北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
「みなさん初めまして。新しく顧問をすることになりました滝です」
音楽室の机を運び出し、練習形態を整えてから少しして、新しい顧問の先生が現れた。
背が高くて、すらっとしたカッコいい先生。かけた眼鏡から覗くその瞳は穏やかで優しそうな雰囲気を醸し出している。
「新入部員が二十二名ですか。これで欠けている楽器も埋まりますね」
先生の言う通り、抜けていた人手が一気に埋まった。中には、聖女でコントラバスをやっていた経験者の子や、トランペットパートに加入した高坂さん、今年は大収穫だ。
「では、部活を始めるのにあたって、最初に私から話があります」
滝先生は黒板の前に立ちチョークを走らせる。
そこには、「全国大会出場」という文字がデカデカと書かれた。
「これが、去年のあなた達の目標でした。そうですね?」
「あの、先生」
「なんですか?」
黙って聞いている俺たちを代表して部長の小笠原先輩が申し訳ないように口を開く。
「それは目標というか、スローガンみたいなもので……」
おそらく、どこの部活にも目標というものが存在する。それが、全国大会出場や優勝など。部活動をするにあたり、叶うかどうかは二の次に、ひとまずの目標を掲げてその達成を目指している学校は多いはずだ。
現に、俺たち北宇治高校吹奏楽部でも全国への出場を目標にそれを掲げてきていた。しかし、去年は全国大会どころか、府大会で銅賞という結果に終わっているのが現状である。
「なるほど。では、まずは皆さんでどうするのかを決めましょう。私はそれに従います」
「あの、決めるっていうのは?」
「そのままの意味ですよ」
黒板に書かれた文字を打ち消すように、今度はその上から大きなバツ印が加えられる。
「皆さんが全国を目指したいと決めたら、練習も厳しくなります。反対に楽しい思い出を作るだけで十分というのならハードな練習は必要ありません。私自身はどちらでも良いと考えていますので、自分たちの意思で決めてください」
「私たちで決めるんですか?」
「そう言ったつもりですが」
これは、難しい質問だな。
小笠原先輩もどうするべきかと、隣にいる副部長の田中先輩を見ている。
「分かった。それじゃ、私書記やるから多数決で決めよう」
「多数決!?」
「こんだけ人数いて、他に決めようないじゃない? 良いですよね先生」
まずいな、正直この状況での多数決はあまり良くないかもしれない。
「どうぞ。皆さんの納得するようにして頂ければ」
しかし、滝先生もそれを止める事はなく、これからの目標の決め方は多数決で行われる事となった。
確かに、多数決であればどちらにするのかは決めやすい。時間も取らずに手っ取り早く終わらせる事ができる手法だ。
ただ、もし意見が僅差だったり、過半数の結果だった場合。どちらかの意見派が納得いかずに、揉める可能性だってありえる。
……実際、去年もこの二つを天秤にかけたような事態に陥ったわけだしな。
先生も、部員達の意見に任せるという事は、全国を目指すと俺たちが口にすれば、本気で指導をしてくれる事だろう。だからこそ、今こうして委ねられているのかもしれない。
「それでは、多数決を取りたいと思います」
問題は、その全国を目指すという気持ちがどれくらいいるのかという事。中には、本気で狙いたいと思っている部員もいるかもしれない。実際、俺はそうだ。
去年までは元三年生の先輩達を中心に、上級生が優先的に編成が組まれた。つまり、基本的に一、二年生は外れる。当然、俺も外されたしステージの上に立つ事はなかった。
楽しくみんなでやれればそれで良い。去年の部を見て、俺はそういう風潮を感じていた。でも、全国大会出場が目標に決まれば、それには全力で挑みたいし、全国にだって行けるのなら行きたい。
あとは、同じ熱意を持っている人が他にいるかどうか。きっと、大半は去年と同じで良いという考えから、全国に手を挙げる人達もいるだろう。
それで決まってしまえば、思ったのと違かった。そう思う人たちだって、きっと居るはずなんだよな。
だから、この状況下においての多数決で決めるというのは難しい。完全に同意する事はできずにいた。