暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、レジェンド

此処で一度解散にする。

 

お姉ちゃんとアリスさんはついてくるが。

 

アングリフさんは手慣れた様子でツヴァイちゃんを背負って買い出しに。

 

他の皆も、街の様子を見に行ったようだった。

 

人口は500人ほどと見受けられるが。

 

街の整い具合はフルスハイムにも負けていない。

 

都市計画が優れているのか、街が兎に角綺麗だ。中から見ると、その綺麗さははっきりしすぎているほどである。

 

それに雪山のど真ん中にあるのに上水下水がしっかりしていて、異臭もほとんどしないし。どうやっているのか、アルファ商会も来ている様子だ。

 

ふと思い出す。

 

オスカーさんが使っていたあれ。

 

明らかに異世界に行く扉。

 

それに、前にエルトナで見たもの。

 

アレを使って、行き来しているのかも知れない。

 

かといって、アルファ商会も商売である以上、あまりにも売り上げが見込めない場所には早々来ないだろう。

 

支店を開いていると言う事は。

 

それなりに魅力的な経済効果が見込めている、と言う事だ。

 

「凄い街ね。 山の中とは思えないわ」

 

「たった数年で此処までになったんだよ。 それまでは、雪山の中で毎日生きた心地がしない生活をしていたんだ。 公認錬金術師試験を受けに来る錬金術師と、その護衛の傭兵だけが外貨を持ってくるって有様でな。 今では橋が落ちようが竜巻が起ころうが、内需だけでぜんっぜん問題ない状態だ」

 

お姉ちゃんに、ほろ苦い口調でグラシャラボラスさんが答える。

 

こんな街だ。

 

数年でこうなったのなら。

 

それこそ神と同じように錬金術師を尊敬するのが当たり前だろう。

 

ソフィーさんが来た瞬間エルトナは変わったが。

 

それと近いものを感じる。

 

もっとも、ソフィーさんが数年単位でエルトナにいてくれたら。

 

エルトナは今頃、巨大都市に成長しているような気もするが。

 

イルメリアちゃんは口を引き結んでいる。

 

或いは、此処に誰がいるのか知っているのかも知れない。

 

街の真ん中。

 

色々よく分からない道具がある中、アトリエがある。

 

こぢんまりとしていて。

 

その周囲には、明らかに遠慮しているように、空き地が拡がっていた。

 

「結構気むずかしいから気を付けてくれよ。 へそを曲げられると、露骨に仕事をしてくれなくなるんだよ」

 

「はい。 前にも凄くおっかない錬金術師とあっているので、多分平気です」

 

「……そうだな。 まあ兎に角頼む」

 

グラシャラボラスさんが、他の自警団員と一緒に行く。

 

確かに一緒に歩いて分かったが、みんな相当戦闘慣れしている。

 

少なくともフルスハイム東の自警団員とは雲泥だ。

 

同じ集落でも、結構違うものだなと、思い知らされるが。

 

まず今は、錬金術師に会う必要があった。

 

アトリエの戸をノックすると。

 

眠そうな声と共に、戸が開く。

 

わたしの胸くらいまでしか無い小さな子だ。

 

とにかく眠そうで、口をへの字に結んでいる。ただし、何となく分かった。この子が、錬金術師。

 

しかも、この街を数年で此処までにした、だろう。

 

イルメリアちゃんが咳払い。

 

わたしは、姿勢を正した。

 

「錬金術師フィリス=ミストルートです」

 

「キルシェ」

 

私より年下だ。

 

しかも、既に数年の経験持ち。

 

つまり恐らく、年齢一桁で公認錬金術師になったと見て良い。確かに歴代最年少での合格というのも頷ける。

 

そしてこの子が。

 

この街を此処まで発展させたのだ。

 

文字通りの天才。

 

イルメリアちゃんとパイモンさん、お姉ちゃんとアリスさんも自己紹介する。中に入ると、どうやらお手伝いさんらしい人が、家事をしていた。

 

キルシェちゃんと呼ぶのは失礼か。

 

ともあれ、キルシェさんは。

 

見かけや動作は子供そのものだ。ただし、目つきは何というか、あまり良くない。ツヴァイちゃんほどではないが。闇を秘めている。

 

この子の年で公認錬金術師をやっているとなると。

 

当然周囲の嫉妬だって買っているだろう。

 

試験の時には苦労しただろうし。

 

その後、この街で実績を積むまでは、あんな子供が、みたいなことを言われたのは想像に難くない。

 

実力で周囲を黙らせるまで。

 

相当な苦労をしているはずで。

 

わたしも、その辺りの事情はすぐに察した。

 

「お掃除終わりましたよ、キルシェさん」

 

「お客さんにお茶出して」

 

「ああ、手伝います」

 

「私も」

 

お姉ちゃんとアリスさんが水周りに行く。

 

お手伝いさん、どうも動きが良くない。というか、子供のような年の相手に、顎で使われているのが気に入らないというのが、露骨に態度に出ていた。

 

そういえば。グラシャラボラスさんも、どう接して良いか困っていると、態度に出ていた。

 

幾らこの街を良くしてくれたからと言って。

 

子供に顎で使われるのは、気分が悪い。

 

そう思う人は、いるのかも知れない。

 

更に言えば、この子はどう見ても「子供」だ。街によっては、子供を産めるようになると即座に大人扱いされるケースもあるが。そういう観点から言っても子供である。周囲に対して、強い警戒を抱くのも、無理はなかった。

 

だから、わたしは。

 

丁寧に対応する事にした。

 

「今、麓に街道が復活しているのは知っていると思います。 でもその先の橋が落ちてしまっていて、復旧の手が足りません」

 

「フルスハイムは……だめか。 竜巻酷い」

 

「はい。 そこでこの街……」

 

「フロッケ」

 

頷くと、街の力を借りたいと相談する。

 

相手が対等に話をしてくれていると察したからか。

 

少しだけ、キルシェさんの目も優しくなった。

 

「壊れてる橋、一つだけじゃ無い」

 

「はい。 出来ればそれも全部復旧したい、と思っています。 此処からライゼンベルグを目指すのはあまりにも厳しいですから」

 

「ドラゴンが壊した橋。 またドラゴン来る」

 

「何か知恵はありませんか?」

 

少し考え込むキルシェさん。

 

やがて、結論を出したようだった。

 

「何をするにしても技術いる。 此処にどうやって? 歩いて突破?」

 

「いえ、空を飛ぶ道具で来ました」

 

「見せて欲しい」

 

「はい」

 

案内する。

 

お茶が丁度出たので、それを飲んでから、だが。

 

アリスさんがお茶を淹れ。お姉ちゃんが軽く茶請けを作ってくれた。

 

どちらも美味しかったが。

 

胡散臭そうに此方を見ているお手伝いさんの視線は、あまり優しくなかった。キルシェさんは、多分こんな視線を、山ほど浴びながら生きてきたのだろう。

 

この年で、周囲に対して警戒をする訳だ。

 

わたしとは真逆の環境。

 

そもそも、キルシェさんの両親はどうしているのだろう。

 

「錬金術はどうやって覚えたんですか?」

 

「私アルファ商会の出資している孤児院出身。 色々な本があって、読んで覚えた。 覚えた事言ったら、アルファ商会で道具用意してくれて。 錬金術出来るようになったら、ライゼンベルグまで送ってくれた。 試験は一発で受かった」

 

さらりと言われて。後ろでお姉ちゃんが絶句している。

 

パイモンさんが、嘆息した。

 

「やれやれ、本当にそれは……」

 

「孤児院懐かしい。 でも、孤児院のある街、凄い公認錬金術師いる。 私なんか問題にならないくらい凄い。 私は他を助けて欲しいって言われた。 だから、最初に目についたこの街にした」

 

「……」

 

「好きな事出来るから、別にいい。 孤児院のみんな、あんまり仕事選べない。 自警団になったり、魔術師になったり、商人になったり、適正を見いだされてその仕事に就くけど、大体その仕事しかできない。 錬金術師だいたい何でもできる。 だからそれでいい」

 

ほどなくして、アトリエにつく。

 

キルシェさんは私がイルメリアちゃんとパイモンさんと協力して作った浮遊キットを見ると、すぐに仕組みを理解したようだった。

 

流石だ。

 

更に、アトリエの方も見て、頷いた。

 

「この浮遊キットと技術が違いすぎる。 これ、もらい物?」

 

「そうです。 私のお師匠様の贈り物です」

 

「これはまだ私にも作れない。 理論は分かるけれど、材料も技術も足りない」

 

そうか。

 

ソフィー先生の凄まじさがよく分かる。

 

これをぽんとわたしにくれるほどだ。

 

考えて見れば、最初にやって見せた、壊した扉を即時修復、なんてのも。今思っても、どうやればいいのかさっぱり分からない。

 

あの人は。

 

この幼くして天才の名を恣にしている子から見ても。

 

次元違いの存在なのだろう。

 

「この浮遊キット、同じもの作ってもいい? フルスハイムとの行き来がとてもとても楽になる。 後改良してもいい?」

 

「はい。 こんなもので良ければ」

 

「こんなものじゃない。 結構凄い。 ……これ作れるなら大丈夫。 推薦状足りないなら、橋の修復作業で出す」

 

「お願いします」

 

一応試験のために必要な推薦状は揃っている。

 

だけれども、あればある程良い。だったら、貰っておくべきだろう。

 

すぐにキルシェさんと、街の長老が住んでいる家に行く。かなり大きな家だが、出てきたのは何というか、気むずかしそうな老人だった。オレリーさんは自他に関係無く誰にでも厳しい感触だったが。この人は何というか、神経質で理不尽な印象だ。ただ、こんな山の中の閉鎖集落でくらしていたのだ。

 

何もかもに疑心暗鬼で備えていなければ、生きていられなかったのかも知れない。

 

わたしのいたエルトナでだって。不満が鬱屈しているのを見てきたのだ。

 

此処はエルトナと、環境はあんまり変わらないだろう。

 

「長老。 話がある」

 

「ライゼンベルグへの強行突破だったら、人手は出せませんぞ」

 

「違う。 麓の橋を修復する。 私とこの人達で錬金術師四人。 後は護衛と人手がいれば何とかなる。 この人達、相応の実力。 私の実力は知ってる筈。 上手く行く」

 

「……」

 

胡散臭そうに此方を見ていた長老。

 

これは長引くぞと、わたしは直感的に思っていた。

 

そもそも、キルシェさんが圧倒的な手腕で此処を再建したとはいえ。

 

それは長老とは関係が無い。

 

長老からして見れば、キルシェさんは目の上のたんこぶに等しいはずで。

 

キルシェさんの手腕は欲しくても。

 

キルシェさんに政治的に口出しなど死んでもされたくないだろう。

 

こういう事ばかり、知識がついてきていて。

 

わたしはどうも嫌な子になってきているなあと、どんどん自己嫌悪が募っていく。

 

「更にこの人達、空を飛んで麓までいける道具を提供してくれた。 人の行き来、活発になる。 そうすればこの街も得する。 寸断されていた道を、安全に通れる」

 

「ふん、どうだか」

 

「そう。 じゃあ私この街のために働かない」

 

「……っ」

 

キルシェさんが、ついっと視線をそらす。

 

同時に長老が押し黙る。

 

なるほど。

 

この様子では、キルシェさんも、実績をどんどん上げていくのに。長老に散々足を引っ張られてきたのだろう。

 

恐らくグラシャラボラスさん達は、キルシェさんを評価しているが。

 

長老はその実績だけ欲しがって、キルシェさんという人そのものを邪魔者扱いしてきた。

 

人間とは。

 

そういうものだ。

 

何となくわたしには、どちらの心理も分かる。

 

キルシェさんにしてみれば、これだけ色々しているのに、邪魔ばっかりする長老は本当に理解出来ないのだろうし。

 

長老にしてみれば、文字通りの子供に、何もかも握られている上、自分は存在しないも同然と陰口をたたかれているような現状を良く想っていない。

 

あくまで推察だが。

 

多分、大きく外れてはいないはずだ。

 

キルシェさんの所にいたお手伝いにしても。

 

その気になれば、キルシェさんは家事くらいできるだろう。

 

それを、「手間を減らすために」雇われているわけで。

 

子供に顎で使われている、という心理が、面白く働く筈も無い。

 

咳払いしたのは、イルメリアちゃんだった。

 

「この孤立した集落、そもそもアルファ商会もキルシェさんがいなければ撤退するのではないのかしらね。 更に言えば、麓の橋を復旧すればインフラも更に拡張性を増す。 長老なら戦略級の計画を考えるべきで、感情にまかせて行動するべきでは無いと思うのだけれど?」

 

「よそ者が、余計な事を……」

 

「いい加減にしてはどうですかな」

 

パイモンさんが言う。

 

この人は長老と同世代だ。

 

それに、恐らくこの人は。

 

故郷では長老同然の地位にいたのだろう。

 

「はっきり言って見苦しい。 わしはこの年でまだ公認錬金術師になっていないが、それが故、だからこそ故郷のために試験を受けるべくここに来ている。 故郷をこの手に握るためではなく、故郷を発展させるためだ。 長老どの、貴方が醜い嫉妬をばらまいて、この街が発展したのか? キルシェどのが来てくれたのか?」

 

「な、な……」

 

「くだらん嫉妬は捨て、長老ならこの街のためになる事を考えてはどうか。 麓の橋の復旧は、この街のためになる。 ましてや我々が一瞬で此処に来られたように、空路による麓との接続がどれだけこの街のためになるか分からない程呆けてもおるまい?」

 

「……」

 

屈辱に青ざめている長老。

 

ちょっと困った。

 

血迷って何かしないか不安になったが。

 

長老は、恨み事を吐き出した。

 

「確かに公認錬金術師はこの街の生命線だ。 だが、この街を守ってきたのは……わしなんだ」

 

「雪山の中で毎年餓死者を出し、獣どころか匪賊にも怯え、姥捨てもしていたのだろう」

 

「……」

 

「長老どの、貴方がするべきは、一つだけ。 この街の民が不幸にならないように、長期的な成長戦略を行う事だ。 そしてキルシェどのがいる限り、街は安泰。 ならば、する事は決まっておろう?」

 

パイモンさんは、長老の痛いところを徹底的に抉っていく。

 

ある意味えげつない論法だが。

 

しかしながら、これが正しいのだろうと、わたしも思う。

 

大きく嘆息すると。

 

長老は、自警団員の中から、十五人を割くと言った。

 

「爆弾と薬の蓄えはあるが、これ以上は無理だ。 街の周囲にも獣はいる。 リッチもいつ仕掛けてくるか分からないし、ドラゴン共もいる。 最悪の場合、すぐに戻ってくるのが条件ですぞ」

 

「ドラゴンに関しては、恐らく此方には仕掛けてこない」

 

「……そうだといいのですがな」

 

長老宅を出る。

 

キルシェさんは、大きくため息をついた。

 

お姉ちゃんが、同情するように見ている。

 

この子は、何というか。

 

周囲に頼りになる大人が一人もいないのだろう。

 

昔はいた。

 

孤児院にいたことを悲しい過去のように語っていなかったし。

 

凄い錬金術師がいたとも言っていた。

 

つまり尊敬していた、と言う事だ。

 

本音で言えば、故郷でその錬金術師と一緒に過ごしたかったのではないのだろうか。だが、この世界では、錬金術師がたりない。錬金術師がいないために、不幸なことになっている集落がいくらでもある。フルスハイムでさえあんな有様なのだ。錬金術師がいてさえも、回避できない不幸だらけのこの世界。

 

錬金術師は一人でも多くいて。

 

そして少しでも世界を変えないと、とてもではないが間に合わないのだ。

 

一旦アトリエに戻る。

 

夕方には、グラシャラボラスさん達が来た。

 

魔族二名を含む十五名の戦士だ。

 

皆、少なくともフルスハイム東の自警団よりは、戦闘慣れしているようだった。全員がそれぞれ、非常に逞しい。

 

多分だが、栄養が足りているのだ。

 

そう。精神論で戦士は強くならない。

 

戦闘慣れしていると同時に。

 

周囲の畑や緑地からは、相応の栄養が確保でき。獣も充分な数を狩れている、という事を意味している。

 

「長老が滅茶苦茶不機嫌だったが、またやりあったのか、錬金術師殿」

 

「長老、私が嫌い。 いつも文句言う。 どれだけ街をよくしても」

 

「俺たちは錬金術師殿に感謝してるぜ。 来てくれる前は、毎年悲惨だったからな」

 

多分色々察したのだろう。

 

グラシャラボラスさんは、パイモンさんに一礼。

 

パイモンさんは、頷くだけで返した。

 

さて、此処からだ。

 

アトリエで、軽く話をする。

 

「ドラゴンも森には攻撃はしません。 橋をそのまま造っても、恐らく橋はまた壊されてしまいます。 其処で、橋は剥き出しのものではなく、緑地が乗るものを考えています」

 

「それだと、恐らく生半可な橋では不可能」

 

「でしょうね。 そこでグラビ結晶を利用しようかと思います」

 

「……グラビ結晶は貴重。 それに、バランスが崩れると、橋が倒壊する危険が大きい」

 

キルシェさんは、二つ提案してきた。

 

子供なのに。

 

論理的な思考が非常に優れている。でもしゃべり方は片言気味だ。これは恐らく、才覚が偏っているから、なのだろう。

 

「まず峡谷の底を調べたい。 あの空飛ぶ荷車なら、降りるのは難しくないはず」

 

「峡谷の底を?」

 

「そう。 峡谷は基本的に、水が削り取って出来る。 でも、今も水が残っているかどうかは限らない」

 

キルシェさんは、周囲の何カ所かを、小さな指で指した。

 

「もしも峡谷の底に水がないなら、いっそ埋める」

 

「峡谷を丸ごとかよ……」

 

流石にグラシャラボラスさんが呻く。

 

だけれど、わたしにそれは得意分野だ。

 

「わたしは鉱物の声が聞こえます。 それだったら、得意です」

 

「本当? だったら発破が節約できる。 この辺りは地盤も不安定だし、いっそのことまとめて処理したい。 この峡谷のせいで、多くの人が不幸になってる。 匪賊が逃げ込んで、討伐できないでもいる。 だったら、役目を終えた峡谷は、無くなった方が良い」

 

その通りだ。

 

調べれば調べるほど、あの辺りは緑も無く。

 

何処までも乾燥した荒野が拡がり。

 

多数の獣が我が物顔に行き交い。

 

匪賊が潜んでいるという。

 

だったら、地形そのものを変えてしまうのが一番だ。

 

ましてや、ドラゴンが多数いる場所を強行突破して、ライゼンベルグまで多くの死者を出しながら駆け抜けるなんて事をしなくても良いようにするには。

 

峡谷を埋めてしまう。

 

そういう選択肢もある。

 

イルメリアちゃんが咳払い。

 

「そうなると、フルスハイムの時のように、丸ごと岩山を崩したりという作業になるのね」

 

「今回は戦力も充実しているし、多分前より楽なんじゃない?」

 

「そうとは思えないけれど」

 

イルメリアちゃんが言うには。

 

今回突破を測る峡谷は。

 

グリフォンがまだまだいるという。

 

今まで街道を延ばしていた辺りまでは、グリフォンの撃破は終わっている。

 

だが、まだ峡谷の辺りは違う。

 

その下もしかり。

 

どんな獣がいるか知れたものでは無い。

 

峡谷の先は匪賊の聖地とまで言われている。

 

いつ獣と同等にまで落ちた人間が襲ってくるか、わかったものでは無い。

 

そしてそういった連中は。

 

人間の弱点を知り尽くしているし。

 

緑化したところで関係無く襲ってくる。

 

つまり。

 

駆除するしか無い。

 

人間をだ。

 

「人間を喰うとは言え匪賊は人間よ。 殺せる?」

 

「……匪賊は許せない」

 

「そうだな」

 

パイモンさんがわたしの肩を叩く。

 

ツヴァイちゃんの話はパイモンさんにもしてある。わたしは、匪賊を絶対に許さない。そうか。今後は遭遇する可能性も増えるし、場合によっては殺さなければならなくもなるのか。

 

だが、いつかは通らなければならなかった道だ。

 

人を殺す。

 

いや違う。

 

イルメリアちゃんは人と言ったが。

 

ツヴァイちゃんの両親を、その目の前で生きたまま切り刻み、喰らったような連中は。人間じゃ無い。

 

そんなのは獣だ。

 

獣は散々駆除してきた。

 

今回も、同じだ。

 

「覚悟が出来ているのなら良いわ」

 

イルメリアちゃんは、恐らくどういう経路でライゼンベルグに行くか、知っていた。途中の下調べもしていた。

 

だから、峡谷の辺りで、匪賊と交戦する事も視野に入れていたのだろう。だから覚悟も決めていた、と言うわけだ。

 

お姉ちゃんが心配そうに見ているが。

 

わたしは躊躇わない。

 

世界に不幸を撒くだけの匪賊は。

 

排除する。

 

わたしのアトリエに集合。

 

丁度皆も、物資の補給を終えて戻ってきていた。

 

アングリフさんは、話がもうまとまったと聞いて驚いた。

 

なお、アングリフさんはこの街でも名前が知られているようで、グラシャラボラスさんとも知り合いのようだった。

 

「貴方の指揮があるなら心強い。 頼りにしている」

 

「ああ、任せておきな。 では、さっそく作業に取りかかるか……」

 

皆にはアトリエに入って貰う。

 

違うのは、キルシェさんが操縦したい、と言いだしたこと。

 

少し躊躇ったが。わたしも乗れば大丈夫だろう。

 

体が小さいキルシェさんだし、荷車の容量的には大丈夫だ。

 

それに、これからこの街で、量産した飛行キットを用いるのなら、実際に操縦できるようになるのは必須だ。

 

軽く説明すると。

 

頷いて、それだけですぐに動かして見せた。

 

大したものだ。

 

わたしなんかは四苦八苦しながらだったのに。

 

だけれど、キルシェさんはいう。

 

「私、錬金術師の一番凄い人達には、多分一生勝てないと思う」

 

「ええっ」

 

「私知ってる。 私、勉強してもある程度以上までしかいけない。 多分才能の限界が、私は早く来たんだと思う。 私の場合、前借りで錬金術上手くなった。 天才なんて大嘘」

 

頭の回転そのものは早いと思うけれど。

 

そういうものなのか。

 

確かにキルシェさんはいびつだ。

 

言葉も少し片言だし。

 

天才というと、幼い頃から何でもかんでもできるみたいなイメージを、実物を見せられて崩された気がする。

 

それになんというか。

 

同じ天才でも、ソフィー先生とはどこかが決定的に違う。

 

鬱屈を抱えているのは多分同じだろう。

 

でも、キルシェさんには。

 

そうだ、何となく分かる。

 

もっとどす黒い、何か決定的に「違う」ものがない。わたしとあまり変わらないような気がする。

 

「覚えた。 山降りる」

 

「警戒開始!」

 

「了解、警戒開始」

 

「シールド展開」

 

お姉ちゃんが声を掛けると、カルドさんとレヴィさんが唱和する。

 

わたしは爆弾を手にして、周囲を確認。

 

もしも何かが仕掛けてくるようだったら、即座に爆弾の雨を降らせてやる。近づいて来たら、即刻爆破だ。

 

山を降り始める。

 

少し地図を見て打ち合わせしたが、頭の出来が違うのだろう。

 

まるで迷いなく、ナビゲーションも必要なく。

 

キルシェさんはすっと山を下りていく。

 

途中、アードラが一匹仕掛けて来たが。

 

お姉ちゃんが警告、カルドさんが有無を言わず叩き落とした。この移動速度で、翼を的確に打ち抜く手腕は流石だ。

 

その反動まで綺麗に吸収して操縦しているので、キルシェさんの技量はこういう所でも高い事がよく分かる。

 

落ちたアードラには、あっというまに獣が群がり、瞬く間に引き裂いてばらばらにしてしまう。

 

落ちたらああなる。

 

心しておかなければならないだろう。

 

ほどなく、麓に。

 

オスカーさんが待っていた。

 

「早かったな。 それで、その子が山の街の錬金術師かい?」

 

「はい、キルシェさんです。 歴代最年少の公認錬金術師突破者ですよ」

 

「それはすごいな」

 

「よろしく」

 

ぺこりと頭を下げると、キルシェさんはそのまま降りる事無く、峡谷の方へ。

 

ドラゴンが焼き払った辺りまで出ると、其処で荷車を着地させた。

 

すぐにアトリエを展開。

 

中にいた人達にも出て貰う。

 

周囲を見回すキルシェさん。

 

まず、わたしが挙手した。

 

「ちょっと先に、峡谷の下を見てきます。 水が流れていないようなら、打ち合わせ通りに始めましょう」

 

さて、一気に進めるぞ。

 

ライゼンベルグまでの道が見えてきているのだ。

 

この峡谷を突破したら、ライゼンベルグ近郊にまで出る。

 

其処は相当な魔境という話だが。

 

それでも近くまで到達した、という事実に代わりは無いのだ。

 

あと少し。

 

あと少し頑張れば。

 

わたしは目的の土地にたどり着ける。

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