暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
悩んでいても仕方が無い。
架橋は不可能だ。
そう判断したわたしは、大回りで道を開拓するしかないという結論に至った。せめて一線級の人員がいれば、話は別だったのだろうが。
だがこのルートだと、往復だけで半日はかかってしまう。それも、戦闘をまったく考慮しない場合である。
西にずっと行くと、メッヘンにたどり着けるらしいのだけれど。
そうする意味が今のところは無い。
西へ安全経路を作る場合、緑化作業が必要になる。それも、オレリーさんが主導したような規模の、である。
ドナでの緑化作業はどうなっているだろう。
東の街への街道は出来ただろうか。
いや、わたしがフルスハイムに来てからまだ日も浅い。
流石に其処まで都合が良い事は無い筈だ。
とにかく、レンさんに使者を出す。
文面はカルドさんが、格調高く仕上げてくれた。
カルドさんはこういうのが得意なようなので。
ネゴが得意なお姉ちゃんと組むと、凄く良い仕事をしてくれそうなのだけれど。
相変わらずカルドさんはわたしは平気でも、お姉ちゃんは近づくのも嫌なようなので(怖いと言う意味で)、なかなか連携は上手く行かないだろう。
ツヴァイちゃんは、アトリエの奥で寝ている。
やっと、状態が安定してきたが。
まだわたしが色々な資料から調べ調合した精神安定薬を飲んで。
それでどうにか、言葉は戻らなくても、自分でお風呂や食事は出来るようになった。
だけれども、やっぱり心身のダメージは激烈で。
歩くのも、手伝って貰ってやっと、という状況である。
子供だから、むしろ回復は早い方なのだろう。
幼い子をこんな酷い目にあわせて、それを笑って見ていた匪賊。
人間は此処まで落ちる事が出来るのかと。
ツヴァイちゃんに接すれば接するほど感じる。
ともあれ、準備は終わった。
キャンプには、今日も守りを頼むと。
今まで開拓したルートを、今日も更に延ばす。
ドラゴンがいつまで竜巻を湖に浮かべているだけで満足してくれるかは分からない。
だからこそ、急がなければならないのに。
少しずつ進めていかなければならないのが心苦しい。
ただ、戦闘経験は嫌でも増えるし。
少しずつ、殺せば殺すほど。
心が静かに。
獣と戦えるようになっていくのも分かっていった。
その内わたしも、静かに。何の心も動かさず。敵を殺せるようになるのかも知れない。
そしてその敵の中には匪賊も含まれる。
今はまだ、獣を殺すと、心の中でごめんなさいと呟いている。
だがそれも、いつまで続くだろう。
やはり、キャンプから出てしばらくすると、獣が襲いかかってくる。
お姉ちゃんが矢を叩き込み。
わたしが爆弾を投げ込む。
最近はレヘルンの材料が大量に取れるので。慣れてきたこともあり、レヘルンをまず投げる事が増えていて。
その火力も上がってきていることもある。
爆裂する氷に、全身を一気に凍り付けにされる獣や。
翼をやられて落ちてくるアードラ。
更に、足をやられて動けなくなり、その場でなぶり殺しの目にあう獣も目立つようになって来た。
だが、それらがとても弱い獣である事も理解している。
倒した後捌いて、荷車に積み上げると。
更に先に進む。
最弱の部類に入るだろう獣は。
此方の戦力を見て、ようやく避けるようになってくれはじめたが。
それでも、此方に仕掛けてくる獣もいる。
あからさまに勝ち目がないのに襲いかかってきて。
お姉ちゃんの矢一発で叩き落とされる獣を見ると。
心が痛む。
お姉ちゃんの矢は、今や人間大の獣くらいなら、貫通する位の威力が出るほどになっている。
外すこともまずない。
見ていて、それが分かるだろうに。
何故命を捨てるのか。
粗末な橋に出る。
この橋は、少しばかり危ないかも知れない。特に、鉱石を荷車に満載して通るときは危険だ。
次に来た時は、硬化剤を使って補強する必要があるだろう。
かなり大規模な傭兵団と、商人が来る。
どうやらアルファ商会らしい。
傭兵は三十人くらい。
馬車も四両という大規模なものだ。
軽く挨拶して、話をする。
やはりフルスハイムが非常にまずい事は既に話として彼らも知っているらしく。
メッヘンを経由して、物資を売りに来たらしい。
情報を交換する。
ホムは見た目で年齢がわかりにくいのだが。
それでもそこそこの年齢に行っていると思える商人は。
頷いて、満足したのか、地図をくれた。
「写しで、しかも少し古いですが、これは情報料代わりです。 使ってくださいなのです」
「ありがとうございます。 活用させていただきます」
「みな、もう少しです。 もう少しで美味しいビールにありつけますです」
「おおーっ!」
傭兵達が通り過ぎていく。
此方を錬金術師と知っているからか、向こうも侮る様子は無い。それに、荷車に満載している獣の死骸も、それに拍車を掛けたのだろう。
馬車が通り過ぎた後。
やはり橋はかなり危ない状態になっていた。
あまり重いものを通すべきでは無いだろう。
橋の先に出て。
更に獣をある程度狩る。
適当に獣の処理を終えたところで、一度引き上げる。
ネームドの縄張りからはまだ遠いが。
獣の縄張りは、最近の掃討作戦でかなり変動している。
ひょっとしたら、出てくるかも知れない。
実のところ、最弱ランクのネームドならどうにかできる自信はある。
わたしが強くなったのではなくて。
作った爆弾が強くなって。
お姉ちゃん達が強くなっただけだ。
だが、それでもネームドとの交戦はできるだけ避けたい。
オレリーさんから、深核はそれなりの数貰っているから足りているし。
今の時点で、危険を冒してまで、ネームドと戦う理由は無いのだ。
キャンプに戻る。
そうすると、使者が来ていた。
使者は、急ぎの要件だと言って、手紙を渡してくる。
レンさんのものだった。
「フィリスちゃん、どうしたの」
「……イルメリアちゃんが、大けがをしたって」
「ええっ……」
「ソフィー先生が手当をしてくれたから、イルメリアちゃんは大丈夫だけれど、護衛についていたメイドのアリスさんが今も意識不明の重体だって……」
口をつぐんでしまう。
面識がある訳では無い。
むしろ無機質な感じさえした。
だが話によると。
アリスさんは、身を以てイルメリアちゃんを庇い。
それで致命傷に近い打撃を受け。
それでも必死にイルメリアちゃんを助けるために。
無理をして、巨大な頭足類に立ち向かったというのである。
その結果の重体だ。
やりきれない。
忠誠心は本物だった。
献身的な行動に嘘は無かった。
イルメリアちゃんは、今頃どれだけ苦しいだろう。
「此方の進捗についても聞きたいから、一度戻って、だって……」
「仕方が無いわ。 ドロッセルさん、しばらく此処を任せても良いかしら」
「うん。 二人で行ってくるの?」
「すぐに戻るわ。 フィリスちゃん、行きましょう」
頷く。
大きな溜息が出た。
どうせフルスハイムへは急げばすぐだ。
二刻ほど全力で走って、レンさんのアトリエに。
ソフィー先生はいなかったが。
奥の空間で、ベッドに横たえられているアリスさんと。
そのベッドにすがりつくようにして、身動き一つしないイルメリアちゃんの姿があった。
心が痛む。
レンさんに説明を受ける。
何でも、航路開拓中に、巨大な。恐らくネームドの頭足類によって、攻撃を受けたらしい。
その戦闘力は圧倒的で。
わたしが装甲化しようとしていた船は、戦いの余波で大きなダメージを受けているという。
アングリフさんの援軍が間に合わなかったら。
どうなっていたかわからないとも言われた。
ともかく、フルスハイム自警団の主力部隊は大打撃を受け。
重傷者を多数出し、遠征どころでは無くなった。
航路開拓は。
事実上不可能になったのだ。
そうなると。
やるしかない、ということか。
「フィリスさん。 残存戦力を其方に回します。 その代わり、急いで鉱石の確保をお願いします」
「はい。 書状を送りましたが、鉱石の在処についてはもう分かっています。 戦力が増えたのなら……何とか出来るかもしれません」
「……お願いします」
レンさんは、イルメリアちゃんと一緒に、竜巻が来た時にはじき返す道具を更に強化するという。
今でも強化を進めていて。
更に長時間、フルスハイムを守る事が出来るようになっている、ということだった。
だが、わたしは思うのだ。
確かにフルスハイムは守れるかも知れない。
だが竜巻を引き起こしているドラゴンが、気まぐれを起こしたら。
別の集落が。
竜巻に蹂躙されるのでは無いのか。
フルスハイムの東にある大きな湖の沿岸には、幾つもの小さな集落があると言う話である。
それらが蹂躙されたら。
もはや言葉も無い惨状になる事は疑う余地もない。
外に出ると。
戦士十名ほどが来ていた。
「残存戦力」だろう。
イェーガーさんはいないが。
丁度、街の一線級に立てる戦士ばかりだ。
わたしは状況を説明。
そして、協力を求めて、頭を下げた。
向こうも、此方が低姿勢を保ったからか。
反発はしなかった。
「頭をお上げくだされフィリスどの。 鉱脈の宛てがあると言うのは本当なのか」
「はい、それに関しては間違いありません」
「流石に錬金術は神域の学問だな……。 ともあれ、船の修理については、カイ達に任せるとして。 此方はフィリスどのに協力することしか出来ぬ。 手足と思って使っていただきたい」
そう恭しく言ったのは、まだ若い女性の戦士だ。
とはいっても精悍で、分厚いヨロイも着ている。手にしているのはハルバードである。
恐らく、次代の中核を期待されている戦士なのだろう。
そして、もう一人。
現れる巨躯。
アングリフさんだ。
「俺も参加させて貰うぜ」
「アングリフどの」
「イェーガーから、俺も出ろって言われてな。 ……やっぱり、後続で退路を守るのは性に合わん。 前衛に出してくれないか」
「分かりました。 お願いします」
ぺこりと頭を下げる。
この戦力なら。
ネームドの襲撃があってもどうにかなるはずだ。
強行軍でキャンプまで戻る。
そして、今までの収穫物資を確認。
更に手持ちの物資を確認する。
これならば。
恐らく、鉱石を採掘する場所の近くに、もう一つキャンプを作る事が出来るだろう。というよりも、其方にキャンプを作ってしまった方が早いはずだ。
アトリエにアングリフさんと。
それと、オリヴィエと名乗った女性戦士を招く。
そしてこれからの指針を説明する。
状況を理解してくれたアングリフさんは、大きく頷いた。
「まあこれだけの物資がある。 それなりの期間滞在するのは難しくないだろうが……」
「やはり問題が?」
「ああ。 いわゆるキャラバンが移動を続ける理由は知っているか?」
「いえ」
お姉ちゃんは知っているようだけれど。
口にはしない。
アングリフさんは、皆を見回すと言う。
「獣どもはな、人間を殺せる機会があれば、それを逃そうとしない。 この世界の荒野は、人間を殺すためにあるような場所なんだよ」
「……!」
「本来は草とか喰ってるような奴にも襲われた経験はあるだろう? 獣同士だと最小限しか殺し合いはしないのに、相手が人間となると彼奴ら消耗を狙って執拗に仕掛けて来やがる。 理由はよく分からんがな。 そして此処からが重要なんだが」
アングリフさんは。
強面の顔で、言い聞かせるように言う。
「この人数、戦力で、長期間滞在すると、獣だけでは無く間違いなくネームドも来るぞ」
「出来るだけ急いで、鉱脈を掘り当てないといけない……ということですね」
「そういう事になるな」
「分かりました。 皆の戦闘指揮は、お願いします」
アングリフさんは頷く。
こういう歴戦の傭兵は、基本的に戦略級の仕事に出てくる存在だと、ドロッセルさんに聞いた。
ドロッセルさんの両親などもそうらしいのだけれど。
街の防衛の指揮。
ネームドなどの撃退。
錬金術師に率いられての対ドラゴン戦など。
普通の傭兵では出来ない仕事を、任されるのがこういう人だそうだ。
お金に関しては、今回フルスハイムが出してくれるらしいので、気にしなくて良いそうだが。
賃金を聞いたら、思わず真顔になる。
確かに、戦略級の仕事をするのだ。
それくらいのお金は出さなければならないのだろう。
ただ、わたしがオレリーさんから貰ったお金に比べるとだいぶ少ない。
この辺り、錬金術師の行う事業の戦略規模が分かる。
そして、世界にとって。
どれくらい錬金術が重要なのかも。
イルメリアちゃんはしばらく動けないだろう。
だったら、その分もわたしがやるしかない。
翌日の朝からの行動をしっかり綿密に練り。
そして、今晩に限って。
ゆっくり休んだ。
だが、寝る前に色々と地図を見て作業をしていたわたしに。
アングリフさんが声を掛けてくる。
「フィリス、ちょっといいか」
「はい。 何ですか」
「あの子供な」
眠っているツヴァイちゃんを、アングリフさんが顎で指す。
冷酷と言うよりも。
現実的な視線が、その目には宿っていた。
「連れ回すつもりか」
「アトリエ内にいる限り、無理に動く事はありません。 それにあの子は……わたしが面倒を見ると決めました」
「俺たちが全滅すると、あの子も死ぬ事になる。 それは分かっているんだな?」
「はい」
だから絶対に死なない。
わたしはそう答える。
アングリフさんはしばらく腕組みしていたが。
やがて大きくため息をつく。
「作為的なものを感じるな」
「? 作為的……?」
「いや、何でもない。 ただ、あの子供、頭の方がしっかりしてきたら、最低限の仕事はさせた方がいいぞ。 俺も昔はそうだったから分かるんだがな。 集団の中でお荷物になるってのは、心に傷を作るもんだ」
「分かりました。 考えておきます」
仕事をさせる、か。
勉強して。
遊んで。
馬鹿みたいに笑っていれば良い。
そう思うのだけれど。
だけれど、わたしはずっともう錬金術師として、こうやって街の命運を賭けたプロジェクトに関わっている。
それを見て、ツヴァイちゃんはどう思うだろう。
やってもらうとしたら、数字を扱う仕事だろうか。
ホムとしては定番だ。
後、ホムにはレアな能力として、ものを複製する、わたしが使っているのとは系統が違う錬金術を使える人がいるという。
ひょっとしたら、ツヴァイちゃんもそうかも知れない。
適当な所で切り上げると。
眠る事にする。
明日は朝から、忙しくなる。
ここからが本番だと言っても良い。
だけれど、少し寝苦しかった。或いは、ツヴァイちゃんをどうするか、考えるべきだと思ったから、かも知れない。
朝一番から、作業に取りかかる。
キャンプの資材類を回収し。
櫓も解体。
全てアトリエのコンテナに格納する。
アングリフさんが指揮を執り始めてから、目立って動きが良くなり。作業は瞬く間に終わった。
更にキャンプの跡を丁寧に消すと。
そのまま移動を開始する。
途中、獣が仕掛けてくるが。
そもそも隊列に近寄らせない。
近づいた獣も。
身の丈大の大剣で、アングリフさんが文字通り一刀両断にしてしまう。
ドロッセルさんを見て強いと思ったけれど。アングリフさんは確かに、それより二枚も三枚も強い。
アングリフさんと、オリヴィエさんには。マフラーと、手袋、それにグナーデリングを渡しておく。
錬金術の装備だと言うと、オリヴィエさんは喜んだ。
アングリフさんは、まあまあだと言った。
歴戦の傭兵だ。
錬金術の装備を供与されたことくらいは、経験があるのだろう。
隊列を組んだまま移動。
先頭をオリヴィエさんとカルドさんが。
最後尾をレヴィさんとアングリフさんが固め。
中列にドロッセルさんとお姉ちゃん。
特にお姉ちゃんは、荷車の上で、少し高い位置から周囲を常に警戒して貰う。わたしは一番守りが分厚い中列を歩いて、獣が仕掛けて来たら、其方へ移動する、という事を続けていた。
ほどなく、街道に掛かっていた古い壊れそうな橋に出る。
一端隊列に止まって貰い。橋に居座っていた獣を追い払うと。
以前作った硬化剤を用いる。
硬化剤Aを塗った後。
硬化剤Bで固める。
二段階の動作を経て、カチカチになり、堅さだけでは無く頑強さも耐水性もしっかり備える。
少しだけ時間をおいてから。
しっかり固まったことを確認。
橋を渡る。
本当はもう少し南に新しく架橋したかったのだけれど。
それはまた別の機会にやるしかない。
イルメリアちゃんの方が駄目になってしまった以上、わたしがやるしかないのだ。
橋を渡り。
そして、仕掛けてくる獣を叩き潰しながら移動を続ける。
荷車は獣の死体が満載になって来たが。まだ移動は停止しない。
ネームドとの戦闘が想定されるのだ。
一端、予定地点まで移動しきらないと、却って危ない。
夕方。
ようやく予定地点に到着。
すぐにアトリエを出し。
資材を展開。
キャンプを再構築する。
篝火を焚き。
獣よけの香を焚き。
そしてブロック化されているキャンプの素材を組み立て。
物見櫓と天幕を作って。
キャンプは完成だ。
後は水だが、それについては雨水がずっと降り注いでいるので。それを蒸留して配ればいい。しかも、錬金釜を使わずとも、蒸留水を作れる道具まで貰っている。動力は大気中の魔力で、あまりたくさんは量産できないが、ほっといても作れるのは大きい。
蒸留水はここしばらくの作業でストックが大量に余っているし。
この人数の生活用水にも充分足りる。
此処からだ。
一気に、予定量の鉱物を掘り出し。
そのまま一気にフルスハイムまで引き上げる。
ネームドが集まってくる可能性があるとしたら。
奴らが集まりきる前に各個撃破する。
見張りは多めに出し。
休む人間もまた多めに出す。
そして、一晩が明ける。
何となく分かっていた。
次の日は。
朱に染まると。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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