北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜   作:あきと。

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 演奏が始まった。練習した甲斐あってか、出だしの音がすごく良かった。個人で、パートで、全体で。何回も練習した最初の音は見事に揃って奏で始める。

 目も当てられないくらいぐちゃぐちゃだった音色。そんなものは微塵も残らないくらいに演奏の質は上がっていた。

 吹いている最中でさえも、どんどんとテンションが上がっていく。今回の海兵隊は「楽しい」と、そう思わせるにふさわしい。

 

 そんなことを考えているうちに、あっという間に時間は過ぎていく。

 

「……」

 

 校内を巡る鳴り響く音。その音たちが終わりを迎えると音楽室内に静寂に包まれる。

 滝先生の指揮によって奏でられた音色は、明らかに以前とは別物だった。完璧……という評価かといえばそうではないかもしれない。

 それでもこの1週間は無駄じゃなかった。それだけの成果が得られていたことは、弾いている自分たち自身にも伝わっている。

 

 演奏が終了し、どう言い渡されるのかそんな不安を抱える生徒たちの眼差しが滝先生へと集中する。

 空調の音さえ聞こえてくるこの空気の中で、誰だか知らないが安心したように「ふぅ…」という呼吸を吐く。

 

 それに俺が気づくのと同時に先生が笑みを浮かべた。

 

「いいでしょう」

 

「!」

 

 その言葉を聞いて各々が反応を示す。

 

 評価がどうであれ、「いいでしょう」ただそれだけで今回の条件を満たした。合格した事に喜びの声を部員たちはあげる。

 

「細かいことをいえばまだまだ気になるところはありますが、なによりも皆さん」

 

 初対面の酷評があったからなのか、言葉少ないにも関わらず、褒められている。そう感じずにはいられなかった。

 

「今、合奏をしていましたよ」

 

 顔を見合わせ目を丸くする部員、喜び合う部員、反応は様々だ。

 

「やったな!」

 

 そう小声で言ってきたのは滝野くん。

 よほど嬉しかったのか。きゅっと握った拳を俺に近づけてくる。

 

「うん」

 

 照れくさいながらも、それに応えるように晴人は拳を握り純一の拳に突き合わせた。

 その時、ふと視線を感じてそちらを見れば低音パートの夏紀と目が合った。どうやら見られていたようだ。余計に恥ずかしい。

 

「!」

 

 そう思っていると、「やったね!」と夏紀が口を動かしたように見え「うん」と応えるように晴人は頷く。

 

「小笠原さん。これをみなさんに配って頂けますか?」

 

「はい!」

 

 準備をしていたのだろう。

 滝先生はプリントの束を小笠原先輩へと渡す。

 

「それではみなさん、お待たせしました。サンフェスに向けての練習メニューです」

 

 回ってきたプリントに書かれていたものは、これからの活動でこなしていく為の練習メニュー……。

 

「これは…」

 

 が、びっしりと書き込まれていた。そう、それはもうこれでもかと言う程にびっしりと。

 平日はもちろんのこと、土曜日に今までは休みだった日曜日までもが練習のスケジュールに割り振られていた。

 元々暇な時に吹いていた晴人からしてみれば、一人で個人練習していたのが部活として全体で練習する事に変わっただけなのだが…。

 

 決して休暇を一緒に過ごす友達が居ないだとかそういうものではないぞ!

 

「げっ! これ本気でこなすのかよー」

 

「日曜も!?」

 

 周囲の部員。主に去年までを知っている上級生たちからは不満の声が聞こえてくる。

 当然だ。勉強に部活だけが学校生活ではない。思春期真っ只中の学生たちからしてみれば遊ぶ為の時間や自由な時間を謳歌したい。そういう思考を持つことは至って普通のことであろう。

 しかし、それは滝先生からしてみれば関係のないことだというのがこの容赦のない物量から伝わってくる。

 

 書かれているのは大まかなメニューだけ。細かい指導などは書かれていないから実際の練習はどうなるのか。元々トランペットを吹く事が好きな晴人だけは、練習に対しての期待が膨らんでいた。実は他にも期待をしている部員が他にもいたりして…。

 

「曲は、なんですか」

 

 意外にも向上心のある部員がいたようで、一人の男子部員が滝先生に聞く。

 トロンボーンパートの一年生。塚本くんだ。

 

「譜面は明日配ります、お楽しみに。さて残された日数は多くありません。ですが、みなさんが普段若さにかまけてドブに捨てている時間を掻き集めればこの練習量は余裕でしょう」

 

 おぉ…。やっぱり滝先生にとって楽しい学校生活なんてものは二の次といった感じのようだ。

 まったくオブラートに包むこともなく、自由な時間を無駄だと言い放つ。

 せっかく喜んでいたのに、ムスッとした小さな反論の声が聞こえてきたのは気のせいだろうか。

 

「サンフェスは楽しいお祭りですが、コンクール以外で有力校が一同に集まる大変貴重な場でもあります」

 

 確かに、コンクールで上位に駒を進めていく高校の音を生で聴けるのはそう多くはない。

 

「この場を利用して今年の北宇治はひと味違うと思わせるのです」

 

 だが、滝先生が言うにはそれだけが目的ではなく自分たちの実力も振るおう、思い知らせようという意気込みがあるらしい。

 

「でも、今からじゃ…」

 

 部長である小笠原先輩の心配そうな声を聞いて、同じく不安を抱える部員たちが下を向く。

 

「出来ないと思いますか?」

 

 口を開かない部員たちに滝先生は問いかける。

 

「はい」と応えるように小笠原先輩は静かに頷く。

 

「私はできると思っていますよ」

 

「!」

 

 どこにその根拠があるのか。この1週間でそれだけの技量を見出したのか。それともその未来が見えているのか。

 確かに以前に比べれば上手くはなっている。だが、強豪校と比べれば先生が言う通りまだムラはある。なのに、どうしてそう言い切れるのか。

 

「なぜなら、私たちは全国を目指しているのですから」

 

 その目標だけでそれを理由にするのはどうかとも思うが、挑戦的で屈託の無い滝先生の笑顔を見て、みんなも気がついた。

 

 この先生は本気だと。

 

 あの笑顔。やっぱり何も知らない人からしてみれば普通のイケメンの笑顔だと思う。この短い付き合いの中で、性格が悪い一面を知らなければだが。

 

「うん、考えるのはやめよう」

 

「なんか言ったか綾瀬?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 とにかく気合を入れ直そう。明日から、いや、今日から始まるのは全国を本気で目指すための練習なのだから。

 

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