北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
校舎を出てから坂を降りると、校門前に見慣れたポニーテールが目に入る。
「げっ! あいつ、なんでいるのよ」
こちらに背を向けて柱にもたれかかっている女子生徒。
その後ろ姿で、夏紀であることが分かった。並んで歩く吉川さんもそれに気付いたようで、明らかに嫌そうな顔をする。
「夏紀。どうしたの?」
約束をしていたわけではない。だが、もしかしたら待っていてくれたのかもという淡い期待を持ちながら、晴人は自ら声をかける。
「あっ、晴人お疲れ様……って」
笑顔で夏紀が振り向いたかと思えば、吉川さんの姿を見てこれまたあからさまに嫌そうな顔をする。
「うっわ」
「なによ。なんか文句あるの?」
吉川さんも喧嘩腰な態度で夏紀に応える。
「別にー。……で、晴人はどうして優子と一緒なわけ?」
「昇降口で会ってさ。帰り道が一緒だから途中までどうかって言われて」
「ふーん……。それで晴人はオッケーしたんだ」
「えっと。うん、方向同じなのに断るのも変だと思って」
「まぁ、それもそうだね」
「同じパートなんだから別に普通じゃない? 綾瀬は低音パートじゃなくて、私と同じトランペットパートなんだし」
「はぁ?」
「は? なによ」
空気が一気に悪くなり、その二人の感情も険しい表情から伝わってくる。
「あの、二人とも喧嘩は…」
「はぁ。綾瀬、友達は選んだ方がいいわよ」
「は? それどういう意味」
「ほら、すぐこんな感じだし。夏紀なんかと二人で帰って何が楽しいのよ」
「それはこっちのセリフだから。あんたと帰ると香織先輩の話ばかり」
「何言ってるのよ。最高でしょ?」
まぁ、吉川さんからしてみればそうなのだろう。さすがに毎回同じ人の話だけだと飽きると思うが。
「それに比べて晴人は二人で帰る時に色々な事話してくれるし」
「それはお優しい事で」
「誰かと違ってね」
「は?」
……って、止めようと考えてたけど。このバチバチした雰囲気は、口出しできる気がしない。
「そうだ。ねぇ、晴人。私も一緒に帰って良い?」
「もちろん」
「えー。私は嫌なんですけど」
「ありがとう。最近晴人帰るのが日課になってるからさー。なんだかウケるよね」
「ちょっと、無視しないで欲しいんですけど」
隣に並ぶ夏紀は笑みを浮かべ、反対側では挑発を無視されて不服そうな態度を優子が見せる。
女子二人と帰るなんて。経験が無さすぎて一層緊張してしまうではないか。
「そういえば夏紀。もしかしてだけど、俺の事待っててくれたの?」
「うん、私もさっきまで練習してたから。でも…」
彼女は優子に人差し指を向けて不満を口にした。
「こいつまでいるとは思わなかったけどね」
「ちょっと、人のこと指差さないでくれる」
「はいはい。失礼しました」
「それ謝ってるつもりないでしょ!」
軽くあしらうように手をひらひらとさせる夏紀に噛み付く優子。
その左右で繰り広げられる光景を晴人は少し面白く感じていた。
「それで今日のトランペットパートの練習はどうだったの?」
「別にあんたに心配されなくても順調ですぅー」
「あんたに聞いてないし。ねぇ、晴人。どうなの?」
「うん、色々やらされてる。腹式呼吸とか初歩的な事。どこも同じだと思うけどね。でも、やっぱり先生の説明を聞きながらだと、すごく勉強になるよ」
滝先生の指導は基礎的な事ばかりだけど。明らかに上達に結びつく練習方だ。経験者が文句をいうような内容に変わりないけど。実際今の部員には必須な事でもある。
「へぇ。やっぱり教えるの上手いんだ」
「捉え方によるかもしれないけど。低音は?」
「ソルフェージュやったりだとか。一つ一つの音をしっかり吹けるようにしなさいって言われてる」
ソルフェージュは音楽の基礎能力を鍛えるレッスンで、楽譜の理解を重視した基礎訓練。楽譜に記された音楽と、実際の音楽を結びつけるための練習だ。
「ははっ、滝先生らしいな」
「あとは、後輩に誘われてパートのみんなで合わせてみたりしたかな」
「そっか。この前会った子たちだよね?」
「そうそう」
二人の喧嘩、部活の話。二人の喧嘩、雑談。二人の喧嘩……。
そんな会話をローテーションしながらの帰り道。今日の放課後は、最近のピリピリした空気感を忘れられるくらいに、どこかいつもよりも賑やかだった。