北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
「部活の事話してるね。せっかく入った部活がこの状況じゃ仕方ないか」
「うん、部に関心のない私とは大違いだよね」
「そんな事ないよ。現に夏紀は今練習に向き合ってるんだから」
「そう、かな」
「そうだよ。夏紀はきっと、これからもっと上手くなると思う。頑張れる人の成長は無限大だから」
「ふぅん。晴人にそう言われるのは悪い気しないかな。少しだけど、なんだかやる気が出てきたよ」
「それは良かった」
そんな会話をしながら場所を変えようとしたその時、どこからか綺麗な管楽器の音色が聞こえてきた。
「ん、この音……」
二人は足を止める。
「トランペット? どこからだろう。もしかして香織先輩?」
「いや、これは…」
おそらく一年生の高坂さんだ。まだ数回しか聴いた事のない音だけど、この音はきっと。彼女の音。
「なんだっけ。この曲」
曲名の出てこない夏紀に助け舟を出そうと、晴人は口を開く。
『新世界より』
俺が曲名を口にすると、ちょうど一年生3人の方からも同じ曲名を口にした子がいた。どうやら、曲に詳しい子がいたらしい。晴人とその少女の声が重なった。
「え?」
それに気付いた3人もこちらへと振り向く。
「あっ! 先輩、お疲れ様です」
川島さんが俺たちの姿にいち早く気づく。
横の二人も続いて頭を下げて挨拶をしてくれた。
夏紀はともかく、俺の方までちゃんとみてお辞儀をしてくれた事に。少し驚く。
顔を知らなくても、楽器とスタンドを持っていれば吹奏楽部員であることが分かったのだろうな。
「おつかれー」
夏紀は3人にそう返した。
さすが同じパートの先輩。普段と変わらない落ち着いた態度で後輩たちに声をかけた。そして俺もぺこりとお辞儀だけを返す。
うん、分かっているさ。普段のコミュニケーション不足が明確に出ていることくらい。
「…!」
でも3人ともこちらが上級生だということもあって、少し緊張した様子だ。
一つしか学年が変わらないのにな。学生のうちから上下関係があるというのは不思議な感じだ。
しかし、意外にも先に口を開いたのは一年生の方だった。
「もしかして、練習ですか?」
真ん中の子が俺たちの様子を見て聞いてきた。
その子の視線は、夏紀に抱かれたユーフォニアムに注がれている。
夏紀はそれに答えようと一歩前に出る。
「うん、ちょっとね。部活休みだから個人練」
「えっ、練習」
3人は少し驚いた顔をしていた。
「そりゃ驚くよねー。いつもの私からじゃ想像できないでしょ?」
「あっ、いえ。そんな事は」
「久美子のバカ。そんなに慌てたら答えを言ってるようなものだよ!」
短髪の子が小さく呟いたであろうその声は風に乗ってはっきりと聞こえてくる。
「ゔっ…。す、すみません」
「あははっ、いいのいいの。本当のことなんだから気にしないでいいよ」
おそらく今までの夏紀を見て意外だと思ったんだろうな。本人もサボりがちだと言っていたし。その様子も3人は見ていたわけだ。
「まぁ、まだ吹いてすらいないんだけどねー」
「夏紀?」
照れているのか、そうではないのか。軽く冗談を残して、立ち去ろうとする夏紀。俺はそんな彼女をすぐ追いかけようとする。
何気ない会話だといえばそれで終わりだが、せっかく同じパートの後輩に会ったのにそれで良いのだろうか。
「3人とも。気をつけて帰ってね」
『はい!お疲れ様です』
気遣いで声をかけたのだが、別パートの俺にもちゃんと挨拶をしてくれるなんて、すごく良い子たちだ。
「夏紀。いいの? あの子たちのこと」
駆け足で少し離れた場所を歩く夏紀に追いついて、3人のことを尋ねる。
「いいのいいの。変に緊張させちゃ悪いし」
「!」
そうか、今のは夏紀なりの優しさだったということか。
「だから、今のはあれが正解……だと思う」
「さすが先輩」
「面倒くさがり屋ともいう」
そんな夏紀の言葉に二人して笑った。
その後、良さそうな場所を見つけた二人は各々練習を始めるのだった。
「何吹こうかな」
海兵隊? ……いや、この曲にするか。
そうして、晴人はトランペットを掲げて吹き始める。
どこかで吹かれて、耳に残っていた『新世界より』を。