北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
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四月、桜舞う季節。
坂の上に校舎を構える、京都府立北宇治高校。
そこの吹奏楽部に所属する二年生。綾瀬晴人。
彼は今日も、入学式があるというこの日、個人練習をする為に早くから登校していた。
「ん、始まった」
昇降口の方から、楽器の音が聞こえてきた。
俺は参加しないが、宣伝も兼ねて吹奏楽部のメンバーの内何名かで校舎前に集まり、新入生を迎える演奏をする事になっているはずだ。
さて、今年は何人の入部希望者が現れてくれるのか。
昨年は、当時の三年生と俺たちの学年でいざこざがあって、一緒に入部した部員たちも半分は抜けてしまった。
俺は、コンクールに出られなくても好きなトランペットを吹きたいという願いから今も部員を続けている。
「はは、音がだいぶズレてるな」
現在の北宇治高校の合奏への課題は明白だ。
「ちょっと、休憩するか」
使っていたマウスピースを洗いに水道へ行くと、うっすらと声が聞こえてきた。
下の階からは賑やかな新入生たちの声が聞こえて来る。午後からは我らが吹奏楽部も活動があるので、新入生も見学に来るかもしれない。
「うちのパートも入ってくれると良いんだけどな」
俺の所属は金管、トランペットパートだ。パートリーダーの中世古香織先輩。そして、同学年の吉川優子さん。この二人がうちのパートの中では、実力が高い。
当然、俺だって負けない。それだけ練習に臨んでる。
小学生からトランペットを始めて、とことん吹いてきたんだ。同じくらいの歴の奴らには負けないくらいの技術と自信はある。
それこそ、今日だって朝早くから練習する時間を設けていたのは俺。他にいたとしても数人くらいだろう。
「っと、タオル教室に忘れた」
マウスピースを吹こうと手を伸ばすが、空を掴む。
持ってきたと思っていたはずのタオルを、自分のクラスに忘れてきてしまったのだ。
面倒くさいなと、重い足通りで自分の教室へと向かう。
「あれ、綾瀬じゃん」
扉を開けると、俺の座席から少し離れた席に女子生徒が座っていた。
明るくて綺麗な髪をゴムで留めたポニーテールを揺らす彼女と目が合う。
「中川さん、どうしたのこんなところで」
「んー? 練習午後からじゃん? 早く着いたからちょっとゆっくりしてたんだよね」
座ったまま両手を上げて、伸びの姿勢つくる彼女。
おそらく、さっきまで机に突っ伏して寝ていたのだろう。
「机で寝るの体に悪いよ」
「綾瀬、私のお母さんみたい」
「いや、せめてお父さんって言ってくれない? 俺男なんだけど」
「あははっ、それもそうだね」
彼女は中川夏紀さん。同じ吹奏楽部の女子で、今年初めて同じクラスになった。
同じ部活でも、彼女が属する低音パートとはほとんど関わることがない。中学も別だし、彼女との会話らしい会話はしたことがなかった。
個人的な印象としては、マイペースで髪が綺麗な女の子。という感じだ。
「それより、綾瀬こそどうしたの? 早いじゃん。あ、もしかして、校舎前でやる演奏に出てたの?」
「いや、別に割り当てられなかったから、一人で吹いてたんだ」
「へぇー、真面目だね」
「真面目っていうか、吹くの好きだから。自主練も普段からやってるし」
「ふーん……。やっぱ真面目じゃん」
あんまり興味なさそうだな。
彼女と同じ低音パートの後藤くんからも聞いたが、中川さんは部活でも最低限のことしかせず、自由奔放らしい。
別に悪いことではない。現在の北宇治高校吹奏楽部の活動は、そこまで活発ではない。楽しくやれれば、それでいい。そんな平和主義的な思想を掲げている。
「中川さんは? 時間までユーフォ吹いたりとかしないの?」
「私はパス。もう少しゆっくりしてるよ」
「そっか。じゃあ、俺は戻るね」
「うん、おつかれー」
俺は、タオルだけを回収して再び廊下へと出る。
「そういえば、中川さんとちゃんと喋ったの初めてだよな」
同じパートの吉川さんから、たまに彼女の話を聞いていたから、どんな子なのか少し気になっていたんだよな。
せっかくクラスが一緒になったんだから、もう少し仲良くできたらいいのにな。同じ部活の仲間でもあるんだし。
今度は俺からも話しかけてみようかな。
普段自分から異性に話しかけるなんてしないから、上手くできるか心配だ。