巷でよくあるクロスオーバー的な一話のみの短編。

ダンまち、ウィストリアともに読みながらその内こういうの書きたいなって生まれた衝動的産物。ダンまち成分は薄めなので原作タグはウィストリアでいいかなと。

(V)o¥o(V) 色々と積み重なるリアルの問題で暫く文章から遠ざかっていたのでリハビリと生存報告がてらの短編です大目に見てやってください!



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出会いと迷宮の魔剣譚・掌篇

 その世界は『魔法』が全てで、絶対だった。天を塞ぎ、偽りの『(まほう)』が広がる歪な箱庭(せかい)は五つの杖によって支えられていた。

 

 『至高の五杖(マギア・ヴェンデ)』と讃えられる最高位の魔導士(メイジ)。歌を紡ぎ、杖を振る者であれば誰もが憧れる存在。同様に世界にとって必要不可欠な彼()、彼女()は文字通りの救世主。

 

 即ち英雄とは魔導士(メイジ)である。そして、それに相対する存在、敵もいた。

 

 遥か昔、偽物の空もなく闇だけが広がる天上からやって来た敵、『天上の侵略者』である。数多の生命が奪われて、大地が破壊された絶望の時代。途方もなく広がる暗闇に終止符を打ったのが、魔導士(メイジ)の始祖、魔女王(メルセデス)と偉大な五人の魔導士(メイジ)。長きにわたる戦いの末、敵を退き天に蓋をして平和をもたらした。そんな彼()、彼女()を讃える最強の称号は魔導士(メイジ)の誉れであり、今なお受け継がれている。

 

 ――――故に、この世界は魔法絶対至上主義。

 

 そんな『魔法』が尊ばれる世界で、とある少年は『力』を持つをことを許されなかった。世界に否定されたのだ。それでも少年は諦めることはなかった。現実という困難に躓き、事実という壁にぶつかって倒れても立ち上がった。……何度も、何度も。

 

 力も地位も名声も『魔法』という才があって初めて躍り出ることが許される舞台。不条理に折れることなく、一振りの(つるぎ)のように真っ直ぐであり続けた。意地を貫き通したのだ。

 

 そうまでして歩みを諦めなかった理由。少年には『約束』があった。なによりも大切な想い出であり、今の彼を形作った始まり。

 

『……月と太陽?』

『そうっ! ほんものの空にはね、月と太陽がうかんでるんだって!』

『そうなの!? エルファリア』

『うん! それでね……ウィル』

 

 そこは古い木造の孤児院の離れ。孤児であった幼い少年(ウィル)少女(エルファリア)の周囲を囲むように草花が生い茂り広がっていた、その場所は二人だけの秘密の場所であり、二人だけの小さな世界。

 

 エルファリアが持ってきた一冊の本を一緒に読みながら彼女が口にしたのは本物の空。遥か地平線からでも見える巨塔。その塔が支える『空』の向こうにあるであろう、数々の景色に瞳を大きく輝かせてウィルは夢想した。青空を茜色に染める『夕日』や闇夜を照らす『月光』にウィルは興奮した。傍らでは同様にはしゃぐエルファリア。

 

 遠い空の向こう側が見たいと言う、彼女の言葉と笑顔に思わず、ウィルは叶えたいと思ってしまったのだ。誰に言われるわけでもなく、ただそうしたいと願望を胸に抱いた。

 

『――――じゃあさ、いっしょに見にいこうよ』

『うん、約束っ!』

 

 いつの日か本当の空を一緒に見よう。

 

 まだ幼い少年が少女に交わした誓い。それがどれだけ途方もない道のりになるのかも知らず、小さな約束は道標(アリアドネ)となって今に続いている。

 

 果てしない道の先、リガーデン魔法学院の門を叩き、ウィルとエルファリアは学生となった。賢者を育てる魔導士(メイジ)の学び舎。そこでウィルはエルファリアと一緒に歩むものだと思っていた。だが、現実は違った。彼女はエルファリアは正しく『本物』だったからだ。溢れんばかりに授かった才能を発揮して最年少で魔導士(メイジ)の高み、その頂点である至高の五杖(マギア・ヴェンデ)に至り、魔法使いの塔(メルセデス・カウリス)――――『塔』の上にいってしまった。

 

 天上人……文字通り、雲の上の存在になってしまったエルファリアと対照的にウィルはどうしようもなく『偽物』でしかなかった。

 

 何故ならばウィル・セルフォルトは『杖』に愛されなかったから。つまり、魔法が使えないのだ。凡人どころか無能者であるウィルは最初(スタート)の時点から魔導士(メイジ)を名乗る肩書きを外されていた。

 

 だが、それでもと。ウィルは夢を諦めることも約束を破ることも、ましてや願望を捨て去ることを許さなかった。

 

 杖の代わりに手に()ったのは剣。魔法を持たぬウィルは貪欲なまでに知識を蓄えては知恵に変えて糧に。何度となくぶつかる『未知』を『既知』に変えては経験という血肉にして前に進んだ。

 

 少しでも彼女との距離を縮めるために不断の努力を重ねては振り落とされないように。……落第せぬよう、人一倍……いや、それ以上に努力しなければならなかった。

 

 学生の身であるウィルは当然、こなさなければならない教育課程(カリキュラム)がある。

 

 学年の進級、そして学院を卒業するに必要な絶対単位数の確保。

 

 実技、実習、筆記。魔法が使えぬウィルは実技の単位を得ることができない。故に魔法に関する知識を余さず叩き込む必要がある。

 

 だが、先日の筆記試験(テスト)をウィルは落としてしまった。ただ一問のミス。それでも致命的な失点である。日頃の無理が祟っての寝不足からくるケアレスミスとでもいうべき不幸か。最終的にウィルが単位の穴埋めとして選んだのは実習である。

 

 つまり、ダンジョンでモンスターをぶっ倒すこと。

 

 薄暗い穴ぐらに赴き、たどり着いたのはダンジョン6層。魔物と呼ばれるモンスターが跋扈(ばっこ)する地獄の巣窟。ウィルは破魔(モリア)の剣を振りかぶって一人、単位を求めて爆走していた。

 

「――――くっ!!」

 

 ダンジョン内でこだまする靴音とは別に耳朶に届く魔物の雄叫び。舌打ちをするように歯ぎしりをしては紫紺(アメジスト)の瞳を細めて振りかぶった銀剣を横薙ぎに一閃見舞う。

 

 暗闇が続くダンジョンの後方を鮮やかに染める灼熱の奔流……火球を銀の切っ先が切り落とす。半ば断たれた火の玉は一拍の間もなく破裂した風船のように爆発。衝撃と火の粉が背中を打ち据えるが無視して更に速度を上げて危険地帯から離脱にかかる。

 

『オオオオンッ!』

 

 火の粉で明滅するダンジョン内に魔物の声が再度、響く。伸びる影の主はバスカヴィル。火を噴く魔犬である。そして、その数は十体にも届くありえない光景だった。

 

 通常、バスカヴィルは群れず単独で行動する魔物。大型犬と変わらない体躯、黒一色の体皮と燻るような爛々とした瞳をもつ四足獣である。特筆すべきは中遠距離から放たれる火炎弾、火の息吹だ。

 

 魔導士(メイジ)が繰り出す火の魔法と似た攻撃を放つことで知られるバスカヴィルは遠距離の攻撃手段を持つことから単位数4の獲得実績を持つ。

 

 強敵区分(ファイブ・オーバー・エネミー)に一歩及ばずながらも、一筋縄ではいかぬモンスター。少なくとも魔法を持たぬ生粋の近接戦闘である異端児。『戦士』のウィルにとっては苦戦を強いる難敵。

 

『――――ガァァァ!!』

 

 十の影、魔犬達の先頭に立つ一際、大きなバスカヴィルが遠吠え。群れることのない獣をまるで統率するかのように指揮しては従うように、他のバスカヴィルが牙を剥き、口腔を開けた。垂れる唾に混じって覗かせる大粒の火の粉。下半身を高く、上半身を沈めるように低くして停止。これが意味するのは火炎弾の発射体勢。

 

「もう……少しッ! あの曲がり角に逃げ込めば火の手も!」

 

 そういって励ますように躍り出た土と岩の通り道。その先に身を投じるウィル。寸前で炙られるように焼かれる痛みが襲いかかる。空気を焼いて襲いかかった熱波に身を焦がしながらも間一髪、逃げ延びた。そして、抜け出た直後には数多の火球の衝撃により落盤。

 

 ――――退路は……道は閉ざされた。

 

「ここは……広間(フロア)

 

 両肩を上下させながら熱の籠った吐息を吐き出す。持参した迷宮地図(ダンジョン・マップ)は焼かれて無惨な燃えカスになっているが、既に頭の中に叩き込んでいる。走った逃走経路と、この広間(フロア)から正確な位置を割り出す。

 

「よし、このまま逃げ切れる!」

 

 飛び出して崩れた後方とは別にある二つの出入口。その片方である右の通路から迂回するようにして進めば正規ルートに戻ることが可能であり、そのまま昇降機(リフト)を使って学院の帰還が可能となる。怠って無知なまま、左を選んでいたらバスカヴィルと接敵する恐れがあったので頭に叩き込んで正解だった。

 

 肺を満たしていた煮えた空気を吐き出して弛緩。学友謹製の戦闘衣(バトルクロス)からモゾモゾと黒い小動物が飛び出す。素早く肩に着地してウィルの頬をぺちんと叩く音がひとつ。

 

「そうだね、キキ。まだ油断したらいけないよね」

「ナァー」

 

 艶のある漆黒の毛並みと額には紫色の秘晶を持つ秘獣(カーバンクル)。使い魔であるキキも相棒であるウィルと同様に疲労を隠せないまま喉を鳴らした。

 

 今回の実習は重なった事故(アクシデント)のおかげで失敗である。回収した骸の宝(ドロップ)も焼かれて判別不能なありさまだ。単位を落とした筆記、その穴埋めをするために助け舟としてワークナー先生に頼まれた実習と言う名の蜘蛛の糸。

 

 魔法触媒の規定数確保を目指してダンジョンに潜り、終えた頃にトラブルは起きた。

 

 ウィルの身に降りかかった不運は二つ。一つは帰還途中で遭遇した同級生による嫌がらせ。バックパックいっぱいの荷物を見ては把握したとばかりに魔物を押し付けてきたのだ。

 

 魔物を故意に押し付ける行為はウィルが在籍しているリガーデン魔法学院にある校則(ルール)にも記載されている立派な違反行為。迷宮規則に違反する行いであり、学業不正(カンニング)と呼ばれる所業の一つである。

 

 魔法が使えぬウィルの出自が故に、この手の嫌がらせは今に始まったことでもなく、枚挙に暇がない。後ろ盾ならぬ絶対防御の盾であった彼女、エルファリアが『塔』に上がって学院から去った、日を境に堂々とウィルを排斥している有様だ。

 

 そして、襲いかかった魔物の群れを返り討ちにした矢先、充満する血の匂いに誘われたバスカヴィルと遭遇。これが二つ目の不運。

 

 奪われたバックパックを取り返して撃退間近の瞬間。その最中で、遠吠えという初見の行動に危機感を覚えてはバスカヴィルの群れとかち合った。

 

 開幕から雨のように浴びせられた火球に打つ手もなく、幸いにもワークナー先生から日々の世話を条件として譲られたカーバンクルの使い魔であるキキのお蔭で逃げ延びることができた。

 

 キキはその額にある秘晶から魔力を放出して円盤(ドーム)型の『魔力壁』を操ることができる。その防御力は凄まじく、長文詠唱から織りなす上位魔法に匹敵する守りを与えてくれる。ただ、消費も激しく何度もは使えない。

 

「本当に危なかった……戻ったら罰として補修かな……ああ、単位が」

 

 また、秘晶を通して本来の契約者であるワークナー先生は魔道具(マジックアイテム)の水晶玉越しに映像として見ることが可能であり、きっと無謀な行動を見ては肝を冷やして青筋を立てているだろう……多分。

 

「それにしても、あのバスカヴィル……あれって『変種』だよね」

 

 ウィル自身、初めて遭遇する異常事態(イレギュラー)。稀にダンジョンで出現する異常発達した個体の魔物を総称する言葉、『変種』。後天的か先天的なものかは未だ不明であり謎が多いものの。ある上級魔導士(ハイ・メイジ)が提唱する説によれば同族である魔物を喰らうことで、その潜在能力(ポテンシャル)を高める効果があると。また、ダンジョンの深層にはそういった似た能力を持つ魔物も存在することから『塔』に在籍する上級魔導士(ハイ・メイジ)達から支持されている説でもある。

 

 『変種』だからこそ、本来であれば群れない魔犬を統率していたのではないのか。あの一際は大きかったのも共食いの結果なのかと。そうブツブツと独り言を唱えては重たい体を押して右手の出入り口に足を踏み入れる。

 

 ――――瞬間。

 

 怖気と共に火の波が襲いかかった。

 

「ぐうぅぅぅっ!?」

 

 半ば反射的に構えた銀剣を盾に飛び退く。短く鳴くキキを庇っては露出している体を炎が襲う。身を焼く、いや焦がす痛みでどうにかなりそうだと思考が真っ赤に明滅。

 

 噴火した火山のように溢れる火の手。そのまま戻された広間(フロア)の中心。ぞっとするような光景がウィルの双眸に映る。左右の穴から魔犬がバスカヴィルの大群が押し寄せてきたのだ。瞬く間に囲まれる。そこから道を譲るかのように何度となく悪夢のように襲いかかった『変種』のバスカヴィルが姿を現す。

 

「……そんなっ、魔物がこんな」

 

 まるで度重なる変容は心身に作用するのか、獣性の本能しかない筈の魔物が知性を獲得して狩りを覚えるなど。現実を疑いたくなるような異常事態(イレギュラー)である。

 

 理解するのは、この広間(フロア)は安全地帯などではなく狩場。落盤も退路を断つためわざとそうしたのか。ほっとした、油断を誘っては容赦なく見舞う火炎の一撃。絶え間なく襲う『未知』に動揺して切り替える暇すらない。

 

 この瞬間。ほんの僅かな瞬き間の如き時間が明暗を分けた。

 

『オオオオンッ!!』

 

 絶望の二文字から立ち直る間も許さず、鯨波のように襲う真っ赤な火炎の轟き。焼き尽くさんとする炎の海から輝きが生ずる。

 

「キキ、無理をしないでっ!」

 

 放出される光の主は使い魔のキキ。額の秘晶から膨大な魔力を発散させてはあらゆる障害から身を守る『魔力壁』を形成する。それも危機を脱するには不十分、状況は変わらず見渡す限り降り注ぐ火の雨が荒波のように打ち据えて襲う。

 

 死の時間が僅かに遠ざかったに過ぎない。告げるように秘晶から輝きが明滅して風前の灯火でも連想させるかのようだ。

 

 ――――その時だった。

 

 弱々しく揺れるカーテンのような『魔力壁』の向こう側から、魔犬の雄叫びとは別の声が轟いた。

 

「――――ファイアボルトオオオオオッ!!」

 

 あらん限りを炸裂させたような大砲声。広間(フロア)に駆け抜けた一条の炎雷が炎の海を切り裂いて轟く。轟音、雷鳴を思わせる炎の魔法が一つ放たれたのだ。

 

「っつ! 今なら――――くッ!?」

『ガァァァ!』

 

 辺りに漂うバスカヴィルの動揺とは裏腹にウィルは真横を通り過ぎた炎の雷が作った空白地帯に躍り出る。燻る煙を上げては数十は余裕で越えているバスカヴィルの残骸。その影から飛びかかり牙を剥く一匹の魔犬を破魔(モリア)の銀剣で難なく両断。

 

「誰が……僕を助ける魔導士(メイジ)なんていない筈じゃあ……」

 

 何度となく襲う『未知』にトドメでも刺すかのような今日一番の衝撃。学院、そもダンジョン内で魔法が使えないウィルを手助けするような者はいないといってもいいという謎の自負と自虐。

 

「――――ふッ!!」

 

 視界の端で白い影が跳ねるのを捉える。正しくありえない光景だった。夢のようなそれを見てはウィルの双眸が大きく見開く。身につけた暗闇を見通すゴーグル、紫紺(アメジスト)の瞳の奥に焼き付くような鮮烈さをウィルに与えながら、その白い影の人物は――――少年は霞む速度を持ってバスカヴィルの群れを切り伏せていた。接近して得物を振るい敵を倒す行為、それは紛れもなく『戦士』の動きである。

 

「す、凄い……」

 

 疑いようもなく常人離れして洗練された電光石火。一目見て少年が魔導士(メイジ)でないことが理解できる。服装は軽装を通り越して黒のインナーのみ、そして片手に握る武器はあろうことか短刀(ナイフ)一振り。異端児である『戦士』のウィルをして、その少年の恰好は逸しているの一言。

 

 自殺行為ともいえる装具で瞬く間に魔犬の群れを解体していく。一つ一つの動作(ワンアクション)を食らいつくように視ながら、我に返るように体が反応。

 

「『変種』のバスカヴィルッ!!」

 

 咄嗟に飛び退き、銀剣を振るっては小さく飛ぶ火花。視線の先では先程まで立っていた場所に大型の魔犬――――群れを統率していた『変種』のバスカヴィルが襲いかかる。

 

『――――オオオン!!』

「くっ!? ――――ファイアボルトッ!!」

 

 つんざくような雄叫び。情けない群れに喝をいれるかのように命令を下す『変種』と従う魔犬。突然の乱入者である白い少年の手助けを阻むように一斉放火を始めるが半ばを駆け抜ける炎雷。群れの更に半数を減らしてなんとか逸らして爆炎が辺りに舞う。

 

 そして、その減った数を埋めるように広間(フロア)の二か所ある出入り口から増援がやって来る。

 

 その中には魔犬とは別のモンスターの姿もあった。三本の角を持つ四足獣――――悪魔の守兵(イヴィル・ガード)。単位数2の怪物である。単純な脅威こそバスカヴィルに劣るものの、一帯を蠢く大量の怪物を目の当たりにして、どれだけの慰めになろうか。

 

 ところどころを焼かれ箇所から燻る白煙を見てイヴィル・ガードが追い立てられたのが分かる。文字通り、魔犬の砲撃を守る兵として駆り立てられたのだ。

 

「――――っ!?」

「――――!」

 

 魔物の宴の最中で名も知らぬ白い少年と視線が交差する。真っ赤な瞳だった。深紅(ルベライト)を思わせる真っ直ぐな瞳に思わず重なるウィルの想い人。

 

 深紅(白い少年)青玉(エルファリア)。正反対、異なる色の瞳を通して、数秒にも満たない間。逡巡することなく何故かウィルは口を開き言葉を吐き出していた。

 

「こいつは僕がやる! だから――――」

 

 満身創痍の五体を震わせて振り絞り、銀剣の柄を力強く握り締めて宣言する。ほんの一瞬の邂逅。だというのにウィルの中で様々の想いが駆け巡る。

 

 雨粒が降り注ぐが如く、言葉がウィルの中で生まれていく。本物の空の景色、『夕日』を共に眺めるという約束。遥か高みに昇った彼女の背、傍らに立つというのなら相応の代償が必定。

 

 ならば、挑まなければいけない。今の自分を捨て……いや、殺さなければいけないのだ。弱者(ウィル・セルフォルト)のままで『本物』である彼女を――――エルフィの隣に立つことは許されない。世界に認められない。

 

 自覚している。身の丈に合わぬ想いの丈に焼かれていると。それでも、ここで立ち上がらずして、いつこの手が届くというのか。剣を執り、資格を提示しなければならない。この譲れない想いのために。

 

 ――――とんだ自殺願望である。降りそそぐ雨粒から滲む自虐を踏みしめて、それでもウィルの双眸は力強く真っ直ぐであった。

 

 己を殺し、鍛え上げて作り変える。その生き様、在り方こそ『(つるぎ)』なのだと。

 

 内に秘めた剣を解き放ち、銀剣の切っ先を向ける。刃の向かう先は宴の主、『変種』のバスカヴィル。獰猛にも牙を覗かせて一蹴するかのように嘲りを放つ。すぐさま襲ってこないのは脅威となる白い少年を警戒してだ。

 

 そして、その白い少年の返答次第で状況は一変する。

 

「……」

 

 交わした視線、放った言葉がどれだけ伝わっただろうか。名も知らぬ白い少年が無言で静かに頷く。短く、そして鋭い銀閃が返答だと、弧を描いて配下のバスカヴィルと盾のイヴィル・ガードを音も無く両断。

 

 それが意味するもの。伝わったのだ。ウィルの言葉を信じ、背中を預けてくれた。それだけで胸を熱くする。誰かに信じられるというのがどれほど力強いか実感するほどにウィルの内から活力が甦る。

 

 迸った銀閃、白い少年は疾走した。白い残像、射線だけを残して広大な広間(フロア)を縦横無尽に駆け抜けていく。

 

 雪崩れ込むように続々と宴に誘われた怪物を全て蹴散らしながら、雄の一対一の邪魔はさせないと。一条の白い雷が灯火を携えて轟いた。

 

 その異様な光景に畏怖する『変種』の相貌。線でしか捉えられない脅威の前を脅威なりえない獲物が遮った。立ちふさがるように銀剣の切っ先を向けている。

 

 歪んだ。怪物の主が、その相貌に不愉快の文字を浮かばせて吠えた。

 

 宣言、開戦の狼煙を上げる。衝突は同時だった。地を割らんとばかりに蹴り上げて激突する。獰猛な牙が破魔の銀剣を捉える。と、同時に鋭く切っ先を翻して銀閃を見舞う。

 

『ガアアアァッツ!!』

 

 空を舞う鮮血。しかし浅い。薄皮一枚削いだだけの斬撃。『変種』が仕返しとばかりに図抜けた体躯を持って放つ体当たり。大木の芯に衝突したような衝撃がウィルの全身を打ち据える。

 

「~~~~~~うっっ!?」

 

 ぶれる視界と震動する大地。断たれそうになる意識を手放すことなく、両足を地面に縫い付けて踏み止まる。しかし、代償に腹の中にあるものが逆流してきた。勢いよく開く口端からぶちまけては乱暴に拭う。

 

『ガアアアアアアアッ!!』

 

 その隙を逃すことなく『変種』が全力突撃(フルチャージ)。純粋な生物としての差、膂力をみせつけるかのように漆黒の塊が空気を引き裂いて襲いかかる。

 

 死の宣告を突きつける回避か防御の選択肢。

 

「――――その動きはもう視た(・・)

 

 しかし、ウィルが選んだのどちらでもなく迎撃(カウンター)。深く呼気の塊を吐き出して闘気が噴出する。正眼の構え。どっしりとしたその姿勢に『変種』に悪寒にも似た衝撃が走るが遅い。

 

 火の粉が燻る双眸に飛び込む銀閃の振り落とし。地を蹴り上げて全力突撃(フルチャージ)した怪物の主に回避行動の選択肢は許されていない。

 

『オオォン!?』

 

 悲鳴と叫喚が混ざったような痛哭が響く。同時に斬り落とされて転げる落ちる片方の前足と血だまり。地に伏す形で動きを止めた怪物の主に周りの配下も動揺が伝播する。

 

 形勢を逆転する一撃。しかし、その斬撃を放ったウィルの相貌は苦いものが浮かんでいた。

 

「……はぁはぁ、仕留めきれなかった」

 

 これで終わらせる全力だった。全身全霊を振り絞って放ったウィルの一撃。それが失敗に終わり、がくりと片膝を落としては荒く息を吐き出す。むせては吐き出す血の塊。余力はなく視界が霞む。この一撃で『変種』のバスカヴィルを倒すはずだったのにと意識が霞む。

 

 僅かに斬撃が逸れたのだ。直前でバスカヴィルが体を捻り、斬撃の芯を外したのだ。

 

 これはウィルにとっての捨て身にも似た駆け引きであった。今の体力では『変種』との高速戦闘についていけない。故に身を捧げたのだ。敢えて、油断を誘う浅い攻撃をして反撃を誘発させる。

確かに危険な賭けである。しかし、ドワーフのごとき強健性(タフネス)を宿すウィルは一発だけならば耐えられると覚悟した。

 

 培った洞察能力をして幾度となく交戦した『変種』の動き。反撃の体当たりも想定して正解であった。大胆にもやってのけたのだ。

 

 苦渋の決断、肉を切らせて骨を切る。だが、結果は骨折り損である。致命の一撃には届かなかった。

 

『グゥウウ……』

 

 意思の疎通など不可能だというのに、何故か不敵に笑ったと感じた。瞬間、怒気を放つように『変種』がその顎を開く。覗かせる口腔から今にも溢れ出んとする強烈な炎の粒子。それが指し示すのは業火の息吹。

 

 そして、火炎弾の発射体勢に入り、身動きの取れない状態となった『変種』――――怪物の主を守るべく配下のバスカヴィルと盾のイヴィル・ガードが抜け出して襲いかかって来る。

 

「――――ファイアボルトッ!!」

 

 焦燥感に駆られた白い少年が魔法の言葉を放つ。押し寄せ続ける魔物の群れを短刀(ナイフ)一本でせき止める――――どころか逆に加速度的に処理しているが、彼の救援に間に合わない。

 

 炎雷が届くより、先に魔物の牙と爪がウィルを貫く。そして、業火が襲いかかって終わりだ。

 

 そんな呆気のない終焉をまるで他人事のように独白するウィル。周りが、世界が一枚の風景画のように切り取られているような錯覚を覚える。

 

 まるで走馬灯のように世界がウィルを残して時の流れを止めたような感覚。

 

 漠然と訪れる死を前にどうしてか心は凪いでいた。恐れも不安も痛みも忘れて、外ではなく内から響く声に耳を傾けていた。何もかもを出し尽くして空っぽになったが故に過去の自分を一冊の本として俯瞰している。矢継ぎ早に過去の記憶が一枚絵となって通り過ぎていく。

 

 死地、窮地を脱するために追い込まれた断崖の絶壁を飛び越えるために刹那の時の中で模索。

 

 そして、最奥にある記憶に触れた。どこか懐かしさを感じさせるソレに触れてドアを開け放つ感覚を最後に、開かれた底から途方もない力の奔流が流れ込む。

 

 自分が知らない記憶の一頁。他人を介して眺める第三の視点を通して、懐かしい女性の声を聞いた。

 

『目覚めよ』

 

 ただ、一言。響いたその言葉が脳裏で、体の内から衝撃をもたらす。幾つもの衝撃が爆発して――――まるで本当に生まれ変わったかのような感覚が突き刺す。

 

 瞬間、ウィルの奥底で何かが吹っ切れた。大きく口を開き雄叫びを上げる。もう余力などないというのに全身から熱い、真っ赤な血が噴き出す。満身創痍、だが構わない。ドクンと心臓が鼓動を鳴らすたび、衝動は強くっていく。

 

 息を吹き返すように目が覚めるようだ。

 

 ただ、一瞬。一刀に全てを乗せる。一振りの(つるぎ)のように。

 

「 ――――『白銀開放(リミット・オフ)』」

 

 余計な思考を全て剥がし落として真っ白に変容する。何色にも染まっていない純白の(つるぎ)

 

 ならば色を……意味を与えなければならない。誰に言われるわけでもなく自然と体が動いた。回避も防御も、ましては迎撃もせずに銀剣を真っすぐに向けて突撃する。牙と爪が全身を貫く。一拍の間を置いて炎雷が炸裂して轟く。

 

 爆炎が舞う、中心部。(つるぎ)となったウィルは四散する灯火をその身に吸収――――装填をした。

 

「――――装填完了」

 

 (つえ)(つるぎ)が交わったのである。白い少年の魔法――――『炎雷』を貰い受けて産まれた一振りの魔剣(ウィストリア)紫紺(アメジスト)の双眸を深紅(ルベライト)に変えて、全身は燃え盛るように灯火が輝きを放っている。

 

 (つえ)(つるぎ)――――『英雄の魔剣(アルゴノゥト・ウィース)』を手に執り、ウィルは宣言する。

 

「――――勝負だ」

 

 再戦の狼煙。怪物の主である『変種』のバスカヴィルは相対する相手の脅威を改めて、認識。全身の魔力を振り絞って蓄力(チャージ)を完了させる。

 

『ガアアアァッツ!!』

 

 放たれるは文字通りの地獄の大火炎があらゆる障害を焼き尽くさんと産声を上げた。

 

 時間すら焼き尽くさんと一瞬で迫る地獄の業火を前に白銀の少年、ウィルは魔剣を高く掲げる。炎の海を割らんと、ただ一刀。真っ直ぐ、一直線に振り落とす。

 

抜杖抜剣(オーバーロード)────最大召喚(フル・バースト)!!」

 

 魔剣に篭められた全権能を行使する開放鍵(スペルキー)。装填された『炎雷』の開放はもとより、魔法の主たる白い少年を撃鉄(トリガー)とすることで能力(アビリティ)を読み取り、再現する。

 

 模倣――――召喚(バースト)するのは正しく英雄の一撃。『英雄願望(アルゴノゥト)

 

 ゴォーン、ゴォーンと。壮大な大鐘楼(グラウンド・ベル)の音が魔剣を通して轟く。僅かな時間、白い光を収束した輝きを開放させる。

 

 記憶も何もかもを捧げて注いだ最大蓄力(フル・チャージ)

 

 異なる炎がぶつかり合う。拮抗はなく勝負は一瞬。世界が脈動するかのように轟いては一振りの(つるぎ)が世界を己の色に染め上げていた。

 

「はァああああああああッツ!!」

 

 英雄の一撃が地下世界の隔たりをぶち抜いていく。勢いは留まることなく大衝撃波を轟かせて領域を階層をぶち抜いてみせた。世界に証明してみせるように。

 

「――――あっ」

 

 暗闇が広がる地下世界、ダンジョン。怪物の坩堝を突き破りウィルの瞳に映るのは澄みきった青空。だが、それは偽りの空である。そして白亜の巨塔――――あの塔の天辺から彼女をエルファリアを幻視するかのように見上げる。

 

 そして、そして……。

 

 ――――――――

 ――――

 ――

 

「そして……覚えていない……だと、私を馬鹿にしているのか!」

「ひいぃ! すみませんごめんなさい許してくださいワークナー先生!」

 

 響く二人の声。ここはリガーデン魔法学院。そしてその保健室――――つまり、怪我人を看護する場所である。

 

 ワークナー先生と呼ばれた青年が呆れるように銀の眼鏡を指で押さえつけ、盛大なため息を吐き出している。保健室を担当している職員からの知らせを受けて馳せ参じたばかりである。ウィル・セルフォルトがダンジョンで絶体絶命、瀕死も瀕死。死の一歩手前を半分進んだような状態で保護されたのがきっかり一週間前。

 

 ダンジョンの外壁をぶち破って巻き起こした大騒動から一週間。ダンジョンは持ち前の自己修復で元に戻り、緘口令も敷かれたことからある程度の落ち着きを見せ始めるにいい時間が過ぎていた。

 

 『至高の五杖(マギア・ヴェンデ)』でもなければ起こりえないダンジョンの外壁連続破壊という隠蔽工作は連日連夜による教職員のデスマーチで事なきを得ている。そして、目覚めた件の中心人物ウィル・セルフォルト。その口からもたらされる新情報、一部始終を知りうるためにやって来たのがワークナーである。

 

 とはいえ、そんな建前とは裏腹に目尻に隈をこさえる位には心配をしていたワークナー。そんな心配も露程知らないウィルは一連の騒動を全く覚えていないどころか、単位の心配をしだす有様であり、とうとう堪忍袋の緒が切れてバスカヴィルよろしく口から火を吹きだすのであった。

 

 気炎を吐いて説教が始まるワークナーと全身を包帯でグルグルに巻かれたミイラ状態のウィル。使い魔であるキキを通してウィルが『変種』の怪物に襲われたことまでは把握している。しかし、その後どうやって生き延びたのか。そも、誰がダンジョンの壁を破壊して地上まで直通にしたのかと色々な疑問が浮かぶが結局、答えは得られなかった。

 

 『変種』に襲われた時点でワークナーはあらゆる業務を放り投げて助けに向かった為、その後の経緯を水晶玉から得ていない。また、第一発見者でもあるワークナーであるがすぐさまやって来たコルドロン校長にウィルを持っていかれて話も取り合ってくれない有様だ。

 

「えっと……ワークナー先生。その……単位のことですが」

「……はぁ」

 

 どうやら魔導の中都(ウルヴ・リガーデン)を巻き込んだ騒動よりも、目の前の単位の心配で頭がいっぱいな教え子に呆れつつも感心して枕元に持ってきた物を置く。

 

「これは……」

「私がお前を見つけた時に近くにあった骸の宝(ドロップ)だ。頭蓋骨の形からして件の『変種』のものだろう」

「はぁ……」

「幸運にもそれだけが無事だった。他に手がかりになりそうなものは吹き飛んでいるようだったからな」

 

 そんな説明を理解不能とばかりに何度目かのため息を吐き出して、教え子の頭を軽く小突く。

 

「まったく無茶をして……ウィル・セルフォルトに単位4を与える」

「えっ、いいんですかワークナー先生! 僕なにも覚えていないのに!」

 

 あからさまの態度の変わりように現金な奴めと思いつつワークナーは言葉を続けた。

 

「ああ、この際だ覚えていないのは仕方ない。状況証拠から『変種』を仕留めたのはウィル。お前しかいないのだからな」

「あ、ありがとうございますワークナー先生!」

 

 そんなとある『魔法世界』で夢に向かって突き進む教え子に説教を再始動させる一幕があった。

 

 

 ◆

 

 

「お、ようやくお目覚めかいベル君。ボクとしてはこのまま膝枕をしていたい気分だったんだけど」

「……へっ!?」

 

 ばっと驚きの声を上げて立ち上がるベル・クラネル。そして束の間の時間を堪能していたヘスティはむむっと悔しがり再度、膝枕を強行しようと手を伸ばしていた。

 

「あ、あの神様。僕ずっと……知らない場所で、多分ダンジョンだと思うんですけど」

「な~~にをいっているんだベル君! ずっとボクの膝の上でスヤスヤと可愛い顔して寝ていたのに……まったくダンジョンに憑りつかれているぜ?」

 

 暗にダンジョン中毒者だと言われて何も言い返せないベル。そして、下手くそな口笛を吹き始めるヘスティア。かもしだす怪しさの雰囲気を今更、聞くこともできず。本当に寝ていたのかと首を傾げるベル。

 

 夢の出来事を思い返す。確かに現実味を帯びていたのだ。まったく知らない階層……ダンジョンで遭遇した未知のモンスターと『冒険』をした(つるぎ)のような少年。ろくに会話も出来ずに気づけば本拠(ホーム)の図書室で寝落ちしていたという。

 

「最初はビックリしたよ、突然ふらっとボクの胸に飛び込んできて……」

「えええええッ!!」

 

 瞬間、真っ赤になるベルの反応にうししっと怪しい笑みを浮かべながら可愛いねベル君とばかりに頭をポンポンと撫でてくる。

 

「さぁ、戻ろうベル君。『夕日』が昇っている、皆と一緒に晩御飯を食べよう!」

「あ、はい。神様」

 

 窓の向こうには市壁を茜色に染める空があった。沈む夕日に気を取られて、手から滑り落ちる。

 

「……『(つえ)(つるぎ)の物語』?」

 

 落ちた本を拾い上げて、(つえ)(つるぎ)が交差する表紙をなぞるように見る。なにか引き寄せられるかのように思わず指が伸びる。

 

「ベル君ー!」

「今、行きます神様ー!」

 

 廊下から名を呼ぶ皆の声が届く。誘惑を断ち切り、あったであろう空白がある場所の本棚に置いて皆の元に戻ていった。

 

 ほんの僅かの間だけ交差した出会いの話。

 




なんか補足説明(V)o¥o(V)

ベル君の時系列は掌編集1にて収録されています
『とても遠く、とても近い、もう一つの迷宮譚』です。
具体的には一緒に本を読んで即幽体離脱したと思って下されば的な。

ウィル君の時系列は本編より少し前と思って下されば的な……。


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