
まさかあんな動きをするとは思っていなかったけれど。作戦通りにすれば大ダメージを与えられる筈だ。
地面に手をつく。
同時に、岩が噴き出すようにして、カルネの腹を強か抉った。
だが、分厚い毛皮が、岩を通さない。
わたしのとっておきだったのに。
でも、カルネの態勢を崩したところに、戦士達が連携して見事な攻撃を叩き込み、それが初めて痛打になる。
空中に、魔法陣出現。
何だ。
だが、即座に理解「させられる」。
その魔法陣を蹴って空中機動したカルネが、地面に隙無く降り立つと。すり足の要領で下がりつつ、雷撃を連射してくる。
立ち上がったレヴィさんが防御魔術を展開するが、消耗がひどいのが一目で分かる。
「そろそろ限界だ!」
「分かっています!」
あと少し。
戦士達も作戦は分かっている。
場合によっては柔軟に行かなければいけないけれど。
それでも出来る筈だ。
お姉ちゃんに雷が直撃。
だけれど踏みとどまったお姉ちゃんは、そのまま速射。目に一本矢を適中させる。誰かがひゅうと口笛を吹いた。戦士の一人だろう。
カルネは無理矢理首を振ると、矢をはじき飛ばす。
目にあたっても、眼球を貫通できなかった、ということだ。
とんでもない化け物である。
今まで見てきた獣なんて、相手にならない。
これがネームドの戦闘力なのか。
雄叫び。
カルネが吠えると、空中に無数の魔法陣。
また空中機動かと思ったが、違った。
魔法陣から雷撃が迸り、一点に集中していく。それが巨大な雷撃の矢になるまで、殆ど時間は掛からなかった。
放たれる極太の雷撃。
それが、妙にスローに、わたしに飛んでくるのが見えた。
あ、駄目だ。
これは、死ぬ。
レヴィさんも、防ぎきれない。
だが、その時。
ドロッセルさんが、わたしを抱えて飛び退く。レヴィさんは、逆に前に出ていた。
最大の隙を晒したカルネに。
三回の斬撃を叩き込み、下がらせる。
今だ。
叫んだのは、レヴィさんか。
わたしも、躊躇わない。
起爆。
発破が。
出来るだけ森を傷つけないように注意して配置した発破が。
突き抜けるようにして、カルネを爆風で包んでいた。
吹っ飛ばされる巨体。
空中で機動も出来ず。
地面に叩き付けられる。
だが、それでもカルネは立ち上がってくる。冗談でしょ。呟きたくなる。ドロッセルさんは手酷く火傷をしているし、お姉ちゃんは肩で息をついている。レヴィさんも、今の渾身の剣技で力尽きたのか、片膝をついている。
戦士達に頼り切って討伐したら多分不合格。
いや、そんな事を言っている場合では無い。
何とか、何とかしないと。
雄叫びを上げるカルネ。
焼けた毛皮から煙が上がっているが、まだ動ける様子だ。
お姉ちゃんが矢を叩き込む。
だが、何発喰らっても怯まず、進んでくる。
わたしは、気付く。
声が聞こえる。
鉱物の声が。
頷くと、わたしはつるはしに持ち替え、突進。体は軽い。走るのだって、出来る。
一瞬だけ、それに驚いたか、カルネが足を止める。だが、すぐに態勢を低くして、突っ込んでくる。
わたしがつるはしを降り下ろす。
早い。
カルネは嘲笑ったようだが。
わたしの狙い通りだ。
足下が、派手に崩落。
カルネごと、わたしが崩落に巻き込まれる。
流石に空中機動を試みるカルネだが。
その肩から腹に、ドロッセルさんが投げた斧が、抉り込まれた。
呼吸を整えながら、わたしは顔を上げる。
まだカルネはひくひくと動いていたが。
やがて、目からは光が消えた。
バッデンさん達が巨大なカルネの体を穴から引っ張り出す。
この空間がある事は、鉱物達が教えてくれた。とはいっても、さっきの発破によって地面の中に衝撃が伝わって、出来たものだったようだけれど。
枯れ木を見つけてきたバッデンさんが、カルネを吊るし。
そして、ネームド戦について、採点してくれた。
わたしには、見ているしかできなかった。
もう余力が無かったのだ。
お姉ちゃんとドロッセルさん、レヴィさんの手当をしたら、腰が抜けて動けなくなってしまった。
情けなくて悲しい。
「俺たちだけでもアレを倒せたことは分かっているな」
「はい……」
情けないが。
その通りだ。
事実、戦士達は最低限補助をしてくれただけ。
実力はドロッセルさんと同格と思っていたが、戦闘時の動きを見る限り、多分更に切り札を隠していたと見て良い。
「だが、それを理解した上で動いていたのは立派だ。 森を傷つけてもいない。 少し甘めの採点だが、60点という所だろう」
「ありがとうございます」
お姉ちゃんは少しむっとしたようだが。
わたしはもっと低い点を付けられるかと思っていた。
そもそも、オレリーさんがこの三人と出ていたら、此処まで戦闘は長引かなかっただろう。
錬金術師の試験のために。
危険度が低いネームドを残していた。
それが実情なのだろうから。
カルネを捌く。
そして、見た事がない玉が、その体内から出てきた。
心臓の辺りにくっついていて。
内臓の一部と一体化していた。
「深淵の核、或いは深核と呼ばれるものだ。 ある程度の実力を持つネームドの体内に生成される事がある。 高度な錬金術の素材になるから、とっておけ」
「いいんですか!?」
「ああ。 もし50点以上の採点なら渡すようにと、長老から言われている」
バッデンさんにそう言われると、受け取るのが良いのだろう。
大事にしまい込む。
それから、歩けるようになるまで少し待って貰って。
ドナに戻った。
ドナについた頃には夜中だったが。
オレリーさんは出迎えに来てくれた。
ぼろぼろになっているわたし達四人と。ほぼノーダメージのバッデンさん。
しかし、バッデンさん達はいざという時の補助要員。
これはある意味仕方が無い。
「生真面目に、自分達だけで倒す努力をしたようだね」
「遅くまで済みません。 傷が酷くて、歩けるようになるまで休んでいたらこんな時間になってしまって」
「構いやしないよ。 この試験はね、相手に勝つことで50点なんだよ」
「え……」
そういうことか。
なるほど、分かった。
わたしはまだ戦う錬金術師としては本当に最低ライン、という事をさっき言われたのだ。
もしも誰かに致命傷が行く展開になったら。
多分不合格だったのだろう。
そして50点が合格ラインだった。
そういう事だ。
詳しい採点について、バッデンさんがオレリーさんに説明している。
鉱物の声を聞く能力を最大限活用したことに、かなり点数を加点している、といっていた。
なるほど、そういう事なのか。
いずれにしても、深核は貰って良いのだろう。
話を聞き終えると。
オレリーさんは相変わらず厳しい表情で言う。
「一次試験は合格だよ。 とりあえずアトリエで休みな。 態勢を万全にしたら、また来ると良い。 二次試験をするからね」
「分かりました」
頭を下げると、アトリエに戻る。
ベッドにそのまま飛び込みたい気分だけれど。まず全身のダメージを再確認して、それから体をぬらした布でふいて。食事もして、眠る事にする。
カルネの肉も少し分けて貰ったけれど。
食べると、体の中からぼっと火が沸いてくるようだ。
凄い魔力が肉に籠もっている、という事である。
「美味しい、というのとは違うけれど、力が出る肉ね」
「ちょっと堅いかなあ」
「堅牢な山の如き相手だったのだ。 仕方があるまい」
レヴィさんもまたあの変な言い回しに戻っている。
やっと余裕が出てきた、と言う事だろう。
それにしても、はっきり分かった。
力が足りない。
もっと強くならないと。
今後は恐らくやっていけないだろう。
さっき、渡された深核という素材。
あれは高度錬金術の貴重な材料になるという話だった。
ということは、もっと高度な錬金術をやるようになると。
あれくらいの強敵と戦い。
素材を集めていかなければならない、と言う事だ。
それに、ウサギでさえアレだ。
もしも熊やグリフォンのネームドと遭遇してしまったら。
一体どんな目にあってしまうのか。
今から恐ろしくてならない。
食事をした後。
ゆっくり休む事にする。
疲れが溜まっていたからか。
殆ど何も考えず、眠る事が出来た。
前の、メッヘンの街では。
ディオンさんが頼りなかった事もあって、本当に色々大変だったのだと。ここに来て分かった。
確かにオレリーさんと、あの人が育てた戦士達がいれば。
この街は。
生半可な脅威なんて、近づけもしないだろう。
それは、よく分かった。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
-
このままでいい
-
一日で一章がいい
-
更に分割して欲しい