暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ホムの子は言葉を失ってしまったらしい。
目を覚ましてもずっと何かに怯えていて。何も喋らなかった。
精神に著しいショックを受けると、言葉を失ってしまうことがあるらしいのだけれど、それだろうとお姉ちゃんは言っていた。緘黙という症状だそうだ。
お姉ちゃんがゆっくり言い聞かせて、やっと少しずつ栄養を取り始めてくれた。栄養も、わたしが元気が出るように、元の食べ物から錬金術で変質させて相当に増やした。最初はかゆから。痛々しい程痩せているし、しばらくは身動きさせてはいけないだろう。回復を早くするべく、手袋もつけて貰った。
一応本職の医者も呼ぶ。
見てもらったが、典型的な栄養失調、と言う事だった。
レンさんにも頭を下げて見てもらい。
今わたしの手持ちの薬で大丈夫だろうと言われたので、どうにか胸をなで下ろす。
だが、もう少し遅れていたら、多分手遅れだっただろうとも言われた。
一段落すると、借金取りの所に出向く。念のためレヴィさんと、自警団の団長にもついてきて貰った。
相手は人間とはいいがたい相手だ。
匪賊のように即刻駆除して良い相手でもないが。
だが、高利貸しなんて基本的に人間と呼んで良い存在では無い。違法奴隷を扱うケースさえある。
案の定借金取りは強欲そうなヒト族の商人で。わたしが錬金術師だと聞いても舐めた目で見ていたが。証文に書かれたのと利子の分をあわせた金を目の前に叩き付けると。一転して低姿勢になり、媚びた目で此方を見た。後ろに自警団の団長が厳しい目で立っていたのもあるかも知れない。
反吐が出る。
証文をその場で破り捨てて、この店の名前は覚えておく。今後何かの機会に思い知らせてやる。そう決めた。
わたしは、生まれて初めて。
本気で怒っていた。
衝動で感情を押さえきれなくなることはしょっちゅうあった。だが今回のは違う。心の底の火山が噴火するような怒りだった。それにより力が湧いてくる気さえした。
アトリエに戻る前に、深呼吸する。雨音が嫌にクリアに聞こえた。
人のために怒ることは出来る。
なら、まだわたしは人だ。
そして、分かってもいる。
これはありふれた悲劇なのだとも。
街道を行く際に匪賊に襲われるような人は。余程お金が無くて、まともな傭兵を雇えないような商人だ。
しっかりした傭兵団を雇っていれば、早々匪賊如きに遅れなんてとらない。或いは、街と街の間のインフラさえしっかりしていれば。それらの情報を入手をしてもいれば。
一応、戸籍を調べて名前は分かった。
だが、それがなんだというのだろう。
お父さんの名前はドライ。
お母さんの名前はフュンフ。
そしてあの子の名前はツヴァイだ。
ホムが名前に数字や記号をつけることは珍しくも無い。
意味からして2だが。それも関係無いだろう。
お姉ちゃんに話を聞いたところ、ホムは記号や数字を無作為に名前に選ぶ傾向が強いそうで。
特に二番目とか、二人目の子供だとか。
そういう意味は無いそうだ。
あまり参考にはならないかも知れない。
借金を兎に角帳消しにした後、わたしはこれではアトリエに戻れないと思った。
まだハラワタが煮えくりかえっている。
お姉ちゃんにツヴァイちゃんは任せているが。
しかしあの子をどうしたものか。
放置も、孤児院に置いていくことも出来ない。
関わってしまった以上面倒は見ないと。
相手は人間。
ペットや何かではないのだ。
命を預かっているのである。
お姉ちゃんは、嫌な顔はしないだろう。既に所帯としてそれなりの規模になっているのだから。それにお姉ちゃんは子供も好きだ。わたしに対しては行きすぎの所もあるけれど、それはそれである。
雨が少し弱まってきた。
だいぶわたしが落ち着いてきたのかと思ったか。
自警団の団長イェーガーさんが、悔しそうに言った。
「すまなかったな、フィリスどの。 我が街の恥と闇を見せた」
「いえ……世界中何処にでもあることです」
「そう……だな」
「世界中の何処にでも……」
口に出すと。
改めてこれが如何に腹立たしい事か分かる。
例えば、世界から邪神の脅威を排除して。
ドラゴンも撃退出来るようになり。
どの街も繁栄して。
人間が増えていくとする。
そうした場合、人間はどうなるのだろう。
みんな幸せに暮らせるか。
答えは否、の筈だ。
今でさえ、ラスティンもアダレットもロクに統率が取れていない。匪賊になる人間はどんな街からも出る。
匪賊になると人間を喰うようにもなるし。
復帰は無理。
今は二大国でまとまっているが。
もし人が増え。
更に曖昧で済んでいた領土問題などが表面化したら。
きっと大規模な諍いだって起きる。
それがどんな悲劇だかはわたしには分からない。
だけれども、あんな小さな子や。
無力な人がたくさんたくさん巻き込まれて。
悲惨な運命を辿ることだけは。
とても簡単に想像できた。
許せない。
どうしてこんな世界になってしまっているのだろう。
今まで、みんな何をしていたのか。
世界を良くしようとはしなかったのか。
その結果がこれだとしたら。
人間は、揃いも揃ってとんでもない無能では無いのか。
そんな考えさえ浮かんでくる。
大きな溜息が漏れた。
自警団の団長には帰ってもらう。
レヴィさんは、しばらく頭を冷やせと言って、側にいてくれたが。あまり嬉しくは無かった。
ふと気付く。
雨の中、水路に釣り糸を垂らしている女の子がいる。
此方に気付くと。
此方が決して笑顔ではないにも関わらず。
無邪気に微笑んで、手を振って来る。
肌を健康的に焼いている女の子で。
背丈はわたしよりも低いくらい。
つまり幼いのだ。
わたしが相当に難しい精神状態になっている事は、一目で分かるだろうに。それでも手を振って来ると言う事は。
余程人なつっこいか。
それとも危なっかしいのか。
「あ、錬金術師さん! ちっす!」
「こんにちは」
「あれ? 何だか機嫌が良くないね」
「……ごめんなさい。 あまり笑顔を浮かべられそうに無くて」
わたしは、寡黙になりそうだ。
メアと名乗った女の子は、釣りでもしてみる、と笑顔で釣り竿を見せる。
こういう日の方が釣れるそうだ。
湖とこの水路はつながっていて。
大型の獣よけはされているが。
その一方で小さな魚は入ってくる。
故に水路でありながら、釣りを楽しめる良い場所なのだとか。
船も通り過ぎていくが。
数はあまり多くは無い。
何しろあの竜巻だ。
やはり、水運には色々と問題が生じてしまっているのだろう。
側に座るように言われたので、まずタオルで拭いて。傘を差して座る。合羽を着ている女の子は、綺麗な白い歯を見せながら、屈託なく笑う。
「錬金術師さん、ドナの街との道を開拓した人でしょ? フルスハイムでも話題になってるよ」
「わたしは人手を貸してもらっただけだよ。 殆どはドナのオレリーさんがお膳立てしてくれただけ」
「それでも凄いよ。 公認錬金術師でもないのに」
「凄く何て……」
凄い、か。
凄かったら、匪賊を瞬く間に退治できるのだろうか。
この世界を変えられるのだろうか。
そうか。
わたしは凄くならなければならないのか。
レヴィさんは、何か喋るべきでは無いと思ったのだろう。ずっと黙ったまま、傘を差して側に立っていてくれる。
普段は訳が分からない言葉で周囲を煙に巻くこの人だけれど。
こういうときは。
どうしてか、とても悲惨な事を、理解してくれている気がする。
或いは、前に言っていた事。
人に自慢できる人生を送っていない、というような事が。
関係しているのかも知れなかった。
「うち、お店もやっているんだけれど、ちょっと来てくれない? 釣果も今一だしね」
「お店?」
「温かいお茶も出すよ」
「フィリス、行くとしよう。 このままだとお前が体を壊すぞ」
レヴィさんが提案してくれる。
少し悩んだ後、わたしは提案に乗ることにした。
レンさんのアトリエがある方。
水路が入り組んでいる地帯に赴く。
この辺りは、朽ちた廃屋もあるし。
一方で普通のおうちもある。
格差が明確にあるのが。
このフルスハイムの特徴らしい。
この格差が大きい場所に、敢えてアトリエを作っている。
それがレンさんの考えなのだろうか。
「今だから話すけれど、レンさんの前の錬金術師、兎に角嫌な奴でね。 ロクに効きもしない薬を高値で売りつけるわ、ロクにネームドも退治しないわ、その上悪徳商人とつるんで好き勝手するわで、死んでせいせいしたよ。 匪賊と連んでいたっていう噂もあったんだよ。 急に死んだときには、天罰だって噂が流れたくらい」
「天罰……」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
いつの間にか、目の前に小さなお店がある。これがメアの店らしい。
こじんまりとしているけれど。中には、相応のものが揃っていた。
自慢げに色々出してくるが、わたしが興味を引かれたのは書物だ。
オレリーさんのアトリエで見たような蔵書を揃えるのは厳しいけれど。
それでもわたしは手持ちにそれなりのお金を有している。
有用そうな本は、買っておきたい。どんな種類のものでもだ。
美術品なども見せられたけれど、別に錬金術の産物でもないようだし、首を横に振る。服もあまり興味が無かった。
わたしも一応身繕いには興味があるけれど。
それでも、今はそんな気分にはなれなかった。
本は相応の貴重品だ。
数冊を購入すると、メアは大喜びしてくれる。
「ありがとうござい。 これで今月は食べていけそう」
「錬金術の素材や、道具類なら買うよ」
「仕入れておくね」
笑顔で言うメアだが。
まあ期待しないで聞いておこう。
不意にドアが開いて。
屈強な男性が入ってくる。
見覚えはあるが、名前は知らない。
「おっと。 いらっしゃい。 人がいるとは思わなかった」
「お兄ちゃん」
「何だ、メアの客か。 どうも、カイっす。 この街で船乗りをしておりやす。 お見知りおきを」
「フィリスです。 錬金術師をしています」
レヴィさんも名乗ると。
メアさんのお兄さんらしい男性は、少し驚いたようだった。
「あんたがあの、ドナとの道を作った」
「みんな知ってるんですね」
「そりゃあそうさ。 今避難訓練していてな。 あの竜巻が街を襲うようなら、ドナに逃げるようにって、長老達からお達しまで出てるんだ」
「!」
そうか。
そうだろう。
オレリーさんもそういう話をしていた。
そもそもフルスハイムはインフラが機能不全を起こしている。まとまった規模の都市であるドナへの直通路が出来た今。
最悪の事態に備えて、訓練をするのが当たり前だ。
「俺も本来は船乗りなんだが、湖はあんなだしな。 妹に店を任せて、自警団の手伝いで日銭を稼いでいる為体よ。 流石にレンでもどうにもならないのに、あんたにどうにかなるほど楽な状況だとも思えんが……何とか出来ないか」
「お兄ちゃん、失礼だよ」
「あ、そうだな、すまん」
「いえ、半人前なのは事実ですから、気にしないでください」
ずけずけ正直に言う人だ。
それにしても、レンと呼び捨てにしたと言うことは。
公認錬金術師と親しいのだろうか。
いずれにしても、出して貰ったお茶で多少は体も温まった。まずは、やるべき事をやっておくべきだろう。
カイさんに、案内して貰う。
出来るだけ近くで、竜巻を見ておく必要があるからだ。
街が混乱している。
それはよくよく分かった。
言葉を失ってしまったツヴァイちゃんの様子を見ても。
今後混乱が続けば、悲劇が拡大するのは目に見えている。
ドラゴンの仕業だと言うけれど。
ドラゴンの機嫌次第では、あの竜巻がいつ街を襲ってもおかしくないだろう。
これ以上の悲劇なんて。
絶対に許せない。
ぱたぱた手を振るメアに軽く挨拶すると、店を出る。
カイさんに案内されてまず大通りに出て。其処から湖に向けて直進。途中、城壁と城門があった。
昔は街は此処までで。
更に湖側に拡張したらしい。その名残、と言う事だった。
湖側に出ると、大きな水路に、今まで見たことも無いような巨大な船が複数停泊していた。
港という奴だろうか。
そして、雨が一際激しくなってくる。
風も凄い。
「これは、正に疾風の暴威だな」
「これでもまだ端を掠めている程度でさ」
レヴィさんに、カイさんが戦慄を込めて呟く。
もう少し進むと。
雨も更に本格的になり。
見張りらしい自警団戦士に制止された。
この先に行くと、獣も出ると言う。
まあこんな状況だ。
既に此処は、街の中でありながら、街の中ではないと判断するべきだろう。獣が出るのも当然と言うべきか。
湖に住んでいる獣が、我が物顔で上がって来てもおかしくは無い。
メモをとろうにも、これは無理だ。
一旦退避して、それから観察する。
「丈夫な船を使って、少し進んでも見たんですがね。 竜巻の中央に近づけば近づくほど、風も波も強くなっていて、とても進める状況じゃありませんや」
「……分かりました。 少し考えて見ます」
「頼みやすぜ」
レヴィさんを促し、アトリエに戻る。
お姉ちゃんは、遅かった、とだけ言ったが。
それ以上は何も言わなかった。
わたしが本を抱えていたこと。
そして調査に出向いていたことを。
見抜いたから、だろう。
いずれにしても、此処からはどうやってあの竜巻を打破するか。
真剣に考えなければならない。
ドラゴンだか何だか知らないが。
これ以上の不幸を。
産み出させるわけには行かないのだ。
ツヴァイちゃんの事を聞くが。
さっきまで苦しそうにしていたけれど。
ようやく寝付いてくれたという。
この辺りは、ヒト族の子供と同じだと、お姉ちゃんは苦笑いする。ともかく、心に甚大な傷を受け。
体も弱り切っているのだ。
しばらくは、手篤く面倒を見るしか無いだろう。
「リア姉、しばらくツヴァイちゃんの面倒、見て貰える?」
「良いけれど、フィリスちゃんはどうするの」
「あの竜巻、どうにかしないと」
わたしが唇を噛んで。
真剣な様子を見て。
お姉ちゃんは、それ以上何も言わなかった。多分わたしが本気で怒っていることを、察してくれたのだと思う。
悲劇を直接引き起こしたのは匪賊共だ。
商売の失敗につけ込んだのはあの悪徳商人だが。
だがそれ以前に。
前提として、ドラゴンだかが余計な事をしなければ。
この子は此処までの目に会わなくても済んだだろう。
街の混乱。
それに乗じた匪賊の侵入。
それが悲劇を決定的にした。
だからわたしは。
その元凶を排除する。
わたしは見聞院から借りてきた本をまず開くと、重要な場所をメモし。そして、一冊ずつ徹底的に読み込んでいった。
そしてそれが終わると。
見聞院への返却を済ませ。
続いて、メアちゃんから買った本で、同じ事を始めた。
何か、一つでもヒントがあれば良い。
そう思って、徹底的に本を読んでいく。似たような事例はないか。風を操作する道具や方法は無いか。
魔術で、似たような事が出来るのなら。
錬金術で増幅はできないか。
例えば、竜巻に竜巻をぶつけて、相殺してしまうとか。
非常な力業だが。
魔術を極限まで増幅する錬金術なら、規模さえ巨大化させれば、恐らく出来る筈だ。
だが、風を操作する魔術に関しては、幾つも難しい課題がある事が分かってきた。
また、増幅に関しても。
ある一線を越えると、途端に難しい事もわかり始めた。
例えば、竜巻をドラゴンだかが、魔術を応用して引き起こしているとして。
ドラゴンは、基本人間が束になっても勝てない魔術を使う事が出来る。
その差を埋めるのはただでさえ難しい。
増幅がある程度のラインから極端に難しくなるとなると。
資料を見ながら計算してみる。
やはりだ。
船どころか、或いは街の一角を丸ごと埋め尽くすほどの巨大な装置が必要になってくるかも知れない。
それでは本末転倒だ。
ただ一度の竜巻打ち消しのために。
そんな巨大装置を作っても意味がない。
小型化は出来ないか。
考えて見るが、非常に複雑で繊細な装置になる。
あの暴風雨の中、それを持ち込めるだろうか。
頭を抱えてしまう。
竜巻をどうにかする、という以外の方法は無いか。
兎に角考えろ。
わたしは自分を厳しく叱咤しながら。
災厄の顕現とも言える竜巻をどうにかする方法を、ひたすら考え続けていた。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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一日で一章がいい
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更に分割して欲しい