お暇なら見て行ってください
時は大正、東京府の奥多摩郡にある雲取山には竈門という炭焼きを生業とする一家が住んでいた。
家長である竈門炭十郎と妻の葵枝、そして子供は4男3女の7人。
長男の炭治郎、長女・禰豆子、次男・竹雄、次女・花子、三男・茂、四男・六太、三女・日向という大家族……おっと、一人忘れていた。
六太と日向の姉代わりである白狐のキュウがいた。
「それじゃあ、いただきます!」
「「「「「「いただきます!!」」」」」」
「キュウ!」
炭十郎の号令で食事を始めるのが、竈門家の習わしだ。
今日の朝食は麦とコメが混ざった飯と山菜の煮びたし、それに狩った猪肉の味噌焼きとみそ汁である。
質素と思うかもしれないが、彼等にとっては十分な食事だった。
「六太、ちゃんとご飯を見て食べなきゃ。ほら、零しているわよ」
「あ、ごめんなさい。禰豆子姉ちゃん」
「日向は大丈夫か?」
「うん!」
「父さん、今日は俺が炭を売りに行ってくるよ」
「あ! 私も行く!!」
「それじゃあ頼もうかな」
「炭治郎、花子を連れて行くなら気を付けてね」
「わかったよ、母さん」
「茂、俺達が仕事している間、日向と六太を見ててくれよ」
「まかせて、竹雄兄ちゃん!」
各々が各自の予定を擦り合わせながら舌鼓を打つ中、キュウは小さな口に細かく切られた猪肉を頬張っている。
このキュウは日向が山で拾った子狐だった。
産まれたばかりで親と逸れたのか、弱っていたキュウを助けたのは日向だった。
彼女は渋る両親を説き伏せると、キュウを寝る間も惜しんで必死に看病した。
もっとも本人は一緒の布団で寝たり「元気になって」と声を掛けながら毛並みを撫でるばかりで、食事の用意などは姉の花子や禰豆子に頼り切りだったが。
まあ、当時の日向はまだ二歳、己の体温を湯たんぽ代わりに温めるのが精いっぱいの看病だったのだ。
幸いにも元気を取り戻した子狐は、命を救ってくれた恩を返すかのように日向に懐いた。
同時に日向も子狐へ鳴き声に因んでキュウと名付け、甲斐甲斐しく世話を焼いた。
……いや、正確に言えば天真爛漫で怖いもの知らずな日向をキュウが面倒を見ていたと言うべきか。
ある時は木登りの最中に落ちた日向を尻尾で受け止め、ある時は自分を護ろうと野犬の前に立ち塞がった妹を救う為に犬どもを威圧で追い払う等々。
ともかく、彼女は大家族な竈門家でも日向と一番の仲良しだった。
「キュウ! おそと行こ!!」
「キュウ!!」
「ひなた、ぼくも行く!!」
「ちょっと待って! 二人だけで行くな!!」
日々元気爆発と言わんばかりの日向がキュウと連れて家を飛び出すと、双子の弟である六太と茂もそれに続く。
そんな様子を見ていた炭十郎達は今日も平和な始まりだと笑みを浮かべるのだった。
◆
キュウと名付けられたモノは幸せだった。
かつて、彼女は太陽に憧れていた。
羨んで、綺麗だなと思って、ああいう風になりたくて、でも成れなくて。
叶わぬ羨望と嫉妬から多くの罪を犯した事もある。
そうして彼女の手に残ったのは他者から向けられた憎悪と怖れ、そして自らが手に掛けてきた数多の屍で彩られた恐怖の伝説だった。
何時しか彼女は憧れを諦め、己のサガのままに生きる事を決めた。
それは更なる罪と血と怨嗟の道を行くのと同義だった。
そんな昏い暗い道行きの中、悪逆の限りを尽くす彼女の前に一組の仇敵が立ちはだかった。
憎悪に怨嗟という人の心の闇が凝縮された業深き武器を振るいながら、その闇の全てを晴らすような明るさと勇気を持った太陽のような少年。
少年は様々な困難を共に乗り越えてきた相棒たる妖と共に、彼女に対抗する全ての勢力を纏め上げて決戦を挑んできた。
戦いの最中、彼女は少年と妖が恐ろしくて羨ましくて仕方なかった。
最凶無敵と言われた自分を滅ぼせる器物が、そして太陽のような少年と寄り添える化け物が。
互いに死力を尽くした激闘の末、彼女は打ち倒された。
肉体が滅びゆく中、末期に彼女が願ったのは自分もキラキラとした明るいモノになりたい。
そして恐怖と憎悪に満ちた異名ではなく、温かい思いが込められた自分だけの名で呼んでほしいというモノだった。
それから彼女が滅して、いかほどの時が経っただろうか?
気が付くと彼女は小さな子狐となって雪原の中に倒れていた。
復活したのか新生したのか、彼女はかつての力を振るう事が出来なかった。
それ以上に絶望だったのは、一度滅した程度では己が陰の属性から抜け出る事が出来ないという事だった。
生きる希望も折られ、食料も無ければ非力な自分を庇護するべき親もいない。
このまま野垂れ死ぬだけかと暗い気分で諦めかけた時、彼女を助け起こす暖かい手があった。
薄く目を開けた時、そこにいたのは人の乳児と幼児の境というべき女児だった。
「コンコン、ひゃっこいね。ひながぬくぬくしてあげゆ!」
そう言って女児は自分も寒いだろうに、着ている服を広げると冷たく濡れた彼女を懐へ入れたのだ。
彼女は女児の身体の温かさもそうだが、何より彼女の浮かべた太陽のような満面の笑みに魅了された。
こうして女児の家に引き取られた彼女は、甲斐甲斐しく自分に構う女児を好ましく思うようになった。
何時も明るく自分の事を気遣ってくれる。
白い毛並みを撫でる時は無意識だろう、元気になれと治癒の意志を込めて霊力を手から与えてくれた。
何より鳴き声から取ったのだろう、自分の事を親愛をこめて「キュウ」と名付けてくれた。
それは前世の今わの際に彼女が渇望していたモノだった。
そうして元気になったキュウは、女児の家を護る霊獣になる事を決めた。
女児、日向のお陰で一年が経つ頃にはかつての力の大半を取り戻すことができた。
日向の家族は皆暖かく、心の清い者ばかりだった。
キュウは大陰のモノであるが、この家族と入れば陽の仲間に入れたような気がした。
前世で相まみえた太陽の少年に背中を預けた妖のように。
それに加えて、日向が前世の自分を護り封じてきた【役目】を担う巫女達に勝るとも劣らぬ霊力の持ち主である事も関係している。
これほど上質な霊力の持ち主が無防備では、化け物共の格好の餌食となってしまう。
現に彼女が守護を始めてから、何度か鬼らしきモノが家の様子を見ていた事があった。
己にとって、あの太陽の少年と同じ立ち位置な日向を下賤な化生などに渡せるわけがない。
彼女は家に近づく化け物共を家族に知られぬように、惨たらしく屠っていた。
この家族に涙や不幸は似合わない。
自分と共に光の中で笑って暮らすのが似合っている。
その為に働き手である父親の死病も癒したのだ。
さて、そうしてペットと守護獣の二足わらじを履いた彼女が竈門家で迎えた2度目の冬。
その夜は吹雪が強く、さらには炭十郎が炭を売った先の町から天候悪化の為に帰ってこれなかった為、母と子供達だけで過ごす事になった。
「お父さんは明日の朝には帰ってくるわ。それじゃあ、そろそろ寝ましょうか」
母の号令で兄弟たちは思い思いに寝床へ着く。
「六太はお母さんと一緒に寝ましょうか」
「はーい!」
「花子、お姉ちゃんと一緒に寝よ!」
「うん! 茂も来る?」
「僕はもう子供じゃないよ。一人で寝られる!」
「その意気だ、茂!」
「それじゃあ竹雄と兄ちゃんの間で寝ような。日向はキュウと寝るのか?」
「うん! キュウとぬくぬく!!」
バタバタと動き回りながら、思い思いに布団を敷いていく子供達。
そんな中、用心棒で施錠した木の扉を叩く音がした。
「はい、どなたですか?」
少し警戒心を込めた母の問いかけ、それに返ってきたのは若い男の声だった。
「夜分、申し訳ありません。この吹雪と夜闇で道を見失ってしまいまして。できれば一晩…いえ、吹雪が落ち着くまで軒を貸していただけませんでしょうか?」
男の声は何処か品があり誠実さを感じさせるものだった。
けれど、キュウと日向はその装飾の裏に隠された悪意に気が付いた。
「わかりました。すぐに──」
「かあちゃん、だめ!!」
入り口を開けるべく立ち上がろうとした母を止めようと、日向は全身でしがみ付いた。
「日向?」
「あのひと、ダメ! わるいやつ! ひな、わかるもん!!」
そう叫ぶ日向に母や兄弟は驚いた。
日向は人懐っこく、滅多に他人を悪し様に言う事は無いのだ。
そんな彼女が涙を流しながら訴える。
これは何かある、母は直感的にそう悟った。
「申し訳ありませんが、ウチは子だくさんな為にお貸しできる軒はありません。どうかお引き取りください」
厳しい顔でそう告げると、入り口の向こうから感じる男の気配が変わった。
まるで薄皮をべロリと剥がすかのように、人から化け物へと。
「大人しく招き入れれば苦しませずに殺してやった物を、私に手間を掛けさせるとは貴様等は何様だ?」
傲慢なセリフと共に砕け散る入り口の扉。
夜闇と吹雪を背景に立っていたのは、山登りにはどう見ても合わない洋装を纏った若い男だった。
しかし病的に白い肌と縦に割れた瞳孔、そして身に纏う気配は明らかに常人のモノではない。
強引に侵入しようとする怪人を前に怯える子供達、それを護ろうと炭治郎と母、そして日向が立ち塞がる。
「日向、何をやってるんだ! 危ないから後ろにいるんだ!」
「だめ! ひなも!!」
自分の横で姉達を庇おうと短い手を精一杯広げる日向に驚く炭治郎。
「茶番はそこまでだ」
そんな彼等になど構っていられないと怪人が手を振り上げた瞬間だった。
「キュウッ!!」
「ぐぼぉぉぉぉっ!!」
閃光のような勢いで飛び出したキュウが、頭から男の腹へ突き刺さった。
その勢いはとてつもないモノで男はそのまま後ろに吹き飛ばされると、キュウと共に吹雪と夜闇の中に消えた。
「キュウ!」
「キュウ! どこに行くんだよ!?」
「行っちゃだめだ!」
「今出たら凍え死んじゃうわ!!」
日向や茂が追いかけようとするのを、禰豆子と竹雄が後ろから抱きしめて止める。
「キュウ……、お願い。無事に帰ってきて」
そんな喧騒の中、母は六太を抱き上げながら必死に祈るのだった。
一方、キュウと怪人は竈門家からかなり離れた山中の林にいた。
吹き飛ばされた勢いのまま背中から雪原に叩き付けられた怪人と、くるりと一回転して華麗に雪を踏みしめるキュウ。
四肢を広げて警戒を示すキュウに、怪人はゆっくりと立ち上がりながら憎しみの視線を向ける。
「ケダモノ風情が! よくもこの鬼舞辻無惨の背に土を付けてくれたな!」
聞くモノを震え上がらせる無惨の怒声にキュウは馬鹿にしたように口角を吊り上げる。
「貴様……ただの狐ではないな?」
その狐らしからぬ反応に無惨は警戒心を示す。
そんな無惨を捉えるキュウの眼、それはいつもの円らな黒い瞳ではなく愉悦と憎悪が混じった凶眼となっていた。
「化け物よ。鬼よ。お前はあの家族に何をする気だった?」
「ほう、化け狐とは珍しい。いいだろう、毛皮にする前に答えてやる」
警戒心から落ち着きを取り戻した無惨は、キュウの問いを馬鹿にするかのように笑う。
「あの一家は私の邪魔になりそうだったのでな、根切にするのよ」
「……ほう?」
「思わぬ邪魔が入ったが、私の計画に変更はない。奴等が何処へ逃げようと一人づつ確実に身を引き裂いて全員息の根を止めてやる」
無惨は鬼の特徴である深紅の眼を闇夜に光らせながら、高らかに宣言する。
「ふふふふふ……ははははははは! あはははははははははっ!!」
しかし、無惨の答えを聞いたキュウの反応は怒りでも憎しみでもなく、笑いだった。
「何がおかしい?」
さも愉快と言うかのように笑うキュウに、無惨は威圧を込めて問いを返す。
「何がおかしい? 決まっていよう。貴様の愚かさよ」
そう告げるとキュウはゆっくりと宙を舞う。
「この我が身の内に抱えた至宝を、ようやく手に入れた唯一を、貴様のような弱く薄汚い鬼がかすめ取ろうというのだからなぁ。その無謀さ、その愚劣さを嗤わずして何を嗤うというのか」
「ほざけ! ケダモノ風情が!」
怒りに燃えた無惨は黒い夜空に浮くキュウへ身の内から赤黒い有刺鉄線のようなモノを放って切り裂こうとする。
しかしキュウの身を捉えた瞬間、それは容易く撃ち砕かれてしまう。
「なにっ!?」
自身の攻撃が効かないことに驚く無惨。
しかし、彼が驚くのはそれだけではなかった。
キュウの身体が凄まじい速さで変化していったのだ。
骨肉が軋む音と共に子供の胸に収まるサイズだった身体は数百mの巨体へ変わり、愛らしい狐であった顔は美しくも禍々しい凶獣のそれへ。
そして何より目を引いたのは、夜闇の中でゆらゆらと揺蕩う9本の尾だ。
「まさか、九尾の狐とでもいうのか!?」
「ほう。浅学な鬼でもその名は知っているかよ」
伝承に謳われる伝説の大妖を前に息を呑む無惨。
それを傲慢さを隠さずに
下賤な鬼には日向に付けられた名は上等すぎる。
奴に名乗るなら、かつての忌み名で十分だ。
「我は白面! 白面の者!! 我と我が家族の平穏を乱すモノは全て滅ぶべし!!」
鬼滅の刃・完
やめて! あのチートとクソゲーが合わさった大妖と戦ったら、いくら鬼の始祖でも燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで無惨!
あんたが今ここで倒れたら、黒死牟や童磨達はどうなっちゃうの?
あんたにはまだ『生き恥ポップコーン』が残っている。
ここで逃げられれば、無限城に相手が死ぬまで引きこもれるんだから!
次回「無惨死す」デュエルスタンバイ!