暗黒錬金術師伝説7 暗黒!フィリスのアトリエ 作:dwwyakata@2024
「フィリスちゃん、いる?」
わたしをお姉ちゃんが呼んでいる。
最近数日は、ずっとソフィー先生が持ってきたアトリエに入り浸って、錬金術の勉強をしていた。
だから、時間が経つのも忘れやすく。
ついつい食事をするのも忘れてしまっている事が多かった。
面白い。
兎に角凄い。
錬金術は、ものの意思に沿って、ものを変質させる力だ。
声が聞こえる鉱石を、その声に沿って変質させていく。
その結果、中和剤が出来る。
中和剤だけでは何もできないけれど。
それと、発破に使う鉱石を組み合わせて。
オモチャ同然だけれども、それでも簡単な爆弾が出来たときは。
あたしも嬉しくて、跳び上がりたくなる程だった。
でも、お父さんもお母さんも、わたしが錬金術をすることを、良く想っていない。
どういうわけか分からないけれど。
お姉ちゃんだけは、途中から不意に態度が柔らかくなって。
むしろ、いつものわたしを甘やかすお姉ちゃんに戻ったような気がする。
「どうしたの、リア姉」
「ご飯よ。 材料が入るようになったから、ちょっと贅沢なの作って見たわ」
「リア姉の手作り? 珍しいね」
「うふふ」
優しい笑顔を浮かべるお姉ちゃん。
でも、なんだろう。
何処かに違和感がある。
無理をしているような。
でも、わたしにはよく分からなかった。
文字通り携帯式のアトリエとわたしの家は至近距離。何しろ、本来あり得ない大きさにこのアトリエは縮んでいるのだ。
わたしも錬金術を極めれば。
こんなすごいものを作れるのだろうか。
わくわくが止まらない。
最初は怖かった。
だけれども、今は興味とわくわくが、完全に天秤を傾けている。
これは恐らく。
わたしに与えられた天からの好機。
そして、このもはやどうしようもない状態になっているエルトナを救い。
わたしも外に出るための。
必要な力だ。
家に戻る。
お父さんとお母さんは、やはり悲しそうだ。
そして、テーブルには信じられないくらいの品数の料理が並んでいた。
流石に驚かされる。
いつもは多くても一品か二品。
それも、材料が少ないから、新鮮とは限らない。
特に野菜は古いものが使われている事が多い。
わたしが野菜が嫌いになったのは。
古い傷んだ野菜を食べて、死ぬような思いを味わったからだ。それ以降、特ににんじんは大嫌いである。
でも、この豪華さの前には。
わたしも、思わず黙り込むしかなかった。
たっぷり黙って。
それから、声を絞り出す。
「ど、どうしたの……これ……」
「ソフィーさんがね、ちゃんとした商人を連れて来てくれたんだよ」
なんでだろう。
お父さんがとても悲しそうに言う。
そして、続けた。
エルトナには、今大きな商会に属する、ホムの商人が来ているという。エルトナにもホムの商人はいるが、彼らにも商会に入るように勧誘し、それを既に受けている、という話もあるそうだ。
その結果。
すごく物価が安くなった。今まで苦しい生活をしていた人達も、みんなおなかいっぱい食べる事が出来ているという。
新鮮な野菜が入ってくるようにもなった。
今まで決められていたエルトナ水晶を一とする鉱石の値段は、本来の五分の一以下だったらしく。
一気に生活が楽になったと言う。
それだけではない。
膨大な資金援助までしてくれる事が決定。
街の外にまず城壁を作り。鉱山を守るように防衛ラインを設置。
其処へ少しずつ住居を移していき。
最終的には、全ての住民がお外で暮らせるように取りはからってくれるというのだ。
更に、その過程で、他の街と人の行き来が出来るように、取りはからってもくれるのだとか。
なんだそれ。
すごいとしか言えない。
ソフィー先生が、もの凄い錬金術師だと言う事は分かるのだけれど。
そんな影響力まで持っていたのか。
まるで本に書いてあった、国そのものが動いているかのようだ。
エルトナは救われる。
近親者で交配を繰り返して、集団そのものが自滅する。
地下で猛獣に怯えながら暮らして、いつ尽きてもおかしくない鉱石資源にそれでも依存し続けなければならない。
そんな生活が。
終わる時が来ようとしている。
「それだけじゃない。 ソフィーさんは、エルトナがあるこの山を、丸ごと崩す方法まで教えてくれるそうだ。 それを使えば、今までの比では無い効率で、鉱石を得る事が出来るらしい」
「凄い! 本当にそんな事が出来るの!?」
「技術としてはそれほど難しいものではないらしい。 だけれど、人間の力では無理がありすぎるから、道具を貸してくれるらしい。 最終的には確実に黒字が見込めるし、多くの人が幸せになれるということだよ」
「あなた」
お母さんが。
お父さんの背中を触る。
どうしてだろう。
お父さんが、言葉を詰まらせているようだ。
隣にいるお姉ちゃんは笑顔のまま。
あれ、でもどうしてだろう。
お姉ちゃんは。
どうしてか、ずっと貼り付いたような笑顔のままだ。
少なくとも、いつも鬱陶しいくらいに愛情を注いでくるお姉ちゃんのものではないし。お父さんとお母さんが悲しんでいるのもおかしい。
とにかく、食事にする。
そして、おなかいっぱいになった所で。
お父さんが切り出した。
「フィリス。 外が危ない事は分かっているね」
「うん……」
「でも、外にどうしても出たいんだね」
「……分かっているくせに」
駄目だ。
頭の中で、何かが切り替わる。
わたしは感情の制御が下手だ。
ぶつりと行くと、どうしてもおかしくなる。
「どうして! わたしを閉じ込めたいの!?」
思わず叫んでいた。
わたしの中では、錬金術が既に相当なウェイトを占めていた。
あの力があれば。
エルトナを救える。
お外にだって出られる。
わたしも、お姉ちゃんみたいに外に出てみたい。本に書いてあった、色々な事を見てみたい。
それをどうして許してくれないのか。
わたしが弱いからか。
でも、わたしだって。
錬金術を使えば。
ソフィー先生が、異次元の実力者だって事は、わたしにだって分かる。戦った事なんて一度もないわたしにでもだ。
あれは魔術師としての力量もそうだけれど。
膨大な戦闘経験と。
何よりも錬金術師としての腕前が、作り上げた強さの筈。
だったらわたしも錬金術を学べば。
きっとお外でもやっていける。
そうすれば。
エルトナは救われるし。
わたしだって、本に書いてあったお外の色々なものを見られる。きっと素敵な冒険が出来る。
不思議なものも、たくさん見る事が出来る筈だ。
「どうして……」
「フィリス、錬金術は……」
「バカっ! お父さんもお母さんも大っきらい!」
抑えきれない。
一度頭の中が切り替わってしまうと。
どうしてもこうだ。
わたしは、頭より先に体が動いていた。
そのまま家を飛び出す。
そして、エルトナの街を、涙を拭いながら走っていた。誰も、わたしを見ていない。今、空前の豊富な物資と、それを喜ぶ声に満ちている。
どうしてだろう。
こんなこと、言いたくなかったのに。
感情が高ぶると、どうしてもわたしはおかしくなってしまう。
気がつくと。
わたしは、心地よい優しい鉱石の声に包まれるようにして。
座り込んで、涙を拭っていた。
場所はわかる。
エルトナは狭いし、その狭い中でずっと暮らしてきたのだから。
それになによりも。
鉱物の声が聞こえる。
みんな優しい声で。
わたしを慰めてくれる。
涙を拭う。どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。いや、いつもそうだ。感情が高ぶると、どうしても心を抑えきれなくなる。
錬金術はもう私の中から離れない。
あの力さえあれば。
この狂って閉じた街を変えられる。
事実ソフィーさんは。
一瞬で全てを変えてしまった。
あの幸せそうなみんなの顔。
いっぱい食べられることがどれだけ幸せなのか、そんなのはわたしだって嫌って言うほど知っている。
お外がどれだけ危険か。
そんな事だって分かっている。
でも、そのお外でだって。
錬金術があれば、きっとやっていける。
これは破壊の力だ。
わたしをずっと縛り続けていたこの街の扉を破壊した。ソフィーさんが扉を壊し、一瞬で直したときの姿は、今でも鮮烈に頭の中に残っている。
怖かった。
でも、破壊の力なのだ。
怖いのは当たり前だ。
ふと、気付くと。
お姉ちゃんが覗いていた。
「フィリスちゃん」
「どうして此処だって分かったの」
「フィリスちゃんが何処にいるかなんてすぐに分かるわ。 それよりも、家に戻りましょう」
首を振る。
あんなことを言った後だ。
戻ろうに戻れない。
悪かったのはわたしだって事くらい、分かりきっている。
理由をちゃんと聞きもしなかった。
どうして錬金術をお父さんとお母さんが怖がるのかは分からないけれど。
この力があれば。
逆に、ソフィーさんが来なかったら。
わたしは思い出す。
わたしよりまだ年下なのに嫁がされた友達の事を。
結婚しても上手く行かず。
どうしてこの世は不公平なんだと嘆いていた友達のヒステリックな声を。
それだけじゃない。
兄姉達がみんな死産して。
一人だけ生きているフィフィさんの事を。
この閉じた街が、閉じたままであり続ける以上。
ずっと同じ悲劇が続くはずだ。
わたしは。
やっぱり外に出なければならない。
でも、どうしてなのだろう。
どうしてわたしは、感情が高ぶると、ああもおかしくなってしまうのだろう。悲しくて、顔を覆ってしまう。
「お父さんとお母さんに顔向けできない」
「大丈夫、私も一緒に謝るから」
「……お姉ちゃん、本当はもっと反対だったんじゃないの?」
ふつりと。
何か、空気が張り詰める感触があった。
わたしが顔を上げると。
お姉ちゃんの顔から、一瞬表情が消えていた。
何だろう。
凄く怖い。
多分コレは、お姉ちゃんが獲物を仕留めるときの、覚悟を決めたときの顔だ。背筋が凍る。
深淵そのものの、ソフィーさんの目を見たときと同じ。
恐怖さえ感じる。
だけれど、すぐにお姉ちゃんは、優しい笑顔を作り直した。
「フィリスちゃんが錬金術師になりたいのはもう分かっているから。 だからもう反対はしないって決めたの」
「……リア姉、本当?」
「本当よ」
何だろう。
本当だろうけれど、何か隠している気がする。
でも、それが何かまでは分からない。
わたしは、お姉ちゃんに手を引かれて、家に戻る。
お父さんもお母さんも。
無言のまま待っていた。
ごめんなさいと謝ると。
しばらく黙り込んだ後。
お父さんは言った。
「一つだけ、条件がある」
「条件?」
「一人前の錬金術師を目指して、この街を出る条件だ」
息を呑む。
お父さんも、凄く怖い顔をしていたからだ。きっと戦士として現役だった頃の顔だ。
「基本的な錬金術を身につけなさい。 それが条件だよ」
「でも、それはどうすればいいの」
「まず、鉱山の奥にいる獣を何でも良いから一人で倒してみなさい」
そうか、そうなるか。
鉱山の奥に出る獣はあまり強くは無いと聞く。
それにさえ勝てないようなら。
外に出れば、一瞬で殺されて。
あっという間に食い散らかされてしまうだろう。
当たり前の話だ。
わたしは頷く。
怖いけれど、やらなければならない。
無言で、お母さんが杖をくれる。
つるはしに比べると多少軽いけれど。
それでもこれが、相手を撲殺できる戦闘用の杖で。魔術を増幅させるためのものだという事も、わたしには分かった。
「戦う時には魔術を使わず、錬金術を使うんだよ」
「うん……」
「それとお薬だ。 流石にソフィーさんが持ってきたものほどではなくていいから、最低限怪我を治せるものを作って見なさい。 そうでなければ、外で怪我をしたらそれだけで終わりだ」
「分かった……」
その通りだ。
お父さんが言う事はどれもこれも正論。
確かに敵と戦えず。
治療も出来ないのでは。
外で生きていく事なんて、出来る訳も無い。
そしてお父さんは更に言う。
鉱山では、わたしがいなくなった時に備えて発破が必要になる。
勿論今後は、男衆が普通につるはしで鉱石を掘っていくことになるが。それでも発破は何にしても有用だ。
まず発破を作れるようにしろ。
それが三つ目だった。
この三つをこなせたら。
エルトナを出ても良い。
そう、お父さんは、わたしを責めずに言った。
お母さんはずっと黙っていた。
なんでだろう。
何を知っているのだろう。
錬金術には何があるのだろう。
でも、わたしにとって、錬金術は破壊の希望。今更知らなかった事にすることは出来ない。
この破壊の力を使いこなす事で。
全てを。
詰んだこの街を。
解放できる事が分かったのだ。
それならば、わたしだって。
外の世界で力を磨けば、きっと。きっと。
今日はゆっくり休むようにと、お父さんとお母さんに諭された。
あれから時間も経って。
いつの間にか、寝る時間になっていた。
確かに錬金術師になるには、体も資本だ。
こんな所で体を壊しているようでは、それこそ外になんか出たら、一発で終わりだろう。
眠る事にする。
眠るときには眠らなければならない。
例えいつも同じ明るさでも。
眠れるのがこの街に生まれた人間の特技だ。
逆に、外に出たら、いつどんな風に眠れるのか分からないかも知れない。
お外の事を書いている本も。
野宿の話が結構出てくる。
きっと猛獣に怯えながら、野宿をする事になるのだ。
その場合、ひょっとすると。
何日も眠らずに歩いたりしなければならない事も、或いはあるのかも知れなかった。
悶々としているうちに眠ってしまい。
やがて目が覚める。
そして、顔を叩くと。
水で顔を洗った。
お父さんとお母さんにまず認めて貰う。
それくらい出来なければ。
錬金術師になんてなれっこない。
わたしは覚悟を決める。
そして、ソフィー先生のアトリエに入った。
現在本作は一章分の内容を二日に分けて投稿しています。このペースについて意見をお聞かせください。
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このままでいい
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一日で一章がいい
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更に分割して欲しい