北宇治高校吹奏楽部〜ポニテのあの子との恋愛事情〜 作:あきと。
「えっと、まず、全国大会出場を今年の目標にしたいという人」
俺は手を挙げる。すぐに手を挙げた人がどれくらいいたか分からないが、前にいる人たちを見ていると、挙がる手は次第に増えていった。
おそらく、部員全員が手を挙げた事だろう。熱意はともかく……。
それは、田中先輩も理解したようで、小笠原先輩に次を促した。
「では、次に全国まで目指さなくても良いと思う人」
唯一、一人だけ手を挙げた。
「斎藤先輩……」
テナーサックス担当。三年の斎藤葵先輩だ。
主に、二、三年生の視線が集まる。
仲の良い小笠原先輩が、不安そうな視線を彼女に向ける。
そして。
「……はい。多数決の結果、全国大会を目標に活動していくことになります」
先輩の声で、その結果が告げられた。
果たして本当に良いのか。少なくとも、反対の意を唱えた斉藤先輩は良しとはしないだろう。しかし、多数決で決める事になった以上は多数派である全国大会出場を目指す事が、この部全体としての意見なのだ。
「ご苦労様。反対の人もいましたが、今決めた目標は皆さん自身が決めたことです。私はその目標に向かって力を尽くしますが、努力するのは皆さん自身。そのことを忘れないで下さい。分かりましたか?」
はい、と俺は声を上げる。だが、声の数は少ない。
やはり、この結果は流されたが故に成された結果なのだろう。それでも、自分たちで決めた部全体の意見。それに変わりはない。
本当に嫌ならば、ここでもっと必死にならなくては。
「何をぼーっとしているのです。返事は?」
滝先生に促され、今度は先ほどよりも反応が増えた。しかし、滝先生は手を叩いて問いかける。
「もう一度言います。皆さん分かりましたか?」
促すというよりは圧力を感じる。
「「「はい!」」」
今度こそ、そう思わせるほどに、部員の返事が広がった。
次の日の放課後から、新生北宇治高校吹奏楽部は始動した。
部活の準備にあたり、一年生達が机を音楽室外へ運び出しを行う。
部活の始まりはミーティングから、そこでその日の練習内容が伝えられる。
「この後、一年生の希望者は腹式呼吸の練習をしますので、中庭に集合してください。上級生はきちんと新入生の指導をしてあげてください」
小笠原先輩の指示の元、練習に入る。
練習の内容は大きく分けて二つ。全楽器の集まる合奏練習とパート練習だ。
今日は新入生の腹式呼吸の練習と並行してパート練習が行われる。
パート練習というのは、楽器ごとにグループに分かれて行う練習のことだ。お互いの音が邪魔にならないよう、それぞれのパートが別の場所で練習をする。
俺たちトランペットパートは外でも平気な金管楽器。決まった場所はなく、空いているところで行う。
「綾瀬先輩。少し良いですか?」
「こ、高坂さん。どうかした?」
校舎間の渡り廊下で楽譜を広げていると、背後から声がした。
突然声をかけてきたのは、一年生の高坂さん。
聞いた話、高坂さんも子供の頃からトランペットを吹いてきたらしい。
そう思ったら、先日の事はやはり彼女にとって不快な気持ちにさせてしまったのかもしれないな。正直、その事以外彼女から声をかけられる理由が想像つかない。
「もしかして、練習場所見つからない? それなら」
「いえ、違います」
内心彼女を避けるように話題を逸らしたが、簡単に一瞥されてしまう。
「この前の、楽器の振り分けの時の事です。あの時、私の音を真似していましたよね」
予想通り、気にしていた事を彼女の口から告げられる。
「ご、ごめん!気を悪くさせたなら謝るよ」
「!」
俺は手を合わせて謝罪する。
さっそく後輩に謝るなんて、先輩としての威厳がないな。とほほ……。
「何してるの綾瀬ー。早く練習しなさいよ」
「吉川さん」
「って、何してんのよ綾瀬は」
話をしている俺たちを見かねて、吉川さんが指摘する。
「何か錬成でもしようとしてるの?」
「違うよ」
そんなどこかの国家錬金術を思わせるような真似事、こんなところではしない。ていうか、高坂さんの前でそんなことやってたら、どんな目で見られることか。
「吉川さんこそどうしたの?」
「香織先輩が腹式呼吸の練習でいないから、私が代わりに同じパートの子たちがちゃんと練習してるか様子を見にきたの」
なるほど。さすがは中世古先輩の親衛隊長である。
「香織先輩がいないからって、サボっちゃダメよ」
「いや、サボってたわけじゃなくて」
「すみません。私が綾瀬先輩に聞きたいことがあったので」
「聞きたいこと?」
高坂さんが俺を庇うように説明してくれる。
「あ、そう」
吉川さんは、敵意を込めたような視線を高坂さんに向けて自分の場所へと戻っていく。
なんだか、八つ当たりをされた気分だ。でも、どうして?
「それで、高坂さん。もしかしなくても、俺のこと怒ってる……よね?」
「いえ、怒ってはいません。ただ、よく一度聞いただけで、あそこまで精密に音を再現できたなと思いまして」
「再現……か」
俺としては、彼女が最初言っていた通り真似をしただけで、そんな再現だなんて大層なものでもない。
「えーっと、昔から耳コピとか得意でさ」
「もしかして、絶対音感……ですか?」
「いや、詳しくは分からないんだけどね」
確かに自分ができる範囲内の音であれば、吹き方や音の高さに、厚み等を大体合わせる事はできるけど。俺は完全に感覚派の人間だ。つまりあの時は、なんとなくで吹いたのである。
正直、それが絶対音感であるのかは分からない。
「それに、大した事じゃないと思うよ。あの時だって、高坂さんも軽く吹いただけだと思うし、高坂さんが本気で吹いたらその音を再現できるかは分からないよ」
「っ!」
自分ができる範囲の音なら真似事はできる。俺だって、それなりの経験があって、自分なりの吹き方。自分だけの音がある。
でも、高坂さんの実力が俺よりも上なのだとしたら、それを再現することなんてできない。きっと。
「負けません」
そう言われ、高坂さんは俺から少し離れたところで自分のトランペットを持って空に自分の音を響かせた。
「……俺も吹こ」
これから練習するのは、「海兵隊」という曲だ。
なぜ、その曲なのか。それは、顧問の滝先生からの課題だからだ。