北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜   作:あきと。

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「綾瀬はいつからトランペットやってるんだっけ?」

 

「俺は一応、小三からだけど」

 

「長っ! そりゃ、上手いはずだよね」

 

「歴だけが上手さじゃないよ。実力なんて、努力次第だと思う」

 

「……」

 

 夏紀は晴人の言葉を黙って聴く。

 

「俺だって、トランペットが好きで吹いてきただけだし。実際それが経験にも繋がってるとは思うけど、演奏なんてこれからの頑張り次第でどうにでもなるものだと俺は思ってる。だから、練習があるんだしさ」

 

 この世に練習なんてものがなければ、天才という存在は生まれない。練習もせずに全国に行けるような上手い人なんてきっといない。

 

「……努力かぁ。今の私とは無縁の話だね」

 

「分からないよ。きっかけがあればやる気なんて一気に上がるものだしね」

 

 中川さんはきっと、何らかのトリガーがあればきっと物事に打ち込む事ができるはず。そうでないと、こうして今もこんな話はしないはずだ。

 

「……そっか。気が向いたら私も頑張ってみようかな」

 

「うん、中川さんのペースで良いと思うよ。こういうことに関しては強要することじゃないから。ただ……」

 

 そこまで言って、晴人は続きを口にするか迷う。

 会話をするようになって間もない相手に色々言われるのはきっと良い気はしないだろう。そう感じたのだ。

 

「ごめん。話しすぎた」

 

「ううん。それで、ただ何?」

 

 しかし、続きが気になるのか夏紀は晴人に言葉を促す。

 

「…決断は、早い方が良いと思う。じゃないと、絶対に後悔する」

 

「……ふーん」

 

 晴人の真意が伝わったのか、夏紀はどこか納得したようなそぶりを見せる。

 

「けどさ、滝先生はそんなの待ってくれないよね」

 

「それは……」

 

 確かに、中川さんの言う通りある程度のレベルまで合奏のクオリティを上げることが今の課題だ。しかも、期限付きというおまけ付き。

 

 滝先生なら「何を迷う必要があるんですか?」とでも涼しげな顔で言いそうだ。

 

「でも、中川さんには続けてもらいたいよ吹奏楽」

 

「え、どうして?」

 

「えっと…、何でだろう?」

 

「いや、私が聞いてるんだけど」

 

 どうしてそんな言葉が出たのか。晴人自身にも分からなかった。

 

「まぁ、いいや。そこまで言ってくれるなら、少しくらいは私も頑張ってみますか」

 

「ほんと?」

 

「本当だよ。けど、どんな結果になってもクレームは受け付けないから」

 

「中川さん……。うん、一緒に頑張ろう」

 

「ふふっ、綾瀬はそればっかり。前も頑張ろうって言ってくれたよね?」

 

「えっ、そう?」

 

「そうだよ」

 

「ご、ごめん。でもさ、頑張るのは大事だと思うんだ」

 

「分かってるよ。別に責めてるわけじゃないから。ただ普通に気になっただけ」

 

「うーん、そう言われてもなぁ。単純に俺たちは仲間なわけだし」

 

 今まで話す機会が少なかったとはいえ、一年前から同じ部活に所属する以上、入部した時点で仲間であることに変わりはない。だからこそ、晴人は自然にそう感じていたのである。

 

「仲間……か。うん、そうだよね」

 

 夏紀はどこか遠くを見るように、学校の方に視線を向ける。

 その視線の先には誰かがいるのだろうか。そう考えたところで晴人は口を開いた。

 

「っと、俺は帰り道こっちなんだけど」

 

「私はこっち」

 

 どうやら、中川さんとはここでお別れのようだ。

 まぁ、当然か。中学は別だし、一緒に帰れるのはせいぜいこの辺りくらいだろう。

 

「ねぇ、綾瀬。仲間っていうなら、一つお願いしたい事があるんだけど」

 

「お願い? 俺にできる事なら全然構わないけど」

 

「その、さ。中川さんっていうのやめない?」

 

「えっ、どうして?」

 

 予想外のお願いに、晴人は面食らったような顔をする。

 名前の呼び方が気に食わないのだろうか。それなら、他になんと呼べばいい? 中川様?

 

「だって、なんかむず痒いよ。みんな下の名前で夏紀って呼ぶし」

 

「あぁ、そういう。いや、でも……」

 

「私も、綾瀬の事は晴人って下の名前で呼ぶからさ」

 

「ええっ!?」

 

「何その反応。駄目?」

 

「駄目……ではないけど」

 

「なら問題ないじゃん」

 

「ていうか中川さん、俺の下の名前知ってたんだ」

 

「そりゃ知ってるでしょ。一年も同じ部に居れば。今年なんて同じクラスなんだし」

 

「それもそっか。なるほど」

 

 言われてみれば、俺も中川さんの下の名前は知ってたもんな。

 

「じゃあ、夏紀……さん?」

 

「うわ、下の名前にさん付けされるのとか無理」

 

「えぇ……」

 

 無理と言われても、いきなり呼び方を変える事自体が難しい。

 

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

 

「普通に夏紀でいいって」

 

「いきなり呼び捨てっていうのも…」

 

「私は別に気にしない」

 

 俺が気にするんだけどな。

 

「うーん……」

 

 じーっ。

 

「ゔっ……」

 

 めちゃくちゃ見られている。

 どうやら中川さんは引く気が全くなさそうだ。

 

「分かったよ。な、夏紀…。これでいい?」

 

「うん。やっぱりそっちの方がしっくりくる。じゃあ、私も晴人って呼ばせてもらうから。改めてよろしく」

 

「う、うん。了解」

 

「ふふっ。んじゃ、また明日ねー」

 

 そう言って、中川さん……。夏紀は俺とは反対の道を進んでいく。

 

「はぁ…」

 

 緊張した。小学校の時以来だよ。女子を下の名前で呼ぶなんて。

 

「あれ、でも確か……」

 

 夏紀は名前呼びの方が慣れてるって言ってたけど、同じ低音パートの後藤くんとかには苗字で呼ばれてなかったか?

 

「うーん?」

 

 晴人は腕を組んで考える。

 理由は分からないが、本人は納得しているらしい。

 とりあえず、互いに了承したのだから、これからは彼女のことは、有り難く名前で呼ぶ事にさせてもらうとしよう。

 

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