北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
楽器のパートごとに一人存在するリーダーたちが話し合う、それがパートリーダー会議である。
北宇治高校吹奏楽部は現在六十名を超える部員を有する。その部員たちの意見をまとめて方針や問題点を話し合うのがその会議だ。
言うなれば、パートリーダーたちは我が武の最高幹部と言っても良い。
その話し合いの結果が、今まさに語られていた。
「というわけで、来週の合奏まで練習して、その結果サンフェスに出場しないと先生が仰るようであれば、その時はきちんと抗議しようということでまとまりました」
小笠原先輩を筆頭に、パートリーダーたちが音楽室の黒板前に並ぶ。
……なるほどな。今のところはまだ滝先生の言う通りにしよう。そういった感じだろう。
それにどれくらいの人が賛成なのか。不安を持っている人たちがどれくらいいるのか。教室内の空気で、はっきりと分かる。
「何か意見のある人…いますか?」
その時、黒板横の入り口の扉が開かれた。
「先生!」
教室に入ってきたのは、室内の様子を見て疑問を抱く表情を浮かべる滝先生だった。
「おや、皆さん。こんな時間に集まって…」
「うわ、来たよ」そんな声が周囲から聞こえてくる。今の滝先生は完全なアウェイである。
「合奏ですか?」
しかし、そんなのはお構いなしに小笠原先輩に返答を求める。
「あ、いえ。パートリーダー会議があって」
「はぁ、そんな事は別に時間を取ればいいでしょう。折角今週は三者面談で授業が短いというのに」
先生は呆れた声を漏らす。
「一週間後の合奏で改善が見られなければ、サンフェスには出られないのですよ」
「はい。それで…」
有無を言わさず、滝先生は言葉を続けた。
「言っておきますが、私は本気です。最低限のレベルをクリアしてもらわなくては出場させません」
先生すごいな。
この空気感の中、部員の反感を買うようなことを堂々と言い放つ。弁解しようとした小笠原先輩もそれを聞いて黙ってしまった。
パートリーダー会議も意味はあったのか。こうもはっきりと言われてしまえば、不満を持つ生徒たちが余計に先生に対してのイメージが悪くなる一方である。
でも、こうして音楽室に来てくれたという事は練習を見てくれる気があるのだろうか。
「さ、練習をしますよ」
そうだ。練習だ。早くこの空気を変えて気を晴らそうじゃないか。
それに、滝先生の指導力も気になるしな。早く練習がしたい。
「みなさん。体操着に着替えてください」
そうそう、体育着に着替えて……。え、なんだって?
「え、体操着?」
「はい。着替えたら楽器を持ってグラウンドに集合です」
本来なら女子がときめくような柔らかな笑みを浮かべる先生に、部員の殆どが不安の目を向ける。
♪ ♪ ♪ ♪
滝先生に連れてこられたのは屋外。言われた通りに吹奏楽部員全員が体操着へと着替えてグラウンドに集合した。
正確には、生徒の反論を完全に無視して強引に連れ出したという方が正しいのだが…。
しかも、何故か持ち運べる楽器は一緒に校庭へと連れ出される。
「走るんですか!?」
「はい。全速力で一周走って来てください」
こんな格好をして何をさせられるのかと思ったら、まさかのグラウンドをダッシュしろという。
どうしてなのか。その疑問を抱く生徒たちの声を先生は軽く受け流す。
「タイムは90秒です。それ以上掛かった人はもう一周追加で」
「「え〜!」」
な、なんだその完全運動部のルールは。
でもまぁ、肺活量とかのことを考えれば……。ある意味、吹奏楽も体力は使うものだし。
「待ってください。それに何の意味が…」
「それでは。よーい、スタート!」
「嘘!」
「あ〜! 待ってくださぃ〜」
先生が手を鳴らすのと同時に、数名の女子生徒が掛けていく。
「よし」
とりあえず、俺も走るか。
困惑する部員たちの間をすり抜けて。晴人はグラウンドを走り出す。
すると、周りに合わせようとポツポツと他の部員たちも走り始めていく。
「はっ、はっ、はっ」
運動にはそれなりに自信がある晴人。
元々体を動かすこと自体は好きだし。走る速さも平均よりは少し上くらいだろう。さて、今年の体力測定はいかに。
「たく、マジかよあの先生…」
後方からは、聞き慣れた男子部員たちからの声が聞こえてくる。そして……。
「あ…」
一定の呼吸を保って走る俺の横を茶色いポニーテールが追い抜いていく。
「ふふん」
だれかと思えば、ニマッとどこか煽るような笑みを浮かべた夏紀だった。
いかにも、「お先に」とでも言いた気な顔だ。
「…………」
少しばかり思うところのあった晴人は、ペースを上げて走る。あっという間に夏紀のことを抜き去ってしまう。
「うわ、綾瀬大人気ない!」
そんな声には目もくれず走る晴人。しかし、それには夏紀もついて来た。
俺の方が早いとはいえ、ここまで着いて来れるなんて。夏紀も運動神経は良いみたいだ。
「はい。ゴールしたらすぐに楽器を吹いてください」
「えっ、吹くんですか?」
ゴールして肩で息をする俺と夏紀を見て、滝先生からの次の指示が飛ぶ。
「何のために楽器を持って来たと思ってるんですか? ほら、早く」
滝先生に流されて楽器へと手を伸ばす。
マウスピースに口を当て、深呼吸を活かして吹く。
くっ、音が汚い。
音は鳴るものの。呼吸が乱れているせいか、いつもと比べるとだいぶ下手な音が鳴り響く。
隣で吹く夏紀は、音を出すのも苦しそうだ。
この環境下で吹くのは、絶対に辛い。同じような音を出す部員も一人や二人ではない。
「ほらほら、もっと吹いてください」
「っ!」
とにかく音を鳴らすことに集中し、何度も鳴らし続けている俺たちを滝先生は急かす。
そして、顎に手を当てて何かを考えるそぶりを見せる。
「ふむ……」
なんだろう。すごく怖いんだけど。ドSなのか!?
そう考えているうちに、次から次へとゴールしてくる生徒たちに、先生は早く楽器を持つように声をかけていった。