北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
数日後の朝。前を歩くポニーテールが目に入る。
同じクラスの中川さんだ。
「中川さん」
校舎に向けての坂の途中、そう声をかけると立ち止まってこちらへと彼女は振り返る。
「綾瀬?」
「おはよう」
相変わらず綺麗な髪だな。後ろ姿で分かった。
彼女の艶やかな髪を見て、顔を合わせると、ついそんな事を考えてしまう。
「おはよう。珍しいね登校中に会うの」
「うん、今日は朝の練習休んだからね」
彼女の隣を歩き、今朝の話をする。
「あー、朝練かぁ。しばらくそういうの私はしてないなー。しばらくっていうか、ほとんど」
「ま、義務じゃないしね」
いつもなら、空き教室でトランペットを吹くのだが今日はゆっくり目の登校である。
「てかさ、私らこの前もだけど。こんな風に話す事殆どなかったよね」
俺が以前考えていたことを、中川さんは口にした。
「だね。クラスもパートも違うし、部員も多いからね」
「そっか。なんかタイミング的におかしいかもだけど、改めてよろしく」
「うん、よろしくね」
明るく笑顔を向けてくれる中川さんに、俺は応えた。
部活の時は、いつも眠そうな顔をしているからその表情は新鮮だった。
「綾瀬はトランペットだよね」
「そうだよ」
「あの口うるさいのがいるけど、大丈夫?」
「口うるさい? 誰が?」
「優子だよ。あの子、何でもかんでも思った事口にするからさー」
「優子って……。吉川さん? そんなにうるさいとは思わないけど」
吉川さんは同じトランペットパートの二年生だ。
あの子は、一生懸命というか。たまには厳しいところもあるけど。そうだな、先輩思いの良い子だと思うけど。
「そういえば、中川さんと吉川さんって同じ中学だよね。仲は良いの?」
「よくないよ」
「あ、うん」
即答だった。
いつも二人は口喧嘩をしているイメージがあるけど、本当に仲が悪いわけではなく。見ている分としては、喧嘩するほど仲が良い。そういう部類だと個人的には思っていた。
でも、本人にはこうして否定されてしまう。
何回か、吉川さんとも似たような会話をした事があるが同じように否定されてしまった。
「中川さんは、ユーフォはどんな感じ? 楽しい??」
「うーん、どうだろう。最近はあまり触ってないし。部活には顔出してるんだけどねー。私は綾瀬みたいに一生懸命って感じじゃないからなぁ」
「そっか。でも、吹部にいるってことは好きなんだよね。コンクールもあるし一緒に頑張ろうよ!」
そう笑顔で伝える。
「……綾瀬って、優しいよね」
「どうしたの急に。普通だよ」
「だって私、今も言ったけど殆ど練習してないんだよ? なのに、一緒に頑張ろうなんてさ…」
「おかしいかな?」
「おかしいっていうか、珍しいよ。そういうの」
普通に振る舞っていたつもりだけど、中川さんからしたら不思議なようだ。
「でもさ、嫌いではないんでしょ? 吹奏楽」
「それは……」
「なら良いと思う」
「え?」
「変かな? でもさ、好きじゃないなら部活には来ないでしょ。顔を出すだけでも、吹く時間が短くても、練習に来るだけでも俺は良いと思う」
「……やっぱ、綾瀬は優しいよ」
「そんな事ないと思うんだけど。俺からしたら普通だし」
「ま、出れるかも分からないコンクールは置いといて。そう言ってくれるのは悪い気しないよ。単純かもしれないけどね」
俺と中川さんはその後、同じクラスだからと一緒に教室へと向かい、いつも通りの学校生活をスタートさせる。
「よ、綾瀬」
「滝野くん、おはよ」
教室に入ると、すでに着席をしていた同じ吹奏楽部員。同じトランペットパートに所属する滝野純一が出迎えてくれる。
「今、中川と教室に入ってきてたけど。珍しいな。中川と一緒に登校するなんて」
「さっき偶然外で会ってさ。あと、今日は朝の個人練習やらなかったから」
「そっか。お前、朝練してるんだったな。トランペット上手いもんなー、綾瀬は」
「そんなことないよ」
「いやあるって、先輩たちも褒めてたし」
「そうかな、それなら良かったけど」
そして、自分の席に座る中川さんを目で追うように確認する。
そういえば、中川さんのユーフォってどんな音奏でるんだろうな。今度聞かせてもらえたりしないかな。
「どうした? 中川の事が気になるのか?」
「ん、あまり話した事なかったからさ、これを機に仲良くなれたらなって思って。さっきも少し話したんだけど」
同じ部活と言っても、パートや練習場所が違うと関わる機会は少ない。
人数も普通の部活よりは多いし、先輩の中にも名前や顔は知っていても話した事ない人だっているくらいだ。
「へー、もしかして好きなのか?中川の事」
「なっ!」
滝野くんの言葉に、顔が熱くなるのがわかった。
「なんでそんな話になるの! 今まで話したことなかったから、ちょっと気になってただけだよ」
「……」
好意を抱いているのではないかと言う質問に否定すると、滝野くんは続けた。
「けど中川ってさ、男子より女子にモテるイメージだけどな。俺は断然香織先輩の方が良いけどな」
見た目の美しさからマドンナと呼ばれる同じトランペットパートのリーダー。三年生の中世古先輩。
滝野くんは、そんな先輩に憧れを抱いているらしい。
「だから、別にそういうのじゃないって。同じクラスになってまだ数日なんだから」
「けど、部活動入れたらもう一年になるだろ」
「そうだとしても、最近まで話すことすらなかったんだよ。それに、仲良くなりたいって思うのは普通の事だと思うけど」
つい意識してしまい、また中川さんに視線を向けてしまった。彼女は今、イヤホンをつけて音楽を聴いている様子だった。
そんな俺を見る滝野くんは『それもそうか』とニヤニヤした視線を向けていたけれど。決して、俺は中川さんに恋愛感情を抱いているわけではない……はずだ。
「そういや、今日から新入生が入ってくるな」
そこで、思い出したように滝野くんは言う。
「そっか。楽しみだよね」
滝野くんの言う通り、今日から一年生たちが正式に北宇治高校吹奏楽部に入部してくるのだ。
経験者から初心者まで、色々な人たちが来るであろうが、そういうことは関係無しに後輩が出来るというのは楽しみでもあった。
「俺たちのパート、どれくらい来るだろうな。男子も来て欲しいよな」
「うーん、トランペットは金管の中だと花形って言われてるし、人気もあるだろうけど。男子はどうだろうね」
「ま、とりあえず放課後までのお楽しみだな」
「そうだね」
話をしているうちに、HRの時間となり担任の先生がやってきた。
さて、今年はどんな一年生たちが入ってくるのか。そんな期待に、俺の期待は高まっていた。