北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
「えっ、休みですか?」
パートリーダー会議を前日に控えた日の放課後。
意気揚々と音楽室へ向かう晴人。そこには部長である小笠原先輩と我らがパートリーダーの中世古先輩がいた。
「各時自由練習で良いんじゃないかって話もあったんだけど……」
「それじゃ、意味がないって人もいてね。パートリーダー会議が終わるまでは練習は休みにすることになって」
「それでは今日も……」
「うん、もう部員の殆どが帰ってる」
まじか。
「本当ごめんね」
小笠原先輩にも手を合わせて謝罪される。
彼女の話では一部の生徒が先生の方針に対してどうするべきかを決めるまでは練習しないと言い出したらしい。
「でも、個人練はして良いんですよね?」
「それはもちろん! ただ合奏はできないけど…」
「大丈夫です。ありがとうございます」
申し訳なさそうな顔をする小笠原先輩。隣にいる中世古先輩も似た感じだ。
もしかすると、反対派の意見を述べた人の中にはうちのパート内でも抗議していた吉川さんとかもいるのかもしれないな。
しかし、俺もこれ以上の事は言えないし力になれることもない。
だから、そのまま音楽室を後にしようとする。
他にも同じようにここを訪ねる部員がいるだろう。それなら、音楽室で吹くのは小笠原先輩たちの邪魔にもなってしまう。
「あ、まって。綾瀬君」
「はい?」
足を後ろに向けた晴人を香織は呼び止めた。
「はい、これ」
「これは…。飴、ですか?」
中世古先輩に差し出された手のひらには個包装されたキャンディがころんと転がっていた。
「うん。綾瀬くん、いつも個人練習頑張ってるから。そのご褒美」
「ご褒美って……。俺子供じゃないんですけど」
「でも、私たち先輩たちからしたら可愛い後輩だもん。だから、どうぞ」
「…じゃあ、ありがたくもらいます」
「うん、頑張ってね。甘い物を食べると元気が出るんだよ!」
にこにこと微笑む中世古先輩。握り拳を作って元気付けようとしてくれる姿が、ちょっと可愛らしい。
別に落ち込んではいなかったのだが。
これは、「これから練習するから今は食べれないです」とは言えないな…。
「ありがとうございます」
「今日は私も個人練習してから帰るから。お互い頑張ろうね」
「はい」
正確には「今日は」ではなく「今日も」だ。
やはり、中世古先輩も練習していくのか…。
彼女も晴人同様に、ほぼ毎日放課後はトランペットを吹いている。その音色を聞いたのも一度や二度ではない晴人には、それが分かっていた。
「さてと、どこで練習するか」
楽譜スタンドとトランペットを持って廊下を歩く晴人。
中世古先輩が残るのなら、いつもパート練習で使っている教室を使うことだろう。それなら、自分は別のところにしようと足を進める。
普段から色々な場所で吹いていることもあり、特に固定の場所はない。だからこそ迷う。それに、今は練習している部員が殆どいないということは場所は選び放題なわけだ。余計に悩ましい。
もちろん、それが良いことではないんだけどな。
「今日は外で吹いてみるか」
気分を変えて、靴を履き替えて外に出る晴人。
涼しい風が吹いて頬を撫でる。心地良い。
これなら、気持ちよく吹く事が出来るだろう。
「おーい、晴人ー」
自分の名前を呼ばれて振り返る。
「あ、中川さん」
見慣れたポニーテールの女子生徒。同じクラスで同じ吹奏楽部員。そんな彼女が俺を呼び止める。
「んー? 誰さんだって? 聞こえなかったんだけど、もう一回言ってくれるー?」
「えっと……。夏紀」
「うん、よろしい」
満足顔で頷く夏紀。もはや名前呼びでないと話てはくれなさそうだな。
「今から個人練?」
「うん、外で吹こうと思って」
「そっか。晴香先輩たちに聞いたんだけど、部活自体は休みなんでしょ?」
「はは、そうみたい」
「なんか残念だよ。せっかくやる気になってたのにさー」
気怠げな態度を示す夏紀。しかし、そんな彼女は一点、いつもと違っていた。
「そういうけど、夏紀だって個人練習やろうとしてたんじゃない?」
「…まぁね」
その両手には、金色に輝いたユーフォニアムが抱かれていた。
今までの夏紀なら、休みと聞いたら真っ直ぐ帰っていたかもしれない。けれど、そうでないということは。彼女の中で昨日までとは変わったものがあったのだろう。
「でも、個人練なんて久々でさ。どこでやろうかグルグルしてたとこ」
「俺もだよ。とりあえず外に行こうと思うんだけどさ」
「ふーん。なら私も外で吹こうかな。ねぇ晴人、ついて行ってもいい?」
「いいよ。一緒に探そう」
晴人は夏紀が靴を履き替えるのを待つ。
「ゔ……。ユーフォ邪魔」
「俺持とうか?」
「ありがとう。お願いできる?」
「うん」
俺はトランペットを一度おいて受け取った。
ユーフォは大きいし、ペットより重いから確かに持ったままなのは邪魔だよな。
「重いでしょ」
「だね。これ持ったままサンフェスで行進するの大変そう」
「まぁ、滝先生がどうするのか次第だけどね。…行こうか」
そういえば、最近夏紀と話す機会が増えてきたな。やはり俺たちの関係も、ただの部員仲間から同じクラスの友達くらいには変わりつつあるのだろうか。
「あれ? あそこに見覚えのある三つの後頭部が」
「ん?」
先に昇降口を出た夏紀の視線を追うと、そこには階段で腰を下ろす3人の女子生徒の姿があった。
「もしかして、低音パートに入った一年生?」
「そうそう」
右から短髪のショートヘアの子。真ん中には髪をふわっとさせた子が。
一番右隣にいる猫っ毛の子は……見覚えがあるな。最初の顔合わせでも目立っていたコンバス経験者の川島さんだ。
「声かける?」
「いやぁ。まだそんなに話したことないからなぁ」
そういう夏紀の隣で立っていると、3人の会話が聞こえてきた。
「このままで大丈夫なのかなぁ」
「分かりませんけど。部長たち頑張ってるみたいですし」
「私はやるなら一生懸命やりたい。せっかく放課後遊ばないで頑張るんだもん」
「それは緑も同じです! ですけど……」
完全に部活への不安の声だった。
入ったばかりの一年生からしたら戸惑うのも無理はない。このまま辞めたいなんて言い出さなければ良いが。