北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
「うわぁー、やっちゃったよ」
晴人は一人、自分の靴箱に額をぶつけていた。
自分しかいない昇降口で小さな音が鳴り響く。
初めて先生に反論しちゃったよ。
「俺が先生に楯突くなんてな」
本来の自分からは考えられなかった行動に少しばかり恥ずかしさを感じていた。
いやだって、加部さんだって涙浮かべてたし、そんな状況の彼女にあんな事を言い続けたら、本当に潰れてしまうところだったかもしれない。滝野くんだって同じだ。
普段の俺なら絶対に物申す事なんてしないけど、仲間の頑張りをあんな風に言われるのは、なんだか違う気がした。あれが正しかったのかは分からないけど。
「それにしても、高坂さんもすごいよな」
晴人は、パート練習の時のことを思い出す。
『練習量で言えば、中学の時の半分くらいです』
いくら本当の事だったとしても。あんなタイミングで言わなくても……。
日々の吹部の様子から普段から思ってた事なんだろうな。でもあの言い方だと、先輩たちだっていい気はしないよな。
吉川さんなんて、めちゃくちゃ睨んでたし……。
せっかく滝先生の言い方について物申して彼女の沸点を下げられたかと思ってたのに。中世古先輩が上手くフォローしてくれてればいいけど。
全体練習の後で、一人自主練で残っていた晴人はそんなことを思い出しながら、下駄箱に押し当てていた頭を離す。
「今年は上も下もいて、色々大変だなぁ」
二年生という中間の立場にいる大変さを晴人は改めて感じていた。
「今の三年生の先輩たちは、去年こんな感じだったのか」
昨年卒業していった先輩と、今の俺たち二年生。主に、昨年辞めていってしまった同級生達の衝突に尽力してくれたのが、小笠原先輩やうちのパートリーダーである中世古先輩たちだったのだ。
「…何してんのよ、あんた」
「あ、吉川さん」
大きいリボンを携えて、変なものを見るような目でこちらを見ている優子。
「今年は色々大変だなって」
「今年も…でしょ?」
「まぁ、そうかも」
正直言って、昨年のことに関して俺はあまり関わっていない。というより、何も言えなかった。完全な傍観者だった。だから、とにかく練習に励んでいた。
でも今は、高坂さんの事だったり、先生に不満を抱える吉川さんたちを始め、身近に当人たちがいることで無関係ではいられないと思わざるを得ない。
「吉川さんは今帰り?」
「ええ、そうよ」
「珍しいね。中世古先輩ならさっき帰るところを見たけど」
「じーっ」
「な、なに?」
「ストーカー?」
「違うよ! 偶然見かけただけだから」
「分かってるわよ。冗談だから」
中世古先輩命な吉川さんに言われると、本気で言っているような気がして焦る。
いや、実際ストーカーなどしていないのだが。
「それに私だって、毎回香織先輩と帰ってるわけじゃないしね」
「そうなんだ」
二人で帰るところをよく見かけるから、てっきり今日もそうなのだろうと思っていた。
「今日は三者面談があったのよ。ママ…、お母さんの都合が悪くて遅い時間に調整してもらってね。綾瀬は今日も個人練?」
「うん、俺が最後」
「ふーん、夏紀とは一緒じゃないわけね」
「え、なんで夏紀?」
「あんた達、最近仲良いじゃない」
「まぁ、同じクラスで友達だし」
「付き合ってるの?」
「付きっ!? いや、俺たちはそういうのじゃ!」
「何焦ってるのよ。冗談よ」
「だから、冗談に聞こえないって……」
どうしてだろう。今日はすごく揶揄われるな。
もしかして、俺をストレス発散の捌け口にしているのでは!
「それに、夏紀に彼氏なんてまったく想像できないし」
「そうなの?」
「うん。夏紀は女子からの方が人気あるしね」
「それは少し分かるかも。かっこいいよね」
「別に褒めてないわよ」
そういうけど、俺には褒めているように聞こえた。
本当に嫌いなら、夏紀周辺の情報をこうして話したりはしないだろう。
「何してるの? ほら、いくわよ」
「えっ?」
晴人よりも先に校舎の外へと出た優子にそう呼びかけられる。
「行くってどこに?」
「もちろん帰るのよ」
「帰るって、お母さんは?」
「これから夜勤なの。だから、帰りは一人」
「なるほど……。えと、それで?」
「だから、一緒に帰ろうって言ってるのよ。どうせ途中までは一緒でしょ?」
「うん、そうだけど」
最近は夏紀とばかり帰ってたけど、今思えば女子と帰るのなんて小学校以来だったんだよな。
そう思うと、この約一、二ヶ月はすごいことをしていた。何気に吉川さんと帰るのも二回目だし。
「ほら、早くしなさいよ」
「あ、はい」
どんどん先に行ってしまう優子に追いつこうと、晴人は急いで靴を履き替えて追いかけた。