暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
一日時間を空け。
オレリーさんのアトリエを訪れる。
オレリーさんは難しい調合をしている様子で、小屋に見えるアトリエの地下に籠もっていたが。
それでも声だけは聞こえた。
「来たね。 その辺で待っていな。 調合が終わったら行くよ」
「お姉ちゃん、待とう」
「ええ……」
お姉ちゃんはあまりオレリーさんの事を良く想っていないらしい。
命がけの戦いだったのに。
あれだけ酷評されたのだから当然だろうか。
それに、わたしも死ぬ思いをした。
それも原因なのだろう。
メッヘンでの時には、頼りない、とずばりディオンさんの事を言うことはあった。
でも、ディオンさんに対して、敵意や悪感情は抱いていないようだった。
それはディオンさんが、わたしに対して最大限の敬意を払っていたから、なのだろう。恐らくディオンさん自身に、自信が無かった事もあるのだろうけれど。
だけれどオレリーさんは違う。
わたしを厳しく熟練の錬金術師という目から見ていて。
情けも容赦もしない。ソフィー先生は手取り足取り指導してはくれたけれど、それともまったく方針が違う。
それに、話に聞かされたとおり。
大半の錬金術師が、オレリーさんの課題を突破することが出来ないのだろう。
実際、わたしも。
鉱物の声が聞こえて。
お姉ちゃんとレヴィさんがいなかったら、とても勝てなかっただろう。ドロッセルさんがいてくれたのは、幸運でしかなかった。
ソファに並んで座りながら、オレリーさんを待つ。
やがて、地下室から魔術で転送してきたのか。
いきなりオレリーさんが、目の前に立っていた。
「待たせたね」
「えっ!? いえ、はい」
慌てて立つが、座るように言われる。
オレリーさんは、第二の課題が本番だと前置きしてから、一つずつ話をしていく。
「この世界の大半が荒野で、そもそも緑化をしないと緑はほぼ育つ事がないことは、もう如何に世間知らずでも分かっているね?」
「はい。 見てきました」
「それならば、次は緑とのつきあい方が課題だ」
オレリーさんが指を鳴らすと、テーブルが歩いて来て、目の前に来た。
本当にテーブルが歩いたので驚いた。
「何を驚いているんだい。 遺跡で野生化した錬金術の道具が人を襲う事があることくらいは知っているだろう? あれは種類にもよるが別にロストテクノロジーではないんだよ」
「……待ってください、ということは、わたしにも作れる、んですか?」
「ああ、そうだよ」
黙り込む。
ひょっとして、それが本当だとすれば。
例えば、労働の負荷を上げている荷車を自動で動かしたり。
或いは、人のように考えて、動いてくれる道具を作ったり。
出来るかもしれない。
咳払いを受けて、我に返る。
オレリーさんは、やっぱり厳しい目で此方を見ていたので、慌てて謝る。お姉ちゃんは、少し呆れたようだった。
「今度は森の緑化で成果を出して貰う」
「はい。 やってみます」
「内容を聞かなくていいのかい?」
「も、もちろん聞かせてください」
鷹のような鋭い眼光。
嘆息すると、オレリーさんはいう。
出来る保証も無いのに、出来るとか、やってみるとか、そういう事は言うなと。
まず先に、内容を確認して、出来るかどうかを見てから判断しろと。
確かに正論だ。
返す言葉も無かった。
怖くて、そうとしか返せなかったことも。
オレリーさんは見抜いているようだった。
「地図」
「わっ」
不意にスクロールが飛んできて、机の上で拡がる。
魔術には此処まで出来ない。
出来るには出来るが、複雑な詠唱と、複雑な行程が必要になる。それらを全て錬金術で自動化している、と言う事だ。
この人の桁外れの実力が、すぐに分かってしまうのが怖い。
「この大地がどうして枯れ果てているかは分かっているかい?」
「ええと、あまり詳しくは分かりません。 わたしの先生になった人が、少しだけ話してはくれましたけれど」
「ほう、聞かせてごらん」
「基本的に植物が芽吹くには、邪神がいるか、よほど水などの条件が整っているか、錬金術師が手を入れるかしかない、と」
鼻を鳴らすオレリーさん。
恐縮するわたしに、オレリーさんは、今度は黒板を呼びつける。
当然のように飛んできた黒板に、オレリーさんはチョークを使って書き始める。
「それは結論であって理由では無いねえ。 いいかい、この世界には、力が根本的に足りないんだ。 理由は分からないが、本来は育つ筈の植物が育たない。 何百年も前から錬金術師達が研究を続けて、そして失敗を続けて来た。 そして調査の結果、今の結論が出たんだよ」
「水や肥料だけでは駄目なんですか」
「駄目だね。 どうしてか荒野に無尽蔵に沸いてくる獣と同じく、最大の謎だ。 草しか食べない獣も、草がない場所で平然と生きている。 これも謎とされているがね」
「本当に、どうしてなんだろう……」
考え込むわたしの前で。
オレリーさんは、黒板に幾つかの理論を書いていく。
字は読めるけれど。
すごく達筆で、逆に読みづらかった。
この人、ひょっとして。
ライゼンベルグで先生をやっていたのかも知れない。
この国でも十指にはいる錬金術師だと言うし、それも不思議では無いのだろう。それに戦士達の鍛え上げられ方から言っても、不自然では無い。
「まず大地には、吸い上げられてしまったか、或いは元から存在しなかったかのように、魔力がないんだ。 その代わりに、邪神共やドラゴンが魔力を持っている。 邪神は倒すと復活するが、その間漏れた力が獣に宿ることがある。 それがネームドだ」
「ネームドがあれほど強いのは、永く生きたから、ではないんですね」
「ネームドの中には、元々植物だったものや、ただの死体だった存在すらいる。 生きた年数なんて関係無いね」
「……」
すごい。
何というか、知識がどんどん入ってくる。
この人が、どうして時間を割いてまで授業をしてくれるのかは分からないが。
でも、必要な情報が、補填されていく気がする。
「つまるところ、大地に魔力を充填してやる必要があるのさ。 栄養剤ってのは、それを行う道具なんだよ。 そして魔力を充填するには、邪神か、ドラゴンか、ネームドの体内にある、強い魔力を込めた素材か、或いは強い魔力を持った錬金術師が作り上げた栄養剤が必要になる。 この中で一番現実的なのは何だと思う?」
「ネームドの討伐、でしょうか」
「そういうことだ。 では、改めて課題の詳しい説明をするよ」
地図の上に、オレリーさんが魔女のように節くれ立った指を立て、くるりと円を描いた。
ドナの東。
荒野になっている地帯だ。
そのすぐ北には遺跡がある。
それも広い広い遺跡だ。
ドナから二日ほど東に行くと森を出て、遺跡の南側に出る。その辺りにはまだ緑化が行われていないらしい。
一方、南には不自然なほど森が拡がっている。
いびつな卵形に拡がっている森を見て、わたしが小首をかしげると。
オレリーさんは言う。
「それは前に私が推薦状をくれてやった奴の仕事だよ。 私もそれなりに生きてきたけれど、あれは桁外れの化け物だった。 前にも言ったが私は実力主義でね、これだけの成果を見せられたらどんな相手だろうと推薦状は書く。 それだけさ」
「凄い人がいるんですね」
「あれはもう人とは呼べないかも知れないがね」
「……?」
よく分からない。
どうしてか、お姉ちゃんが何か腑に落ちたような顔をしたからだ。
まあいい。
順番に説明を受ける。
まずキャンプを建てる。
その資材は提供してくれる。
その後は、近くにいるネームドを何でも良いから狩る。この、ドナの北東にある遺跡はネームドの巣窟で、地上付近に出てくる雑魚と、遺跡の奥にいる化け物とで、かなりの差があるらしいが。
遺跡の奥には、ドラゴン並みの化け物がいて。
遺跡から出て地上を彷徨うのは、この間私が倒したカルネと同等か、それ以下程度の力しか持っていないという。
このネームドをまず狩れ、という。
「前にカルネを倒した時、深核を手に入れただろう?」
「はいっ」
「あれと同じようなものをネームドから回収出来るはずだ。 それを使って栄養剤を作って、土地の緑化をしな。 水については、この辺りの川から引くと良い」
地図を少し南下。
恐らく、メッヘンの近くも通っていたあの川の支流だろう。川が通っていた。或いは遺跡が街だった頃には、此処から水を引いていたのかも知れない。
「最終的にはね、私が死ぬか、後継者が現れるまでには、ドナ周辺の緑化は完成させたいと思っていてね。 私自身でも緑化は進めているが、やはり一人では手が足りない。 いっそのこと人間を止める事も視野には入れてはいるが、それも正直健全な行動とは言い難い。 だから少しでも若い人間に才能を開花させて欲しい。 それが本音でね」
栄養剤のレシピを、口頭で軽く教えて貰う。
慌ててメモをとったが、もの凄くアバウトだ。
理論だけしか教わっていないに等しい。
後は自分で考えろ、というのだろう。
とてつもなく厳しい人だ。
「明日の朝には資材と人員を揃えておく。 準備はしておきな」
「はい」
「じゃあ行った行った。 私はこれでも忙しいんでね」
アトリエを言われたまま出る。
お姉ちゃんは、むっとした様子だったけれど。
或いは違う理由でふさぎ込んでいるのかも知れない。
「リア姉、どうしたの?」
「幾つか、気になる事があったの」
「なあに?」
「あの人、人間を止める事も視野に入れている、と言っていたわ。 つまり錬金術だと、簡単に出来ると言う事よ」
ぞくりと来た。
確かに、そうなのだろうか。
お姉ちゃんはアトリエに歩きながら話してくれる。
リッチという存在がいるらしい。
魔術師が自ら不死者になる事で、何倍もの魔力と、永遠の時間を手に入れた怪物。
錬金術師にはどうやってもかなわない魔術師が、手に入れた対抗手段の一つ。
だけれども、滅多に話を聞かないという。
それもその筈で、才能のある魔術師が、それこそ何十年がかりで術を展開して、ようやくリッチになれるというのだ。
いつそんな話を聞いたのだろうと疑問に思ったが。
お姉ちゃんも苦笑した。
「私もね、フィリスちゃんのためにと思って、情報収集を常にしているのよ。 魔術は使える人が多いでしょう? 兎に角飛び抜けている錬金術に対抗しようと考える魔術師は昔から多かったらしいの。 それに、ドラゴンや邪神……錬金術師でないと倒せない相手に、魔術師でも対抗できる方法として、考えた人もいたんでしょうね」
「そこまでしないと魔術師は人間を止められないんだね……」
「そうよ。 でも錬金術師には簡単にできてしまう」
そうか。
それ一つとっても。
錬金術は、桁外れの学問なのか。
思わず震えが来る。
わたしは一体。
何を今扱っているのだろう。
神の御技か。
悪魔の手か。
どちらにしても、わたしは今、とんでもないものを扱っている。使い方次第では、それこそ簡単に世界を滅ぼせてしまうものを。
胸に手を当てて。
ゆっくりと息を吐き出す。
怖くないと言えばうそになる。
でも、エルトナを救うには、それくらいの力は必要になる。それにどん詰まりの状況は、何処も同じ。ドナのような場所が例外なのだと言う事くらいは、もうわたしにも分かっていた。
アトリエに戻ると。
ドロッセルさんとレヴィさんが戻っていた。
わたしはお薬を補充しに掛かるが。
奥で二人が口論を始める。
見ると、もの凄い料理をドロッセルさんが作ろうとしていて。
レヴィさんが、珍しく怒っていた。
「食材は大地の恵みにて、天からの授かり物だ! このように冒涜することはあってはならぬのだぞ!」
「冒涜って、食べられるじゃん」
「美味しく食べるのが最低限の礼儀だ! ドロッセル、貴殿は腕っ節に関しては俺より上だと認めるが、料理に関しては俺に任せて欲しい。 この料理は俺が責任を持って処理しよう」
「へいへい」
呆れたのか、ドロッセルさんがキッチンを出て。
何だか形容しがたいよく分からない代物を、おなかに放り込むレヴィさん。
「レヴィさん?」
「見ていたのか。 俺はあまり褒められた人生を送ってきていないからな。 どんな食い物でも食える。 だが、だからこそ知っている。 どんな酷い食材でも、美味しく食べる方法があるし。 命を奪っている以上、それに対する礼儀をわきまえるべきだとな」
「それで、あんなに怒ったんですね」
「まあ料理が下手なのは仕方が無いさ。 それに悪意も無かったしな。 もし悪意があったら、絶対に許さない所だ」
ぷんすかしているレヴィさんが、料理を始める。
ドロッセルさんは、決して不器用ではないのだけれど。
料理に関しては駄目なのか。
実際、前に繕いものをしているのをみたけれど。
わたしが四苦八苦して手袋を作ったのより。
倍も手際よく作っていた。
多分、人形劇の劇作家、というのが理由なのだろう。
人形を作る事が出来るのかも知れない。
そのためには、手先が器用なのは当然だ。
でも、それなら。
どうして料理が駄目なのかは不思議だ。
レヴィさんが四人分の料理を出してきたので、まず食事にする。その間に、わたしは釜を蒸留水で洗浄し、お薬を作る準備を整えていた。でも、その前にちょっとやっておきたい事が出来た。
またネームドと戦う事になるのだし。
ちょっと爆弾とかのバリエーションを増やしておきたかったのだ。
幸い、街では、錬金術に使えそうな素材が幾らか売られていた。
まだお金はさほど潤沢では無いけれど、それでも購入は出来たので。それを使って新しい爆弾を試してみようと思っている。
爆弾用の中和剤作成。
次にやるのはそれだろう。
まずは食事に集中。
ドロッセルさんは、あれほど文句を言われたのに、おいしいおいしいと嬉しそうに食べていて。
食べっぷりは私が見ていても和むほどだ。
食事を負えると。
てきぱきとお姉ちゃんが片付ける。
わたしも、皆を見回して。
次の課題についての話をした。
「緑化か。 大地の恵みを手に入れる事が容易になるのは良いことだ。 ただし無秩序に森を拡げると、畑も作るのが難しくなるが」
「既にどの辺りを緑化すれば良いかは、オレリーさんに指示を受けています。 人員と物資は、明日合流する予定です」
「それにしても、また難しい仕事を引き受けたね」
「錬金術ならやれます」
わたしは、それについては自信を付けてきていた。
メッヘンで、あれほどの難工事を成功させたのだ。
今度だって、きっと。
きっとできる。
ただし、まずそれより前に。
ネームドを駆除しなければならないのだが。
それを話すと。
レヴィさんもドロッセルさんも、表情を引き締めた。
「あのでっかいウサギ、ネームドとしてはまだ弱い方だよ」
「はい、覚悟はしています」
「それならば良いけれど」
「……順番に、一つずつこなして行きましょう」
頷くと、今日は休んで貰う。
わたしは中和剤を作った後。
試していなかった、氷結爆弾を作って見る。
樹氷石という、触るだけで皮膚がくっつくくらい強烈な冷気を発している鉱物がある。この鉱物の力を中和剤で変質させ。
閉じ込めた上で、相手に投げつけ、炸裂させる。
炸裂の瞬間、破壊力を増幅させることで。
氷柱が、一瞬にして相手をズタズタに引き裂いてくれるはずだ。
とても怖い爆弾だけれど。
かといって、熱と爆風で敵を殺す爆弾だって、同じように相手を殺すためのものなのである。
身を守ると言っても。
それが現実なのだ。
である以上、ああだこうだと言ってはいられない。
命を守ると言うことは。
命を奪うと言う事なのだ。
外はすてきなだけの場所では無い。
わたしも、もう。
それについては、覚悟だって決めている。命を奪うからには、それを生かしていかなければならない。
前より手際も良くなっているとは言え。
爆弾の調合は緊張する。
何度か失敗したけれど。
致命的な失敗はせず。
怪我もしなかった。
試行錯誤している内に、夜更けになり。何とか使えそうなものが出来たときには、夜半を越えていた。
少し遅くなってしまったので、すぐに寝ることにする。
明日は。朝から忙しくなる。
今からわたしが疲弊してしまっていては。
どうしようもないのだから。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
-
このままでいい
-
一日で一章がいい
-
更に分割して欲しい