暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、深淵との邂逅

エルトナを訪れた錬金術師ソフィーさんは、最初に長老の所に行くと。まず、薬を周囲に配っていた。

 

いつの間にかどこからか取り出した扉に入ると。

 

荷車を引っ張って出てくる。

 

扉がどこから出てきたのかさえ分からないし。

 

なんでその扉から、荷車を持って戻ってくるのかさえも分からない。

 

何しろ扉を立てかけたのはただの岩肌で。

 

その向こうに何かがある筈も無かったのだから。

 

誰もが唖然とする中。

 

けが人だけではなく。

 

病人も、瞬く間に快癒していく。

 

ソフィーさんの側にいる女性はプラフタさんというらしい。茶髪のソフィーさんに対して、銀髪を短くまとめているプラフタさんは、何というか非常に落ち着いていて、だが厳しそうな雰囲気だった。

 

ソフィーさんは穏やかそうな雰囲気だけれど。

 

あの目を見てしまったから分かっている。

 

この人は、異次元の存在だ。

 

怖いなんてものじゃない。

 

もしも怒らせたら、あの門のように、何もかもを破壊し尽くして揺るぎもしない。そして気分次第でさっと直せてしまう。

 

そんな存在なのではあるまいか。

 

もしそんな存在がいるとしたら。それは神と呼ぶのではないのか。

 

錬金術師の底知れなさを間近で見て、わたしはやはり感情が上手く抑えられなかった。

 

「はい、次は照明ですね。 魔術でいちいち灯しているようですが、少し改良しておきましょう」

 

「出来るんですか!?」

 

「簡単簡単。というか、かなり痛んでいるようですし、あたし特製の照明に取り替えてしまいましょうか。 マナを使うからエルトナ水晶もいりませんよ。お代は後で話をします。何なら低利で貸し付けますよ」

 

ソフィーさんが作業を始める。

 

街の彼方此方にある灯りに手を入れ始めるのだが。

 

そうすると、もはや触るだけで灯りを付けたり消したりするように出来るようだった。

 

ただし、メンテナンスがいるとも言っていた。

 

「10年に一度ほど、修理をする必要があります。 その時は先ほど説明したように、連絡員に声を掛けてください」

 

「分かりました。 分かりました」

 

長老がへこへこしている。

 

孫のような年の女性に低姿勢に出ているのも無理はない。

 

この人は、人の領域を超越している。

 

本にあった、錬金術師達の話を思い出す。

 

どんな魔族や勇者が束になってもかなわないドラゴンを撃ち倒し。

 

国さえ滅ぼす邪神さえ退ける。

 

この人なら。

 

確かにやりかねない。

 

前に聞いた話。

 

錬金術師は、質が上がった代わりに数が減ったと聞いているけれど。

 

こんな人ばかりなのだろうか。

 

岩陰で、どきどきを抑えながら思う。

 

もしこの人のような力が手に入ったら。

 

エルトナを救えるのではないのだろうかと。

 

「それで、この街に、本当に支援をしていただけるのですな」

 

「この街の外側に城壁を作り、外で暮らせるように計らいます。 作業用の道具や人員は此方で手配します。 そのほかに、常駐の腕利きを四名つけましょう。 非常時には救援の要員も回します。 ただし、この契約書にサインを。 今までの商人よりも遙かに高くエルトナ水晶を買い取らせていただきますよ」

 

「これはもう、本当に、なんといって良いのか……」

 

長老が涙を拭っている。

 

毎回商人とは、価格の交渉で火花を散らしていると聞いていた。

 

それが、今までとは比較にならない値段でエルトナ水晶を買い取るどころか、支援までしてくれると言うのだ。

 

それは喜ばないはずがない。

 

でも思うのだ。

 

そんなうまい話、あるのだろうかと。

 

ちょっと不安だ。

 

あの人、目が兎に角怖かった。あの目は、深淵そのものだった。

 

湖の奥の、暗くて何も分からない場所。

 

あれよりも、もっと深かったかも知れない。

 

ああいう人が。

 

善意だけで、人を助けてくれたりするのだろうか。それが不安で、わたしは目が離せなかった。

 

いつの間にか、側にお姉ちゃんがいた。

 

お姉ちゃんは険しい表情で、ソフィーさんを見ていた。

 

「リア姉?」

 

「フィリスちゃん、門が爆発したときに側にいたそうね。 何があったか、詳しく教えて頂戴」

 

「うん。 外から声を掛けてきて、誰もいないって確認してたみたい。 その後、門が吹き飛んで、粉々に。 でも、みんなが来たら、一瞬で門を直してくれたの」

 

「……っ」

 

どうしたのだろう。

 

今までに見たことが無い程お姉ちゃんの顔が怖い。

 

まるでこれは。

 

きっと、猛獣と外で戦っている時。

 

こんな顔をしているのでは無いか、という顔だ。

 

お姉ちゃんはとても美人だ。

 

だから怒るととても怖い。

 

わたしには優しい顔しか向けないけれど。

 

時々商人と交渉しているとき、凄く怖い顔をしている事がある。そんなときは、声を掛けづらい。

 

「私も外で錬金術師は見た事があるの。 だけれども、そんな事が出来る錬金術師は見た事も聞いた事もないわ」

 

「へえっ?」

 

「今の話を聞くだけでも、起きた出来事を無かった事にしている、と言う事よね。 理屈は分からないけれど、下手をしたら時間に干渉したとか、出来事の発生に干渉したとか、そんな行為よ。 外では凄いお薬を作れれば、錬金術師としてはもてはやされる位だと聞いているし、ドラゴンと戦う際には熟練の錬金術師でも命がけらしいの。 もし、今フィリスちゃんが言ったことが本当だとすると、あの人は……」

 

まるで、神の力を操っているようだ。

 

そうお姉ちゃんは言い。

 

口をつぐんだ。

 

分かる。

 

お姉ちゃんが、本気で怖れている。それ以上に、危険を感じている。わたしには、お姉ちゃんがいつも気丈に振る舞っているし。弱みを他人に見せないことも知っているのだけれども。

 

そんなお姉ちゃんが。

 

素の感情を隠せないでいる。

 

それほどの存在だと言う事だ。

 

つまりあの人は。

 

錬金術師の中でも、規格外。

 

それも桁外れの規格外。

 

そういう事なのではないだろうか。

 

扉をバックパックから出して、入って荷車を取り出してきたという話をすると。

 

もはや口を閉ざして、お姉ちゃんは喋らなくなった。

 

わたしも、驚天の出来事を聞いて興奮すると同時に。

 

恐怖も少し感じる。

 

確かに、凄まじい力を持っているのは分かるのだけれど、怖いのはあの深淵そのものの目だ。

 

強い人は、相応の修羅場をくぐるものだと聞いている。

 

お姉ちゃんだって、外で匪賊と戦ったり、あと少しで死ぬような目にあった事が何度もあると聞いた。

 

だとすると、あの人は。

 

どんな世界で生きてきたのだろう。

 

「フィリスー。 どこにいるー?」

 

不意に長老が声を掛けてくる。

 

わたしの隠れている岩陰には気付いていない。

 

だけれど、ソフィーという人は。

 

あからさまに一瞬で此方を見た。すぐに視線を外したけれど。

 

つまり、わたしの気配くらい、即座に感じ取ることが出来る、というわけだ。背筋が凍りそうになる。

 

お姉ちゃんは、わたしを抱きしめたけれど。

 

でも、そのまま隠れていても駄目だ。

 

それに、何かあった場合。

 

もう逃げる事は出来ないだろう。

 

わたしは諦めて。

 

少し迂回してから、別の通路から姿を見せる。この街の事は知り尽くしているのだ。それくらいは出来る。

 

「呼びましたか?」

 

「おお、フィリス。 この方が錬金術師のソフィーさん。 此方はその相方のプラフタさんだそうだ」

 

「はじめまして。 ソフィー=ノイエンミュラーだよ。 フィリスちゃんって呼んで良いかな?」

 

「は、はい」

 

笑顔で接してくるソフィーさんだが。

 

分かる。

 

笑っているのは口だけだ。

 

目の方は、わたしの全てを見透かすようにして、深淵の底から這い上がってきたような暗い視線を体に這わせている。

 

解析されている。

 

それが分かって、わたしは息も出来ないくらい怖い。

 

「フィリスや。 お前の家の前の空き地を貸して欲しいと言う事なのだが、良いだろうかな。 お前の両親にはもう許可はとってあるよ」

 

「そ、その、リア姉は」

 

「私なら構わないわ」

 

低いお姉ちゃんの声。

 

側に立つお姉ちゃん。

 

気付く。

 

手が少し震えている。

 

外で獲物を狩り。

 

匪賊ともやりあっているこの街一の戦士が、震えている。震えを抑えきれずにいる。

 

「そう、じゃあさっそくキャンプしてみようかなー」

 

「ソフィー、あまり人々を驚かせないように」

 

「ふふ、大げさだなあ。 錬金術師なんだから、出来る事は可能な限りやらなくちゃあね」

 

プラフタという人は、ソフィーさんと対等に口を利いている。

 

錬金術師だという紹介は受けなかったが。

 

或いは師匠か何かなのだろうか。

 

それとも、家族だろうか。

 

よく分からないけれど、一緒に歩いて行く。

 

途中、幾つか聞かれたが。

 

その中に、思わず恐怖で凍り付きそうになるものがあった。

 

「フィリスちゃん、鉱物の声が聞こえてる?」

 

「っ!」

 

反応を示したのは、むしろお姉ちゃんの方だ。ナイフに手を掛けようとして、踏みとどまった。何か外であったのだろうかと、わたしは思う。

 

ソフィーさんは、笑顔のまま。

 

そう、恐ろしい笑顔のまま、返事を待っていた。

 

わたしは頷く。

 

ゆっくりと。

 

下手な反応をしたら、ドラゴンでもかなわないような人を、至近距離で相手にする事になる。

 

お姉ちゃんだってそれは分かっている筈だ。

 

「き、聞こえて、います」

 

「そう、それは凄い事だよ」

 

「そうなん、ですか」

 

「ものの声が聞こえるって才能は、錬金術師でも滅多に持っていないの。 幸か不幸かあたしも持っていてね。 昔は四方八方から聞こえる声に、ずっと苦労し続けていたんだよ」

 

一際暗い輝きを放つソフィーさんの目。

 

それは正に。

 

全てを飲み込む漆黒だった。

 

「でも今はある程度制御出来るようになってね。 それに錬金術師にとってはあるととても便利な技術なんだ」

 

「錬金術師……」

 

「そうそう、それと声が聞こえる人にはね。 例外なく錬金術師の才能があるんだよ」

 

何だろう。

 

全て見透かされている。

 

いや、今の短時間に。

 

何もかも見透かされた、というべきなのだろうか。

 

本当に怖い。

 

圧倒的な経験と。

 

圧倒的な実力から来る自信。

 

それらを間近から感じる。

 

程なく、家の前につく。

 

リュックから、ソフィーさんはハンカチくらいの何かを取り出すと、それをてきぱきと拡げる。

 

ごくごく狭い空間に。

 

一瞬にしてそれは完成していた。

 

半円形の。

 

何か良く分からない建物だ。

 

大きさはさほどでもないけれど。今のハンカチ程度のサイズから、どうしてこうなるのか、さっぱり理解出来ない。

 

扉もついている。

 

この扉は木製に見えるのだけれども。

 

どうやってあんな風に畳んでいたのか。

 

笑顔のまま、中に入るように促すソフィーさん。わたしは生唾を飲み込むけれど、逆らうという選択肢は無い。

 

中に入ってみる。

 

其処は、正に異次元だった。

 

言葉を失ってしまう。

 

今は入ったのは、ごくごく小さな建物だった筈だ。それこそ大きさにしても、わたしの背丈ほどもなかった。

 

それなのに、中には三部屋もある巨大な空間が拡がっていて。

 

ベッドはあるし。

 

何か良く分からない、大きな釜のようなものもある。

 

奥の方には、何人も暮らし、物資を補給できそうな部屋もある。はっきりいって、わたしのうちなんかよりずっと一部屋だけで広い。

 

それも、余裕を持って家具が入っているのだ。

 

これが、ハンカチのように畳まれていたというのか。

 

後から入ってきたお姉ちゃんも、言葉を失っていた。

 

「こ、これは……」

 

「旅をするときに使っている折りたたみ式の家だよ。 本格的に物資が必要なときは、本拠地に戻るんだけれどね。 あの扉を使って」

 

「し、信じられない。 これも錬金術の力なんですか」

 

「うん。 高位次元に干渉して作った、といってもまだ分からないかな。 錬金術を極めれば、こういうことも出来る事になる。 それだけだよ」

 

立ち尽くしてしまう。

 

嘘じゃなかった。

 

外の事を書いている本は嘘じゃなかった。

 

こんな事が出来る人は。確かにドラゴンや邪神だって打ち倒せる。

 

恐怖と天秤に懸かっていた興味が。

 

少しずつせり上がっていくのが分かる。

 

わたしは。

 

いつのまにか、この圧倒的な力を持つ錬金術というものに。

 

すっかり魅せられていた。

 

魔術では、絶対にこんなの無理だ。

 

自分自身が魔術を使えるからこそ、わたしには分かる。

 

これは本当に別次元の力。

 

何しろ、ソフィーさんからも、魔術師としての凄まじい力量を感じるのである。

 

それなのに、ソフィーさんは錬金術を使い。

 

そして極めている。

 

この人は魔術師としても、得がたいと言われる程の人材の筈だ。

 

だというのに、錬金術を選んでいる。

 

それだけで、この力がどれほど桁外れで、圧倒的なのか。わたしには、想像も出来ない程だった。

 

「さ、さっきの……」

 

「うん?」

 

「壊した門を、一瞬で直したのも、錬金術……ですか?」

 

「そうだよ。 あれは物の概念に干渉して、その時間そのものを反転させたの。 その物限定でね。 その結果、壊れていないという事象そのものが、この世界に戻ってきたんだよ」

 

聞いても意味はさっぱり分からないが。

 

それでも凄い事だけは分かる。

 

お姉ちゃんに話を振ろうとして振り返るが。

 

どうしてだろう。

 

お姉ちゃんは。

 

とても怖い顔をして。

 

唇を引き結んでいた。

 

ソフィーさんは、笑顔のままだ。だけれど、錬金術に興味が出てきた今も、その笑顔は怖いままだけれど。

 

「リアーネさんと呼んでも良いかな?」

 

「ご自由に……」

 

「そう、ではせっかくだから、お茶とお菓子を出すよ。 楽しんでいって」

 

「分かったわ」

 

奥の部屋で、お茶が出てくる。

 

言うまでもないけれど。

 

お茶なんて貴重品中の貴重品だ。

 

この鉱山の街には、滅多に入ってこない。

 

わたしの家には時々入ってくるけれど、それは稼ぎ頭が二人もいるから。多分お茶を飲んだことがない人も、いるのではないのだろうか。

 

それも、見ていると。

 

贅沢に果実を潰したものを入れている。

 

ジャムというらしい。

 

飲ませて貰うけれど。

 

信じられないくらい甘くて。

 

美味しいなんてものじゃなかった。

 

今まで飲んでいたお茶というものが、何というか、ただの水にしか思えなくなってしまった。

 

出されるお菓子というのも食べるが。

 

その後に、ちゃんと食べた後に歯を磨くように言われる。

 

言われて見て、ぴんと来なかったが。

 

食べて見て分かった。

 

凄く甘い。

 

何かを焼いて固めている、多分小麦粉だと思うのだけれど。そもそも小麦そのものがエルトナには殆ど入ってこない。

 

たまにお母さんが料理をするとき、ちょっとだけ使うくらい。

 

それをこんなに贅沢に使うなんて。

 

お姫様か何かになった気分だ。

 

お姉ちゃんはそれでも険しい顔をしていて。

 

そして、その顔のまま言った。

 

「貴方、ただの錬金術師では無いですね。 以前会ったことがある旅の錬金術師は、貴方の足下にも及ばないほどの実力しかありませんでした。 この実力だと、世界に何人もいない次元の筈です」

 

「ふふ、リアーネさんにはそう見える?」

 

「ほぼ確実にそうとしか思えません」

 

「まだまだあたしもこれでも実力不足でね。 大きな目的と共に、同志達と連携をとって動いている途中なんだよ。 まず第一に、こういう孤立した小さな集落を他の集落と連携させて、閉鎖空間内で滞った血流などを交換するのが今の戦略の一つなの」

 

お姉ちゃんが眉をひそめる。

 

わたしも意味が分からなかった。

 

ソフィーさんは、お茶に入れたスプーンをまわしながら。後ろに控えているプラフタさんは無言のまま。

 

説明をしてくれる。

 

「例えば、この規模の街で、しかも閉鎖した空間で暮らしていると、いとことかの結婚とか、同じ一族からずっとお嫁さんを出して貰うとか、あるでしょ。 下手すると叔父叔母との結婚とか、きょうだいで結婚とかさえあるんじゃない?」

 

「えっと……」

 

わたしは必死に考えるが。

 

確かにある。

 

今わたしが思い浮かべた家族だけでも。

 

三割近くがいとこ。

 

またいとこを加えると、その確率は七割を超える。流石に叔父叔母、きょうだいで結婚は聞いたことがないが。

 

この小さなエルトナで。

 

しかも人が限られていると言う事は。

 

そういう事が当たり前のように起きる。

 

ソフィーさんは、慣れた様子で指先を動かして、映像を出してくれる。魔術でも似たような技術はあるけれど、それとは桁外れに鮮明だ。

 

映像はそれは動物の群れだったけれど。

 

皆やせ細っていて。

 

そして襲いかかる怖い動物に、為す術も無いようだった。

 

「近親交配は、生物の群れをとても弱らせるんだよ。 この動物たちの群れも、数が少なすぎて、結果近親者での交配を繰り返した結果、こうなったの。 数十年単位で色々な群れを観察して記録を残していた人がいてね。 150000頭ほどの同じ種類の動物で調べて、間違いないって結果が出ているの」

 

「では、この街に来たのは……」

 

「ただでさえ匪賊に脅かされているような集落が、外と血の交換を容易く出来ると思う?」

 

お姉ちゃんは。

 

何か思い当たる節があるのか、さっと青ざめた。

 

だけれど、口にしない。

 

お姉ちゃんがこんな顔をするときは。

 

本当に怖い何かを知っているときだ。

 

ソフィーさんは笑顔のまま。

 

この人。

 

本当にお姉ちゃんと年もあんまり変わらないのか。

 

「ソフィー、その辺で……」

 

「うん、分かっているよプラフタ。 そろそろ用事があるから、ごめんね。 これ、ご両親にお土産として渡してあげて。 歯を磨くようにも言ってね」

 

「あ、はい」

 

渡されたお菓子。

 

二人は、じっと背中から、わたしを見ていた。

 

お姉ちゃんは、まるで今にも戦いになるように、ずっと険しい表情のままだった。

 

 

 

家に戻ると。

 

今見てきたことを、お父さんとお母さんに話す。

 

そして、話し終えると。

 

お父さんは嘆息した。

 

とても辛そうだった。

 

「フィリス」

 

「どうしたの?」

 

「ソフィーさんの言う事は本当だ」

 

「え……」

 

お父さんの話によると。

 

エルトナの人間は、既に血が濃くなり過ぎているのだという。

 

いとこやまたいとこでの結婚を繰り返してきた結果。親族だらけになってしまっている。どこに行っても血縁関係があり。

 

そして血縁が濃すぎると。

 

おかしな子供がたくさん生まれてしまう。

 

お母さんが、目元を拭った。

 

「角に住んでいるフィフィさん知っている?」

 

「うん。 優しい人だよね」

 

「あの人、五人上に子供がいたんだよ」

 

「えっ……」

 

フィフィさんは優しくて物静かで、わたしにもとても穏やかに接してくれる。

 

昔はよく遊んでくれる、優しいおばさんだった。

 

だが。

 

五人、子供が。つまり兄姉がいた、ということか。

 

「みんな、とても見られないような姿で生まれてきて、しかも生まれた時には息がなかったんだよ。 その場で産婆がね、弔いの儀をしたんだ」

 

「……っ」

 

「エルトナのみんな分かっているんだ。 今回、ソフィーさんは、他の街との交流について、極めて簡単にできる方法を提案してくれた。 それだけで、長老だけじゃない、俺たちも本当に感謝の言葉しか無い」

 

まさか。

 

わたしも、何かおかしい事があることは分かっていた。

 

変な子供が生まれてくることがある事も知っていた。

 

産婆はいつも険しい顔をしていたし。

 

子供が出来ても、無かった事にされている事が多いことも良く知っていた。

 

だけれど、まさか。

 

それほど凄惨なことが起きていたなんて。

 

涙が零れてくる。

 

お姉ちゃんが、わたしを庇うように、少し低くて怖い声で言った。

 

「お父さん、お母さん。 フィリスちゃんをあまり悲しませないで」

 

「リアーネ」

 

「私は覚悟も何でも出来ているけれど、フィリスちゃんは」

 

「リア姉、大丈夫。 わたし……もう子供じゃないもん」

 

子供じゃない。

 

同年代の女の子は結婚して子供を産んだりもしている。

 

だから子供じゃない。

 

稼ぎだからと言って、いつまでも甘やかされていてはいけない。

 

わたしだって。

 

現実を知らなければならないのだ。

 

それから、少し難しい話を、お父さんがした。

 

ソフィーさんは、隣にある少し大きめの街と、この街が直接交流を持てるように取りはからってくれるという。

 

物流の取引はホム達がやるのだけれど。

 

それについても、もっと大きな組織が関わるらしく。

 

不正は絶対に許さないし。

 

不正が行われたら即座に通報して欲しい、という厳しい姿勢を取ってくれたそうだ。

 

その過程で、エルトナから出たい人も、その街に直接行けるようにもしてくれるそうである。

 

錬金術は凄いと。

 

お父さんは褒めていた。

 

わたしもそれはまったく同意だ。

 

そして、言われた事も思い出す。

 

「わたしにも、錬金術、出来るかもしれない」

 

次の瞬間。

 

その場が凍り付いた。

 

「フィ、フィリス……何を言っているんだ」

 

「ソフィーさんが言っていたの。 ものの声が聞こえる人には、例外なく錬金術師の才能があるんだって」

 

「……っ」

 

口を押さえるお母さん。

 

お父さんは絶句して、もう何も言えないようだった。

 

わたしは、この街の惨状を知ってしまった。

 

分かっていたのに見ないフリをしていたものを、見てしまった。

 

だったら。

 

わたしがやるしかない。

 

「わたし、錬金術師になれるか、ソフィーさんに聞いてみる」

 

「フィリス、お願い……」

 

「お母さん?」

 

「お願い、それだけはやめて!」

 

お母さんが。

 

普段は物静かで、あまり言う事もないお母さんが。

 

そう言って、顔を覆った。

 

声を失うわたしに。

 

お父さんが、静かだけれど。

 

必死に諭すように言う。

 

「今日は、その話はやめだ。 少し頭を冷やしてから、また話そう」

 

「……でも」

 

「やめだ」

 

有無を言わさない強い言葉。

 

わたしは、もう黙るしかなく。

 

そして、嗚咽するお母さんを見て。

 

もうそれ以上は、何も言う事が出来なかった。

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